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「純香ちゃん、大丈夫?」
式場に顔を出した近所のクリニックに勤める看護師の持田が、心配そうに純香を見る。
クリニックは純香の掛かり付けであり、ハナの掛かり付けでもあった。ハナは血圧が高く、クリニックに薬をもらいにいっていたのだ。
「あの、持田さん」
「何? 純香ちゃん」
「祖母は心臓が悪かったんですか?」
純香の問いかけに、持田がため息をついた。
「ハナさん、純香ちゃんに言ってなかったのね」
どうやら持田の言い方だと、持田や主治医である柿村はそれを純香に言うように言っていたらしい。
「薬をきちんと飲まなきゃいけないから、純香ちゃんにも薬を確認してもらうようにって言ってたのよ…」
その言葉には、今回亡くなった原因は心臓のせいであると、持田は確信していたことがわかる。
だが、何だかもやっとした気持ちが純香に生まれる。
直接純香に教えてくれれば、その言葉が喉まででかかって、それが逆恨みでしかないことに気がついて純香はその言葉を飲み込んだ。
持田は心配してくれているし、すべての患者の家族に直接言うことだって出来るわけもない。勝手な純香の期待なだけだと。
「お薬、たくさんあったんですか?」
「そんなにはなかったんだけどね。ひとつはいつも飲む薬。ひとつは発作が起きたときに飲む薬よ」
「2つ…それくらいなら祖母は管理できたんじゃないですか?」
持田は少し困ったように首をかしげた。
「高血圧の薬を入れたら3つかしら。ハナさん、忘れっぽくなったって言うから」
「祖母がそんなことを?」
「全然そんな風には見えなかったけど、時々あるのよって」
「そう…ですか」
純香はハナの様子を思い出す。
ハナは、本当にそんなことをクリニックで言ったんだろうか。にわかに信じられない。だが、信頼している持田が言うのだ、本当のことなんだろう。
「そろそろ、お薬がなくなる頃だからとは思ってたんだけど、もしかしたら飲んだの気づいてなくて同じの飲んだりとか、ニトログリセリンの方が無くなったりしてたのかもって思ったり」
「ニトログリセリン?」
純香が首をかしげる。
「狭心症の発作の特効薬みたいなものよ」
「発作の…」
持田の言葉に、純香が目を伏せる。
「狭心症の発作で亡くなったって言われたんです」
その純香の言葉に持田はゆっくりと頷いた。
「これは、仕方がなかったことなのよ。たまたま、薬が切れてしまっていた。ハナさんはそれを忘れていて、発作が起こってしまった。不幸なことが重なってしまっただけ」
顔を伏せた純香を慰めるように持田が純香の背中を撫でる。
「これがハナさんの運命だった。だから、何も知らなかった純香ちゃんが気にやむことはないわ」
「私が知っていて、祖母が薬を飲めていたら…」
「もう、そんなことは考えなくていいわ。ハナさんならきっと純香ちゃんに笑って送り出してもらいたいと思っていると思うわよ」
涙ぐんだ純香が顔をあげる。
「そうでしょうか」
「きっとそうよ」
励ますような持田の表情に、純香はこくんと頷いた。
「じゃあ席に行くわね」
純香から離れようとした持田の手を、純香がつかむ。
「狭心症の発作って、苦しいんですか?」
その問いかけに持田は困ったように首をかしげる。
「どうして?」
「部屋にものが散乱していて、その理由がわからなくって」
純香の言葉に、持田が、ああ、とうなずいて、目を細めた。
「苦しくなって、色んなところに手を触れたのかもしれないわね」
控えめな表現ではあったが、純香の脳裏には苦しむ祖母の姿が見えたような気がした。
部屋にものが散乱していたのは、ハナ本人の手によるものなのだと、純香は納得せざるを得なかった。
式場に顔を出した近所のクリニックに勤める看護師の持田が、心配そうに純香を見る。
クリニックは純香の掛かり付けであり、ハナの掛かり付けでもあった。ハナは血圧が高く、クリニックに薬をもらいにいっていたのだ。
「あの、持田さん」
「何? 純香ちゃん」
「祖母は心臓が悪かったんですか?」
純香の問いかけに、持田がため息をついた。
「ハナさん、純香ちゃんに言ってなかったのね」
どうやら持田の言い方だと、持田や主治医である柿村はそれを純香に言うように言っていたらしい。
「薬をきちんと飲まなきゃいけないから、純香ちゃんにも薬を確認してもらうようにって言ってたのよ…」
その言葉には、今回亡くなった原因は心臓のせいであると、持田は確信していたことがわかる。
だが、何だかもやっとした気持ちが純香に生まれる。
直接純香に教えてくれれば、その言葉が喉まででかかって、それが逆恨みでしかないことに気がついて純香はその言葉を飲み込んだ。
持田は心配してくれているし、すべての患者の家族に直接言うことだって出来るわけもない。勝手な純香の期待なだけだと。
「お薬、たくさんあったんですか?」
「そんなにはなかったんだけどね。ひとつはいつも飲む薬。ひとつは発作が起きたときに飲む薬よ」
「2つ…それくらいなら祖母は管理できたんじゃないですか?」
持田は少し困ったように首をかしげた。
「高血圧の薬を入れたら3つかしら。ハナさん、忘れっぽくなったって言うから」
「祖母がそんなことを?」
「全然そんな風には見えなかったけど、時々あるのよって」
「そう…ですか」
純香はハナの様子を思い出す。
ハナは、本当にそんなことをクリニックで言ったんだろうか。にわかに信じられない。だが、信頼している持田が言うのだ、本当のことなんだろう。
「そろそろ、お薬がなくなる頃だからとは思ってたんだけど、もしかしたら飲んだの気づいてなくて同じの飲んだりとか、ニトログリセリンの方が無くなったりしてたのかもって思ったり」
「ニトログリセリン?」
純香が首をかしげる。
「狭心症の発作の特効薬みたいなものよ」
「発作の…」
持田の言葉に、純香が目を伏せる。
「狭心症の発作で亡くなったって言われたんです」
その純香の言葉に持田はゆっくりと頷いた。
「これは、仕方がなかったことなのよ。たまたま、薬が切れてしまっていた。ハナさんはそれを忘れていて、発作が起こってしまった。不幸なことが重なってしまっただけ」
顔を伏せた純香を慰めるように持田が純香の背中を撫でる。
「これがハナさんの運命だった。だから、何も知らなかった純香ちゃんが気にやむことはないわ」
「私が知っていて、祖母が薬を飲めていたら…」
「もう、そんなことは考えなくていいわ。ハナさんならきっと純香ちゃんに笑って送り出してもらいたいと思っていると思うわよ」
涙ぐんだ純香が顔をあげる。
「そうでしょうか」
「きっとそうよ」
励ますような持田の表情に、純香はこくんと頷いた。
「じゃあ席に行くわね」
純香から離れようとした持田の手を、純香がつかむ。
「狭心症の発作って、苦しいんですか?」
その問いかけに持田は困ったように首をかしげる。
「どうして?」
「部屋にものが散乱していて、その理由がわからなくって」
純香の言葉に、持田が、ああ、とうなずいて、目を細めた。
「苦しくなって、色んなところに手を触れたのかもしれないわね」
控えめな表現ではあったが、純香の脳裏には苦しむ祖母の姿が見えたような気がした。
部屋にものが散乱していたのは、ハナ本人の手によるものなのだと、純香は納得せざるを得なかった。
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