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愛妻弁当

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 休憩時間になり、鞄から弁当を取り出す。
 結婚して10年になる妻が、毎日作ってくれる弁当だ。

 クリスマスだからって別段中身は変わり映えしない。せいぜい昨日家族で一足先にやったクリスマスパーティーの残りが少し形を変えて入ってるくらいだろう。
 新婚当時はこの弁当も嬉しくはあったが、もう今となってはそのありがたみもない。
 それに何より、子供たちが幼稚園に行っているときに作っていたお弁当は、キャラ弁などと力を入れていたのを知ってはいるが、俺の弁当は、毎日毎日あまり変わり映えのない弁当だ。妻も単なるルーティーンになっているだけだろう。
 それでも、毎日のように作ってくれる弁当に文句を言うわけにもいかない。
 普段と違う行動を起こすことは、家庭生活に不穏を引き起こすリスクにしかならないからだ。
 妻ももう俺のことを空気のようにしか思っていないと思っているが、結婚して10年もたてば、どこもそんな風なのかもしれない。

 今日はクリスマスだが、すでに昨日家族サービスは済んでいるし、先に仕事で遅くなる予定だと告げてある。帰りは深夜になるだろうが、いつものことだと妻は気にもしないだろう。

「課長、書類お願いします」

 お弁当を包みから取り出していると、ニコリと、長い髪を揺らして書類が差し出される。
 その書類にピンクの付箋が貼っているのを見て、テンションが上がる。
 今夜は会いたいという印だからだ。

「ああ、後で確認しておく」
「よろしくお願いします。課長、それ愛妻弁当ですか?」

 ふわり、と香水が鼻をくすぐる。妻からは感じない女性らしい香りに、今夜のことを想って口元が緩む。

「ああ。でも大した中身じゃないんだよ」
「やだやだ、謙遜なんかして。今日はクリスマスだから豪華だったりするんじゃないですか」

 この会話は単なるアリバイ作りだ。
 彼女の話しかける内容に乗りつつ、お弁当の蓋を開ける。
 弁当箱は2段のタイプで、上段はご飯が入っているので、開けたところで歓声が上がるわけもない。

 歓声は上がるわけもないと思ったが、向かいで、ひ、と小さな悲鳴に似た息が飲まれる。
 俺はゾクリと寒気を感じ、固まった。

 どうして?
 なぜ?
 よりにもよって、このタイミングで?
 疑問が頭の中を駆け巡る。

「失礼します」

 彼女は美しいネイルの指先で付箋をさっと剥がすと、席を離れていく。

 妻のキャラ弁の腕前は、相当な腕前だった。
 弁当箱には、その相当な腕前で作られた海苔できれいに文字が敷き詰めてあった。






”浮気”

 弁当のふたが、カランと音を立てた。


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