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宇宙との交信16 ~地球最後の日~
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私は宇宙人と交信している。
その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。求愛行動に宇宙の画像を使うような宇宙バカだ。これについては褒めてはないし、わかりにくくて仕方がないと結構けなしている。
そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、本当にたまにある繋がりだった。
私が進学した大学に実はその宇宙人がいて、そのメールだけのつながりは続いたまま、私は宇宙人と知り合いになった。
ところが、宇宙人はあんな下らないメールのやり取りだけで私に対する恋心を発露させてしまった。
そして、そのメールの相手が私だと知った宇宙人は…こともあろうに恋心をそのままにすることにしたらしい。訳が分からん。
訳が分からないことを言う人間が、私の周りには多すぎると思う。
そうか、最近暑くなってきたからか。だからきっとますます訳が分からないことを言うんだろう。
うん、きっとそうだ。
「勉強合宿?」
聞きなれない単語の羅列に私は動かしていた箸を止めてつい聞き返す。
「ね、やるでしょ!」
私が聞き返したことで偽勇者は私が興味を持ったのだと勘違いしたらしい。俄然テンションが上がっている。
学食の中がざわめいているから気にもならないが、これが講義室だったら確実にうるさかっただろう。
「…意味なくない?」
偽勇者と学部は同じとは言え、学科は違う。よって専門の基礎教科は被っているものもあるが、授業で顔を合わせているのは2、3個のはずで、勉強合宿という時間を費やす意味はあまりない気がする。いや、あまりじゃなくてない気がする。
「意味あるの!」
「ないでしょ。」
「あります!」
「八代とやれば。」
それだけやりたいのならば、勉強を一緒にやりたがる男の娘とやればいいのだ。ナイスアイデア。
「それ意味ないから!」
「八代で意味なきゃ、八代と同じ学科の私とでも意味ないでしょうよ。」
「みゃーちゃんなら意味あるの!」
「どこにさ。」
意味がないことならいくらでも羅列できそうな気がする。
「勉強やって、ごはん食べて、パジャマパーティーして、遅くまで語り合うの!」
「八代でいいがな。」
私である必要もない。男の娘からは感謝されるだろう。ナイスアイデア。
「何で八代とパジャマパーティーしないといけないわけ?!」
「用は足せる。勉強相手にもごはんの相手にもパジャマパーティーの相手にもなる。しかも八代は喜ぶ。」
ナイスアイデア。
「絶対いや! 絶対みゃーちゃんなの!」
なぜだ。
「シロー先輩でも?」
「それはいいけど、まだハードルが高い!」
「…それでいいなら八代でいいがな。」
「みゃーちゃん? 私がシロー先輩のこと好きだって言ってるの忘れてる?」
忘れてるんならその名は出さない。ただ性別で拒否されるわけではないと確認しただけだ。
「八代と付き合おうかなって言ったのも覚えてるんだが。」
完全に偽勇者への必殺技と言う名の嫌がらせとして活用しているだけだが。活用したのは初めてだが、攻撃力としては高いと思う。私だっていつまでも偽勇者の攻撃力の前に怯えているだけじゃないのだ!
「それ記憶から抹消して!」
あー! と頭を抱えて唸る偽勇者を見る限り、ヒットポイントはかなり削れたらしい。あと一息か。
「じゃ、八代に伝えとくから。」
「じゃ、じゃないでしょ! みゃーちゃん日本語おかしいから!」
いや、全然おかしくないから。
「何お前ら騒いでんの。」
宇宙人の出現は唐突ではあったけど、最近は一人でも私がいるテーブルに来ることもあるから、ある種見慣れた風景になりつつある。逆も然りで、宇宙人の友達と同じテーブルになることもあるけど、割合としては宇宙人の方がいくらか多いかもしれない。
「私は騒いでませんよ。騒いでるのは会田だけです。」
それ事実。
「ケイスケ先輩、横どうぞ。」
声をかけてきた宇宙人に、偽勇者はひとつ飛ばした席に座り直し私と偽勇者の間に座る場所をつくりだす。
「あ、ありがとう。」
「いえいえ。」
私を見てニヤニヤする偽勇者よ、そんなにヒットポイントを削ってほしいのか。
「騒いでたのはですね、会田がタケノシンと…。」
「あ、ケイスケ先輩もどうですか? みゃーちゃんと勉強合宿。」
私の言葉に被せるように偽勇者が繰り出した攻撃は、明らかにおかしい。
「へー、勉強合宿なんてものするのか。」
「ええ。是非参加してください。」
いやそれ宇宙人の参加促してフェイドアウト狙う気だろうよ偽勇者め!
あ、でも偽勇者宅で行えば家主は逃げまい。…やんないけどな。
「いや、それは…。」
予想外に抵抗を見せる宇宙人に、偽勇者はうーん、と考え込む。まあ、当然と言えば当然だ。宇宙人は院生、我らは学部生。テスト期間は同じくらいでも、勉強する内容は違う。
「みゃーちゃんなら気にしないで大丈夫です! 快く場所提供してくれますから!」
「どこに許可得た。」
何でそんな話になる。
「あそこ、人が集まると狭いだろ。」
宇宙人、そこはスルーか。
「えー? 大丈夫ですよ。2人なら。」
既に勉強合宿じゃなくなってる! …そうか、偽勇者は攻撃をしてほしいんだね!
「あ、会田は八代と2人で勉強合宿したいんだね。」
しらっと言えば、偽勇者がカッと目を見開いた。…石化するかもしれないと思えるほどの眼力だ。…実際はしないし、私には痛手はなにもないけどな。
「何で?」
そりゃ、宇宙人も食いつくよね。そうだよね。
「じゃ、ケイスケ先輩の部屋で勉強合宿どうですか。あの部屋広いし。」
むむ、偽勇者め話題をすり替えよったな!
じゃ、じゃないだろ。
「あー、まあ確かに広めだとはおもうけど。」
宇宙人よ、もう少しさっきの話題に食いつこうよ。たとえ興味がなくてもさ。
「じゃ、ケイスケ先輩の部屋で、私とみゃーちゃんと八代とシロー先輩で勉強合宿しましょう!」
おい、偽勇者。どさくさに紛れて宇宙人の友達カウントしただろ。
「志朗な…まあ来るか。あいつお人好しだから。」
いや、宇宙人の方が巻き込まれ系お人好しかと。
「えっと、ケイスケ先輩さっき躊躇してましたよね? だからいいですよ!」
私はこのまま話が進んでいいとは思ってないから!
「いや、男1人だと不味いかと思ったくらいで、他にもいるならいいかな、と。」
いやちょっと待て。男が1人だろうと2人だろうと3人だろうと、関係ないだろうに。
「ケイスケ先輩、よく意味がわかりません。」
そうか、偽勇者もか。たまには気が合うな。たまにはな。
「え? そうか? 俺が襲われたら困るし。」
「「襲うか!」」
偽勇者と気が合った。たまにはな。
宇宙人よ…その答えに、え? じゃないよね。
「何が、え? なんですか。」
「みはるは宇宙人を解剖したいかもしれないし?」
ニヤリと笑う宇宙人よ。本当に解剖を希望するのかそうなのか。
「残念ですけどケイスケ先輩が地球人である以上、私にはその望みは叶えてあげられそうにありません。犯罪者にはなりたくないですからね。」
「違うだろ。」
「違うかどうかは私には無関係かと。」
「みゃーちゃんならそうかもしれないですけど、私はないですよ?」
ちょっと待て、偽勇者よ。私ならってなんだ?
「いや、会田は俺の弱味を探して志朗と付き合えるように脅す材料にしそうだから。」
「確かに会田はしかねない。」
それについては宇宙人に激しく同意する。
「私はそんなに性格悪くないですよ。」
「「自覚なしか。」」
たまには気が合うな、宇宙人。たまにはな。
「ほらほら、ケイスケ先輩とみゃーちゃんたら息ピッタリ。」
ほらほらってなんだ。さっき自分もシンクロしただろう、偽勇者め!
「何なら2人きりでも」
偽勇者よ口を慎め。宇宙人よ断るが良い。
「解剖されたくなかったんでしたよね。」
宇宙人が返事をしないのにじれて口を開いたら、宇宙人はにやりと笑うだけだった。…風向きがおかしいぞ。
「そもそも勉強合宿したいって言ってるのは会田であって私じゃないし。私は断固拒否します!」
「…まあ、今回は皆で勉強合宿でいいんじゃないか?」
待て宇宙人。スルーするな。
「そうですね。」
待て偽勇者。なし崩しにするな。
「嫌だって言ってるがな。」
「今回は、まあうちで勉強合宿ってことで。」
宇宙人め。完全に聞こえないふりしてるだろ。
「先輩、今回はって何ですか。」
ちょっとアプローチを変えて宇宙人に攻撃することにする。
「みゃーちゃん、いやね。」
おいそこの偽勇者、何だその生暖かい目は!
「は? 今回は今回だろ。」
「そうよ、みゃーちゃん。今回の話よ?」
ウインクするな偽勇者。まんまと宇宙人の友達まで引き込んでうきうきしてんのわかってるんだぞ!
「ですから、今回も何も、勉強合宿なんてしませんって!」
「いつする?」
おいまて、そこの宇宙人。なぜにスルーする。
「しないって。」
「そうですねー。今週の金曜日とか、どうですか?」
おいまて、そこの偽勇者よ。わかっててスルーするな。顔が私を見て笑ってるぞ。
「金曜日か。志朗にも聞いとくわ。」
「じゃ、私は八代に聞いときますねー。まあ、八代がダメって言っても、別にいいですし。」
「「だろうね。」」
ついまた宇宙人とシンクロしてしまったが、そうだ、そんなシンクロってる場合じゃないんだった。
「私は行かないから。」
「ケイスケ先輩、私が責任もってみゃーちゃん送り届けますから。」
「ま、会田のやることなら心配はしてない。」
ちょっと待て。
「行かないって言ってるでしょ。」
「まあ、みゃーちゃんもなんだかんだ言いながら、巻き込まれるの好きですしね。」
「そうだな。」
「巻き込まれるの好きじゃないんですけど!」
「「へー。」」
何で2人でシンクロして私を見るのだ。
私は間違いなく面倒なことには巻き込まれたくない人間の1人として名乗りを上げられるぞ!
「巻き込まれるの好きじゃありません!」
「何だかんだ言って、タケノシンに勉強教えてるだろ。」
う。それは…致し方ないと言うか。
「何だかんだ言って、私にも付き合ってくれるじゃない?」
…もしかしなくても、私は巻き込まれ系お人好しってことになるんだろうか。
「何その気づいてなかったって驚いた顔。そもそもタケノシンに懐かれてる時点でそうだろ。」
「まあ、そうですよね。私もみゃーちゃんと八代の2人組を初めて見た時には、なんてお人好しがいるんだ、って思いましたもん。」
そこの2人、私に思いっきり攻撃してくるんじゃない。ダメージが半端ないぞ。
そうか。私の巻き込まれ系お人好しの人生は、男の娘に懐かれた時点で既に始まっていたのか。
…んなわけあるかい!
「いいえ。私はお人好しでも巻き込まれ系でもありません!」
ちょっとそこの二人、含み笑いするんじゃない! 2人が完全に本気でそう思ってるってことになるでしょ!
「絶対行かないから!」
私は決めた。巻き込まれ系もお人好しも、これで終わりにしてやる!
****
「はぁ、何で、こんなことに。」
皿を洗いながら、私はため息をつく。
「人数多いし、タケノシンは買い出しに行ってくれて、志朗と会田がご飯作ってくれたから、じゃないの。」
「別に皿洗いしてることについてため息ついてるわけじゃありません。ご飯を作ってもらったんだから、皿を洗うのは当然です。」
「じゃ、何がだよ。」
しらっと言ってのける宇宙人を、私はジトっとした目で見る。
ニヤっと笑ってるんだから、わかってて言ってるだろう。
「私は勉強合宿には行かないって言ったじゃないですか。」
「でも来ただろ。」
「…だって! 会田が玄関前で騒ぐから! それにタケノシンが!」
会田がうちの玄関前で騒ぐのは2度目で、その時は1階に住む大家さんにマスターキーで私の家の鍵を開けられた。体調不良だったとはいえ、なかなかの体験だった。そのいつぞやの二の舞になりそうだと思って渋々ドアを開けたら、男の娘に確保され私はドナドナされた。力技とは卑怯だぞ。流石偽勇者。卑怯なのも褒め言葉になるな…。
でもその力技のおかげで、私は一つ帰る言い訳を見つけている。ギリギリになって言わないと何とでもされそうで嫌だったから、そのギリギリを今見極めている最中だ。
「ま、うちで星でも見て帰ればいいんじゃね?」
「まさかいつぞや話してた合宿も兼ねてるんですか。」
「まあ、ついでだし。うちは星が良く見えるって、お前も言ってただろ。」
宇宙人のベランダからは、山と、空と、墓しか見えない。ここは見事に墓地の裏手にある家で、その光源のなさが夜空に光る星を見やすくしているのは間違いない。それでいつぞやここで星を見る合宿したらどうですか、と言ったのは確かに私だったけど。
「喜ぶの私しかいないじゃないですか。会田は嫌がってましたし、シロー先輩も遠慮するっていつか言ってませんでしたか。」
確か前に星を見るための合宿という話がちらりと持ち上がったときに、宇宙人の家なら星が良く見えると言った私に2人はそう言って断ったのだ。…どちらかと言えば、私と宇宙人を2人きりにしようと面白がっているような気がするけど。
「タケノシンがいるだろ。」
「タケノシンは、この家の立地あり得ん、って言って墓地に目をやらないようにしてましたよ。」
このメンバーでこの家に集まるのは2度目だ。1度目はクリスマスだった…まあ、あの時も色々あった。
「…怖くはないけどな。」
「私も怖くはないですが、見るの私しかいないでしょうね。」
「俺も見るけど。」
「…遠慮します。」
フフフ、と笑う声がして見れば偽勇者がニヤニヤと私たちを見ていた。
「どうかしたか?」
宇宙人め。この状況を作り出したのは私以外の4人だとわかってるんだぞ!
皆揃ってニヤニヤすんな!
「あ、もう11時か。」
宇宙人の友達の声に、私はそろそろか、と思う。
そろそろ、切り札を使う時間だ。
「私、帰ります。」
机の上に出していたノートとテキストをバックに詰めていると、想像通り、他4名から、「えー。」と声が上がる。…4人でハモるな。
「何と言われても帰る。」
「どうしてよ?」
ふふふ、よくぞ聞いてくれた偽勇者よ。どちらかと言えば、偽勇者のおかげだぞ。
「私、泊まるような準備はしてきませんでしたし。」
「「えー。」」
偽勇者に男の娘よ。そうだ、お前たちのおかげで私はこの合宿から帰ることを許されるのだ! 私に無理やり荷物を詰めるように言ったけど、私が何をもってきたかまではチェックはされなかったからな! だから私は何も用意もなかったし持っても来なかった。
「みゃーちゃん、夜遅くまでおしゃべりしようよ。」
「いや。」
私は偽勇者の申し出を一刀両断する。私は巻き込まれ系お人好しは卒業するのだ!
「“私”も、みゃーの恋バナ聞いてみたかったのに。」
おっと、男の娘よ。どこかで私が零した話をまだ覚えていたのか。そうか、覚悟はあるんだな。
「存在しない記憶があるみたいだね? 記憶操作してみる?」
確か私は、抹消しろと言っておいた気がするんだが。
「みゃーちゃん、目が怖いから! タケノシンも冗談だから、冗談。ね?」
宇宙人の友達が、まあまあ、と私をなだめる。
「冗談…ですかね?」
「えー。だってみゃーちゃん…恋愛感情とか、ある?」
ほほう。自分はこの間恋愛感情を初めて自覚したからって、私より上に立ったつもりか!
「ないこともないですよ。少なくともシロー先輩より自覚するタイミングは早いですよ。」
「何気にザクっときた。こんな話題振るんじゃなかった。」
宇宙人の友達がうなだれる。ホホホ、目には目をだぞ!
「え、何それ。みゃーちゃん、彼氏いたことあるの?」
食いつくな偽勇者。それで話が伸びて帰るの遅くなるだろ。
目を揺らす男の娘は睨んだら目を逸らしたから、口外しないだろう…たぶん。
「ナイナイナイナイ。何もないから、私は帰ります。お疲れさまでした!」
私が立ち上がると、手をつかまれる。
「送るから。」
まあ、そう言うのは、宇宙人でしょうねぇ。
「いやいや、家主が居なくっちゃ、この家も立ちいかないかと。」
「何だそれ。大丈夫だよ。そもそももうこれで解散なんだから。」
…解散?
私がぱちくりと瞬きをすると、その他3名もそれぞれに自分の持ち物を手元に寄せて立ち上がり出す。
「はい?」
勉強合宿じゃなかったのか?!
「みはるが嫌がってるから、今日は勉強会って話になったんだよ。」
「…さっき、えーって言ってたがな。」
間違いなく4人で声をそろえただろうよ。
「その方がみゃーちゃんが面白い反応するかな、って思って。」
偽勇者よ。お前が元凶か。
「確かに面白かったね。」
宇宙人の友達よ。言いたいことはそれだけか。
「人のありもしない恋路を勝手に楽しめるのに、自分のにはいやに鈍いんですねぇ。」
歯には歯をだぞ!
「みゃー、辞めてあげてくれ! まだ傷はふさがってないんだぞ!」
男の娘よ、そこで良心を発揮するなら、私を力づくで拉致するとかないわー。
「…私が慰めるから大丈夫!」
「それも良くない!」
私は何でもよい。
「じゃ、帰りまーす。」
うなだれる宇宙人の友達に、それを慰める気満々になった偽勇者、どっちにしろ困っている男の娘を置いて、私は予定通り帰ることにする。
「ほら、皆出ろ。」
宇宙人はうなだれてる宇宙人の友達を容赦なく外に追いやろうとしている。
「…圭介、俺泊まるわ。」
「鬱陶しいから嫌だ。」
「シロー先輩、うちに泊まりますか?」
「そんなの許せない! “私”も泊まる。」
…カオス。
「お疲れさまでした!」
私はカバンを持つと、玄関に向かう。
「ほら、皆帰る!」
「はいはーい。」
ウキウキした偽勇者が宇宙人の友達の手を引いて玄関にやってくる。その後ろにムッとした男の娘がついてきて、最後に宇宙人だ。
私は迷わず外へ出る。この玄関に収まる人数じゃ絶対ないから。
外に出ると、途端にじめっとした空気が、体にまとわりつく。見上げても街灯の明かりが邪魔で空はよく見えなかった。
…つまらん。
「みゃーちゃん、ケイスケ先輩に送ってもらうのよ。」
一番最初に出てきた偽勇者が、したり顔で私を見る。
「…どうせ断ってもついてくるんでしょ。」
「私はシロー先輩を持ち帰るから!」
おい、偽勇者よ。こっちの話はスルーかよ!
「え? …俺そんなお荷物?」
次に出てきた宇宙人の友達は、持ち前のスルースキルを遺憾なく発揮している。流石であります!
「違いますよ!」
「えー!? “私”も泊まりますから!」
男の娘はきちんと読み取る能力はあるんだよなぁ…。なぜ女装。いや、深くは考えまい。
「頼んでないから!」
ああ、カオス。
「お前らうるさいぞ。静かにしろよ。酒飲んだわけでもないのにうるさいって何だよ。次部屋提供できなくなるぞ。」
「「はーい。」」
宇宙人の言葉に、2人はようやく静かになった。宇宙人の友達は自分で言った“お荷物”という言葉に勝手に凹んでいるままだ。
「じゃ、俺はみはる送っていくから。」
「「気をつけて! 送り狼OKですから!」」
偽勇者と男の娘よ。さっき静かにしろって言われてただろ! 声張り上げるな!
「絶対ないから。」
ぼそりと呟いて宇宙人を見れば、宇宙人は面白そうに笑うだけだった。
「じゃ、帰るか。」
じゃ、じゃないよ。…帰るけど。
「あ、ここは見えるな。」
宇宙人の言葉に、私は顔を上げる。
宇宙人の家から広めの道に出たところで、丁度街灯が背にくる場所だ。
「ベガ、アルタイル、えーっと…。」
なんてことだ、度忘れした。
「デネブな。夏の3角形だろ。」
「そうですよ。」
私は答えられたことにちょっとムッとしつつ、夜空を眺めて気を紛らわす。
「夏はいつまででも外に居られるから、小さい頃は地面に寝転んで夜空をずっと眺めてたな。」
「宇宙バカは小さい頃からの筋金入りなんですね。」
「みはるは違うのか?」
「…私は、高校生くらいからですよ。」
私が宇宙バカになったきっかけは、宇宙人とのメールがきっかけだ。だけど私はそれについては宇宙人に言ったことはない。
「まじか。俺のメールって影響してる?」
「少しは。」
「へぇ。俺もいいことしたな。」
クスリと笑う宇宙人に、私は肩をすくめる。
「宇宙人って名乗る人に言われたくないですね。一歩間違えば不審者ですよ。」
「でも、いい画像だっただろ。M13。肉眼で見えないのは残念だけど、ほら、あれヘルクレス座だろ。」
宇宙人が指さした先に、ヘルクレス座が見える。
「みはるお前、天文部で合宿したことないなら、天体望遠鏡とかで見たことないんだろ。今度見せてやるよ。」
「まあ、機会があれば是非。」
まあ、機会があればそれはやぶさかではない。
「本当に星が無数に見えて、きれいなんだよ。」
私は宇宙人を見る。
こうやって目を輝かせて星のことを語っていた人間を一人知っている。…私の元カレだ。
私は目を輝かせて語る元カレに、気が付けばドキドキしていたのだ。
私が自分の恋心を自覚したのは、その時だ。
宇宙人と話をしていても、宇宙人が瞳を輝かせていても、昔私が元カレに感じていたようなドキドキする心の動きは全くなく、何と言うか私の気持ちは凪いでいる。だからこれはきっと…恋にはならないと思うわけだ。
私が宇宙人を好きになるとすれば、それは地球の最後の日だと思う。
その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。求愛行動に宇宙の画像を使うような宇宙バカだ。これについては褒めてはないし、わかりにくくて仕方がないと結構けなしている。
そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、本当にたまにある繋がりだった。
私が進学した大学に実はその宇宙人がいて、そのメールだけのつながりは続いたまま、私は宇宙人と知り合いになった。
ところが、宇宙人はあんな下らないメールのやり取りだけで私に対する恋心を発露させてしまった。
そして、そのメールの相手が私だと知った宇宙人は…こともあろうに恋心をそのままにすることにしたらしい。訳が分からん。
訳が分からないことを言う人間が、私の周りには多すぎると思う。
そうか、最近暑くなってきたからか。だからきっとますます訳が分からないことを言うんだろう。
うん、きっとそうだ。
「勉強合宿?」
聞きなれない単語の羅列に私は動かしていた箸を止めてつい聞き返す。
「ね、やるでしょ!」
私が聞き返したことで偽勇者は私が興味を持ったのだと勘違いしたらしい。俄然テンションが上がっている。
学食の中がざわめいているから気にもならないが、これが講義室だったら確実にうるさかっただろう。
「…意味なくない?」
偽勇者と学部は同じとは言え、学科は違う。よって専門の基礎教科は被っているものもあるが、授業で顔を合わせているのは2、3個のはずで、勉強合宿という時間を費やす意味はあまりない気がする。いや、あまりじゃなくてない気がする。
「意味あるの!」
「ないでしょ。」
「あります!」
「八代とやれば。」
それだけやりたいのならば、勉強を一緒にやりたがる男の娘とやればいいのだ。ナイスアイデア。
「それ意味ないから!」
「八代で意味なきゃ、八代と同じ学科の私とでも意味ないでしょうよ。」
「みゃーちゃんなら意味あるの!」
「どこにさ。」
意味がないことならいくらでも羅列できそうな気がする。
「勉強やって、ごはん食べて、パジャマパーティーして、遅くまで語り合うの!」
「八代でいいがな。」
私である必要もない。男の娘からは感謝されるだろう。ナイスアイデア。
「何で八代とパジャマパーティーしないといけないわけ?!」
「用は足せる。勉強相手にもごはんの相手にもパジャマパーティーの相手にもなる。しかも八代は喜ぶ。」
ナイスアイデア。
「絶対いや! 絶対みゃーちゃんなの!」
なぜだ。
「シロー先輩でも?」
「それはいいけど、まだハードルが高い!」
「…それでいいなら八代でいいがな。」
「みゃーちゃん? 私がシロー先輩のこと好きだって言ってるの忘れてる?」
忘れてるんならその名は出さない。ただ性別で拒否されるわけではないと確認しただけだ。
「八代と付き合おうかなって言ったのも覚えてるんだが。」
完全に偽勇者への必殺技と言う名の嫌がらせとして活用しているだけだが。活用したのは初めてだが、攻撃力としては高いと思う。私だっていつまでも偽勇者の攻撃力の前に怯えているだけじゃないのだ!
「それ記憶から抹消して!」
あー! と頭を抱えて唸る偽勇者を見る限り、ヒットポイントはかなり削れたらしい。あと一息か。
「じゃ、八代に伝えとくから。」
「じゃ、じゃないでしょ! みゃーちゃん日本語おかしいから!」
いや、全然おかしくないから。
「何お前ら騒いでんの。」
宇宙人の出現は唐突ではあったけど、最近は一人でも私がいるテーブルに来ることもあるから、ある種見慣れた風景になりつつある。逆も然りで、宇宙人の友達と同じテーブルになることもあるけど、割合としては宇宙人の方がいくらか多いかもしれない。
「私は騒いでませんよ。騒いでるのは会田だけです。」
それ事実。
「ケイスケ先輩、横どうぞ。」
声をかけてきた宇宙人に、偽勇者はひとつ飛ばした席に座り直し私と偽勇者の間に座る場所をつくりだす。
「あ、ありがとう。」
「いえいえ。」
私を見てニヤニヤする偽勇者よ、そんなにヒットポイントを削ってほしいのか。
「騒いでたのはですね、会田がタケノシンと…。」
「あ、ケイスケ先輩もどうですか? みゃーちゃんと勉強合宿。」
私の言葉に被せるように偽勇者が繰り出した攻撃は、明らかにおかしい。
「へー、勉強合宿なんてものするのか。」
「ええ。是非参加してください。」
いやそれ宇宙人の参加促してフェイドアウト狙う気だろうよ偽勇者め!
あ、でも偽勇者宅で行えば家主は逃げまい。…やんないけどな。
「いや、それは…。」
予想外に抵抗を見せる宇宙人に、偽勇者はうーん、と考え込む。まあ、当然と言えば当然だ。宇宙人は院生、我らは学部生。テスト期間は同じくらいでも、勉強する内容は違う。
「みゃーちゃんなら気にしないで大丈夫です! 快く場所提供してくれますから!」
「どこに許可得た。」
何でそんな話になる。
「あそこ、人が集まると狭いだろ。」
宇宙人、そこはスルーか。
「えー? 大丈夫ですよ。2人なら。」
既に勉強合宿じゃなくなってる! …そうか、偽勇者は攻撃をしてほしいんだね!
「あ、会田は八代と2人で勉強合宿したいんだね。」
しらっと言えば、偽勇者がカッと目を見開いた。…石化するかもしれないと思えるほどの眼力だ。…実際はしないし、私には痛手はなにもないけどな。
「何で?」
そりゃ、宇宙人も食いつくよね。そうだよね。
「じゃ、ケイスケ先輩の部屋で勉強合宿どうですか。あの部屋広いし。」
むむ、偽勇者め話題をすり替えよったな!
じゃ、じゃないだろ。
「あー、まあ確かに広めだとはおもうけど。」
宇宙人よ、もう少しさっきの話題に食いつこうよ。たとえ興味がなくてもさ。
「じゃ、ケイスケ先輩の部屋で、私とみゃーちゃんと八代とシロー先輩で勉強合宿しましょう!」
おい、偽勇者。どさくさに紛れて宇宙人の友達カウントしただろ。
「志朗な…まあ来るか。あいつお人好しだから。」
いや、宇宙人の方が巻き込まれ系お人好しかと。
「えっと、ケイスケ先輩さっき躊躇してましたよね? だからいいですよ!」
私はこのまま話が進んでいいとは思ってないから!
「いや、男1人だと不味いかと思ったくらいで、他にもいるならいいかな、と。」
いやちょっと待て。男が1人だろうと2人だろうと3人だろうと、関係ないだろうに。
「ケイスケ先輩、よく意味がわかりません。」
そうか、偽勇者もか。たまには気が合うな。たまにはな。
「え? そうか? 俺が襲われたら困るし。」
「「襲うか!」」
偽勇者と気が合った。たまにはな。
宇宙人よ…その答えに、え? じゃないよね。
「何が、え? なんですか。」
「みはるは宇宙人を解剖したいかもしれないし?」
ニヤリと笑う宇宙人よ。本当に解剖を希望するのかそうなのか。
「残念ですけどケイスケ先輩が地球人である以上、私にはその望みは叶えてあげられそうにありません。犯罪者にはなりたくないですからね。」
「違うだろ。」
「違うかどうかは私には無関係かと。」
「みゃーちゃんならそうかもしれないですけど、私はないですよ?」
ちょっと待て、偽勇者よ。私ならってなんだ?
「いや、会田は俺の弱味を探して志朗と付き合えるように脅す材料にしそうだから。」
「確かに会田はしかねない。」
それについては宇宙人に激しく同意する。
「私はそんなに性格悪くないですよ。」
「「自覚なしか。」」
たまには気が合うな、宇宙人。たまにはな。
「ほらほら、ケイスケ先輩とみゃーちゃんたら息ピッタリ。」
ほらほらってなんだ。さっき自分もシンクロしただろう、偽勇者め!
「何なら2人きりでも」
偽勇者よ口を慎め。宇宙人よ断るが良い。
「解剖されたくなかったんでしたよね。」
宇宙人が返事をしないのにじれて口を開いたら、宇宙人はにやりと笑うだけだった。…風向きがおかしいぞ。
「そもそも勉強合宿したいって言ってるのは会田であって私じゃないし。私は断固拒否します!」
「…まあ、今回は皆で勉強合宿でいいんじゃないか?」
待て宇宙人。スルーするな。
「そうですね。」
待て偽勇者。なし崩しにするな。
「嫌だって言ってるがな。」
「今回は、まあうちで勉強合宿ってことで。」
宇宙人め。完全に聞こえないふりしてるだろ。
「先輩、今回はって何ですか。」
ちょっとアプローチを変えて宇宙人に攻撃することにする。
「みゃーちゃん、いやね。」
おいそこの偽勇者、何だその生暖かい目は!
「は? 今回は今回だろ。」
「そうよ、みゃーちゃん。今回の話よ?」
ウインクするな偽勇者。まんまと宇宙人の友達まで引き込んでうきうきしてんのわかってるんだぞ!
「ですから、今回も何も、勉強合宿なんてしませんって!」
「いつする?」
おいまて、そこの宇宙人。なぜにスルーする。
「しないって。」
「そうですねー。今週の金曜日とか、どうですか?」
おいまて、そこの偽勇者よ。わかっててスルーするな。顔が私を見て笑ってるぞ。
「金曜日か。志朗にも聞いとくわ。」
「じゃ、私は八代に聞いときますねー。まあ、八代がダメって言っても、別にいいですし。」
「「だろうね。」」
ついまた宇宙人とシンクロしてしまったが、そうだ、そんなシンクロってる場合じゃないんだった。
「私は行かないから。」
「ケイスケ先輩、私が責任もってみゃーちゃん送り届けますから。」
「ま、会田のやることなら心配はしてない。」
ちょっと待て。
「行かないって言ってるでしょ。」
「まあ、みゃーちゃんもなんだかんだ言いながら、巻き込まれるの好きですしね。」
「そうだな。」
「巻き込まれるの好きじゃないんですけど!」
「「へー。」」
何で2人でシンクロして私を見るのだ。
私は間違いなく面倒なことには巻き込まれたくない人間の1人として名乗りを上げられるぞ!
「巻き込まれるの好きじゃありません!」
「何だかんだ言って、タケノシンに勉強教えてるだろ。」
う。それは…致し方ないと言うか。
「何だかんだ言って、私にも付き合ってくれるじゃない?」
…もしかしなくても、私は巻き込まれ系お人好しってことになるんだろうか。
「何その気づいてなかったって驚いた顔。そもそもタケノシンに懐かれてる時点でそうだろ。」
「まあ、そうですよね。私もみゃーちゃんと八代の2人組を初めて見た時には、なんてお人好しがいるんだ、って思いましたもん。」
そこの2人、私に思いっきり攻撃してくるんじゃない。ダメージが半端ないぞ。
そうか。私の巻き込まれ系お人好しの人生は、男の娘に懐かれた時点で既に始まっていたのか。
…んなわけあるかい!
「いいえ。私はお人好しでも巻き込まれ系でもありません!」
ちょっとそこの二人、含み笑いするんじゃない! 2人が完全に本気でそう思ってるってことになるでしょ!
「絶対行かないから!」
私は決めた。巻き込まれ系もお人好しも、これで終わりにしてやる!
****
「はぁ、何で、こんなことに。」
皿を洗いながら、私はため息をつく。
「人数多いし、タケノシンは買い出しに行ってくれて、志朗と会田がご飯作ってくれたから、じゃないの。」
「別に皿洗いしてることについてため息ついてるわけじゃありません。ご飯を作ってもらったんだから、皿を洗うのは当然です。」
「じゃ、何がだよ。」
しらっと言ってのける宇宙人を、私はジトっとした目で見る。
ニヤっと笑ってるんだから、わかってて言ってるだろう。
「私は勉強合宿には行かないって言ったじゃないですか。」
「でも来ただろ。」
「…だって! 会田が玄関前で騒ぐから! それにタケノシンが!」
会田がうちの玄関前で騒ぐのは2度目で、その時は1階に住む大家さんにマスターキーで私の家の鍵を開けられた。体調不良だったとはいえ、なかなかの体験だった。そのいつぞやの二の舞になりそうだと思って渋々ドアを開けたら、男の娘に確保され私はドナドナされた。力技とは卑怯だぞ。流石偽勇者。卑怯なのも褒め言葉になるな…。
でもその力技のおかげで、私は一つ帰る言い訳を見つけている。ギリギリになって言わないと何とでもされそうで嫌だったから、そのギリギリを今見極めている最中だ。
「ま、うちで星でも見て帰ればいいんじゃね?」
「まさかいつぞや話してた合宿も兼ねてるんですか。」
「まあ、ついでだし。うちは星が良く見えるって、お前も言ってただろ。」
宇宙人のベランダからは、山と、空と、墓しか見えない。ここは見事に墓地の裏手にある家で、その光源のなさが夜空に光る星を見やすくしているのは間違いない。それでいつぞやここで星を見る合宿したらどうですか、と言ったのは確かに私だったけど。
「喜ぶの私しかいないじゃないですか。会田は嫌がってましたし、シロー先輩も遠慮するっていつか言ってませんでしたか。」
確か前に星を見るための合宿という話がちらりと持ち上がったときに、宇宙人の家なら星が良く見えると言った私に2人はそう言って断ったのだ。…どちらかと言えば、私と宇宙人を2人きりにしようと面白がっているような気がするけど。
「タケノシンがいるだろ。」
「タケノシンは、この家の立地あり得ん、って言って墓地に目をやらないようにしてましたよ。」
このメンバーでこの家に集まるのは2度目だ。1度目はクリスマスだった…まあ、あの時も色々あった。
「…怖くはないけどな。」
「私も怖くはないですが、見るの私しかいないでしょうね。」
「俺も見るけど。」
「…遠慮します。」
フフフ、と笑う声がして見れば偽勇者がニヤニヤと私たちを見ていた。
「どうかしたか?」
宇宙人め。この状況を作り出したのは私以外の4人だとわかってるんだぞ!
皆揃ってニヤニヤすんな!
「あ、もう11時か。」
宇宙人の友達の声に、私はそろそろか、と思う。
そろそろ、切り札を使う時間だ。
「私、帰ります。」
机の上に出していたノートとテキストをバックに詰めていると、想像通り、他4名から、「えー。」と声が上がる。…4人でハモるな。
「何と言われても帰る。」
「どうしてよ?」
ふふふ、よくぞ聞いてくれた偽勇者よ。どちらかと言えば、偽勇者のおかげだぞ。
「私、泊まるような準備はしてきませんでしたし。」
「「えー。」」
偽勇者に男の娘よ。そうだ、お前たちのおかげで私はこの合宿から帰ることを許されるのだ! 私に無理やり荷物を詰めるように言ったけど、私が何をもってきたかまではチェックはされなかったからな! だから私は何も用意もなかったし持っても来なかった。
「みゃーちゃん、夜遅くまでおしゃべりしようよ。」
「いや。」
私は偽勇者の申し出を一刀両断する。私は巻き込まれ系お人好しは卒業するのだ!
「“私”も、みゃーの恋バナ聞いてみたかったのに。」
おっと、男の娘よ。どこかで私が零した話をまだ覚えていたのか。そうか、覚悟はあるんだな。
「存在しない記憶があるみたいだね? 記憶操作してみる?」
確か私は、抹消しろと言っておいた気がするんだが。
「みゃーちゃん、目が怖いから! タケノシンも冗談だから、冗談。ね?」
宇宙人の友達が、まあまあ、と私をなだめる。
「冗談…ですかね?」
「えー。だってみゃーちゃん…恋愛感情とか、ある?」
ほほう。自分はこの間恋愛感情を初めて自覚したからって、私より上に立ったつもりか!
「ないこともないですよ。少なくともシロー先輩より自覚するタイミングは早いですよ。」
「何気にザクっときた。こんな話題振るんじゃなかった。」
宇宙人の友達がうなだれる。ホホホ、目には目をだぞ!
「え、何それ。みゃーちゃん、彼氏いたことあるの?」
食いつくな偽勇者。それで話が伸びて帰るの遅くなるだろ。
目を揺らす男の娘は睨んだら目を逸らしたから、口外しないだろう…たぶん。
「ナイナイナイナイ。何もないから、私は帰ります。お疲れさまでした!」
私が立ち上がると、手をつかまれる。
「送るから。」
まあ、そう言うのは、宇宙人でしょうねぇ。
「いやいや、家主が居なくっちゃ、この家も立ちいかないかと。」
「何だそれ。大丈夫だよ。そもそももうこれで解散なんだから。」
…解散?
私がぱちくりと瞬きをすると、その他3名もそれぞれに自分の持ち物を手元に寄せて立ち上がり出す。
「はい?」
勉強合宿じゃなかったのか?!
「みはるが嫌がってるから、今日は勉強会って話になったんだよ。」
「…さっき、えーって言ってたがな。」
間違いなく4人で声をそろえただろうよ。
「その方がみゃーちゃんが面白い反応するかな、って思って。」
偽勇者よ。お前が元凶か。
「確かに面白かったね。」
宇宙人の友達よ。言いたいことはそれだけか。
「人のありもしない恋路を勝手に楽しめるのに、自分のにはいやに鈍いんですねぇ。」
歯には歯をだぞ!
「みゃー、辞めてあげてくれ! まだ傷はふさがってないんだぞ!」
男の娘よ、そこで良心を発揮するなら、私を力づくで拉致するとかないわー。
「…私が慰めるから大丈夫!」
「それも良くない!」
私は何でもよい。
「じゃ、帰りまーす。」
うなだれる宇宙人の友達に、それを慰める気満々になった偽勇者、どっちにしろ困っている男の娘を置いて、私は予定通り帰ることにする。
「ほら、皆出ろ。」
宇宙人はうなだれてる宇宙人の友達を容赦なく外に追いやろうとしている。
「…圭介、俺泊まるわ。」
「鬱陶しいから嫌だ。」
「シロー先輩、うちに泊まりますか?」
「そんなの許せない! “私”も泊まる。」
…カオス。
「お疲れさまでした!」
私はカバンを持つと、玄関に向かう。
「ほら、皆帰る!」
「はいはーい。」
ウキウキした偽勇者が宇宙人の友達の手を引いて玄関にやってくる。その後ろにムッとした男の娘がついてきて、最後に宇宙人だ。
私は迷わず外へ出る。この玄関に収まる人数じゃ絶対ないから。
外に出ると、途端にじめっとした空気が、体にまとわりつく。見上げても街灯の明かりが邪魔で空はよく見えなかった。
…つまらん。
「みゃーちゃん、ケイスケ先輩に送ってもらうのよ。」
一番最初に出てきた偽勇者が、したり顔で私を見る。
「…どうせ断ってもついてくるんでしょ。」
「私はシロー先輩を持ち帰るから!」
おい、偽勇者よ。こっちの話はスルーかよ!
「え? …俺そんなお荷物?」
次に出てきた宇宙人の友達は、持ち前のスルースキルを遺憾なく発揮している。流石であります!
「違いますよ!」
「えー!? “私”も泊まりますから!」
男の娘はきちんと読み取る能力はあるんだよなぁ…。なぜ女装。いや、深くは考えまい。
「頼んでないから!」
ああ、カオス。
「お前らうるさいぞ。静かにしろよ。酒飲んだわけでもないのにうるさいって何だよ。次部屋提供できなくなるぞ。」
「「はーい。」」
宇宙人の言葉に、2人はようやく静かになった。宇宙人の友達は自分で言った“お荷物”という言葉に勝手に凹んでいるままだ。
「じゃ、俺はみはる送っていくから。」
「「気をつけて! 送り狼OKですから!」」
偽勇者と男の娘よ。さっき静かにしろって言われてただろ! 声張り上げるな!
「絶対ないから。」
ぼそりと呟いて宇宙人を見れば、宇宙人は面白そうに笑うだけだった。
「じゃ、帰るか。」
じゃ、じゃないよ。…帰るけど。
「あ、ここは見えるな。」
宇宙人の言葉に、私は顔を上げる。
宇宙人の家から広めの道に出たところで、丁度街灯が背にくる場所だ。
「ベガ、アルタイル、えーっと…。」
なんてことだ、度忘れした。
「デネブな。夏の3角形だろ。」
「そうですよ。」
私は答えられたことにちょっとムッとしつつ、夜空を眺めて気を紛らわす。
「夏はいつまででも外に居られるから、小さい頃は地面に寝転んで夜空をずっと眺めてたな。」
「宇宙バカは小さい頃からの筋金入りなんですね。」
「みはるは違うのか?」
「…私は、高校生くらいからですよ。」
私が宇宙バカになったきっかけは、宇宙人とのメールがきっかけだ。だけど私はそれについては宇宙人に言ったことはない。
「まじか。俺のメールって影響してる?」
「少しは。」
「へぇ。俺もいいことしたな。」
クスリと笑う宇宙人に、私は肩をすくめる。
「宇宙人って名乗る人に言われたくないですね。一歩間違えば不審者ですよ。」
「でも、いい画像だっただろ。M13。肉眼で見えないのは残念だけど、ほら、あれヘルクレス座だろ。」
宇宙人が指さした先に、ヘルクレス座が見える。
「みはるお前、天文部で合宿したことないなら、天体望遠鏡とかで見たことないんだろ。今度見せてやるよ。」
「まあ、機会があれば是非。」
まあ、機会があればそれはやぶさかではない。
「本当に星が無数に見えて、きれいなんだよ。」
私は宇宙人を見る。
こうやって目を輝かせて星のことを語っていた人間を一人知っている。…私の元カレだ。
私は目を輝かせて語る元カレに、気が付けばドキドキしていたのだ。
私が自分の恋心を自覚したのは、その時だ。
宇宙人と話をしていても、宇宙人が瞳を輝かせていても、昔私が元カレに感じていたようなドキドキする心の動きは全くなく、何と言うか私の気持ちは凪いでいる。だからこれはきっと…恋にはならないと思うわけだ。
私が宇宙人を好きになるとすれば、それは地球の最後の日だと思う。
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