宇宙との交信

三谷朱花

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宇宙との交信15 ~地球最後の日?~

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 私は宇宙人と交信している。

 その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。
 そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、本当にたまにある繋がりだった。
 私が進学した大学に実はその宇宙人がいて、そのメールだけのつながりは続いたまま、私は宇宙人と知り合いになった。
 宇宙人はそのメールの相手が私だとは知らないままだった。
 ところが、宇宙人はあんな下らないメールのやり取りだけで私に対する恋心を発露させてしまった。意味が分からん。
 ついでに、私が結び付かないと思っていた私が落っことしてしまった色んなピースが上手いことつなげられてしまい、宇宙人に私がメールの相手だと言うことがばれてしまった。
 …こともあろうに宇宙人は、恋心をそのままにすることにしたらしい。
 バレてから、週に1度くらいの割合で天体の画像が送られてくるようになった。
 その画像のどれにも暗黒星雲がある。“始まり”つまり付き合おうという意味らしい。めんどくさいから、最近はブラックホールしか送ってない。

 ブラックホールは色んなものを飲み込む。だからこんな変な話になったのか?

「は?」

 私の聞き返しに、偽勇者がため息をついた。
 …いや、ため息つきたいのはこっちの方だよ。IN偽勇者宅。有無を言わせず連れ込まれた。
 あ、雨が止んだわね、暑いわね、じゃあ行きましょうって…何だ? 確か私は男の娘にこの後勉強会開く予定だったんだけど、男の娘も何も言わずに見送るって何だ?

「だから、もういっそ八代と付き合おうかと思って。」

 偽勇者は少しも嬉しくなさそうな仏頂面でそうのたまう。ええ、ええ、さっきもその言葉は聞きましたけどね?

「…何で?」 

 確かに男の娘が偽勇者を好きなのは周知の事実で我々からすれば当たり前の話なんだけど、偽勇者が好きなのは宇宙人の友達であって、男の娘ではなかったはずだ。少なくとも、宇宙人の友達が自分の恋路を自分で踏みつぶした2週間前の男の娘の空手大会の時までは。

「あんなに鈍いシロー先輩が、自分の恋心自覚しちゃったの見たら、何だか、ああ無理なんだな、って思ったのよ。」
「でも失恋してたよ?」 

 あ、つい足を踏み入れてしまった。いつもなら全力でスルーするのに!
 つい先ほど、あの“恋愛感情に鈍い”の代名詞とも言える宇宙人の友達が、自分の恋心を自覚する場面に遭遇した。
 よりにもよって、小動物がゼミの先輩と付き合い始めたのを知って、という宇宙人の友達にとっては遅すぎるタイミングで。
 まあ、庇護したくなる小動物に好意を抱く相手が宇宙人の友達だけってわけもなく、小動物はモテていたらしい。あれから2週間ほどしか経っていないはずだけど…小動物はどうやら気持ちを切り替えたらしいとわかる。まあ、その気がないと感じた相手に恋心を持ち続ける必要性があるわけでもないし、恋心がたとえあっても他の誰かと付き合ったらいけないわけでもない。
 小動物と付き合い始めたと告白して行ったあのゼミの先輩とやらは、間違いなく宇宙人の友達を牽制したんだろう。その告白に宇宙人の友達は呆然とショックを受けた表情をしていた。
 小動物はもう宇宙人の友達を見てもいなかったから気づきもしてないだろうけど、見ていた我々はそれぞれに“ようやく自分の恋心を自覚したか”と理解したわけだ。

「…失恋したって諦められないことだってあるし、失恋しても、好きなままだっていいでしょう?」
「自分もな。」

 絶妙な切り返しだな、と自画自賛してたら偽勇者に睨まれた。

「可能性がないのは…しんどいだけよ。」
「それでも好きでいる人もいるがな。」

 つい言ってしまってから、我ながら今日は親切だな、と思う。

「…まあね。」

 はあ、とため息をついた偽勇者は、いつぞや見た光のない目を伏せた。

「正直、そういう人って、すごいと思う。だって、気持ちを返してもらえないのに好きで居続けるって…何をエネルギーにしてるんだろうって思う。」
「妄想。」

 ギロッと偽勇者に睨まれる。でも真実だと思うんだよね。

「ストーカーなんてその最たるものじゃん?」
「なにその極端すぎる例! 私は純粋に人を好きになるって話をしてるでしょ!」
「本当に妄想もなにもしないもの? 好きなの、だけで相手に何も期待しないわけ?」
「しない…こともないけど…。」
「だから好きで居続けられるんじゃないの。」

 完全に想像の範囲内で話をしてるだけだけどね! もう私の個人的な経験じゃ補えない話だからね!

「…それが期待できないってわかったから、諦めるんじゃない。」

 なるほど。

「じゃ、それで。」
「何であっさりなの!」
「え? もうやめます、って自分で言ってる人にこれ以上何を言えっていうのさ。」
「そんなことないよ。頑張ってみたら。まだチャンスはあるよ。でしょ。」
「そんなことないよ。頑張ってみたら。まだチャンスはあるよ。」
「…棒読みってひどくない?」
「ご希望通りにしたのに文句言われるのもねぇ。」

 確かに完全棒読みプラス無表情で希望のセリフを繰り返してみたけど。

「みゃーちゃんって…女子の会話に向かない人間ね。」

 偽勇者が大げさにため息をつくけど、何を今更、としか思えない。

「今更気付いたの。」
「…いや、気付いてたけど。」

 気付いてたんならわざわざ言わなくていいがな、と胡乱な目で偽勇者を見たら、偽勇者が肩をすくめた。

「そんな会話したいなら、同じ学科の友達に話し相手になってもらえばいいでしょ。」
「…その会話がつまんないって思ってる自分がいて、嫌なの。」
「知らんがな。」

 私には関係あるまい。

「もー! みゃーちゃんたちのせいよ!」
「人のせいにされても。」

 私には関係あるまい。

「どうしてこうなっちゃったんだろう。」

 遠い目をする偽勇者に、私は自分が無関係であることを確信してリュックからテキストと筆記用具を取り出した。

「ちょっとみゃーちゃん。何してるの。」
「え? 勉強。見れば分かるでしょ。」

 私は悪びれもせずローテーブルに勉強道具を広げた。

「何でこんな時に勉強するの。」
「明日小テストがあるからじゃない?」

 それで今日男の娘と勉強会をする話になってたのだ。

「それ質問に答えてないでしょ。何で今勉強するのよ。」
「え? 無関係な話が続いてるなー、と思ったから?」

 私の答えに偽勇者は納得がいかなかったらしく、ムッとした顔をする。

「無関係なわけないでしょ。関係大有りよ。」
「どこが?」

 私の疑問に偽勇者が目を見開く。

「みゃーちゃんたちのせいで、普通の女子の会話が楽しくなくなったって言ってるでしょ!」
「だから、人のせいにされても。」
「そもそも、シロー先輩とみゃーちゃんたちが仲良くなければ、私だってみゃーちゃんたちに関わろうとしなかったはずなの!」
「…知らんがな。」
「何でみゃーちゃんたちがシロー先輩と仲良くなるのよ!」
「知らんがな。」

 は? と私の言葉に偽勇者が目を細めた。

「じゃあ、どうして一体シロー先輩と仲良くなったって言うのよ。」
「え…。何でだったっけ?」

 そう言えば宇宙人たちと関わるようになったきっかけって…?
 あれ? と考えていると、ダン! とローテーブルに偽勇者のこぶしが下ろされた。

「シロー先輩たちに勉強教えてもらってたんでしょ! どうやったらそんなチャンスが転がり込んでくるのよ。」
「チャンスも何も、別に狙ったものでもないんだけど。」

 その時のことを思い出してみても、あれは完全に偶然の産物だった。むしろ男の娘があそこで騒がなければ、きっと今も私と宇宙人の間はメールだけのつながりで実生活では無関係の間柄だったはずだ。

「みゃーちゃんは宇宙人がケイスケ先輩だって知ってたんでしょ! だとしたらやっぱり仲良くなれるチャンスを狙ってたんじゃないの!」
「全く狙ってないし。」

 何の言いがかりだ、コレ。そもそもあの時も宇宙人の友達が男の娘に声を掛けたのであって、私が勉強会に巻き込まれたのも男の娘のせいだ。つまり、諸悪の根源は男の娘である。私では絶対ない。

「絶対絶対狙ってた!」
「狙ってないし、文句なら八代に言って。それに狙ってたんなら、最初からメールの相手は私ですって告白するがな。」
「…そうやって隠して隠して興味を最大限に引き出すつもりだったんでしょ!」

 男の娘の罪はスルーされたらしい。なんてこった。

「…意味が分からん。」
「そうやってケイスケ先輩との仲を…。」
「深めたくはないんだが。」
「…そうよね。」

 さっきまでは全力で言いがかりを押し付けてたのに、偽勇者は急にトーンが下がってしまった。

「それわかってるなら、そんな言いがかりが意味ないってわかるでしょうよ。」
「まさかの、シロー先輩ターゲット説!?」

 急にトーンが下がったと思ったら、急激に偽勇者のトーンが上がった。
 いや、何だその言いがかり。

「それ何も事実が伴ってないから。」
「だからさっき私が諦めるって言ったら、あっさりそうしたらって言ったのね!」

 おおっと。ひどい言いがかりが展開される模様。

「知らんがな。」
「知らないふりして、私を油断させようって言うんでしょ!」
「…むしろ私のどこにシロー先輩を狙う可能性があるのか教えて欲しいんだけど。」
「…それは! …まあ、どこかにあるんじゃないの。」

 偽勇者が目を逸らした。

「答えられないでしょうに。」

 はぁ、とため息をつけば、偽勇者にギロっと睨まれた。

「みゃーちゃんがさっさとケイスケ先輩とくっつけばそんな濡れ衣着せられなくて済むのよ!」

 …何でそんな理論になるんだ。

「いや、それはおかしいでしょ。」
「おかしくないの! みゃーちゃんとケイスケ先輩がくっつけば…私にも…。」
「私がケイスケ先輩とくっつくことはないんじゃないの。」

 ある意味偽勇者の発言を全否定だけど、全く罪悪感はなく。だって事実だし。

「…風邪ひいた時、ケイスケ先輩が来てくれたでしょ? 気持ちが傾いたりとかなかったわけ?」

 そう言えばあの時の諸悪の根源は偽勇者だったということを思い出した。
 5月初め頃にひどい風邪をひいた。授業に出てこない私を心配した男の娘が偽勇者に連絡を取り、偽勇者が私の様子を見に来てくれた。…そこまでは感謝すべきことだった。
 だけど、あまり長居できないとうちの鍵を閉めて行った偽勇者は、こともあろうにその後を宇宙人に頼んでうちの鍵を渡していた。
 目が覚めて宇宙人がいた時の驚きと言ったら! 
 そう言えば元気になった時にニヤニヤ偽勇者が見て来たから、何を言っても面倒そうだと文句も言わずにスルーしていたんだった。その後も私が文句も言わないし話を振られても全スルーしてたから、今となっては聞かれなくなっていたのに。

「してたら、もう付き合ってんじゃないの。」
「…それもそうね。」

 偽勇者が納得してくれた様子にほっとしたのは…単なる気のせいだった。

「あの時、何かあったの?」

 目がきらりと光る偽勇者に、私はため息をこぼす。

「私は寝てただけだから知りません。」

 知らぬ存ぜぬ。

「だって、ケイスケ先輩朝までいたんでしょ?」

 …情報の発信源は1つしかあるまい。だがしかし。

「私が助けを呼ぼうとしないから、一人にするのは心配だって勝手に居座ってたんですけど。」

 私が恨めしい顔をすれば、偽勇者は、あら、と何かを気付いたような顔をする。

「でもみゃーちゃん追い出さなかったんでしょ。」

 そこの偽勇者よ、言いたいことはそれだけか!

「追い出す元気もありませんけど!」

 こっちは熱があってフラフラだったんだぞ!

「ケイスケ先輩ならみゃーちゃんが本気で嫌がったら帰るわよ。」
「帰れコールはした。」
「本気で帰って欲しそうには聞こえなかったんじゃない?」

 そんなわけあるか。

「UFOが迎えに来てますよ、宇宙に帰れ、ブラックホールに飲み込まれろ、宇宙のチリになれ、とか他にも色々言ってみたんだけど?」

 夕食が片付け終わっても帰ろうとしない宇宙人に、私はありとあらゆる罵詈雑言を浴びせたつもりだ。
 そう証明したのに偽勇者は呆れたような顔をしただけだった。

「それじゃ帰るわけない。」

 一刀両断か! 

「な・ぜ・に!」
「…はいはい、よしよし、大人しく寝ときな。って言いたくなる位よね、それ。」

 まさしく宇宙人にその通りのことを言われなだめられた当人としては、ぐうの音もでない。しかも宇宙人は、こっちは必死だと言うのにニヤニヤしてたし!

「他に何と言えと?!」

 私には正解が分かりかねる。

「そうねぇ…。もう力が出ないって感じで、帰ってください。って言えば良かったんじゃない?」

 なんと!シンプルイズベストが最適だったのか!
 ああ…と声を漏らした私に、偽勇者がクスリと笑う。

「でもきっと駄目ね。そんな様子ならケイスケ先輩余計心配して帰らないわね。」
「…じゃあ、どう答えれば帰るわけ。」
「えー。そうねぇ。私はもう大丈夫だから帰れ! って元気一杯に言うとか?」

 元気一杯…。

「元気ないから無理でしょそれ。」
「無理を通すのよ!」
「それで帰るなら…まあ頑張らないでもないけど。」
「ま、無理してる時点でケイスケ先輩が帰ってくれないだろうけどね。」
「なら言うな!」
「あ。」

 偽勇者が目を見開いた。

「何思いついたの。」
「ケイスケ先輩に風邪うつしたくないから帰って下さい。ってどう?」

 …どう? って言われても…。

「それで先輩は素直に帰る?」

 にわかに信じがたいが。

「まさか。気にするなよ、で終わりでしょうね。」

 ある意味想像できた答えに、私は偽勇者を見る目を細める。

「じゃあ何でそんな例を出した!?」
「え? そんなこと言うみゃーちゃんが居たら、ケイスケ先輩ウキウキしてますます世話焼きそうだなー、と思って。」

 テヘペロじゃないぞ偽勇者め! …たぶんじゃなくて本気で、偽勇者はこの話の正答を出す気はないと見た。

「あ、そう。」
「えー!? 何でみゃーちゃん急に興味失くすわけ!?」
「…少なくともこの会話が私をからかうために行われていると理解したからだけど?」

 でも私の言葉に、偽勇者がむっと口をつぐむ。

「みゃーちゃん、ひどい。私だって…。」
「…ごめん。」

 目を伏せた偽勇者に罪悪感が浮かんでつい謝罪の言葉を告げる。からかわれてると思ったけど、案外偽勇者も本気で考えてくれたり…。

「もっと面白いことになるといいな、と思ったから言ったのに!」

 してくれてるわけがなかったよね。そうだよね!

「私の謝罪を返せ!」
「嫌よ。みゃーちゃんからかうと楽しいんだもの。」
「…私、いじられキャラじゃないよ? むしろ八代の方がいじられたくって仕方ないんだと思うんだけど。」

 何せあの女装姿。1年以上あの姿でいるから、既に大学の風景に近いところになっている気がする。勿論今年の新入生たちには絶賛ぎょっとされてたけどね!

「嫌よ。」

 即答かよ!

「何でよ。」
「いじられたいオーラを出してる八代をいじったって、何も楽しくないじゃないの。いじられる気がないみゃーちゃんをいじるから楽しいんでしょ!」

 何だその理論!

「素直にいじられたいやついじっといてよ。」
「嫌よ。そんなつまらないことやらないわ。」
「…つまるつまらないじゃないんだけどね?」

 一体全体、何の話からこんな話に…。

「で、ケイスケ先輩に迫られたの? どうなの?」

 …ああ、あの風邪ひいた日の話からそうなったんだった。

「迫られてません。何もありませんでした。そもそも、風邪ひいてダウンしてる私に何かするって、単なるキチクなだけでしょ。」
「そう? お互いの同意があれば問題なしよ?」

 ね、って首を横に倒すな偽勇者。同意がどこにもないのにあるような前提の話にするんじゃない!

「同意もないから問題ありまくりでしょ。」
「部屋を追い出さなかった時点で同意したも同然じゃない?」

 何だその理論! 私にも言いたいことがあるんですけど!

「勝手に家の鍵を先輩に渡したのは自分でしょ!」
「だって、風邪ひいてるときに一人でいるのは寂しいかと思って。私だっていやだもの。」
「じゃあ、会田が風邪ひいた時には、迷わず八代を送り込むわ。」
「え? その必要はないわよ。」

 即答か。…あれ? さっき八代のこと何か言ってなかったっけ?

「やっぱり、好きな人に看病してほしいわよね!」
「私の同意も恋心もなくケイスケ先輩が看病しに来たんですけど。」
「みゃーちゃんったら、追い出さなかったく・せ・に。」

 何その私が宇宙人好きだろうテイスト。
 全くの事実無根だ!

「追い出す元気はありませんでした。」

 何だろう、この無限ループに陥ったような気分。
 偽勇者め、勝手に私をダンジョンに引き入れたな!?


 ようやく偽勇者がダンジョンから出ることを決めて無限ループが終わったとほっとしたら、偽勇者がニコリと笑った。

「やっぱり、シロー先輩のこと諦めきれないから、もう少し頑張ってみる。」

 そんな話をした記憶が1ミリもないんだけど、偽勇者は何でそんな結論に至ったんだろうか。
 …まあいいか。
 そう言えば、男の娘と付き合うことにする、と言ったのはどこに行ったんだろう。
 一体どんな心境の変化があったのか…まあ、いいか。

 だって、本当にそんな日が来るとしたら、地球最後の日のような気がする。
 うん。気にしないに限るね。
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