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宇宙との交信7 ~侵略者?!~
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私は宇宙人と交信していた。
その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。本当に、間違いなく、迷うことなく、宇宙バカだと断言できる。
そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、半年ごとの本当にたまにある繋がりだった。
それが、何の因果か、大学に入り宇宙人と遭遇することになってしまった。
それでも、その宇宙人とはまだお互いにきちんと名乗ったこともないので、きっとずっとそのままばれることなく、このままメールのやり取りは続いていくだろう、そう思っていた。
だけど、そのメールのやり取りをしていた私を騙る人間の出現で、私はメールのやり取りを辞めることにした。
そもそもメールの始まりは私からだったから、私からのメールがなければ宇宙人からメールが来ることもない。
まあ、メールの内容は私の八つ当たりに対する宇宙人のコメントくらいだったし、私を騙られても特に害もないから別にいいやと思っている。だから、宇宙人との交信はそれで終了になった。
もの寂しさを感じたのは、もう宇宙人との交信がなくなるんだと思った時くらいで、そもそも多くて月に一回しかメールをしない相手にそんなに長く寂しさを持ち続けるわけもない。
二か月経った今となっては、もの寂しさも忘れてしまった。
宇宙人の代わりに八つ当たりをする相手は確保しているから、そこだけは安心だ。
「彼女が欲しい」
聞こえてきた言葉を私はそのままなかったことにした。
「みゃー、彼女が欲しいんだよ」
どうやら視線の先で宇宙人カップルがイチャイチャしているのを見て男の娘は感化されたらしい。
きっと肌寒くなったことで男の娘の脳も人恋しくなったと勘違いしたんだろう。どうでもいいから、そのままスルーした。
実は私を騙っているのは宇宙人の彼女で、私は彼女が私を騙ったと知った時から宇宙人の彼女は地球人の擬態をした火星人だと思っている。他人を騙る行為は褒めることではないが、宇宙人カップルを見ることがあると、ああ、宇宙人と火星人だとニマニマしてしまう。
宇宙人と火星人が突然発光し出さないかと思いながら見ている。
「ね、みゃーってば、聞いてる? 彼女が欲しいの!」
どうやら既読スルーは認められないらしい。
「おとといきやがれ」
「ひーどーいー!」
「ひどくはない。自分の格好見てみて?」
私の言葉に男の娘は自分の服を見下ろす。
「かわいいよね?」
「かわいいと似合うはそもそも同意じゃないし、彼女が欲しければ女装を解け」
感化されたからと言って、女装を解く発想にならないのが不思議でならない。
秋の装いにはなったが、絶賛女装中だ。
「ちがうの! この格好でもいいって言ってくれる彼女が欲しいの!」
「おとといきやがれ」
「どこかにいないかな」
「いないでしょ。いるはずないし、いてほしくない。……残念字余り」
五・七・五のリズムを刻んでみた。つまり、私は男の娘の彼女事情など興味はない。
「そのままの姿を好きになって欲しいの!」
なかなか乙女なことを言っているが、その足元のリュックの中には駅で着替えてきた男装が入っているのを既に知っているため、その中途半端な気持ちまで受け入れてくれる心の大きな人間など、そうそう居ないだろうと思う。
「いるといいね」
あ、そうそう。女子とのおしゃべりの基本は肯定だった。別にふんふんと話さえ聞いてくれていれば気はすむのだ。最近身の回りに女子がいなくて忘れかけてたわ。
「そんな曖昧な返事じゃなくて解決方法考えて!」
それは男子の思考回路じゃないかい?
「知らないし、関係ないし、どうでもいい。お、ばっちり」
五・七・五のリズムを刻んでみた。つまり、男の娘の彼女事情など……以下略。
「ひーどーいー」
「ひどくて結構。現実を見るがよい」
私に向かって頬を膨らます男の娘は「あざとかわいい」というカテゴライズはされない。残念ながらいつも通りの「残念女装」というカテゴライズしか行き先は無さそうだ。うーん、残念。
*
「なるほど」
男の娘もこんな格好をすれば素敵女子に見えなくはない。今までの服のセレクトがどれだけ男の娘に合ってなかったのかということなのか。
程よい秋の心地よさの中で学食の建物に足を踏み入れたので、きっと幻覚ではないだろう。
「人の顔見てなるほど以外に言うことはないの? 似合ってるとかかわいいとか」
「あー。素敵女子に見えなくはない」
私のコメントに男の娘は一瞬嬉しそうな顔をしたあと顔を曇らせた。
「見えなくはないってなに?」
「うん、がんばれ!」
ぽん、と男の娘の肩を叩くと、私はその場を通りすぎメニューを注文する列に並んだ。
今日は男の娘が誰かと待ち合わせをしてるとかで、一緒に食べれないと断られた。
そもそも学食で昼食を一緒に取っている形になってるが、私は一度も約束はしてないし、勝手に男の娘がひとつとなりの席に座るため、形式上一緒に食べてる風に見えるだけで、会話も事務連絡程度の必要最低限しかしてない。
だから、わざわざ断られたことは腑に落ちない。
メニューを告げて、副菜を選びながら、そう言えば男の娘が誰かと学食で待ち合わせること自体が珍しいのだと思い出す。
こんな地方の大学で明らかにそうと分かる女装姿の男子と親しくする人間は多くはない。私はカウントしないで欲しいけど、私が知っている限り、男の娘と親しくしているのは宇宙人か宇宙人の友達の二択だ。
そのうちの一択である宇宙人は、火星人の彼女により束縛されているらしく、宇宙人の友達とすら遊ぶことも許されないくらいに束縛されているようなので、男の娘と約束しているとは思えない。
それに、もしもう一択である宇宙人の友達だとしても、私も知ってる相手なわけで、いちいち一緒に食べれないと言われることにも疑問がある。それじゃ、誰が?
そこまで考えて、メインのおかずをカウンターから受け取ると、ま、いっか。と思う。男の娘が誰と会おうが、どうでもいいからだ。
私は迷わずいつも座る席に向かう。
「ここ、いいですか?」
食堂にいて女子から声を掛けられることなどめったにないため、驚きで肩がびくりと跳ねてしまった。
「どうぞ」
私は顔も上げずに同意を示す。そもそも学食のこのテーブルは私だけのものではないし、断る理由もないからだ。
「ありがとうございます」
落ち着いた声で礼を言われて、私はぺこりと頭を下げる。
「那奈ちゃん、わざわざここに座らなくても」
その声に、は? と私は顔をあげる。
すると忌々しそうに私を見る男の娘と目が合った。その表情は何だ。私に何か文句があるのか。私は視線で問いかけてみるが、男の娘はさっと目を逸らすと、私の隣に座った女子にニコニコと笑いかけた。
……何だこれ。一体、どんな状況なんだ??
私は今度は何に巻き込まれそうになっている?
「だって、るんちゃんが仲良くしてるんだから、私だって仲良くしたいもの」
るんちゃん! それを呼ぶ勇者がいるなんて!
そしてそのるんちゃんが仲良くしてるのって……誰だ?
「ね、田崎さん」
どうやら、それはまさしく私のようだ。
……私の隣に座った女子は、多分同じ学部の違う学科の女子だ。学部の共通授業では一緒になるから見たことがあるような気がする。
……この勇者と男の娘の間に一体何が起こったのか?
「どなた?」
「るんちゃんとお付き合いしている会田那奈(あいだなな)です。よろしくお願いします」
その声が非常に控えめだったのは、恥ずかしがっているからだろう。顔も赤いし。
いやいやいや、恥ずかしがっているようにとかじゃなかったわ!
まさかの男の娘の彼女!
私が目を見開いて男の娘を見ると、その説明に照れたのだろう、男の娘も顔が赤くなっている。
赤面する男の娘カップル。ああ、なんて初々しい。ほほえましいカップル……のはずなのにな。
何で女装。今日はいつもよりましだけれども。そこに残念さを感じつつ、でも男の娘の希望が通っただろうことには、素直にすごいと思う。やはり男の娘の彼女は勇者だ!
「そっか、タ……八代(やしろ)おめでとう。彼女さんと、お幸せに」
私にはこれ以上の賛辞はない。ギリギリで男の娘の苗字を思い出したことを自画自賛したいくらいだ。
「この服も那奈ちゃんに選んでもらったの!」
聞いてもいないのに男の娘が誇らしげに言ってくる。よっぼど誰かに言いたかったと見える。……私以外に言う相手もいないからか。
「なるほど、彼女さんの趣味がよくて良かったね」
コクリと満足げに頷く男の娘に、私はいい仕事をした気持ちになる。うん。私の役割は果たした! 男の娘にも念願の彼女ができたことだし、私と男の娘の二人組が解消されることも直に知れるだろう。そうなれば私はまた地味な一人に戻れるはずだ。
勇者よありがとう!
「あの、私のことは気にせずに、次からは二人でご飯食べてくださいね」
私は感謝の気持ちから、心からの笑顔で勇者に告げる。思う存分、二人でいちゃいちゃしてくださいな。
「私、田崎さんとも仲良くしたいんですよ?」
「いえいえ。お気になさらず」
イチャイチャに異分子は不要ですから!
「だって、今までは一番るんちゃんの理解者だったんですよね? だから、色々話を聞きたいな、って思ってて」
「いやいや。プライベートな話は全くしたことなくて、勉強の話しかしたことないんで」
いやマジで! え? と目を見開く勇者は、不思議そうに首をかしげる。
「るんちゃんの友達だよね?」
「いえいえ、違いますから」
「……なんだかんだ言って、仲良くしてたのは知ってますよ。見てましたから」
力説する勇者に、男の娘が顔を赤くする。イチャイチャしたいならしたらいいさ。私のいないところでな!
「いや、でも本当に、勉強の話しかしたことないんで。ね?」
男の娘に水を向ければ、男の娘がしっかりと頷いてくれた。ほら、あなたの彼氏がそうだって言ってるよ!
「……そうなんですか。折角、田崎さんからもるんちゃんの話を聞こうと思ってたのに」
本当に残念そうな勇者に危うく同情しそうになって、我に返る。私は本当に男の娘については語れるものなどほとんどないのだ。だから協力などできるわけもない。
「ごめんね。折角期待してくれてたところを役に立てなくて」
私が申し訳なく謝ると、勇者が慌てて手を左右に振った。
「いいえ。私こそ友達なんだと思ってたので……。るんちゃんは勉強の話しかしてないって言ってたけど、そんなの嘘だ、と思ってたんですけどね。不思議な付き合いですね?」
「そうかな? 単なる知り合いでも同じ授業受けてれば勉強は教えたりするでしょ」
「田崎さんは勉強が好きなんですね。先輩方とも勉強したりしてましたよね?」
「ああ、それは八代が私に勉強教えてって言ってたのを聞いた先輩方がご親切に教えてくれただけで」
「そうなんですね。るんちゃんがお世話になってるんだったら、先輩方に私もご挨拶しなきゃ」
うん、と決意する勇者は、本当に男の娘が好きなんだな、と思った。私に男の娘の良さは分からないけど、勇者にはよほど魅力的に見えるらしい。
ごちそうさまです!
「でも、先輩たちとは多分後期はあんまり会わないんじゃないかと思うんだよ」
「どうして?」
男の娘の言葉に勇者が首をかしげる。
「先輩たち卒論書かなきゃいけないから、後期の試験勉強を手伝ってもらうわけにもいかないし」
「あ、四年なんだね。でも、もし会うことがあったら教えてね」
絶対ね、と念押しする勇者に男の娘がコクコクと頷く。
……男の娘にしてはものすごくいい子を捕まえたんじゃないだろうか。案外女子を見る目はあったんだな……。自分に似合う服は見る目がなかったけど。
私は生暖かい目で二人を見ながら、訳知り顔でうんうん、と頷いた。
完全に無関係なのに私の肩の荷が下りたような気がするのは何でだろう。まあ、少々くらいは男の娘の先行きが心配だったのかもしれない。
*
「みゃーちゃん、一人?」
私の隣にどんぶりの置かれたトレイを置いたのは、宇宙人の友達だった。
「いつでもぼっちのつもりなんですけど?」
私的には誰かと学食で一緒に食べているつもりはなかったんだが。
「いやいや、いつもはタケノシンが一緒にいるでしょ」
「いやいや、タケノシンは一つ離れた席に座ってただけですよ。全く一緒にご飯食べてませんから」
私の主張に宇宙人の友達がクククと笑う。
「まあ、それでもいいけど、タケノシンは?」
「タケノシンは彼女とラブラブのはずです。私の知るところではありませんが」
「嘘」
宇宙人の友達が目を見開く。ああ、あの二人を見てなければ、きっと信じられないかもしれない。
「嘘じゃありませんよ。一週間ほど前にタケノシンに可愛い彼女ができたところです。先輩として祝ってあげてくださいね」
「何で」
よっぽど男の娘に彼女ができたという話が信じられないと見える。
「どうやらずっとタケノシンのことを見てたらしいです。先輩と同じく私を友達だと勘違いしてましたし、先輩たちと勉強会してたのも見てたらしいですよ」
「いや、そう言うことじゃなくて」
「……じゃ、どういうことですか?」
「何でみゃーちゃんとじゃないの」
「……は?」
何だろう。宇宙人の友達の言いたいことが理解できない。
「いや、俺はそうなるかな、とか思ったり……してたんだけどね?」
ものすごく気まずそうに言われてますが、私もそう思われてたことに疑問しかないんですけどね?
「何をどう見たらそう思い込めるんですか? ところでうどん伸びますよ」
「いや……そうなの? ま、いいや。その話はまた今度。すぐ研究室に戻らなきゃいけなかったんだった! いただきます!」
ずるずるずる、とうどんをすする宇宙人の友達は、ほとんどうどんを咀嚼することなく胃に収めていく。そして私がその様子に驚きつつ見ている間に……あっという間にうどんはどんぶりから消えた。
「ごちそうさまでした! じゃ、みゃーちゃん、またね!」
手を挙げる宇宙人の友達につられて手を挙げる。何だか嵐の様だったが、何やら変な誤解を受けていたような。……ま、いいか。事実とは違うんだし。
「あれ、シロー先輩は?」
声を掛けられて見上げれば、トレイを持った男の娘と勇者が立っていた。男の娘の女装は今日もマシだ。今日も勇者セレクトなのかもしれないな、とどうでもいいことを思う。
「何か急いでるみたいで、さっき出て行ったよ」
「ごめん、那奈ちゃん。シロー先輩行っちゃったみたい」
ああ、そう言えば勇者は挨拶したいって言ってたな。
「ううん。また近いうちに会えるでしょ?」
そう優しく笑いながら私の隣に座る勇者は、やっぱり間違いなくいい子だ。宇宙人の友人よ。男の娘は見る目があるんだよ。だから、私は選ばない。私と勇者は比べちゃいけないと思う。うん、間違いない。
*
「ところでるんちゃんとはどうなの?」
聞こえてきた名前に、意識を飛ばす。
るんちゃん。
世の中にはどれくらいの割合で自分の名前と無関係で“るんちゃん”呼びを推してくる人間がいるだろうか。……まあ、普通はいない。私の知る限り男の娘だけだよ。
「るんちゃん?! あいつ“るんちゃん”とか言わせてるの?!」
別の女子の声に、はて、と思う。数人のケラケラと笑う声が響く。
「そうなの! 私いつも笑わないように頑張ってるんだよ!」
はて、この声は聞き覚えがあるような?
「那奈もよくやるよね!」
はて、この名前も聞き覚えがあるような?
「本当に、女装男に近づきだした時には、頭おかしくなったのかと思ったもん!」
「だって、シロー先輩ガード固いって言うから、まずは周りにいる人間と仲良くなってたほうがいいかな、と思って。」
はて、女装男とシロー先輩とに該当しそうな人間が思い出せるんだが、どうしてだろう。
「仲良くって、那奈”るんちゃん”に付き合ってるつもりにさせてるんでしょ?」
「えー、何それ。那奈キチク!」
「えー、だってその方が、シロー先輩に近づく理由になりそうじゃない?」
「えー、どういうこと?」
「るんちゃんとの付き合いで悩んでいるので相談に乗ってくれませんか、って言えるでしょ? だって女装男子と付き合うの、悩むに決まってるじゃん!」
アハハ、とまた数人の笑い声が響く。
「本当に那奈ってひどい!」
糾弾するような内容なのに、その声は楽しそうに笑っている。
「だって、狙った男は逃さない那奈ちゃん、だよ? それくらい普通だって!」
また笑い声が響く。
「もうすぐ授業始まるよ、行こ!」
話し声と足音が遠ざかっていくのを聞いて、私はホッとする。私も授業に行かなきゃいけないけど、トイレのドアを開けれなくなって困っていたところだった。だって、あんな話してるところに私が現われたら……なんか正義の味方っぽいし……。
……って言うか、あれが勇者の本性?!
めっちゃいい子だと思ってたのに! 勇者じゃないじゃん! 偽勇者じゃん! 男の娘見る目あるじゃん! って思ってたのに! ……自分の服を選ぶセンスと一緒で微妙だったんだな……。
……それより女子怖い。女性不信になりそう……。……と言うかこの話、男の娘は信じてくれるんだろうか。
うん、情勢を見て言うか決めよう。男の娘が偽勇者を信じている限りは私の言葉など届くこともないだろうし……。まだ付き合って二週間しか経ってなくてお花畑の男の娘には全く届きそうにもないけど……。
というか、こんな事実知らない方が平和で良かった……。偽勇者よ、せめて学内だけでも勇者としての姿を全うしてくれればよかったのに……。
専門の授業に向かえば、男の娘の姿を認める。勿論偽勇者はここにはいない。
男の娘が顔を挙げた瞬間目が合って、手を挙げられたので、私はその一つ飛ばした隣の席に座る。……うーん、気まずい。
「どうかした?」
「いえいえ、特には何も」
何もある、知りたくなかった、事実なの。ああ、五・七・五できた。嬉しくないけど。
「そ。ところでみゃー」
「何?」
「どうやったら好きになってもらえるかな?」
「……ど、どういうこと?」
確か付き合ってる体にはなってたよね? そうだったよね? ついさっき聞いた情報だよ?
「那奈ちゃんはね、他に好きな人がいるみたいで」
まさか! ばれてる! 男の娘よ何でここで勘の鋭さを見せるのだ!
「あれ、みゃーも気づいてた?」
どうやら私の動揺が隠せていないらしい。
「え……。いや……。あ……。うん」
情勢を見て話すつもりだったんだから、肯定してしまうことにした。でも私が気付いたのはついさっき。しかも本性を知ったからなんですけどね。何だか私よりも先に男の娘が気付いているという事実に驚いてしまう。
「たぶんさ、シロー先輩のことが好きなんだと思うんだよね」
めっちゃバレてるじゃん! 全然上手くカモフラージュできてないじゃん! 偽勇者よ! あれ、さっき男の娘何言ったっけ?
「え? 騙されてるのに自分を好きになってほしいの?」
私がぱちくりと目を瞬かせると、男の娘は力強く頷いた。……やっぱり男の娘の精神構造は複雑すぎる。
*
「田崎さん」
私の隣にトレイを置いたのは、偽勇者だった。絶賛、気まずい。
「えーっと、八代は?」
女子怖い!
「聞いてない? 私たち別れたの」
あれ、あの話聞いたの数日前だったんだけど……。ついでに、何だかホンワカした雰囲気の偽勇者はどこ行ったかな? 何と言うか……ちょっととげが出てる気がするんだけど。
「聞いてないけど……何で?」
素朴な疑問で聞いてしまった自分を後悔することになるとは思いもしなかった。
「私、シロー先輩狙いなの。協力お願いね」
男の娘の彼女は、M40みたいに幻だったらしい。M40はメシエカタログに入っているけど、星雲ではなくて一つの星だって確認されて今は外されている。あ、一句できた。
いやだよう、まきこまないで、そっとして。
「いや」
「私たち、もう友達でしょ?」
「全く友達になった記憶がない」
「私の中では一言でも言葉を交わせば友達なの。よろしくね?」
ニッコリ笑われても困るんですけど……。
「いや」
「まあ、協力はあんまり期待してないからいいかな。でも、シロー先輩と話すチャンスは多そうだから、仲良くしてね」
「あ、那奈ちゃん」
やってきたのは男の娘で、迷わず偽勇者の隣にトレイを置いた。別れたんでしたよね?
「ちょっと、私たち別れたでしょ! 近寄らないで」
「別れたかもしれないけど、好きだからね」
「もうやだ! ちょっと田崎さん、どうにかしてよ!」
ああ、神様。どうして私の友達関係をもっとマイルドにしてくれないんでしょうか。いや、二人とも友達じゃないけど。
彼女は勇者改め偽勇者改め侵略者?!
……後で男の娘に八つ当たりしとこう。
その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。本当に、間違いなく、迷うことなく、宇宙バカだと断言できる。
そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、半年ごとの本当にたまにある繋がりだった。
それが、何の因果か、大学に入り宇宙人と遭遇することになってしまった。
それでも、その宇宙人とはまだお互いにきちんと名乗ったこともないので、きっとずっとそのままばれることなく、このままメールのやり取りは続いていくだろう、そう思っていた。
だけど、そのメールのやり取りをしていた私を騙る人間の出現で、私はメールのやり取りを辞めることにした。
そもそもメールの始まりは私からだったから、私からのメールがなければ宇宙人からメールが来ることもない。
まあ、メールの内容は私の八つ当たりに対する宇宙人のコメントくらいだったし、私を騙られても特に害もないから別にいいやと思っている。だから、宇宙人との交信はそれで終了になった。
もの寂しさを感じたのは、もう宇宙人との交信がなくなるんだと思った時くらいで、そもそも多くて月に一回しかメールをしない相手にそんなに長く寂しさを持ち続けるわけもない。
二か月経った今となっては、もの寂しさも忘れてしまった。
宇宙人の代わりに八つ当たりをする相手は確保しているから、そこだけは安心だ。
「彼女が欲しい」
聞こえてきた言葉を私はそのままなかったことにした。
「みゃー、彼女が欲しいんだよ」
どうやら視線の先で宇宙人カップルがイチャイチャしているのを見て男の娘は感化されたらしい。
きっと肌寒くなったことで男の娘の脳も人恋しくなったと勘違いしたんだろう。どうでもいいから、そのままスルーした。
実は私を騙っているのは宇宙人の彼女で、私は彼女が私を騙ったと知った時から宇宙人の彼女は地球人の擬態をした火星人だと思っている。他人を騙る行為は褒めることではないが、宇宙人カップルを見ることがあると、ああ、宇宙人と火星人だとニマニマしてしまう。
宇宙人と火星人が突然発光し出さないかと思いながら見ている。
「ね、みゃーってば、聞いてる? 彼女が欲しいの!」
どうやら既読スルーは認められないらしい。
「おとといきやがれ」
「ひーどーいー!」
「ひどくはない。自分の格好見てみて?」
私の言葉に男の娘は自分の服を見下ろす。
「かわいいよね?」
「かわいいと似合うはそもそも同意じゃないし、彼女が欲しければ女装を解け」
感化されたからと言って、女装を解く発想にならないのが不思議でならない。
秋の装いにはなったが、絶賛女装中だ。
「ちがうの! この格好でもいいって言ってくれる彼女が欲しいの!」
「おとといきやがれ」
「どこかにいないかな」
「いないでしょ。いるはずないし、いてほしくない。……残念字余り」
五・七・五のリズムを刻んでみた。つまり、私は男の娘の彼女事情など興味はない。
「そのままの姿を好きになって欲しいの!」
なかなか乙女なことを言っているが、その足元のリュックの中には駅で着替えてきた男装が入っているのを既に知っているため、その中途半端な気持ちまで受け入れてくれる心の大きな人間など、そうそう居ないだろうと思う。
「いるといいね」
あ、そうそう。女子とのおしゃべりの基本は肯定だった。別にふんふんと話さえ聞いてくれていれば気はすむのだ。最近身の回りに女子がいなくて忘れかけてたわ。
「そんな曖昧な返事じゃなくて解決方法考えて!」
それは男子の思考回路じゃないかい?
「知らないし、関係ないし、どうでもいい。お、ばっちり」
五・七・五のリズムを刻んでみた。つまり、男の娘の彼女事情など……以下略。
「ひーどーいー」
「ひどくて結構。現実を見るがよい」
私に向かって頬を膨らます男の娘は「あざとかわいい」というカテゴライズはされない。残念ながらいつも通りの「残念女装」というカテゴライズしか行き先は無さそうだ。うーん、残念。
*
「なるほど」
男の娘もこんな格好をすれば素敵女子に見えなくはない。今までの服のセレクトがどれだけ男の娘に合ってなかったのかということなのか。
程よい秋の心地よさの中で学食の建物に足を踏み入れたので、きっと幻覚ではないだろう。
「人の顔見てなるほど以外に言うことはないの? 似合ってるとかかわいいとか」
「あー。素敵女子に見えなくはない」
私のコメントに男の娘は一瞬嬉しそうな顔をしたあと顔を曇らせた。
「見えなくはないってなに?」
「うん、がんばれ!」
ぽん、と男の娘の肩を叩くと、私はその場を通りすぎメニューを注文する列に並んだ。
今日は男の娘が誰かと待ち合わせをしてるとかで、一緒に食べれないと断られた。
そもそも学食で昼食を一緒に取っている形になってるが、私は一度も約束はしてないし、勝手に男の娘がひとつとなりの席に座るため、形式上一緒に食べてる風に見えるだけで、会話も事務連絡程度の必要最低限しかしてない。
だから、わざわざ断られたことは腑に落ちない。
メニューを告げて、副菜を選びながら、そう言えば男の娘が誰かと学食で待ち合わせること自体が珍しいのだと思い出す。
こんな地方の大学で明らかにそうと分かる女装姿の男子と親しくする人間は多くはない。私はカウントしないで欲しいけど、私が知っている限り、男の娘と親しくしているのは宇宙人か宇宙人の友達の二択だ。
そのうちの一択である宇宙人は、火星人の彼女により束縛されているらしく、宇宙人の友達とすら遊ぶことも許されないくらいに束縛されているようなので、男の娘と約束しているとは思えない。
それに、もしもう一択である宇宙人の友達だとしても、私も知ってる相手なわけで、いちいち一緒に食べれないと言われることにも疑問がある。それじゃ、誰が?
そこまで考えて、メインのおかずをカウンターから受け取ると、ま、いっか。と思う。男の娘が誰と会おうが、どうでもいいからだ。
私は迷わずいつも座る席に向かう。
「ここ、いいですか?」
食堂にいて女子から声を掛けられることなどめったにないため、驚きで肩がびくりと跳ねてしまった。
「どうぞ」
私は顔も上げずに同意を示す。そもそも学食のこのテーブルは私だけのものではないし、断る理由もないからだ。
「ありがとうございます」
落ち着いた声で礼を言われて、私はぺこりと頭を下げる。
「那奈ちゃん、わざわざここに座らなくても」
その声に、は? と私は顔をあげる。
すると忌々しそうに私を見る男の娘と目が合った。その表情は何だ。私に何か文句があるのか。私は視線で問いかけてみるが、男の娘はさっと目を逸らすと、私の隣に座った女子にニコニコと笑いかけた。
……何だこれ。一体、どんな状況なんだ??
私は今度は何に巻き込まれそうになっている?
「だって、るんちゃんが仲良くしてるんだから、私だって仲良くしたいもの」
るんちゃん! それを呼ぶ勇者がいるなんて!
そしてそのるんちゃんが仲良くしてるのって……誰だ?
「ね、田崎さん」
どうやら、それはまさしく私のようだ。
……私の隣に座った女子は、多分同じ学部の違う学科の女子だ。学部の共通授業では一緒になるから見たことがあるような気がする。
……この勇者と男の娘の間に一体何が起こったのか?
「どなた?」
「るんちゃんとお付き合いしている会田那奈(あいだなな)です。よろしくお願いします」
その声が非常に控えめだったのは、恥ずかしがっているからだろう。顔も赤いし。
いやいやいや、恥ずかしがっているようにとかじゃなかったわ!
まさかの男の娘の彼女!
私が目を見開いて男の娘を見ると、その説明に照れたのだろう、男の娘も顔が赤くなっている。
赤面する男の娘カップル。ああ、なんて初々しい。ほほえましいカップル……のはずなのにな。
何で女装。今日はいつもよりましだけれども。そこに残念さを感じつつ、でも男の娘の希望が通っただろうことには、素直にすごいと思う。やはり男の娘の彼女は勇者だ!
「そっか、タ……八代(やしろ)おめでとう。彼女さんと、お幸せに」
私にはこれ以上の賛辞はない。ギリギリで男の娘の苗字を思い出したことを自画自賛したいくらいだ。
「この服も那奈ちゃんに選んでもらったの!」
聞いてもいないのに男の娘が誇らしげに言ってくる。よっぼど誰かに言いたかったと見える。……私以外に言う相手もいないからか。
「なるほど、彼女さんの趣味がよくて良かったね」
コクリと満足げに頷く男の娘に、私はいい仕事をした気持ちになる。うん。私の役割は果たした! 男の娘にも念願の彼女ができたことだし、私と男の娘の二人組が解消されることも直に知れるだろう。そうなれば私はまた地味な一人に戻れるはずだ。
勇者よありがとう!
「あの、私のことは気にせずに、次からは二人でご飯食べてくださいね」
私は感謝の気持ちから、心からの笑顔で勇者に告げる。思う存分、二人でいちゃいちゃしてくださいな。
「私、田崎さんとも仲良くしたいんですよ?」
「いえいえ。お気になさらず」
イチャイチャに異分子は不要ですから!
「だって、今までは一番るんちゃんの理解者だったんですよね? だから、色々話を聞きたいな、って思ってて」
「いやいや。プライベートな話は全くしたことなくて、勉強の話しかしたことないんで」
いやマジで! え? と目を見開く勇者は、不思議そうに首をかしげる。
「るんちゃんの友達だよね?」
「いえいえ、違いますから」
「……なんだかんだ言って、仲良くしてたのは知ってますよ。見てましたから」
力説する勇者に、男の娘が顔を赤くする。イチャイチャしたいならしたらいいさ。私のいないところでな!
「いや、でも本当に、勉強の話しかしたことないんで。ね?」
男の娘に水を向ければ、男の娘がしっかりと頷いてくれた。ほら、あなたの彼氏がそうだって言ってるよ!
「……そうなんですか。折角、田崎さんからもるんちゃんの話を聞こうと思ってたのに」
本当に残念そうな勇者に危うく同情しそうになって、我に返る。私は本当に男の娘については語れるものなどほとんどないのだ。だから協力などできるわけもない。
「ごめんね。折角期待してくれてたところを役に立てなくて」
私が申し訳なく謝ると、勇者が慌てて手を左右に振った。
「いいえ。私こそ友達なんだと思ってたので……。るんちゃんは勉強の話しかしてないって言ってたけど、そんなの嘘だ、と思ってたんですけどね。不思議な付き合いですね?」
「そうかな? 単なる知り合いでも同じ授業受けてれば勉強は教えたりするでしょ」
「田崎さんは勉強が好きなんですね。先輩方とも勉強したりしてましたよね?」
「ああ、それは八代が私に勉強教えてって言ってたのを聞いた先輩方がご親切に教えてくれただけで」
「そうなんですね。るんちゃんがお世話になってるんだったら、先輩方に私もご挨拶しなきゃ」
うん、と決意する勇者は、本当に男の娘が好きなんだな、と思った。私に男の娘の良さは分からないけど、勇者にはよほど魅力的に見えるらしい。
ごちそうさまです!
「でも、先輩たちとは多分後期はあんまり会わないんじゃないかと思うんだよ」
「どうして?」
男の娘の言葉に勇者が首をかしげる。
「先輩たち卒論書かなきゃいけないから、後期の試験勉強を手伝ってもらうわけにもいかないし」
「あ、四年なんだね。でも、もし会うことがあったら教えてね」
絶対ね、と念押しする勇者に男の娘がコクコクと頷く。
……男の娘にしてはものすごくいい子を捕まえたんじゃないだろうか。案外女子を見る目はあったんだな……。自分に似合う服は見る目がなかったけど。
私は生暖かい目で二人を見ながら、訳知り顔でうんうん、と頷いた。
完全に無関係なのに私の肩の荷が下りたような気がするのは何でだろう。まあ、少々くらいは男の娘の先行きが心配だったのかもしれない。
*
「みゃーちゃん、一人?」
私の隣にどんぶりの置かれたトレイを置いたのは、宇宙人の友達だった。
「いつでもぼっちのつもりなんですけど?」
私的には誰かと学食で一緒に食べているつもりはなかったんだが。
「いやいや、いつもはタケノシンが一緒にいるでしょ」
「いやいや、タケノシンは一つ離れた席に座ってただけですよ。全く一緒にご飯食べてませんから」
私の主張に宇宙人の友達がクククと笑う。
「まあ、それでもいいけど、タケノシンは?」
「タケノシンは彼女とラブラブのはずです。私の知るところではありませんが」
「嘘」
宇宙人の友達が目を見開く。ああ、あの二人を見てなければ、きっと信じられないかもしれない。
「嘘じゃありませんよ。一週間ほど前にタケノシンに可愛い彼女ができたところです。先輩として祝ってあげてくださいね」
「何で」
よっぽど男の娘に彼女ができたという話が信じられないと見える。
「どうやらずっとタケノシンのことを見てたらしいです。先輩と同じく私を友達だと勘違いしてましたし、先輩たちと勉強会してたのも見てたらしいですよ」
「いや、そう言うことじゃなくて」
「……じゃ、どういうことですか?」
「何でみゃーちゃんとじゃないの」
「……は?」
何だろう。宇宙人の友達の言いたいことが理解できない。
「いや、俺はそうなるかな、とか思ったり……してたんだけどね?」
ものすごく気まずそうに言われてますが、私もそう思われてたことに疑問しかないんですけどね?
「何をどう見たらそう思い込めるんですか? ところでうどん伸びますよ」
「いや……そうなの? ま、いいや。その話はまた今度。すぐ研究室に戻らなきゃいけなかったんだった! いただきます!」
ずるずるずる、とうどんをすする宇宙人の友達は、ほとんどうどんを咀嚼することなく胃に収めていく。そして私がその様子に驚きつつ見ている間に……あっという間にうどんはどんぶりから消えた。
「ごちそうさまでした! じゃ、みゃーちゃん、またね!」
手を挙げる宇宙人の友達につられて手を挙げる。何だか嵐の様だったが、何やら変な誤解を受けていたような。……ま、いいか。事実とは違うんだし。
「あれ、シロー先輩は?」
声を掛けられて見上げれば、トレイを持った男の娘と勇者が立っていた。男の娘の女装は今日もマシだ。今日も勇者セレクトなのかもしれないな、とどうでもいいことを思う。
「何か急いでるみたいで、さっき出て行ったよ」
「ごめん、那奈ちゃん。シロー先輩行っちゃったみたい」
ああ、そう言えば勇者は挨拶したいって言ってたな。
「ううん。また近いうちに会えるでしょ?」
そう優しく笑いながら私の隣に座る勇者は、やっぱり間違いなくいい子だ。宇宙人の友人よ。男の娘は見る目があるんだよ。だから、私は選ばない。私と勇者は比べちゃいけないと思う。うん、間違いない。
*
「ところでるんちゃんとはどうなの?」
聞こえてきた名前に、意識を飛ばす。
るんちゃん。
世の中にはどれくらいの割合で自分の名前と無関係で“るんちゃん”呼びを推してくる人間がいるだろうか。……まあ、普通はいない。私の知る限り男の娘だけだよ。
「るんちゃん?! あいつ“るんちゃん”とか言わせてるの?!」
別の女子の声に、はて、と思う。数人のケラケラと笑う声が響く。
「そうなの! 私いつも笑わないように頑張ってるんだよ!」
はて、この声は聞き覚えがあるような?
「那奈もよくやるよね!」
はて、この名前も聞き覚えがあるような?
「本当に、女装男に近づきだした時には、頭おかしくなったのかと思ったもん!」
「だって、シロー先輩ガード固いって言うから、まずは周りにいる人間と仲良くなってたほうがいいかな、と思って。」
はて、女装男とシロー先輩とに該当しそうな人間が思い出せるんだが、どうしてだろう。
「仲良くって、那奈”るんちゃん”に付き合ってるつもりにさせてるんでしょ?」
「えー、何それ。那奈キチク!」
「えー、だってその方が、シロー先輩に近づく理由になりそうじゃない?」
「えー、どういうこと?」
「るんちゃんとの付き合いで悩んでいるので相談に乗ってくれませんか、って言えるでしょ? だって女装男子と付き合うの、悩むに決まってるじゃん!」
アハハ、とまた数人の笑い声が響く。
「本当に那奈ってひどい!」
糾弾するような内容なのに、その声は楽しそうに笑っている。
「だって、狙った男は逃さない那奈ちゃん、だよ? それくらい普通だって!」
また笑い声が響く。
「もうすぐ授業始まるよ、行こ!」
話し声と足音が遠ざかっていくのを聞いて、私はホッとする。私も授業に行かなきゃいけないけど、トイレのドアを開けれなくなって困っていたところだった。だって、あんな話してるところに私が現われたら……なんか正義の味方っぽいし……。
……って言うか、あれが勇者の本性?!
めっちゃいい子だと思ってたのに! 勇者じゃないじゃん! 偽勇者じゃん! 男の娘見る目あるじゃん! って思ってたのに! ……自分の服を選ぶセンスと一緒で微妙だったんだな……。
……それより女子怖い。女性不信になりそう……。……と言うかこの話、男の娘は信じてくれるんだろうか。
うん、情勢を見て言うか決めよう。男の娘が偽勇者を信じている限りは私の言葉など届くこともないだろうし……。まだ付き合って二週間しか経ってなくてお花畑の男の娘には全く届きそうにもないけど……。
というか、こんな事実知らない方が平和で良かった……。偽勇者よ、せめて学内だけでも勇者としての姿を全うしてくれればよかったのに……。
専門の授業に向かえば、男の娘の姿を認める。勿論偽勇者はここにはいない。
男の娘が顔を挙げた瞬間目が合って、手を挙げられたので、私はその一つ飛ばした隣の席に座る。……うーん、気まずい。
「どうかした?」
「いえいえ、特には何も」
何もある、知りたくなかった、事実なの。ああ、五・七・五できた。嬉しくないけど。
「そ。ところでみゃー」
「何?」
「どうやったら好きになってもらえるかな?」
「……ど、どういうこと?」
確か付き合ってる体にはなってたよね? そうだったよね? ついさっき聞いた情報だよ?
「那奈ちゃんはね、他に好きな人がいるみたいで」
まさか! ばれてる! 男の娘よ何でここで勘の鋭さを見せるのだ!
「あれ、みゃーも気づいてた?」
どうやら私の動揺が隠せていないらしい。
「え……。いや……。あ……。うん」
情勢を見て話すつもりだったんだから、肯定してしまうことにした。でも私が気付いたのはついさっき。しかも本性を知ったからなんですけどね。何だか私よりも先に男の娘が気付いているという事実に驚いてしまう。
「たぶんさ、シロー先輩のことが好きなんだと思うんだよね」
めっちゃバレてるじゃん! 全然上手くカモフラージュできてないじゃん! 偽勇者よ! あれ、さっき男の娘何言ったっけ?
「え? 騙されてるのに自分を好きになってほしいの?」
私がぱちくりと目を瞬かせると、男の娘は力強く頷いた。……やっぱり男の娘の精神構造は複雑すぎる。
*
「田崎さん」
私の隣にトレイを置いたのは、偽勇者だった。絶賛、気まずい。
「えーっと、八代は?」
女子怖い!
「聞いてない? 私たち別れたの」
あれ、あの話聞いたの数日前だったんだけど……。ついでに、何だかホンワカした雰囲気の偽勇者はどこ行ったかな? 何と言うか……ちょっととげが出てる気がするんだけど。
「聞いてないけど……何で?」
素朴な疑問で聞いてしまった自分を後悔することになるとは思いもしなかった。
「私、シロー先輩狙いなの。協力お願いね」
男の娘の彼女は、M40みたいに幻だったらしい。M40はメシエカタログに入っているけど、星雲ではなくて一つの星だって確認されて今は外されている。あ、一句できた。
いやだよう、まきこまないで、そっとして。
「いや」
「私たち、もう友達でしょ?」
「全く友達になった記憶がない」
「私の中では一言でも言葉を交わせば友達なの。よろしくね?」
ニッコリ笑われても困るんですけど……。
「いや」
「まあ、協力はあんまり期待してないからいいかな。でも、シロー先輩と話すチャンスは多そうだから、仲良くしてね」
「あ、那奈ちゃん」
やってきたのは男の娘で、迷わず偽勇者の隣にトレイを置いた。別れたんでしたよね?
「ちょっと、私たち別れたでしょ! 近寄らないで」
「別れたかもしれないけど、好きだからね」
「もうやだ! ちょっと田崎さん、どうにかしてよ!」
ああ、神様。どうして私の友達関係をもっとマイルドにしてくれないんでしょうか。いや、二人とも友達じゃないけど。
彼女は勇者改め偽勇者改め侵略者?!
……後で男の娘に八つ当たりしとこう。
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