女子力低くて何が悪い

三谷朱花

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「あの予算書は、よく考えられたものだった。アリーナ嬢もそう思ったのだろう?」

 ファム公爵の言葉に、アリーナは頷く。

「はい。」

 だからアリーナは、予算案を一切いじらなかった。ショパー侯爵家の領民への態度がよくわかる予算書をこの予算は無駄だろうと切り落とすようなことはしたくなかったから。

「参加する領民たちに手当てが割り当てられていた。工夫(こうふ)として働く者にも、料理番として働く者にも。…男性ならば、無駄だと切り落としていたかもしれん費用だ。」

 河川工事の費用は勿論国から出されるが、人員については、領民の…ボランティアと言っていい。だが、自分たちの大事な生活が懸かっているため、普通に考えて領民は何の文句も言わずにその工事を手伝う。
 ショパー侯爵が出した予算案は、その領民たちにわずかではあるが手当てを出す予算になっていた。それこそ、1日の食費くらいにしかならない金額だ。だが、水に流され作物が作れなくなった領地で、食べることにも事欠くだろう領民に、せめて食費だけでも、と考えただろうショパー侯爵の気持ちは汲みたいと思った。工夫たちには食事が提供される。しかし、家で待つ家族たちにはそんなものはない。働き手が工事にかかりっきりになっている以上、家族に収入を得る手段はない。

 もし、河川工事の工事費に無駄なものが多かったら、アリーナとてそれを切り落とす選択をしたかもしれない。だが、ショパー侯爵の提出した予算は、無駄な費用など一切なかった。
 河川の工事も同じような水害が起こった場合に決壊しないだろう程度の工事で、最新式のものではないだろうが、あの決壊が百年に一度くらいしか起こらないことを考えると十分な工事と言える。百年も経った頃には最新の修繕工事がされているだろうし。最新式にしてもそうでないにしても、百年を迎える前に修繕しなければいけないのは同じだ。
 そこで費用を抑え、領民に食費程度の手当てを与える。

 予算案を見て、アリーナも唸った。
 今までいろいろな予算案を見てきたが、これほど領民のことを考えている予算案は初めて見たからだ。
 領民は工夫(こうふ)としてボランティアをするのが当たり前と考える。だから、手当などない。
 それが、今までの常識だった。
 それをショパー侯爵は否、としたわけだ。十分な手当の金額にならないのは、その工期の長さと働く領民の人数を考えれば仕方がないだろう。
 これがもし普通の流れになったとしたら、その時には、領民たちに十分な手当を与えられるかもしれない。アリーナは、新しい領地経営の姿を見せられた気がした。

「あれは面白い予算案だった。…私も参考にしようと思うくらいには。」

 ファム公爵の言葉に、アリーナは目を見開く。

「何だ。私がやったらおかしいのかね」
「いえ。…ファム公爵が領民たちに手当てを配分するとすれば、他の貴族たちもその流れをくむことになるでしょう。すばらしいことだと思います」

 今の今まで、アリーナはファム公爵のことを嫌な奴だとしか思っていなかったが、たったそれだけのことで、いい人だと格上げするのは、案外単純かもしれないとアリーナ自身も思う。
 だが、今まで常識だとされていたことを変えるには、大きな権力を持った人間が動くことが一番手っ取り早いとアリーナも理解している。
 例えば、今回の女性の働く権利の明記について、など。あの話し合いに王太子と第二王子が入っていたことは、今回のこのスピード感のある決定につながったんだと思える。

「じゃあ、マリア嬢も、同様の能力があると考えていいのか?」

 ガイナーが頷く。

「金庫番に雇っている女性は、学院の中でも特に優秀な人間ですが、女性はトップと思える人間しか雇っておりません。…いずれ辞めさせられてしまうことを考えると、ただ優秀だと思えるだけではファム公爵を説得するに足りませんから」

 ガイナーの説明に、アリーナは感謝する。認められているとは思っていたが、それほどまでに買ってもらえているとは思っていなかったせいだ。

「…そうか。結婚しても、妊娠しても、子が産まれても、働き続けるのに問題がないほどか?」
「それは、もちろんです。ファム公爵は子を産んだからと王妃に公務に出るなとおっしゃれましたか」
「我が姉にそんなことを言った日には、報復が恐ろしかっただろうな。」

 苦々しそうに笑うファム公爵の実姉が、現在の王妃だ。とても精力的な王妃で、国民からの信頼も厚い。そんな女性が自分の姉だったにもかかわらず、ファム公爵は男尊女卑と言える考えを持ち続けていたわけだ。この国の女性蔑視がどれだけ根強いか、わかるというものだ。

「女性も働き手として十分な能力を持っています。ぜひこの機会に考えをあたらめていただけるよう、よろしくお願いいたします」

 ガイナーが頭を下げる。
 アリーナも、マリアも、同様に頭を下げる。

「いい。お前たち頭を上げるがいい。…副団長が言いたいことがよくわかった」

 副団長? 顔を上げたアリーナたちは顔を見合わせる。

「女性と言うだけで優秀な人間を虐げるような国にとどまりたくはないと、たぶん金庫番で一番優秀だろう自分の婚約者を伴って隣国に移ると宣言したんだよ。隣国では貴族位も用意があると言われていると。」

 は? とアリーナは目を見開く。

「確かに、アリーナ嬢が金庫番にいなくなったら、この国の損失だろうな。あの副団長を失うのも大きな痛手だがな。」

 初めて聞く話に、アリーナは驚く以外はない。

「その一言で議会を大人しくさせたアリーナ嬢の婚約者殿の手腕は、見習うべきものだろうな。」

 大きなため息をついて席を立つファム公爵に、習うようにアリーナたちも立ち上がる。

「これからも励んでくれ。」

 それだけ言い残すと、ファム公爵は会議室を出た。
 ガイナーはその後ろをついていくが、アリーナとマリアの2人は、ガイナーに手で制されてその場に残る。
 パタン、と会議室のドアが閉じた瞬間、マリアが、キャー! と歓喜の声を挙げる。
 閉じたドアを見つめるアリーナはいまだ、ファム公爵の言葉が実感できずにいた。
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