女子力低くて何が悪い

三谷朱花

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「ロビン殿下もご協力いただけますか?」

 ライの言葉に、第二王子は、うーん、と声を上げた。

「どうかしましたか」
「ねぇ、ロビン。協力してくれるって言ってたでしょ」

 即答しない第二王子を、ファリスが急かす。

「…ご褒美が欲しいんだよね」

 ご褒美。
 思いがけない言葉に、アリーナは第二王子を凝視してしまう。
 もう30を超えているだろう大人の口から、“ご褒美”という単語が出てくることに驚いた。この第二王子は大丈夫なのか、とアリーナは一瞬思ったが、他の人々の反応が拒否とは言えない、呆れともちょっと違う、受け入れているような反応に思えたため、この第二王子がこんな反応を示すのは別におかしくはないのかもしれないし、それはアリーナが思うよりまともな反応なのかもしれない。

「…一体、何をご褒美に欲しいんですか。学院の不正が暴けるだけでも、ご褒美になるような気がするんですが」

 ライが首をかしげる。

「エリックが欲しいんだよね」

 第二王子の視線は、ダニエルに向かう。
 第二王子と視線が合ったダニエルは、思いがけない言葉に、瞬きをする。
 ダニエルを見ると言うことは、次兄のエリックのことを言っているらしいと、何とかアリーナにもわかった。

「エリック…を?」

 ダニエルが第二王子に聞き返す。

「そう。エリック。」

 にっこりと笑っている第二王子に、アリーナは疑問しかわかない。

「…ロビン殿下、エリックは…。」

 ダニエルが言い淀んだことに、アリーナも頷いてしまう。
 第二王子はエリックを側近として望んでいるらしい。だが、である。
 アリーナの知る次兄は、ものすごくやる気のない人間だ。…仕事はきちんとしているようだが、求められている以上の仕事はしていないだろうと想像はできるくらいに、やる気と言うものがない。

「あのやる気のなさは、ふりでしょ」

 落ち着かない様子でお茶を飲んでいたダニエルがむせた。

「…ふ…りでは、ありません」
「やだな、ダニエル。エリックが学院のときトップの成績を出したことがあっただろう? あの時、エリックが『失敗した、体調不良でテストなんか受けるもんじゃない。』って呟いてたの聞いたんだよね。トップの成績出して失敗したって何だろうって思ったんだけど、どうやらエリックはいつも平々凡々な成績しかとらないよね? と言うことは、いつものテストの成績がコントロールされててるって考えたほうがいいだろう?」

 アリーナは第二王子が言い出した昔の話に、そう言えば一度エリックが学院でトップを取ったとうちで騒ぎになったことがあったな、と思い出す。それはあの時一度きりで、エリック曰く、たまたま山を張っていたところばかりが出たことと、成績優秀者たちが皆体調不良だったから、という理由だった気がした。

「いえ、そんなことはありません。ロビン殿下の勘違いかと。」

 ダニエルが首を横に振る。アリーナもそう思う。

「ずーっと真ん中の成績を維持し続けるのも大変だよね」

 どうやら第2王子はエリックの成績を調べたらしい。

「…それは偶然では?」

 ダニエルの言葉は最もだとアリーナも思う。エリックは可もなく不可もなく、中の中と言うのがアリーナの認識である。

「ものすごく難しいテストがあってさ、これはできるやつは出来るし、できないやつは出来ないって内容のやつでね。その時の試験結果はできるやつは高得点、できないやつは点数もない、ってまれに見る悪問だったわけだけど、一人だけ、見事に真ん中の点数とったやつがいたわけ。で、何で真ん中だったかって、ケアレスミスみたいなやつで点数がマイナスになってて、丁度真ん中。ある意味すごいよね」

 それが誰とはアリーナもこの話の流れでわかる。

「エリックはできないやつではないんですが、何しろそう言ったケアレスミスが多いやつで。」
「で、先生が首捻ってたのが、エリックの答案用紙が一番きれいだったってこと。まるで頭の中の答えをそのまま書き写したみたいだって」
「ですから、エリックは確認もしないで書くから点数が取れないんですよ。だからいつまでたっても成績が伸びなかった」
「エリックは、希代の天才かと呼ばれてたらしいね」

 ああそれは聞いたことがある。とアリーナは思った。エリックは小さい頃天才だと言われていたと。だがアリーナが物心ついた頃には、やる気のない兄だった。だから本当にそんな時代があったのか信じられないし、小さい頃は天才だとちやほやされても大きくなったら凡人になる人はいくらでもいると聞くからその類いだと思っている。

「それは小さい頃だけです」
「エリックが表舞台に立つと、なにか不都合があるのかな?」
「いえ。何の取り柄もない愚弟をこれだけ買い被っていただけるのはありがたいですが、取り立ててもロビン殿下の利になるとは思えません」
「表舞台に立たせようとするなら家を取り潰して見せると言ったらしいね」

 第2王子の言葉にダニエルが目を見開く。
 アリーナだって目を見開いた。あのエリックから出てくる言葉だとは信じられないと言うこともある。

「大丈夫。私がそんなことさせないから。兄さんだって自分の側近の家が取り潰されるのは嫌だよね」
「そうだな。何が理由で取り潰すかに寄るが、取り潰した家の者を側近として使うのは嫌だな。」

 それはそうだろうとアリーナは思うが、表舞台に云々で家を取り潰すと言い切ったエリックに問いただしてみたい。
 それほどのやる気があるなら最初から見せとけ、と。
 だが、未だにそれが事実なのだとは思えない。 

「ダニエルはずっと兄さんの側近でしょう? 私だってダニエルみたいに優秀な側近が欲しいんだよね。いいよね、ダニエル?」
「…私はパレ家の跡継ぎではありますが、家督を持っているわけではありませんので、返事はできません」

 アリーナにもダニエルが逃げたのだとわかった。だが、事実上のダニエルの敗北宣言である。

「うん。じゃあ、パレ侯爵に頼んでみる。」
「…それと本人を説得してください」
「そうだね。じゃ、協力するよ」

 ここにはいないエリックの自由と引き換えに、ロビンの協力が得られることになった。
 アリーナは、いまだ、有能なエリックと言う姿を思い描けずに、とまどったままだった。



****

「しかし、本当にダニエルのところの兄弟は面白いよね」

 食堂には、王太子、第二王子、ファリス、ダニエルが残っていた。

「…そうでしょうか。」

 王太子の言葉に、ダニエルがちらりとアリーナが帰って行ったドアを見る。

「だって、ライが国の決まりを変えようと思うぐらいの相手なわけでしょう? ファリスだって協力的になるぐらいだし。何もないわけがないよね」
「まあ、アリーナは面白いと思いますけど。副団長がなぜ執着しているのかは理解してないようでしたけど」

 ファリスが肩をすくめる。

「そもそも私がファリスと結婚できたのは、君んところのノエルのおかげなわけだし。」

 第二王子がダニエルを見る。

「…ロビン殿下、それは勘違いだと思います。ノエルがそんなことをするとは思えませんが。」

 そう言いながらダニエルは第二王子から目を逸らしている。何があったのかは知っているらしい。

「どういうことですか」

 ファリスは初耳らしい。

「自分が私の婚約者候補に名前が挙がりそうになったとたん、裏工作してその話がなかったことにしたんだよ。私がそれに気づいた時、だって恋愛結婚の方がいいでしょ、ロビンだってファリスが好きなんだし、って言い放ったんだよ。本当に、パレ家の兄弟は行動が突飛だよね」

 パレ家の次女ノエルと第二王子の年齢は近く、婚約者候補として名前が挙がってもおかしくないわけである。だが、実際にはそんな話は全く表立って言われることはなかった。それは、ノエルの工作の結果である。しかもその結果には、ロビンにはファリスがふさわしいという話までついて来たのだ。

「それで言うとサーシャも面白いよね。あの地は必ず立て直せる、あの地を放置するのは国の損失だとか言って、嫁に行くんだもん。あの当時、あんな寂れたルトワック侯爵家の領地がどうにかなるなんて思っていた人間はわずかだろうね」

 王太子が、その時のことを思い出したのか、クスリと笑う。パレ家の長女サーシャが嫁いだルトワック侯爵家の領地は、今では他国との交通の要所としてとても栄えているが、サーシャが嫁ぐ前は寂れてしまい領民は減るばかりの土地だった。
 現実主義者であるサーシャは、貴族の学院を卒業すると早々にルトワック侯爵家の長男と結婚した。女官として過ごす時間もどうせ嫁ぐのなら無駄な時間だと言って、他の貴族であれば1,2年ほど過ごす女官としての時間をすっ飛ばしての結婚だった。ルトワック家とパレ家の間に何かメリットがあったわけでもない。ルトワック家の長男は、それこそ可もなく不可もなく、という風な人間で、そのままあの領地を継げば、あの領地は廃れていく一方だったと思われる。ただあの地を放置したくないという現実的な問題を解決すべく、サーシャはルトワック家長男と結婚したと言っていい。
 それから17年。ルトワック侯爵家の領地は、見事に生まれ変わっている。可もなく不可もないルトワック家の長男がサーシャにとって御しやすかったのもこの結果をもたらした要因ともいえる。

「末っ子が文官として金庫番で働いていると聞いた時にも、面白いな、と思ったけどさ、あのライをメロメロにするぐらいの人間だと思うと、ますます面白いよね」

 王太子の言葉に、ダニエルがため息をつく。

「マイク殿下、面白がるのはいいですが、我々、ライ殿から結構な宿題を出されたんですが。忙しくもなるし、議会も紛糾するでしょ」
「それは、またライに頼めばいいだろう。多分だけど、あいつはまだ奥の手をもってそうな気がする。」
「奥の手?」

 ダニエルの疑問に、王太子が頷く。

「…あそこで私が否、と言ったら、たぶん他の手を出すつもりだったはずだ。ライならそうだろう?」
「…確かに、たった一つの案でライ殿が交渉にあたるわけもありませんね」
「だから、議会が紛糾した暁には、ライに活躍してもらおうじゃないか。そうでないと、ダニエルの妹を託せる人物とは認められないだろう?」

 王太子のウインクに、ダニエルは脱力する。
 まさか妹の結婚の話が、こんな大それた話になるとは、ダニエルとて思ってもいなかった。
 そして思う。どうしてうちの妹たちは普通の貴族のように結婚してくれないのか、と。
 自分の娘が同じ道をたどらないように願うばかりだ。
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