女子力低くて何が悪い

三谷朱花

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 マリアにお昼であることを告げられ、ちらり、とアリーナは机の上に置いてある包みを見る。
 ライが作ってくれたお弁当だ。
 昨日なぜお昼に食堂に現れなかったのかを、ライは間違いなくガイナーから伝え聞いていたらしい。朝出かけるときに、ライに渡されて驚いた。ライの言う“慣れないこと”というのは、朝食を作ることではなくお弁当を作ることだったらしい。

 そして、これを渡しながら、お昼に食堂で会いましょうと、にっこり笑われた。
 …アリーナがお弁当を持って食堂に行く必要性を感じないと言ったら、ライの分がないので食堂に行く必要性があることを訴えられ、更にお迎えに上がります、と言われてしまった。
 それでも抵抗しようとしたら、哀しそうな顔で、フレンチトースト次は上手に焼いてくださいね、とお願いされて、罪悪感から頷くしかなかった。あの焦げ焦げのフレンチトーストを、ライは食べてしまった。焦げてはいるがおいしいと言っていたが、どこまでが真実かはアリーナにはわからない。
 墓穴を掘った。

 はぁ、とため息をつくと、入り口を見る。
 きっとライは間違いなく来る。

「あれ。」

 入口に現れたのはライではなくてダナだった。目が合ったアリーナにダナはニコリと笑いかけると、アリーナの名前を呼んだ。
 もしかしてライはダナにお使いを頼んだのか、と思いながら立ち上がり、お弁当を持つとダナがいるところに向かう。
 向かっている途中でライが入り口に現れた。ん? と疑問を持ちつつ、アリーナはダナの元に向かう。

「あ、今日はお弁当なんですね」
「ええ。…えーっと、ダナさんはライ様のお使い…では?」

 アリーナはダナとライの顔を見比べる。

「いえ。私は違うお使いでアリーナさんを呼びに来ましたよ」
「ダナ、私がアリーナと先約があるんだ。それは後回しにしてくれないかな?」

 でもライの言葉にダナは首を横に振った。

「ファリス妃殿下のお使いですので。お昼休みに連れてくるようにと。」

 ファリス殿下? とライが怪訝な顔をする。当のアリーナは驚きのあまり声が出ない。
 確かに今朝アリーナはファリスに手紙が届くように手続きをした。だが、もしファリスが無事に読んだとしても放置されるだろうと思っていたし、万が一声がかけられるとしても、まさか今日の今日で声をかけられるとは思ってもみなかったからだ。

「さあ、アリーナさん行きましよ」
「…仕方がありませんね。アリーナ夕食は一緒に食堂で食べましょう。また迎えに来ますから」

 ライはあっさりそう言うと、踵を返した。アリーナからすれば、夕食の約束を勝手に取り付けられたわけであるが。
 ダナはアリーナが返事をする前に動き出す。アリーナは慌ててその後ろに続く。

「副団長はアリーナさんを困らせてませんか?」

 アリーナがついて来たのを見計らったのか、前を見たままダナが問いかけてくる。

「…そう見えませんか?」

 何を尋ねるんだ、と思ってアリーナは素直に答えた。どう見たって、ライの態度にアリーナは困っているようにしか見えないだろう。

「副団長も初めて恋をして、浮かれてしまっているんです。少し大目に見てあげてくださいね」

 アリーナはダナを見るまでダナはガイナーと同年代だと思っていたが、どうもダナの年齢はアリーナに近い。つまり、ライよりダナは年下だと思う。にもかかわらずこんなことを言われるライは、よほど恋愛が下手くそだと思われていたらしい。
 だが、ふとした疑問がアリーナによぎる。

「あの、ガイナー室長は、ライ様が百戦錬磨だと信じ切っていたみたいなんですけど」

 アリーナの言葉に、前を歩くダナが苦笑して振り返った。

「恋をすることとそう言うことをすることは別物でしょ」

 …どうやらライの百戦錬磨説は、騎士団の中にも蔓延しているらしい。
 一体どうして童貞なのに百戦錬磨説がまかり通っているのか、アリーナは不思議でしょうがない。
 だが、この3日でのアリーナの日常の変化を考える限り、そんなことはライの手にかかれば簡単なことに違いない。
 ふと腹いせにライは童貞だと触れ回りたい気分に陥ったアリーナだったが、そんなことをしたら、ますます純愛だという話になってアリーナが逃げられなくなるようにライは仕向けるに違いないと思い至り、そんな腹いせをする気はすぐに失せた。
 …もしかしたら、今までの歴代彼女もその真実を触れ回ろうとして何らかの返り討ちにあったのかもしれないと一瞬思う。だがあまりに怖くて、それ以上は考えるのを辞めた。

 とりあえず、昨日会ったリリアーヌを含めた歴代彼女が不憫だという気分になる。
 勿論、今ダントツで不憫なのはアリーナに間違いないと思ったが。
 …だからこそ、ファリスに手紙を書いたのだ。
 今ファリスから呼び出されると言うことは、あの言葉がファリスの心を打ったと言うことなんだろうか。
 とにもかくにも、アリーナが選んだたった一言が、ファリスを動かすには十分な言葉だったことは間違いないようだ。

 だが、アリーナはまさかこんなファリスに対峙することになるとは思わなかった。
 人払いがされ、この場にファリスとアリーナの2人だけになる前は、バルコニーから見ていたたおやかな妃殿下そのものだったファリスが、2人きりになったとたん、目が座った。
 明らかに、機嫌が悪いその様子に、アリーナはどうやらあの手紙が同情ではなく怒りを買ったのだと理解した。だが、本当に怒って関わりたくないと思ったとしたら、ファリスはあの手紙を見なかったものとして捨て置けばいいだけだ。それをされてもアリーナが文句は言えない王族と貴族と言う身分の違いもある。
 怒っていてもアリーナを呼び出したと言うことは、良くも悪くもファリスの心は動かせたらしい。
 ただ、小さい頃から付き合いのあるファリスが目を座らせていることなど見たことはないため、この嵐がどうなるのか、アリーナにはまったく想像がつかなかった。
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