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何でこんなことに。
アリーナは、ソファーに沈んで、ため息をつく。
完全に周囲がライに懐柔されていっている。今、アリーナの味方と言えるのは、マリアぐらいしかいないかもしれない。いや、ルルも別れ際に“限界を決めるのは自分よ”とアリーナに言葉を贈ってくれた。何かあったらマリアに言うか店に来てと言っていたし、あれは、きっと私の味方になってくれるという意志の表示だろう。
でも、その二人じゃ、アリーナの両親とダニエル、それにライと言う強大な敵を倒すには力不足だ。
だが、ファム公爵という大きな砦がアリーナには残っている。あれは早々倒せまい。と言うか、倒せないと思いたい。
まさかファム公爵までライに懐柔されてないよね、とアリーナは考える。
だが、今日までファム公爵は領地に行っているはずで、ライが簡単にコンタクトを取れるとも思えない。城に来るのは明日だと聞いているし、とりあえずまだ大丈夫だろう。まだ。
ご飯を買ってライの家に連れてこられ、ご飯を食べ、今ライは湯あみをしている。アリーナは今が逃げるチャンスなのだと知ってはいるが、もうすでに諦めていた。逃げても一緒だ。ライはきっとどこまでも追いかけてくる。アリーナの家族もそれには協力をいとわないだろう。アリーナはもう逃げようもない。
ライが湯あみをする前、アリーナは湯あみを強要された。にっこり笑って、キスがいいか湯あみがいいかと尋ねられて、湯あみを選択する他なかった。
キスをされたら最後、アリーナは思考能力が低下して、ライのいいようにされてしまうに決まっている。なので、絶対に唇を死守しようと思っている。
アリーナはいつもより仕事から早く帰れたことで、まだしっかりと頭が回る。だから、ライがいないうちにきっちりと対策を考えようと思う。
今のアリーナの最後の砦はファム公爵だ。ファム公爵は…いかんせん女性を登用したがらない。だから、金庫番にいる女性の割合は低い。だが、優秀だとガイナーが認めれば、ガイナーはファム公爵を説得してくれ、そして金庫番に迎え入れてくれる。
ただ、結婚してしまえば女性は完全に金庫番から排除される。それは、昔から変わらないし、それが、どんな説得をしたとしても、ファム公爵がその気持ちを変えるとは思えない。いくらライが優秀だと言え、兄が優秀だと言え、格上と言えるファム公爵を動かせるとはこれっぽっちも思えない。
…だが、たった2、3日でアリーナの周りを懐柔してしまったライのことを考えると、それも万全ではないかもしれない。
だが、もしライがファム公爵を懐柔したとして、アリーナが結婚した後も働き続けてもいいとなったら、どうだろう。…それはそれでいいのかもしれない。アリーナは金庫番の流れを変えることができるわけだ。
でも、と、今日ルルに聞いた話を思い出す。妊娠した場合には雑用しか任されなくなると言っていた。…これが、もし金庫番にも適用されるとしたら、アリーナは一体何をして過ごすことになるんだろうか。
ファム公爵が結婚後も仕事を続けてもいいとの許可を出すかもしれないのは、まだかろうじてあり得るかもしれないと思える。だが、妊娠後も同じように仕事を任せてくれるとは思えない。そんな人であれば、既に結婚後の仕事継続もOKを出しているはずだ。
アリーナはそれでも金庫番にいる意味があるんだろうか、と思う。
勿論、雑用をするということが必要ないとは思えない。雑用も必要な仕事だ。だが、メインの仕事があって雑用があるからやっていられるのであって、雑用しかないと言われれば、アリーナには仕事を続ける意味など見出せそうになかった。
それを考えれば、やはりアリーナにとって結婚は得策ではなさそうだ。
だから、もう一つ大きな砦が欲しい。
だが、アリーナが思いつく大きな砦など、やはりあの友人しかいなかった。
第二王子妃であるファリス。
今、彼女に手紙を書いたとして、受け取ってもらえるのだろうか。
きっと王子妃となったファリスには連日たくさんの封書が届くだろう。その中で取るにも足りないアリーナの手紙など、目にもつかないかもしれない。
それでも、打てる手を打つしかない。
たとえ手紙を開いてくれたとしても、長々と今の現状を述べた手紙など書いても、王子妃として忙しいファリスには読む暇などないかもしれない。
アリーナは一言だけ書くことにする。その方がファリスにも手間は少ないし、アリーナにも手間は少ない。
読んで無理なら何もファリスからアクションは起こさないだろうし、OKなら何らかの連絡が来るはずだ。
良い返事は期待していない。この10年間の交流のなさを考えれば、期待できるわけもない。だから、ほぼ破れかぶれな気分でアリーナは手紙の内容を決めた。
きっと女子力が高い女性なら、これまでの非礼を詫び、これからの交流を願うようなきれいな麗句を並べた心打つ手紙が書けるのかもしれないが、そういった類もまた、アリーナは苦手としている。ファリスもそれはよく知っているはずだ。その一言しか書いていない手紙を見たとしても、相変わらずなんだとしか思わないだろう。…ファリスが激高するような性格ではないと理解しているからできる所業でもあるわけだが。
家にいるわけでもないので、自分の家の封筒も使えやしない。後でライから封筒と便箋をもらおう。さすがにそれぐらいは貸してくれるはずだ。それがたとえ自分の首を絞める可能性がある手紙だったとしても。
まあ、意味のない手紙になる可能性の方がよほど大きいが。
アリーナは今更ながら、女性としての何かを母のお腹の中に置き忘れてきたんだろうと思った。何一つ女子力と呼べる部分がない。でもまあ仕方がない、それがアリーナだ。
そしてそのアリーナがいいと言い張るライは、一体アリーナのどこがいいんだろうか。
アリーナには、まったくライの嗜好が理解はできそうになかった。
アリーナは、ソファーに沈んで、ため息をつく。
完全に周囲がライに懐柔されていっている。今、アリーナの味方と言えるのは、マリアぐらいしかいないかもしれない。いや、ルルも別れ際に“限界を決めるのは自分よ”とアリーナに言葉を贈ってくれた。何かあったらマリアに言うか店に来てと言っていたし、あれは、きっと私の味方になってくれるという意志の表示だろう。
でも、その二人じゃ、アリーナの両親とダニエル、それにライと言う強大な敵を倒すには力不足だ。
だが、ファム公爵という大きな砦がアリーナには残っている。あれは早々倒せまい。と言うか、倒せないと思いたい。
まさかファム公爵までライに懐柔されてないよね、とアリーナは考える。
だが、今日までファム公爵は領地に行っているはずで、ライが簡単にコンタクトを取れるとも思えない。城に来るのは明日だと聞いているし、とりあえずまだ大丈夫だろう。まだ。
ご飯を買ってライの家に連れてこられ、ご飯を食べ、今ライは湯あみをしている。アリーナは今が逃げるチャンスなのだと知ってはいるが、もうすでに諦めていた。逃げても一緒だ。ライはきっとどこまでも追いかけてくる。アリーナの家族もそれには協力をいとわないだろう。アリーナはもう逃げようもない。
ライが湯あみをする前、アリーナは湯あみを強要された。にっこり笑って、キスがいいか湯あみがいいかと尋ねられて、湯あみを選択する他なかった。
キスをされたら最後、アリーナは思考能力が低下して、ライのいいようにされてしまうに決まっている。なので、絶対に唇を死守しようと思っている。
アリーナはいつもより仕事から早く帰れたことで、まだしっかりと頭が回る。だから、ライがいないうちにきっちりと対策を考えようと思う。
今のアリーナの最後の砦はファム公爵だ。ファム公爵は…いかんせん女性を登用したがらない。だから、金庫番にいる女性の割合は低い。だが、優秀だとガイナーが認めれば、ガイナーはファム公爵を説得してくれ、そして金庫番に迎え入れてくれる。
ただ、結婚してしまえば女性は完全に金庫番から排除される。それは、昔から変わらないし、それが、どんな説得をしたとしても、ファム公爵がその気持ちを変えるとは思えない。いくらライが優秀だと言え、兄が優秀だと言え、格上と言えるファム公爵を動かせるとはこれっぽっちも思えない。
…だが、たった2、3日でアリーナの周りを懐柔してしまったライのことを考えると、それも万全ではないかもしれない。
だが、もしライがファム公爵を懐柔したとして、アリーナが結婚した後も働き続けてもいいとなったら、どうだろう。…それはそれでいいのかもしれない。アリーナは金庫番の流れを変えることができるわけだ。
でも、と、今日ルルに聞いた話を思い出す。妊娠した場合には雑用しか任されなくなると言っていた。…これが、もし金庫番にも適用されるとしたら、アリーナは一体何をして過ごすことになるんだろうか。
ファム公爵が結婚後も仕事を続けてもいいとの許可を出すかもしれないのは、まだかろうじてあり得るかもしれないと思える。だが、妊娠後も同じように仕事を任せてくれるとは思えない。そんな人であれば、既に結婚後の仕事継続もOKを出しているはずだ。
アリーナはそれでも金庫番にいる意味があるんだろうか、と思う。
勿論、雑用をするということが必要ないとは思えない。雑用も必要な仕事だ。だが、メインの仕事があって雑用があるからやっていられるのであって、雑用しかないと言われれば、アリーナには仕事を続ける意味など見出せそうになかった。
それを考えれば、やはりアリーナにとって結婚は得策ではなさそうだ。
だから、もう一つ大きな砦が欲しい。
だが、アリーナが思いつく大きな砦など、やはりあの友人しかいなかった。
第二王子妃であるファリス。
今、彼女に手紙を書いたとして、受け取ってもらえるのだろうか。
きっと王子妃となったファリスには連日たくさんの封書が届くだろう。その中で取るにも足りないアリーナの手紙など、目にもつかないかもしれない。
それでも、打てる手を打つしかない。
たとえ手紙を開いてくれたとしても、長々と今の現状を述べた手紙など書いても、王子妃として忙しいファリスには読む暇などないかもしれない。
アリーナは一言だけ書くことにする。その方がファリスにも手間は少ないし、アリーナにも手間は少ない。
読んで無理なら何もファリスからアクションは起こさないだろうし、OKなら何らかの連絡が来るはずだ。
良い返事は期待していない。この10年間の交流のなさを考えれば、期待できるわけもない。だから、ほぼ破れかぶれな気分でアリーナは手紙の内容を決めた。
きっと女子力が高い女性なら、これまでの非礼を詫び、これからの交流を願うようなきれいな麗句を並べた心打つ手紙が書けるのかもしれないが、そういった類もまた、アリーナは苦手としている。ファリスもそれはよく知っているはずだ。その一言しか書いていない手紙を見たとしても、相変わらずなんだとしか思わないだろう。…ファリスが激高するような性格ではないと理解しているからできる所業でもあるわけだが。
家にいるわけでもないので、自分の家の封筒も使えやしない。後でライから封筒と便箋をもらおう。さすがにそれぐらいは貸してくれるはずだ。それがたとえ自分の首を絞める可能性がある手紙だったとしても。
まあ、意味のない手紙になる可能性の方がよほど大きいが。
アリーナは今更ながら、女性としての何かを母のお腹の中に置き忘れてきたんだろうと思った。何一つ女子力と呼べる部分がない。でもまあ仕方がない、それがアリーナだ。
そしてそのアリーナがいいと言い張るライは、一体アリーナのどこがいいんだろうか。
アリーナには、まったくライの嗜好が理解はできそうになかった。
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