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「アリーナさんを着飾るためですよ」
エッヘン、と胸を突き出したマリアの言葉に、アリーナの頭の中には疑問符がたくさん沸き上がる。
「ねぇ、今からファム公爵の名代として行くだけでしょう? どうして着飾る必要があるの」
「アリーナさんを馬鹿にされたからですよ」
怒るマリアは、あのショパー侯爵の娘の見下すような視線が我慢ならなかったらしい。
「別にいいんだけど。だって、どう見たってあの子の方がきれいだし、出るところも出てたし?」
「アリーナさんは素材がいいんだから、着飾ればあんな子すぐに蹴散らせます! と、言うことで私の義理の姉のルルです。今化粧の魔術師として有名なんですよ」
“化粧の魔術師”なる大それた呼び名にアリーナはピキリと固まる。
「…いくら彼女が化粧の魔術師だって、私は私よ。無駄よ」
どうやらマリアはアリーナに武装させてショパー侯爵の娘をぎゃふんと言わせたいらしい。
だけどである。いくら化粧の魔術師と呼ばれていようと、アリーナをこんなゴージャス美女に変身させることなど困難だろう。精々いつもよりきれいに化粧してるわね、ぐらいのものだ。相手をぎゃふんと言わせるほどの効果が得られるとは思えない。
「そうかしら? アリーナさんもなれるわよ」
初対面の相手と言うには親しげな様子でゴージャス美女もといルルに声をかけられたアリーナは、困惑する。
その親しげな様子にも困惑したのだが、その声が知っている声のような気がして困惑したのだ。
でも、アリーナの記憶にあるルルという人物は、大変申し訳ないがこんなゴージャス美女ではなかった。
「そうよ。お姉様の手にかかれば、アリーナさんは絶世の美女よ」
「いや、無理でしょ」
「女性は誰だって花のつぼみなの。私が手を入れるだけで花開くわ。限界を決めるのは自分、でしょ? ね、アリーナさん?」
ウインクするそのルルの瞳は、見覚えのある瞳に見えたし、何より“限界を決めるのは自分”と言う言葉は、アリーナが知っているルルに言ったことがあった言葉だった。
「ルルさん…なの」
「ええ。あなたの同期だったルルよ」
ふふ、と妖艶に笑うルルが、アリーナの知っているルルとはにわかに信じられない。
「…一体何が?」
「ちょっと魔法をかけただけ。アリーナさんも素地はいいんだから、ちょっといじるだけで大丈夫よ」
「ちょっとやそっとでルルさんがこうなるとは…申し訳ないけど思えないんだけど」
「実際に体験してみて」
「いや、でも私今からやらなきゃいけないことが。」
「ガイナー室長からの業務命令です。美女になれ、ですって」
マリアがあっさりとアリーナの逃げ道をふさいだ。
「それおかしいでしょ」
「いえ、全く。じゃあ、お姉様任せたわよ」
「はいはい。じゃ、アリーナさんはここに座って」
マリアは部屋から出ていき、アリーナはルルに促されるまま椅子に座るしかなさそうだ。
ぼすん、と椅子に腰かけると、アリーナはどうしてこうなったんだろうと脱力した。
完全にガイナーにおもちゃにされている気がする。
「ほらほら、まっすぐこっちを向いて」
ルルがアリーナの顔を自分に向ける。
「眼鏡外すわね」
アリーナの視界がぼやける。もうこうなったら、なるようになるだろう。
「ルルさんは化粧好きだったの」
何かを顔全体に塗られながら、アリーナはルルに問いかける。学院で一緒だった時、ルルが化粧しているような気は全然しなかったからだ。別段ルルとアリーナが仲が良かったわけではない。ルルは皆と少し距離を取っているような様子で、学院の中で特別仲が良かった人はいなかった。だから、ルルの動向をアリーナが知る由もなかったわけだ。ただ、学院の中でも女性が少ないために、同期の女性ならわかるというだけだ。
「うーん。好きか嫌いかで言えば、好きでしょうね。でも、“化粧の魔術師”と呼ばれるようになったのは、ある意味苦肉の策の結果と言うか。」
「苦肉の策?」
「私はカルディア商会の経理を担当しててね、それで、縁があってマリアのお兄さんと結婚することになったんだけど、結婚した後、化粧品の扱いを始めることになって、化粧品の使い心地とかを確認させられてて、それで結果的にセンスがあったみたいで、お客さんにサービスで化粧とかしてあげてたら、晩餐会とか夜会の時とかに化粧を頼まれることが結構増えてきて、いつの間にか“化粧の魔術師”とか言われるようになっちゃっただけ。」
「えーっと、ルルさんの顔って」
「そんなに造りは変わってないと思うわ」
「…化粧で変わるものね」
アリーナにとって化粧とは、肌に色をのせるくらいの意味しかない。
「そうね。女はいくらでも化けられるのよ」
「そう。」
「そうよ。私も結婚してから知ったんだけどね。カルディアに嫁がなければ、今も昔通りの私だったと思うけど」
「…仕事やめて後悔はなかった」
ルルの手が一瞬止まる。だがそれはほんの一瞬で、また作業は再開された。
「そうね。もっと他の方法があったのかも知れないとは思うけど、城の仕事には未練はないかな。それにやめてなければ主人と出会うこともなかったと思うから、後悔もないわ」
きっぱりと言い切るルルに、アリーナはあのときのことを思い出す。
城の仕事をやめると言ったあのときのルルも、やはり後悔は無さそうだった。それは4年経っても変わらなかったらしい。
エッヘン、と胸を突き出したマリアの言葉に、アリーナの頭の中には疑問符がたくさん沸き上がる。
「ねぇ、今からファム公爵の名代として行くだけでしょう? どうして着飾る必要があるの」
「アリーナさんを馬鹿にされたからですよ」
怒るマリアは、あのショパー侯爵の娘の見下すような視線が我慢ならなかったらしい。
「別にいいんだけど。だって、どう見たってあの子の方がきれいだし、出るところも出てたし?」
「アリーナさんは素材がいいんだから、着飾ればあんな子すぐに蹴散らせます! と、言うことで私の義理の姉のルルです。今化粧の魔術師として有名なんですよ」
“化粧の魔術師”なる大それた呼び名にアリーナはピキリと固まる。
「…いくら彼女が化粧の魔術師だって、私は私よ。無駄よ」
どうやらマリアはアリーナに武装させてショパー侯爵の娘をぎゃふんと言わせたいらしい。
だけどである。いくら化粧の魔術師と呼ばれていようと、アリーナをこんなゴージャス美女に変身させることなど困難だろう。精々いつもよりきれいに化粧してるわね、ぐらいのものだ。相手をぎゃふんと言わせるほどの効果が得られるとは思えない。
「そうかしら? アリーナさんもなれるわよ」
初対面の相手と言うには親しげな様子でゴージャス美女もといルルに声をかけられたアリーナは、困惑する。
その親しげな様子にも困惑したのだが、その声が知っている声のような気がして困惑したのだ。
でも、アリーナの記憶にあるルルという人物は、大変申し訳ないがこんなゴージャス美女ではなかった。
「そうよ。お姉様の手にかかれば、アリーナさんは絶世の美女よ」
「いや、無理でしょ」
「女性は誰だって花のつぼみなの。私が手を入れるだけで花開くわ。限界を決めるのは自分、でしょ? ね、アリーナさん?」
ウインクするそのルルの瞳は、見覚えのある瞳に見えたし、何より“限界を決めるのは自分”と言う言葉は、アリーナが知っているルルに言ったことがあった言葉だった。
「ルルさん…なの」
「ええ。あなたの同期だったルルよ」
ふふ、と妖艶に笑うルルが、アリーナの知っているルルとはにわかに信じられない。
「…一体何が?」
「ちょっと魔法をかけただけ。アリーナさんも素地はいいんだから、ちょっといじるだけで大丈夫よ」
「ちょっとやそっとでルルさんがこうなるとは…申し訳ないけど思えないんだけど」
「実際に体験してみて」
「いや、でも私今からやらなきゃいけないことが。」
「ガイナー室長からの業務命令です。美女になれ、ですって」
マリアがあっさりとアリーナの逃げ道をふさいだ。
「それおかしいでしょ」
「いえ、全く。じゃあ、お姉様任せたわよ」
「はいはい。じゃ、アリーナさんはここに座って」
マリアは部屋から出ていき、アリーナはルルに促されるまま椅子に座るしかなさそうだ。
ぼすん、と椅子に腰かけると、アリーナはどうしてこうなったんだろうと脱力した。
完全にガイナーにおもちゃにされている気がする。
「ほらほら、まっすぐこっちを向いて」
ルルがアリーナの顔を自分に向ける。
「眼鏡外すわね」
アリーナの視界がぼやける。もうこうなったら、なるようになるだろう。
「ルルさんは化粧好きだったの」
何かを顔全体に塗られながら、アリーナはルルに問いかける。学院で一緒だった時、ルルが化粧しているような気は全然しなかったからだ。別段ルルとアリーナが仲が良かったわけではない。ルルは皆と少し距離を取っているような様子で、学院の中で特別仲が良かった人はいなかった。だから、ルルの動向をアリーナが知る由もなかったわけだ。ただ、学院の中でも女性が少ないために、同期の女性ならわかるというだけだ。
「うーん。好きか嫌いかで言えば、好きでしょうね。でも、“化粧の魔術師”と呼ばれるようになったのは、ある意味苦肉の策の結果と言うか。」
「苦肉の策?」
「私はカルディア商会の経理を担当しててね、それで、縁があってマリアのお兄さんと結婚することになったんだけど、結婚した後、化粧品の扱いを始めることになって、化粧品の使い心地とかを確認させられてて、それで結果的にセンスがあったみたいで、お客さんにサービスで化粧とかしてあげてたら、晩餐会とか夜会の時とかに化粧を頼まれることが結構増えてきて、いつの間にか“化粧の魔術師”とか言われるようになっちゃっただけ。」
「えーっと、ルルさんの顔って」
「そんなに造りは変わってないと思うわ」
「…化粧で変わるものね」
アリーナにとって化粧とは、肌に色をのせるくらいの意味しかない。
「そうね。女はいくらでも化けられるのよ」
「そう。」
「そうよ。私も結婚してから知ったんだけどね。カルディアに嫁がなければ、今も昔通りの私だったと思うけど」
「…仕事やめて後悔はなかった」
ルルの手が一瞬止まる。だがそれはほんの一瞬で、また作業は再開された。
「そうね。もっと他の方法があったのかも知れないとは思うけど、城の仕事には未練はないかな。それにやめてなければ主人と出会うこともなかったと思うから、後悔もないわ」
きっぱりと言い切るルルに、アリーナはあのときのことを思い出す。
城の仕事をやめると言ったあのときのルルも、やはり後悔は無さそうだった。それは4年経っても変わらなかったらしい。
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