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「アリーナさん。」
マリアの声に、きょとんとする。
「何?」
先ほど休憩時間が終わったばかりで、まだ休憩時間には程遠いはずだ。まだ作業に集中していなかったせいで、アリーナはマリアの声にすぐに気付いたと言っていい。
「お客様ですよ」
マリアの手が指す先に、女官の制服を着た人間が立っている。
「誰?」
今関係している仕事に、女官と関わる仕事はなかったはずだ、とアリーナは首を傾げた。
「名前は聞いてないみたいですけど、ショパー侯爵のお嬢さんじゃないでしょうか。」
「流石、カルディア商会のお嬢様。貴族の名前はばっちりね」
嫌味ではない。アリーナは貴族の名前がすぐに出てくるマリアを本気で尊敬している。
「…アリーナさんが興味がなさすぎるだけじゃないですか。そもそもアリーナさん貴族名鑑頭に入れとかないといけない身分ですよね」
「…そこに頭を使いたくないから、もう覚えてない」
仕事以外に必要もない貴族の家族関係などで頭を使いたくないと思っている。だから晩餐会も夜会も出ない。両親も諦めたんだろう、最近は誘いもされない。
「で、ショパー侯爵のお嬢さんが何用でしょうね」
マリアもアリーナが女官と関わる仕事をしていないと気付いていたらしい。
「ま、行ってみる。」
ショパー侯爵のお嬢さんの手元には、どうやら書類が握られているみたいだし、仕事関係には違いないんだろう。アリーナは立ち上がった。
「お気をつけて」
マリアの言葉に首を傾げつつ、アリーナはその女官に近づいた。
やはり、知り合いではない。
「あの、どういった御用ですか」
アリーナがその女官に声をかけると、さっきからじっとアリーナを見ていたその女官の顔が、馬鹿にしたように歪む。その直前までは、きれいな女の子だな、と思っていたアリーナだが、その表情に、何となく理由を思い至って、げそっとなる。
「貴方がアリーナさん?」
高飛車なその言い方は、明らかにアリーナを下に見ている。
「そうですけど? どちら様でしょうか?」
「あら、私のことご存じないのかしら。」
明らかにアリーナに向けた嫌味だ。
「どういったご用件でしょうか。」
答えるつもりがないならまあいいと、アリーナは本人から名前を教えてもらうのを諦めた。既にショパー侯爵の娘だと面が割れているから流したと言ってもいい。
「ちょっと! 私のことご存じないの」
「えーっと、クイズ大会に出てる暇はないんですが。ご用件がないのであれば、行きますね」
くるりと踵を返したアリーナの腕を、ショパー侯爵の娘がつかむ。
「ちょっと! 用件はこれよ」
アリーナが振り向くと、ショパー侯爵の娘が手に持っていた書類をずいっとアリーナに差し出す。
「これは、何の書類でしょうか?」
アリーナは受け取らない。
「ちょっと、受け取りなさいよ」
「…命令される筋合いはないと思いますが。」
同じ侯爵家で、年は間違いなくアリーナが上である。アリーナが命令される筋合いは全くない。
「あなた金庫番の人間なんでしょう? 見ればわかるんじゃないかしら。それじゃ、よろしくね」
「ちょっと!」
ショパー侯爵の娘は、アリーナが受け取らないと見ると、近くのテーブルに書類を置いて去っていく。追いかける時間も惜しいため、アリーナは追いかけるという方法は取らなかった。だが、置いて行かれてしまったため見ないわけにはいかないが、その時間も惜しい。
「どうしたの、アリーナ?」
丁度朝の会議から帰って来たガイナーが、入り口にたたずむアリーナに声をかけてくる。
「あの、ショパー侯爵の娘って知ってます」
ガイナーに問いかければ、ガイナーはすぐに反応した。が、アリーナを見て口を閉じた。
「ライ様の関係者でしょ」
確信を持ったアリーナの言葉に、ガイナーは頷くほかはない。ここで隠したとしても、他の誰かに聞けばすぐわかってしまうことだ。
「半年くらい前にライ様を振った子よ」
ガイナーの言葉に、アリーナはやっぱりと思っただけだ。
「で、ショパー侯爵の娘さんがどうしたの」
「そこの書類、置いて行っちゃったんですけど」
ガイナーがアリーナの指さすテーブルの上に視線を向ける。
「何あれ?」
「何かの計算書に見えますけど」
「私にもそう見えるわよ。で、何あれ?」
「私に受け取れと。」
「…アリーナ、今急ぎの仕事がある?」
「…とりあえずはないですね。明日提出しないといけないものはありますが。」
「軽くでいいから中身を見て頂戴。それで後で突き返しに行きましょう。あれは間違いなくうちが受け取る書類としては不備がありすぎよ。ここで我々が計算するものではないわ」
アリーナにもそう見えていたが、ガイナーにも同じように見えたらしい。
「分かりました」
「アリーナがライ様に愛されてるからって、愛されなかった腹いせをしに来るなんて最低よ。目にもの見せてやるわ」
ガイナーが一体何を思いついたのかは知らないが、それはガイナーに任せてしまおうとアリーナは思う。
しかし、数字を見るのは好きだけど、いやがらせは勘弁こうむりたい。やっぱりライとの結婚は早々に白紙に戻したいという決意をアリーナはし直す。
マリアの声に、きょとんとする。
「何?」
先ほど休憩時間が終わったばかりで、まだ休憩時間には程遠いはずだ。まだ作業に集中していなかったせいで、アリーナはマリアの声にすぐに気付いたと言っていい。
「お客様ですよ」
マリアの手が指す先に、女官の制服を着た人間が立っている。
「誰?」
今関係している仕事に、女官と関わる仕事はなかったはずだ、とアリーナは首を傾げた。
「名前は聞いてないみたいですけど、ショパー侯爵のお嬢さんじゃないでしょうか。」
「流石、カルディア商会のお嬢様。貴族の名前はばっちりね」
嫌味ではない。アリーナは貴族の名前がすぐに出てくるマリアを本気で尊敬している。
「…アリーナさんが興味がなさすぎるだけじゃないですか。そもそもアリーナさん貴族名鑑頭に入れとかないといけない身分ですよね」
「…そこに頭を使いたくないから、もう覚えてない」
仕事以外に必要もない貴族の家族関係などで頭を使いたくないと思っている。だから晩餐会も夜会も出ない。両親も諦めたんだろう、最近は誘いもされない。
「で、ショパー侯爵のお嬢さんが何用でしょうね」
マリアもアリーナが女官と関わる仕事をしていないと気付いていたらしい。
「ま、行ってみる。」
ショパー侯爵のお嬢さんの手元には、どうやら書類が握られているみたいだし、仕事関係には違いないんだろう。アリーナは立ち上がった。
「お気をつけて」
マリアの言葉に首を傾げつつ、アリーナはその女官に近づいた。
やはり、知り合いではない。
「あの、どういった御用ですか」
アリーナがその女官に声をかけると、さっきからじっとアリーナを見ていたその女官の顔が、馬鹿にしたように歪む。その直前までは、きれいな女の子だな、と思っていたアリーナだが、その表情に、何となく理由を思い至って、げそっとなる。
「貴方がアリーナさん?」
高飛車なその言い方は、明らかにアリーナを下に見ている。
「そうですけど? どちら様でしょうか?」
「あら、私のことご存じないのかしら。」
明らかにアリーナに向けた嫌味だ。
「どういったご用件でしょうか。」
答えるつもりがないならまあいいと、アリーナは本人から名前を教えてもらうのを諦めた。既にショパー侯爵の娘だと面が割れているから流したと言ってもいい。
「ちょっと! 私のことご存じないの」
「えーっと、クイズ大会に出てる暇はないんですが。ご用件がないのであれば、行きますね」
くるりと踵を返したアリーナの腕を、ショパー侯爵の娘がつかむ。
「ちょっと! 用件はこれよ」
アリーナが振り向くと、ショパー侯爵の娘が手に持っていた書類をずいっとアリーナに差し出す。
「これは、何の書類でしょうか?」
アリーナは受け取らない。
「ちょっと、受け取りなさいよ」
「…命令される筋合いはないと思いますが。」
同じ侯爵家で、年は間違いなくアリーナが上である。アリーナが命令される筋合いは全くない。
「あなた金庫番の人間なんでしょう? 見ればわかるんじゃないかしら。それじゃ、よろしくね」
「ちょっと!」
ショパー侯爵の娘は、アリーナが受け取らないと見ると、近くのテーブルに書類を置いて去っていく。追いかける時間も惜しいため、アリーナは追いかけるという方法は取らなかった。だが、置いて行かれてしまったため見ないわけにはいかないが、その時間も惜しい。
「どうしたの、アリーナ?」
丁度朝の会議から帰って来たガイナーが、入り口にたたずむアリーナに声をかけてくる。
「あの、ショパー侯爵の娘って知ってます」
ガイナーに問いかければ、ガイナーはすぐに反応した。が、アリーナを見て口を閉じた。
「ライ様の関係者でしょ」
確信を持ったアリーナの言葉に、ガイナーは頷くほかはない。ここで隠したとしても、他の誰かに聞けばすぐわかってしまうことだ。
「半年くらい前にライ様を振った子よ」
ガイナーの言葉に、アリーナはやっぱりと思っただけだ。
「で、ショパー侯爵の娘さんがどうしたの」
「そこの書類、置いて行っちゃったんですけど」
ガイナーがアリーナの指さすテーブルの上に視線を向ける。
「何あれ?」
「何かの計算書に見えますけど」
「私にもそう見えるわよ。で、何あれ?」
「私に受け取れと。」
「…アリーナ、今急ぎの仕事がある?」
「…とりあえずはないですね。明日提出しないといけないものはありますが。」
「軽くでいいから中身を見て頂戴。それで後で突き返しに行きましょう。あれは間違いなくうちが受け取る書類としては不備がありすぎよ。ここで我々が計算するものではないわ」
アリーナにもそう見えていたが、ガイナーにも同じように見えたらしい。
「分かりました」
「アリーナがライ様に愛されてるからって、愛されなかった腹いせをしに来るなんて最低よ。目にもの見せてやるわ」
ガイナーが一体何を思いついたのかは知らないが、それはガイナーに任せてしまおうとアリーナは思う。
しかし、数字を見るのは好きだけど、いやがらせは勘弁こうむりたい。やっぱりライとの結婚は早々に白紙に戻したいという決意をアリーナはし直す。
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