女子力低くて何が悪い

三谷朱花

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 食べ終わったしさて帰ろう、とアリーナが席を立ちかけると、たくさんの視線を感じて、はた、と止まる。

「何でしょ」

 アリーナの言葉に、その視線の主の一人だったライが立ち上がる。

「部署まで送ります」
「…いえ、大丈夫です」

 食堂から部署まで危険なところなど皆無だし、アリーナは早く戻ってダニエルに手紙を書くという用事もある。

「大丈夫とかじゃなくて、送ってもらいなさい」

 ガイナーの余計な一言で、ライはトレイを持ってアリーナ側に回ってくると、アリーナのトレイを自分のトレイと素早く重ねると、二人分のトレイを右手で持ち上げて、手を差し出されるところまで、アリーナは呆気にとられてライの動きを追うことになってしまった。

「やだ、やっぱりアリーナもライ様のこと諦めきれないのね。本当にファム公爵考えを変えてくれないかしら。こんなに愛し合ってる二人を離れ離れにするなんて、ひどいわ」

 何一つ事実と違うとアリーナは更に呆れる。だが乙女思考に陥ったガイナーに何を言っても無駄だと知っているアリーナは口を開かなかった。
 ガイナーの中では、アリーナとライは悲劇の主人公として大活躍しているはずだ。勝手に活躍するといい、とアリーナは諦めただけだ。 

「アリーナ、行きましよ」

 ライの差し出された手と、アリーナの手が繋がれた。…ガイナーによって。
 食堂を出るまでの我慢だと、アリーナは渋々ライに手を引かれたまま歩き出す。
 トレイを置き場に置くと、ライはアリーナ手をそのまま引いて食堂から出る。
 アリーナの職場は右で、アリーナの足は右に向かおうとしたのに、腰に手を回され行くべき方向を変えられた。

「ちょっと!私の職場は反対です」
「もう少し昼休みの時間がありますよね?散歩しましよ」
「ちょっと!私は用事があるの」
「用事って」
「ダ…。」

 ニエルという言葉は飲み込んだ。そこまで言って、アリーナはこの小細工がばれると効果が半減しそうだと思い付いて、口をつぐむ。

「ダ?」
「ダナさんが言ってたでしょう?仕事のあとにライ様と話し合ったらって。だから仕事を早く片付けたいの」

 ライと話し合うつもりなど微塵もなかったが、小細工をきちんと成功させるためであれば、嘘はつける。

「いずれにせよ、今日はゆっくり話す時間がとれそうにありません。今みたいに会う時間なら取れるんですけどね。アリーナかそれほど私に会いたいと思って下さるのなら、わずかな時間ではありますが会いに行きますよ」
「誰もそんなこと言ってません。話し合いができないんならわざわざお越しいただかなくていいです」
「じゃあ、今日はいつも通りに仕事ができますね? と言うことで、少し散歩しましよ」

 散歩を断る理由をあっさりと退けられて、アリーナは昼に手紙を書くことを諦める。でも家に帰ればダニエルはいるわけだし、明日の朝にでも相談を持ちかけよう、と思い直す。流石に夜に兄夫婦の寝室のドアを叩くほどアリーナは無粋じゃない。
 散歩という理由でアリーナを誘導するライは、中庭に向かっているらしいとアリーナは気付く。中庭は、昼休みになるとカップルがたくさん出現すると聞いているからだ。

「アリーナ、どうして昨日、ファム公爵の話をしなかったんですか」

 あれほど最初は抵抗していたアリーナがそのどうにもならない理由を使わなかったことがライも疑問らしい。

「度忘れしてただけよ」
「こんなにアリーナにとっては大事なことを?」
「…誰だって度忘れはあるものでしょ」

 アリーナだって、こんな重要なことを忘れるなんて思ってもみなかったのだ。

「アリーナはひどいですね」

 確かに昨日yesの返事をしたのに翌日にはnoの返事を突きつけたのだからひどいことは間違いない。

「ごめんなさい」

 でもアリーナには謝るしか出来ない。また返事をひっくり返すことなど出来ないからだ。

「そうやって私を翻弄して、更に夢中にさせるなんてひどい。」

 は?
 アリーナはライの言葉が理解できそうになくて、口がぱかりと開いた。

「そうやって知らないふりをしたってわかってます。私に試練を与えて、私の愛を確かめようとしてるんでしょ」

 いや、してない。
 アリーナはそう返事をしようとして、くるりと反転された体に戸惑う。
 ライに腰を抱かれていたアリーナの体は、廊下の柱と柱の狭い隙間にある壁にあっという間に押し付けられた。

「な」

 に? というアリーナの言葉は、ライの口に飲み込まれた。
 慌ててライを押し返そうとしたアリーナ腕は、ライの手によって抑え込むようにつかまれて全く意味をなさなかった。 
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