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玄関の扉が開いた瞬間、表がざわめいた。何しろ、浮き名をはせるライがなぜか女性を担いで出てきたのだ。充分なざわめきの理由になる。
アリーナは明日の職場の話のネタになることを覚悟して、それでも隠れたいとの気持ちに従うように顔を下げた。
「顔は上げておいてくださいね。血が上りますよ」
「だったら下ろして」
「わかりました。階段を下りたら下ろしますから」
アリーナにいまさらという文句があるわけではなかったが、下ろしてくれるならいいと文句の言葉を飲み込んだ。
が、階段から降りて足がようやく地面につくと思った瞬間、アリーナの体がくるりと横になった。
「は?」
ライの顔が近くにある理由がアリーナには一瞬わからなかった。
近くで若い女性たちの小さな悲鳴が広がる。
「担がれるのは嫌なんでしょ」
「下ろして!って言った!誰も横抱きにしてって言ってない」
「それは知らないですね」
ふんふんと鼻歌でも歌い出しそうなライに、アリーナはがっくりと力を抜いた。
ライとアリーナの力の差など歴然で、ここで暴れても更に目立つことはあれ、ライの手から離れられることはないだろうと、アリーナは諦めた。
「ところでパレ家の馬車はどこですか? 見当たらないんですが」
馬車には家紋が書いてあり、一目でどの家とわかるようになっている。
「帰った」
「は?」
今のいままであっけに取られるのはアリーナの方だったが、今度はライがあっけに取られた。
「聞こえなかった? うちの馬車は帰ったの」
「聞こえたけど、帰ったってどういう意味ですか」
「ご武運をお祈りいたします、ですって」
「誰の」
「誰のでしょうね」
アリーナは御者にその言葉を発せられた時の衝撃を思い出す。貴族の娘が帰りの馬車を持たないなど普通ではあり得ないし、その言葉の持つ意味は、持ち帰られろ、と言うことである。アリーナは頭のなかで両親をありったけの言葉で罵った。だから、本当はダミーとしていつの間にか用意されていたまともな料理は提出せずに御者を脅して元々出すつもりだった自分が作った料理を提出したし、会場でもやる気もなく食べ物をパクついていたし、男性の名前も書かず料理の番号を迷いもなく書いた。
それなのに、アリーナはなぜかライとカップル成立してしまったのだ。
「アリーナ嬢のご両親はおおらかなんですね」
「素敵な評価ありがとうございます。でも、今は誉めていただかなくて結構です」
おおらか、という言葉は、別に侮蔑の言葉ではない。この国は性に鷹揚だ。むしろ結婚生活のために、と婚前交渉は推奨されている。王家に嫁ぐことを重んじる貴族たちだけが処女性を保ちたがる位だ。鷹揚とは言え流石に王家との結婚は処女性が重んじられる。誰の子かわからない子供が生まれたら、王家の存続にも影響するためだ。
侯爵家の娘であるアリーナが王家に嫁ぐ可能性はゼロではないにしろ、アリーナの両親にもアリーナにもその気はないため処女性など重要ではない。つまり、婚活パーティーの後にお持ち帰りというある種この国では当たり前に見られる姿をアリーナの両親はアリーナに望んだだけである。そのためにダミーの料理を用意したほどに。
だがその料理は、主催者側への差し入れとしてアリーナが侯爵家の名前を振りかざして押し付けた。流石に美味しいとわかっている料理を捨てることなどアリーナにはできなかったから。主催者からは料理を取り替えてはどうかと散々言われたが、アリーナは頑として譲らなかった。私が作った料理は間違いなくこれだと。
「私のうちはすぐそこですから」
割りと裕福な人間が集まる界隈に家を持てるのだと言うのだから、騎士団副団長の給料はそこそこにいいんだろう。まあ、アリーナにとってはどうでもいい情報だったが。
「アリーナ嬢は結婚したいんですか」
「まさか」
ライの直球な質問をぶっきらぼうに叩き落としたアリーナは、もう既に素に戻っている。素、と言うよりは、仕事モードに近いだろうか。着なれないドレスにお姫さま抱っこという格好がなければ、既に有能な事務官の顔と言って間違いなかった。
「本気で?」
その心配したような声に、こんなあり得ないことをしているにも関わらず、ライもまた一般常識に囚われた人間なんだとアリーナはため息をつく。
「本気も本気よ。きちんとしたお給金も貰えているし、結婚なんてしなくても困りもしないわ」
アリーナの職種は、男女で給金の差はない。つまり、男性が女性を養えるくらいの給金が貰えているわけで、今独り暮らしをしろと言われれば、派手な生活をしなければ十分な生活はできるだろう。……食事については味気はないが職場の食堂で3食とっても構わないとアリーナは思っている。味はともかく栄養は取れる。
アリーナは明日の職場の話のネタになることを覚悟して、それでも隠れたいとの気持ちに従うように顔を下げた。
「顔は上げておいてくださいね。血が上りますよ」
「だったら下ろして」
「わかりました。階段を下りたら下ろしますから」
アリーナにいまさらという文句があるわけではなかったが、下ろしてくれるならいいと文句の言葉を飲み込んだ。
が、階段から降りて足がようやく地面につくと思った瞬間、アリーナの体がくるりと横になった。
「は?」
ライの顔が近くにある理由がアリーナには一瞬わからなかった。
近くで若い女性たちの小さな悲鳴が広がる。
「担がれるのは嫌なんでしょ」
「下ろして!って言った!誰も横抱きにしてって言ってない」
「それは知らないですね」
ふんふんと鼻歌でも歌い出しそうなライに、アリーナはがっくりと力を抜いた。
ライとアリーナの力の差など歴然で、ここで暴れても更に目立つことはあれ、ライの手から離れられることはないだろうと、アリーナは諦めた。
「ところでパレ家の馬車はどこですか? 見当たらないんですが」
馬車には家紋が書いてあり、一目でどの家とわかるようになっている。
「帰った」
「は?」
今のいままであっけに取られるのはアリーナの方だったが、今度はライがあっけに取られた。
「聞こえなかった? うちの馬車は帰ったの」
「聞こえたけど、帰ったってどういう意味ですか」
「ご武運をお祈りいたします、ですって」
「誰の」
「誰のでしょうね」
アリーナは御者にその言葉を発せられた時の衝撃を思い出す。貴族の娘が帰りの馬車を持たないなど普通ではあり得ないし、その言葉の持つ意味は、持ち帰られろ、と言うことである。アリーナは頭のなかで両親をありったけの言葉で罵った。だから、本当はダミーとしていつの間にか用意されていたまともな料理は提出せずに御者を脅して元々出すつもりだった自分が作った料理を提出したし、会場でもやる気もなく食べ物をパクついていたし、男性の名前も書かず料理の番号を迷いもなく書いた。
それなのに、アリーナはなぜかライとカップル成立してしまったのだ。
「アリーナ嬢のご両親はおおらかなんですね」
「素敵な評価ありがとうございます。でも、今は誉めていただかなくて結構です」
おおらか、という言葉は、別に侮蔑の言葉ではない。この国は性に鷹揚だ。むしろ結婚生活のために、と婚前交渉は推奨されている。王家に嫁ぐことを重んじる貴族たちだけが処女性を保ちたがる位だ。鷹揚とは言え流石に王家との結婚は処女性が重んじられる。誰の子かわからない子供が生まれたら、王家の存続にも影響するためだ。
侯爵家の娘であるアリーナが王家に嫁ぐ可能性はゼロではないにしろ、アリーナの両親にもアリーナにもその気はないため処女性など重要ではない。つまり、婚活パーティーの後にお持ち帰りというある種この国では当たり前に見られる姿をアリーナの両親はアリーナに望んだだけである。そのためにダミーの料理を用意したほどに。
だがその料理は、主催者側への差し入れとしてアリーナが侯爵家の名前を振りかざして押し付けた。流石に美味しいとわかっている料理を捨てることなどアリーナにはできなかったから。主催者からは料理を取り替えてはどうかと散々言われたが、アリーナは頑として譲らなかった。私が作った料理は間違いなくこれだと。
「私のうちはすぐそこですから」
割りと裕福な人間が集まる界隈に家を持てるのだと言うのだから、騎士団副団長の給料はそこそこにいいんだろう。まあ、アリーナにとってはどうでもいい情報だったが。
「アリーナ嬢は結婚したいんですか」
「まさか」
ライの直球な質問をぶっきらぼうに叩き落としたアリーナは、もう既に素に戻っている。素、と言うよりは、仕事モードに近いだろうか。着なれないドレスにお姫さま抱っこという格好がなければ、既に有能な事務官の顔と言って間違いなかった。
「本気で?」
その心配したような声に、こんなあり得ないことをしているにも関わらず、ライもまた一般常識に囚われた人間なんだとアリーナはため息をつく。
「本気も本気よ。きちんとしたお給金も貰えているし、結婚なんてしなくても困りもしないわ」
アリーナの職種は、男女で給金の差はない。つまり、男性が女性を養えるくらいの給金が貰えているわけで、今独り暮らしをしろと言われれば、派手な生活をしなければ十分な生活はできるだろう。……食事については味気はないが職場の食堂で3食とっても構わないとアリーナは思っている。味はともかく栄養は取れる。
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