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番外編:1か月後

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 泉の水が煌めいている。
 イリューはルーナを背中からふんわりと抱きしめたまま、その煌めきをぼんやりと眺めていた。抱き抱えられているルーナも、微笑みながら、時折魚の影が見える泉を見ている。

 静かな時間だ。
 森の中は、ざわめくことなく、平穏を伝えてきている。
 泉に降り注ぐ光も、乱れることはない。

 人間たちにとって暗いだけに感じる森の中にも、多くの光が当たる場所がある。
 それがこの泉だった。
 人はたどり着けぬ泉。森の住人たちだけにしか見えない泉。
 その不思議な力は、森の異変を知らせてくれる役割がある。
 ルーナがこの森に捨てられた時にも、この泉には異変があった。

 風が止まり濁る泉など、久しぶりに目にしたイリューも、大きなため息をつくしかなかった。数百年の盟約を人間はいとも簡単に忘れ去ってしまうのだと、人間の浅はかさに嫌気がした。
 そして、いつもは泉を照らす光も陰っていた。

 だが、一筋だけ光がさしていた。その光が何をさすのか、イリューにもわからなかった。
 だが、息絶えそうになっているルーナを見つけた瞬間、全身の血がざわめいた。
 これが番だと、魂が訴える。
 一筋の光の意味はそういうことだったのだと、イリューはすぐに理解した。

 ルーナを介抱し、唾液を分けた。イリューの体液には、それだけで力が宿る。
 一番いいのは、交わること。だが、初めて見る番の存在に、イリューは恐れを抱いた。
 人間たちに恐れられる森の王であるイリューを、番が受け入れてくれるのか。

 拒絶されたときのことを思うと、番との交わりを知らず孤独に耐えた方がましな気がした。
 何百年も番もなく生きてきたのだ。これから先も番がいなくても、イリューは生きてはいける。
 喜びを感じないだけだ。でも、これまでもそうやって生きてきた。変わらぬはずだと、イリューは自分に言い聞かせた。

 唾液を分け、少しずつ血色を取り戻していったルーナは、3日目に目を開けた。
 その瞳に、イリューの心は射ぬかれた。初めて恋に落ちた。
 だが、その気持ちを、ルーナには気取られぬようにした。
 更に拒絶されることが怖くなったからだ。

 だが、イリューの気持ちを知ってか知らずか、ルーナはイリューのことを恐れる様子はなかった。森の王だと、何百年と生きているのだと言っても、恐れるどころか尊敬の眼差しをイリューに向ける。
 そして、イリューに親愛の笑みを見せるようになった。
 
 イリューは、とうとう気持ちをおさえきれなくなって、ルーナに心のうちを告げた。番であることは言わなかった。ルーナに気持ちを押し付けたくはなかったからだ。運命の番なのだと言えば、それだけでルーナは素直に従う気がした。でも、それはいやだった。
 ルーナはイリューの気持ちを受け取ってくれた。その上に、ずっと一緒にいたいのだと言ってくれた。

 結局イリューは、喜びのあまり、つい運命の番であることをルーナに告げてしまった。
 そのときの、ルーナの喜びの表情を、イリューは決して忘れない。
 
 呪いが、ひとつ切れたのが、わかる。
 呪いが発動したのではない。切れた。それは、その人間の命がなくなったことを示している。
 王太子が一人処刑すると告げていた。その人間が命を落としたのだろうと思った。
 
 こうやってただ二人でいるだけで幸せなことを、どうしてあの人間たちは理解しないのかが不思議でならない。
 
 イリューはルーナを抱く腕に力を入れて、その温もりを感じた。
 とても、幸せだった。 

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