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 そろそろと、一人の貴族が手を挙げる。
「どうした、キリル侯爵」
 皇太子が発言を許すと、キリル侯爵はホッと息をついて口を開いた。
「ルーナ伯爵令嬢と一緒にいたあの方は……森の王と呼ばれておりましたが……?」

 皇太子と第3王女は顔を見合わせて、眉を下げた。キリル侯爵は頭が切れるほうだと二人は認識していた。だから、このキリル侯爵が理解していないのであれば、もっと愚鈍な貴族たちには全く想像もついていないだろう。

「あのお方は、お前たちが”魔の森”と呼んでいる森を守っている王だ。あの森を荒らさないという約束の元、我が国はあの森に守ってもらって、何百年と平和を謳歌できているのだ。……にも拘わらず、お前たち貴族は、何百年もの平和を謳歌している中で、あの森への不可侵の約束を、単なるおとぎ話か何かだと思っているんだろうな」

 どの貴族も気まずそうに視線を下げる。
 学生時代には必ず授業でも扱う内容だ。だが、教える方の教師ですら、おとぎ話か何かだと思っている始末。ただ、”魔の森”には近づかないように、という話だけが学生の頭の中には残っていく。
 
 それでもルーナがあの森に連れていかれるまでは、誰もあの森に行こうとしなかったから守られてきたにすぎなかった。
 それを皇太子たちは痛感するより他はなかった。

「あの森を次に侵したときには、自らの命だけではなく、この国も跡形もなくなくなるだろう」
 皇太子の言葉に、貴族たちが息をのむ。

 流石に自らの命をなくしたいと思っている人間はいない。
 皇太子はひとまずため息をついた。
 もう一度国中の教育を徹底するしかないだろう。

 *

『ルーナ、本当にあれでよかったのか?』
 ルーナを背に乗せながら走る大きな銀狼が、思念でルーナに問いかける。
「そうね。あれで良かったと思っているけど?」
『お前は本当に欲がないな』
 ルーナは首をかしげる。

「だって、今はとっても幸せだから」
 ふふ、とルーナが笑うと、銀狼が低く唸る。
『ルーナあまりかわいいことを言うな。手加減ができなくなる』
 ルーナの頬が赤く染まる。そのように恥じらう姿もまた、銀狼の気持ちを煽るとはルーナは気づいていない。

 あ、とルーナが声を漏らす。
『どうした?』
「ひとつだけ、あったわ」
『なんだ?』
「あの人たちが、悪いことをしそうになったら、それを止めるための呪いみたいなのないかしら? ……もうやらないとは思うんだけど……」

 銀狼がうなずく。
『何だそんなことか。たやすいことよ。……悪いことを止める呪いか。……やはりルーナの考えることは優しいな』
「だって、もう人を悲しませないで欲しいから」
『そうだな』

 うなずくルーナは、ホッとしたように銀狼に身を任せた。
 その温もりは、ルーナが凍えるなかで与えられた温もりそのものだった。
 この銀狼に見つけてもらえなければ、ルーナは事切れていたことだろう。

 この温もりを未来永劫感じられることに、ルーナは何の迷いもなかった。
 もう憂いもなくなったルーナは、心からの幸せな気分を味わっていた。

 あの6人の命があまり長くないことを気づいているのは、銀狼だけだろう。
 あの場で殺してしまってもいいと思っているくらいだったが、心優しいルーナのことを思って殺さずにいただけだ。

 森の王の番は、森の王の命が尽きるまで愛され続ける。
 それは、お伽噺のような、本当のお話。 

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