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 ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。
 ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。
 伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。
 そして、告げられた両親の死の真相。

 家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。
 
 絶望しかなかった。
 涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。
 雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。

 そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。
 ルーナは死を待つしか他になかった。

 途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。

 そして、ルーナがその温もりを感じた日。
 ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。
 
 *

 カレイナ・メソフィス伯爵令嬢とアーノルド・ダーカン侯爵令息の婚約を祝う夜会は、王族までも顔を出し、賑わいを見せていた。
 カレイナは数年前伯爵家を継ぐことになった家の、一人娘だ。アーノルドは次男であり、伯爵家に婿入りすることになっている。
 
 この婚約が決まる前から、アーノルドはメソフィス伯爵家に婿入りの予定があった。アーノルドは、ルーナの元婚約者だった。
 だが、ルーナが突如亡くなってしまい、その婚約の話は消えてしまった。
 もちろん、ルーナの従姉妹であるカレイナとの婚約を勧める声は多かった。
 だが、アーノルドはルーナを失った悲しみが癒えないと言って、その話に決して頷きはしなかった。

 だが、塞ぎ込むアーノルドを支えたのが、他ならぬカレイナだった。
 カレイナの献身的な支えでアーノルドは徐々に元の朗らかさを取り戻し、カレイナとアーノルドは恋心を芽生えさせ、自然と婚約へと話が進んだ。
 この数年間のカレイナの献身を知る人々にとっては、この婚約は心から祝福するものとなった。
 
 ざわり、と会場の入り口がざわめく。
 歓談していたカレイナとアーノルドの視線も、入り口に向かう。
 人の間を縫って、一人の背の高い体躯の良い美丈夫と、赤いドレスを纏った美女が二人の前に進み出る。

 カレイナとアーノルドは、目を見開いた。
「ルーナ」
 呟いたのは、アーノルドだった。
 二人の目の前に、美丈夫にエスコートされるルーナ・メソフィスが立っていた。 
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