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新居への入居②
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アリスは新居について、ハースに渡されたものに目を丸くする。
「これは、何?」
「この家のカギと、台本だよ」
アリスの手には、ハースが一心不乱に書き上げた、見事な台本の冊子があった。そしてその上に、ちょこんと家の鍵が載っている。
「えーっと……何の台本なの?」
アリスは一応尋ねた。
ハースの目が輝く。
「当然、俺たちの愛の巣の物語を始めるのにふさわしいストーリーさ!」
「愛の巣の……ストーリー……」
アリスが戸惑った表情で冊子を見つめる。
「違うよ、アリス。俺たちの愛の巣の物語を始めるのにふさわしいストーリー、だよ」
アリスは違いがわからなくて、小さくため息をついた。
「そう……なの。台本って、必要あるかしら?」
「あるよ! きっとアリスも感動してくれるはずなんだ!」
「私が……感動?」
もはや、アリスには、ハースが何を言いたいのかわからなくなった。
「そうだよ! とりあえず、最初から読んでくれればいいから! それだけで、素晴らしいストーリーが完成するんだ!」
「……いや、って言ったら?」
言った瞬間、アリスが眉を下げた。
ハースの目に、大粒の涙が貯まっていたからだ。
「いや、なのかな?」
「……必要ないとは思ってるわ」
「必要ないか、必要あるかは、やってみなきゃわからないだろう?」
「やらなくても……わかると思うんだけど」
申し訳なさそうに告げるアリスに、ハースの目から涙がこぼれた。
「アリスは、やる前から何でもわかる、神様なのかな?」
それでも、声をあげて泣き出さないだけ、成長したかもしれないとアリスは思う。
「いいえ。私は神様じゃないわ」
アリスが首をふるのを見て、ハースが冊子をアリスに押し付けた。
「じゃあ、やってみよう?」
「……じゃあ、とりあえず、台本を全部読ませてもらってもいいかしら?」
「ダメだよ」
ハースは即答した。
アリスが眉を寄せる。
「どうして?」
「アリスには常に感動と共に演技……いや、素の姿でいてほしいからだよ!」
「えーっと、演技は必要ないってこと?」
アリスは首をかしげたが、ハースはうなずいた。
「そうだよ!」
「じゃあ、台本は要らなくない?」
アリスの質問に、ハースが激しく首をふる。
「ダメだよ! アリスが照れて言えなくなったときのために必要だから!」
「それって、私が言いそうなことが、予測できてるってこと?」
「当然さ! 俺がいったいどれくらいの時間を、アリスに捧げていたと思うんだい?」
「本当に、私が言いそうなことなのね?」
アリスの念押しに、ハースが真面目な顔でうなずいた。
「本当だよ」
アリスはなんともしがたい気持ちを細く吐くと、台本を開いた。
ト書きには、鍵を鍵穴に差し込む、と書いてある。
アリスはそのまま鍵を鍵穴に差し込んだ。
「9時30分、アリスがカギを鍵穴に刺した」
いつものトーンのハースに、アリスは苦笑する。台本と時間のずれがあるのは、アリスとの言い争いのせいだと、アリスも理解している。
「9時31分、アリスがカギを開けて、ドアを開けた」
「9時31分、アリスが振り返って困った顔をする」
アリスはハースの言葉通り、振り返ってハースを困った顔で見ていた。
「ハース」
「何だい、アリス?」
メモをする手を止めたハースに、アリスが首を横に振った。
「9時32分、アリスが……」
あ、とハースの声が漏れた。
ハースの手にあった手帳は、アリスに奪われたからだ。
「もういらないと思うんだけど?」
「どうして!?」
ハースが唖然とした表情のまま、アリスの手にある手帳を見つめる。
「だって、これからのこと、いちいちメモ取る必要って、ある?」
「ある!」
ハースは即座に、勢い良く頷いた。
「ないわ。絶対ないわ」
台本と違う台詞に、ハースが戸惑う。
「アリス、台詞が違うよ」
「だって、そのメモをとる時間の分、ハースは私との時間が削られてるのよ?」
アリスの言葉に、ハースがハッと目を見開く。
「ハースはそれでも、私との時間を減らしたいってことなの?」
「いいや!」
「じゃあ、もうメモは取らなくていいでしょ?」
アリスの言葉に、ハースの視線が名残惜しそうに手帳に向かう。
だが、ハースは何かを吹っ切るように強く頷いた。
「もう、メモはやめるよ」
ハースの宣言に、アリスがホッと息をついた。
どうやら、あの観察され続ける日々は、ようやく終わりになるらしい。
「あ。アリス。この台本、この部分だけ再現したいんだ!」
ハースはアリスの手にある台本を、ぺらぺらとめくる。
「ここ。いいかな?」
台本に視線を落としたアリスの顔が、みるみる赤くなる。
「ほら、アリス。これで最後だから! ほら!」
「……とりあえず、家の中に入りましょう?」
「……この台本が終わらないと、入れない!」
「……じゃあ、一緒に暮らすのやめるの?」
アリスがハースを見上げると、ハースは衝撃を受けた表情になる。
「そんなわけない! うん! 家に入ろう!」
アリスはホッとした。
だが、それは一瞬でひっくり返される。
あっという間にハースに横抱きにされたアリスは、あれほど焦らされた家の鍵があっさりと開けられ、そしてそのままベッドルームに向かったからだ。
「えーっと、まだ……」
回避しようとアリスが言いつのろうとすると、ハースがニコリと笑う。
「アリス、俺のハジメテを全て君に捧げるよ」
いつか聞いたセリフに、アリスはクスリと笑う。
アリスだって、今はハースと同じ気持ちだからだ。
完
「これは、何?」
「この家のカギと、台本だよ」
アリスの手には、ハースが一心不乱に書き上げた、見事な台本の冊子があった。そしてその上に、ちょこんと家の鍵が載っている。
「えーっと……何の台本なの?」
アリスは一応尋ねた。
ハースの目が輝く。
「当然、俺たちの愛の巣の物語を始めるのにふさわしいストーリーさ!」
「愛の巣の……ストーリー……」
アリスが戸惑った表情で冊子を見つめる。
「違うよ、アリス。俺たちの愛の巣の物語を始めるのにふさわしいストーリー、だよ」
アリスは違いがわからなくて、小さくため息をついた。
「そう……なの。台本って、必要あるかしら?」
「あるよ! きっとアリスも感動してくれるはずなんだ!」
「私が……感動?」
もはや、アリスには、ハースが何を言いたいのかわからなくなった。
「そうだよ! とりあえず、最初から読んでくれればいいから! それだけで、素晴らしいストーリーが完成するんだ!」
「……いや、って言ったら?」
言った瞬間、アリスが眉を下げた。
ハースの目に、大粒の涙が貯まっていたからだ。
「いや、なのかな?」
「……必要ないとは思ってるわ」
「必要ないか、必要あるかは、やってみなきゃわからないだろう?」
「やらなくても……わかると思うんだけど」
申し訳なさそうに告げるアリスに、ハースの目から涙がこぼれた。
「アリスは、やる前から何でもわかる、神様なのかな?」
それでも、声をあげて泣き出さないだけ、成長したかもしれないとアリスは思う。
「いいえ。私は神様じゃないわ」
アリスが首をふるのを見て、ハースが冊子をアリスに押し付けた。
「じゃあ、やってみよう?」
「……じゃあ、とりあえず、台本を全部読ませてもらってもいいかしら?」
「ダメだよ」
ハースは即答した。
アリスが眉を寄せる。
「どうして?」
「アリスには常に感動と共に演技……いや、素の姿でいてほしいからだよ!」
「えーっと、演技は必要ないってこと?」
アリスは首をかしげたが、ハースはうなずいた。
「そうだよ!」
「じゃあ、台本は要らなくない?」
アリスの質問に、ハースが激しく首をふる。
「ダメだよ! アリスが照れて言えなくなったときのために必要だから!」
「それって、私が言いそうなことが、予測できてるってこと?」
「当然さ! 俺がいったいどれくらいの時間を、アリスに捧げていたと思うんだい?」
「本当に、私が言いそうなことなのね?」
アリスの念押しに、ハースが真面目な顔でうなずいた。
「本当だよ」
アリスはなんともしがたい気持ちを細く吐くと、台本を開いた。
ト書きには、鍵を鍵穴に差し込む、と書いてある。
アリスはそのまま鍵を鍵穴に差し込んだ。
「9時30分、アリスがカギを鍵穴に刺した」
いつものトーンのハースに、アリスは苦笑する。台本と時間のずれがあるのは、アリスとの言い争いのせいだと、アリスも理解している。
「9時31分、アリスがカギを開けて、ドアを開けた」
「9時31分、アリスが振り返って困った顔をする」
アリスはハースの言葉通り、振り返ってハースを困った顔で見ていた。
「ハース」
「何だい、アリス?」
メモをする手を止めたハースに、アリスが首を横に振った。
「9時32分、アリスが……」
あ、とハースの声が漏れた。
ハースの手にあった手帳は、アリスに奪われたからだ。
「もういらないと思うんだけど?」
「どうして!?」
ハースが唖然とした表情のまま、アリスの手にある手帳を見つめる。
「だって、これからのこと、いちいちメモ取る必要って、ある?」
「ある!」
ハースは即座に、勢い良く頷いた。
「ないわ。絶対ないわ」
台本と違う台詞に、ハースが戸惑う。
「アリス、台詞が違うよ」
「だって、そのメモをとる時間の分、ハースは私との時間が削られてるのよ?」
アリスの言葉に、ハースがハッと目を見開く。
「ハースはそれでも、私との時間を減らしたいってことなの?」
「いいや!」
「じゃあ、もうメモは取らなくていいでしょ?」
アリスの言葉に、ハースの視線が名残惜しそうに手帳に向かう。
だが、ハースは何かを吹っ切るように強く頷いた。
「もう、メモはやめるよ」
ハースの宣言に、アリスがホッと息をついた。
どうやら、あの観察され続ける日々は、ようやく終わりになるらしい。
「あ。アリス。この台本、この部分だけ再現したいんだ!」
ハースはアリスの手にある台本を、ぺらぺらとめくる。
「ここ。いいかな?」
台本に視線を落としたアリスの顔が、みるみる赤くなる。
「ほら、アリス。これで最後だから! ほら!」
「……とりあえず、家の中に入りましょう?」
「……この台本が終わらないと、入れない!」
「……じゃあ、一緒に暮らすのやめるの?」
アリスがハースを見上げると、ハースは衝撃を受けた表情になる。
「そんなわけない! うん! 家に入ろう!」
アリスはホッとした。
だが、それは一瞬でひっくり返される。
あっという間にハースに横抱きにされたアリスは、あれほど焦らされた家の鍵があっさりと開けられ、そしてそのままベッドルームに向かったからだ。
「えーっと、まだ……」
回避しようとアリスが言いつのろうとすると、ハースがニコリと笑う。
「アリス、俺のハジメテを全て君に捧げるよ」
いつか聞いたセリフに、アリスはクスリと笑う。
アリスだって、今はハースと同じ気持ちだからだ。
完
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感想ありがとうございます。
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感想ありがとうございます!
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感想ありがとうございます。
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