【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花

文字の大きさ
上 下
49 / 49

新居への入居②

しおりを挟む
 アリスは新居について、ハースに渡されたものに目を丸くする。

「これは、何?」
「この家のカギと、台本だよ」

 アリスの手には、ハースが一心不乱に書き上げた、見事な台本の冊子があった。そしてその上に、ちょこんと家の鍵が載っている。

「えーっと……何の台本なの?」

 アリスは一応尋ねた。
 ハースの目が輝く。

「当然、俺たちの愛の巣の物語を始めるのにふさわしいストーリーさ!」
「愛の巣の……ストーリー……」

 アリスが戸惑った表情で冊子を見つめる。

「違うよ、アリス。俺たちの愛の巣の物語を始めるのにふさわしいストーリー、だよ」

 アリスは違いがわからなくて、小さくため息をついた。

「そう……なの。台本って、必要あるかしら?」
「あるよ! きっとアリスも感動してくれるはずなんだ!」
「私が……感動?」

 もはや、アリスには、ハースが何を言いたいのかわからなくなった。

「そうだよ! とりあえず、最初から読んでくれればいいから! それだけで、素晴らしいストーリーが完成するんだ!」
「……いや、って言ったら?」

 言った瞬間、アリスが眉を下げた。

 ハースの目に、大粒の涙が貯まっていたからだ。

「いや、なのかな?」
「……必要ないとは思ってるわ」
「必要ないか、必要あるかは、やってみなきゃわからないだろう?」
「やらなくても……わかると思うんだけど」

 申し訳なさそうに告げるアリスに、ハースの目から涙がこぼれた。

「アリスは、やる前から何でもわかる、神様なのかな?」

 それでも、声をあげて泣き出さないだけ、成長したかもしれないとアリスは思う。

「いいえ。私は神様じゃないわ」

 アリスが首をふるのを見て、ハースが冊子をアリスに押し付けた。

「じゃあ、やってみよう?」
「……じゃあ、とりあえず、台本を全部読ませてもらってもいいかしら?」
「ダメだよ」

 ハースは即答した。
 アリスが眉を寄せる。

「どうして?」
「アリスには常に感動と共に演技……いや、素の姿でいてほしいからだよ!」
「えーっと、演技は必要ないってこと?」

 アリスは首をかしげたが、ハースはうなずいた。

「そうだよ!」
「じゃあ、台本は要らなくない?」

 アリスの質問に、ハースが激しく首をふる。

「ダメだよ! アリスが照れて言えなくなったときのために必要だから!」
「それって、私が言いそうなことが、予測できてるってこと?」
「当然さ! 俺がいったいどれくらいの時間を、アリスに捧げていたと思うんだい?」
「本当に、私が言いそうなことなのね?」

 アリスの念押しに、ハースが真面目な顔でうなずいた。

「本当だよ」

 アリスはなんともしがたい気持ちを細く吐くと、台本を開いた。
 ト書きには、鍵を鍵穴に差し込む、と書いてある。
 アリスはそのまま鍵を鍵穴に差し込んだ。

「9時30分、アリスがカギを鍵穴に刺した」

 いつものトーンのハースに、アリスは苦笑する。台本と時間のずれがあるのは、アリスとの言い争いのせいだと、アリスも理解している。

「9時31分、アリスがカギを開けて、ドアを開けた」
「9時31分、アリスが振り返って困った顔をする」

 アリスはハースの言葉通り、振り返ってハースを困った顔で見ていた。

「ハース」
「何だい、アリス?」

 メモをする手を止めたハースに、アリスが首を横に振った。

「9時32分、アリスが……」

 あ、とハースの声が漏れた。
 ハースの手にあった手帳は、アリスに奪われたからだ。

「もういらないと思うんだけど?」
「どうして!?」

 ハースが唖然とした表情のまま、アリスの手にある手帳を見つめる。

「だって、これからのこと、いちいちメモ取る必要って、ある?」
「ある!」

 ハースは即座に、勢い良く頷いた。
 
「ないわ。絶対ないわ」

 台本と違う台詞に、ハースが戸惑う。

「アリス、台詞が違うよ」
「だって、そのメモをとる時間の分、ハースは私との時間が削られてるのよ?」

 アリスの言葉に、ハースがハッと目を見開く。

「ハースはそれでも、私との時間を減らしたいってことなの?」
「いいや!」
「じゃあ、もうメモは取らなくていいでしょ?」

 アリスの言葉に、ハースの視線が名残惜しそうに手帳に向かう。
 だが、ハースは何かを吹っ切るように強く頷いた。
 
「もう、メモはやめるよ」

 ハースの宣言に、アリスがホッと息をついた。
 どうやら、あの観察され続ける日々は、ようやく終わりになるらしい。

「あ。アリス。この台本、この部分だけ再現したいんだ!」

 ハースはアリスの手にある台本を、ぺらぺらとめくる。

「ここ。いいかな?」

 台本に視線を落としたアリスの顔が、みるみる赤くなる。

「ほら、アリス。これで最後だから! ほら!」
「……とりあえず、家の中に入りましょう?」
「……この台本が終わらないと、入れない!」
「……じゃあ、一緒に暮らすのやめるの?」

 アリスがハースを見上げると、ハースは衝撃を受けた表情になる。

「そんなわけない! うん! 家に入ろう!」

 アリスはホッとした。
 だが、それは一瞬でひっくり返される。

 あっという間にハースに横抱きにされたアリスは、あれほど焦らされた家の鍵があっさりと開けられ、そしてそのままベッドルームに向かったからだ。

「えーっと、まだ……」

 回避しようとアリスが言いつのろうとすると、ハースがニコリと笑う。

「アリス、俺のハジメテを全て君に捧げるよ」
 
 いつか聞いたセリフに、アリスはクスリと笑う。
 
 アリスだって、今はハースと同じ気持ちだからだ。

しおりを挟む
感想 4

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

かぼす
2024.10.23 かぼす

かなり くせになります。
ハースを受け止めるアリスが、素晴らしい!!

2024.10.23 三谷朱花

感想ありがとうございます。
作者から見ても、アリスの心はとても広いと思います。

解除
谷 亜里砂
2024.04.19 谷 亜里砂

リボンつけてあげるだけ優しいですね!

2024.04.19 三谷朱花

感想ありがとうございます!
アリスは悪役令嬢じゃなくて優しい子です。忍耐力もあります!

解除
ピカちゃん
2024.01.09 ピカちゃん

ハースってめちゃくちゃ面倒臭くて鬱陶しい性格してるのに何故だか全く不快感が無くて、凄く不思議で面白いキャラだなぁと思っております。
アリスには申し訳ないけれど、もっともっと面倒臭いハースの言動見ていたいです😊

2024.01.09 三谷朱花

感想ありがとうございます。
アリス愛があるから、かもしれません。
まだ続きますので、もう暫くハースの言動をお楽しみ下さい。

解除

あなたにおすすめの小説

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。 でも、ヒロイン(転生者)がひどい!   彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉ シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり! 私は私の望むままに生きます!! 本編+番外編3作で、40000文字くらいです。 ⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。 アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。 ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから─── 「殿下。婚約解消いたしましょう!」 アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。 『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。 途中、前作ヒロインのミランダも登場します。 『完結保証』『ハッピーエンド』です!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。