異世界転生してみたら、攻略対象に躾けられています！

４

「アンナ嬢、見違えましたね」
　アンナは大広間の入り口まで来て、その声にギクリとした。伸ばしていたはずの背をもう一度伸ばし直した位だった。
「ハンセン様にそう言っていただければ、ありがたいばかりですわ」
　アンナは心のなかで、嫌みなあなたとも今日でおさらばだわ！　と、精一杯の嫌みを言った。口には出せなかったが、ちょっとスッキリした気がした。

「それでは、レディ、お手を」
　ハンセンが差し出した手に、アンナが首をかしげた。
「え？」
「アンナ嬢、そんなはしたない表情をしないでください」
「えーっと、ハンセン様、何か言いましたか？」
「嫌ですね。こんなところでもまだマナー講習を続けねばなりませんか？」

　アンナの動きが止まる。
「アンナ嬢、私にエスコートをさせない気ですか？」
　にっこりと冷ややかに笑うハンセンに、はい、といえる猛者などここにはいないだろう。
　アンナは条件反射のように手を差し出した。

「えーっと、いつ、エスコートの話をされましたか？」
　アンナが聞けることなど、これくらいだ。
「アンナ嬢は、おかしなことを言うね。初めて会った時からマナー講習をしたのは、このためだろう？」
　そう言われてしまえば、そうなのかもしれないが、アンナは腑に落ちなかった。

「このドレスは、家から届いたと聞いたのですが」
「着付けたのが我が家の侍女たちだからね。家で間違いないだろうね」
　アンナはキョドる。
「えーっと、その理論、ちょっとおかしくありませんか？　普通、私の家の侍女が着付けに来るはずですよね？」
　さすがにマナーとか言っている場合では無さそうな気がした。

「結婚するんだから、別に構わないでしょう？　アンナ、マナー、気を付けてくださいね」
　ハンセンがにっこりと笑う。
「そんなの聞いてない！　って言うか、気の向かない相手って、こういうオチなの？！」
　アンナが叫んだ。当然、アンナに注目が集まる。
　ハンセンが大きく首をふった。

「やはり、１年ではマナーは十分に身につかないらしい。大丈夫ですよ。私が何年でも何十年でも付き合って差し上げますからね」
　その目は慈愛に満ちていた。
　アンナはどうやらこの運命から逃れられないのだと、悟るより他はなかった。