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「リヴィア様、お綺麗ですわ」

 普段あまり会話を交わさない使用人が、鏡の中に私に向かって、少し口元を緩める。
 ここは、私の部屋。
 だけど、今日ばかりは姿見が持ち込まれていた。
 そして、私のドレスアップを手伝ってくれたのは、あの日私の帰りを見張っていた使用人だ。

 使用人、とは言っても、今の男爵家にいるのは、この女性と御者とコックくらいしかいないのだけど。
 使い古しとは言え洋服を譲ってくれたり、干し肉を差し入れてくれていたのもこの使用人だ。
 ただ、あの後から極力関わらないようにしていた。

「あ、りがとう」

 褒められることなんて慣れないし、それが本音かどうかもわからなくて、お礼を言うのがぎこちなくなる。

「夜に出かけているのに気づいた時には、本当にヒヤヒヤしたんです」

 髪を梳きながら告げられた内容に、ギクリとする。

「年頃の女性が夜更けに出歩くのは、本当に危ないですからね。でも、このまま逃げてもいいのに、と思っていたんですよ」
「え?」

 鏡の中で使用人と目が合う。
 私には、優しく微笑んでいるように見えた。

「逃げるのならば、お手伝いしようと思っていたんですが、夏至祭に出られるのであれば、そんなことをしなくてもこの家からは逃げられそうですね」

 落ち着いた声は、本当に私を心配しているように聞こえる。

「ほら、素敵なお嬢様が出来上がりましたよ。これで、素敵な殿方と縁づくに違いありません」

 アンリエット様から貸してもらったドレスで着飾った私は、今まで見たことのない私だった。
 優しい言葉に、涙が零れる。

「リヴィア様。笑顔ですよ。笑顔。いつものような怖い顔をしていては、殿方が恐れて声もかけられませんからね」

 あまりの言われ様に、鏡の中の表情が崩れる。
 私はもしかしたら、自分から好意を遠ざけて来ていたのかもしれない。
 もしかしたら、私が助けを求めたら、手を差し伸べてくれる人は、もう少しいたのかもしれない。
 残念ながら夏至祭で使用人が願うようなことはないけれど、これを知れただけでも十分だろう。

 今日の夏至祭は、アンリエット様とフェルナン様の恋の成就を見守って、完全に未練を断ち切ろう。
 そして、未来へ歩いて行くんだ。


 夏至祭に現れたアンリエット様は、いつもにも増して美しかった。
 勝つつもりもないけど、勝てるわけない、って十分諦めがついた。

 なのに、アンリエット様が手を取ったのは、我が国では見たことのない赤毛の男性だった。
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