30 / 33
30話目 捨ててしまいたい自分
しおりを挟む
扉に手を掛けたクリスを見て、ケイトは我に返る。
「クリス!」
「はい?」
振り向くクリスは、不思議そうな顔をしていて、ケイトが呼び止めるとは思ってもいなかったようだった。
ケイトは混乱する。
「どうして、来てくれたの?」
「ケイトさんが困っているのなら、助けますよ」
ニコリと笑うクリスには、何かを他に考えているようには見えなかった。その言葉通りのことを考えているようにしか見えなかった。
「どう、して?」
ケイトはクリスの答えを期待する。
「どうして、ですか。……私が助けたいと思うからでしょうね」
想像している答えとは違う答えに、ケイトは戸惑う。
「そう……」
クリスがケイトを助けに来てくれたのは、大切だから、ではない。
多分、持っている正義感で、助けに来てくれたのだ。
そもそも、最近そんな態度をクリスは見せていなかった。なのに、こんな時に助けてくれたからって、恋愛感情があるわけではないのだ。
クリスの答えに期待していたケイトは心の中で苦笑する。
あれほどロマンスを拒否していた自分が、こんな状況で助けてくれたからって、相手に恋愛感情があることを期待するなんて、と。
「クリス、わざわざありがとう」
ケイトはクリスの好意に甘えすぎないようにしようと決めた。
クリスは間違いなくアルフレッドの父親であるし、クリス自身もそれを理解していてかわいがってくれている。
それで満足すべきなのだ。
クリスの好意を無下にしてきたのは、他でもない自分なのだから。
「ええ。では、また」
ニコリと笑うクリスが、扉を出ていく。
パタン、と扉が閉まるまで、ケイトはその場に立ち尽くす。
ケイトの不安なことは、全て解決した。
だが、ケイトの心の中には、安堵感よりも大きな穴が開いている。
母親の死を悼む気持ちもある。
だが、それ以上に、クリスとはどうにもなり得ないのだと理解したことが、その大きな穴を作り出していた。
「ケイトさん、お疲れ様」
ローズがアルフレッドを連れて近づいてくる。ミアもレインも一緒にいるフォレスから顛末を聞いたのか、ホッとした顔をしていた。
アルフレッドはローズの腕の中ですやすやと眠っていた。ケイトはローズの手からアルフレッドを受け取る。眠っている顔が、幼いクリスに見えた。
「ケイト、大丈夫?」
ミアが俯くケイトを覗き込む。
「ええ。大丈夫です。ミア様もレイン様も心配してくれてありがとうございます。胸のあざを化粧で隠しておいて正解でした」
父親とのやり取りはみんなでシュミレーションしていた。その時に、体に特徴的な部分があるならば消した方が良いんじゃないかと言う話になっていた。
だから、ケイトの胸のあざはないように見えただけだった。
ニコリと笑って見せると、ミアがホッと息をついた。
「私は何もしてないわ。ケイトの勇気がこの結果を引き寄せたのよ」
勇気。
その言葉に、ケイトは息をのむ。
「どうかしたの? ケイト」
止まったケイトに、ミアとレインが首をかしげる。
「忘れていたことがあったを思い出しました。ちょっと出かけてきます!」
ケイトはアルフレッドを抱いたまま、扉に向かう。
「ケイトさん、一人で行かないで! どこに行くの?!」
ローズが慌てて後を追いかける。
扉を片手で開こうとしたケイトに、ローズとフォレスが手を貸す。
「私、クリスに言ってなかったことがあったの」
「クリスさんに?」
ケイトはコクリと頷くと、屋敷の外に出た。
「それなら、アルフレッドは私が見ておくわ。走らなきゃいけないでしょう? フォレスさんが付いて行くけど、野暮なことはしないから」
ローズがウインクをする。
「ありがとう」
ケイトはアルフレッドにキスをすると、ローズに渡した。
ケイトは走り出す。久しぶり過ぎて、足が重い。
「遠くまで行ってなければいいんですが」
フォレスは軽い走りでキョロキョロと見回している。
あ、とフォレスが声を漏らした。
「クリスさん!」
フォレスがクリスの姿を見付けたのか、呼びかける。人気のない道に、確かにクォーレ家の騎士服を着たクリスの背中が見えた。クリスはその声が聞こえたらしく、振り返る。
ケイトは息が苦しくなって立ち止まった。まだそんなに走っていないのに、明らかに体力がなくなっている。
ハアハアと息を切らすと、フォレスがクスリと笑う。
「仕事復帰の前に、体力をつけなければいけませんね。では、離れたところにいますので」
それだけフォレスは告げると、離れていく。
それと入れ替えに、クリスが走ってくる。
「ケイトさん、どうかしましたか?」
「わ、私、言ってなかったことがあって」
息を整えながら、ケイトはクリスをじっと見る。
ケイトはクリスからもらってばかりだった。
一度も、ケイトはクリスに告げていなかったことを思い出したのだ。
勇気がいる言葉を。
「何ですか?」
ケイトはコクリと唾をのむ。
でも、クリスだって断られても何度もプロポーズしてくれていた。
たった一回告白するくらい、大したことじゃないはずだ。
「クリスのことが好きなの」
え、とクリスが口を開く。
ある意味予想していた反応に、ケイトは苦笑する。あれだけクリスの気持ちを拒否していたのだ。今更言われたって、クリスだって困るだろう。
ぎゅっとなる心を、ケイトはなだめる。
クリスだってずっとこの気持ちでいたのだ。この告白だって、ケイトの自己満足でしかない。
だが、どうしてもクリスに言いたかった。
今まで受け身だった自分を、完全に捨ててしまいたかった。
「クリス!」
「はい?」
振り向くクリスは、不思議そうな顔をしていて、ケイトが呼び止めるとは思ってもいなかったようだった。
ケイトは混乱する。
「どうして、来てくれたの?」
「ケイトさんが困っているのなら、助けますよ」
ニコリと笑うクリスには、何かを他に考えているようには見えなかった。その言葉通りのことを考えているようにしか見えなかった。
「どう、して?」
ケイトはクリスの答えを期待する。
「どうして、ですか。……私が助けたいと思うからでしょうね」
想像している答えとは違う答えに、ケイトは戸惑う。
「そう……」
クリスがケイトを助けに来てくれたのは、大切だから、ではない。
多分、持っている正義感で、助けに来てくれたのだ。
そもそも、最近そんな態度をクリスは見せていなかった。なのに、こんな時に助けてくれたからって、恋愛感情があるわけではないのだ。
クリスの答えに期待していたケイトは心の中で苦笑する。
あれほどロマンスを拒否していた自分が、こんな状況で助けてくれたからって、相手に恋愛感情があることを期待するなんて、と。
「クリス、わざわざありがとう」
ケイトはクリスの好意に甘えすぎないようにしようと決めた。
クリスは間違いなくアルフレッドの父親であるし、クリス自身もそれを理解していてかわいがってくれている。
それで満足すべきなのだ。
クリスの好意を無下にしてきたのは、他でもない自分なのだから。
「ええ。では、また」
ニコリと笑うクリスが、扉を出ていく。
パタン、と扉が閉まるまで、ケイトはその場に立ち尽くす。
ケイトの不安なことは、全て解決した。
だが、ケイトの心の中には、安堵感よりも大きな穴が開いている。
母親の死を悼む気持ちもある。
だが、それ以上に、クリスとはどうにもなり得ないのだと理解したことが、その大きな穴を作り出していた。
「ケイトさん、お疲れ様」
ローズがアルフレッドを連れて近づいてくる。ミアもレインも一緒にいるフォレスから顛末を聞いたのか、ホッとした顔をしていた。
アルフレッドはローズの腕の中ですやすやと眠っていた。ケイトはローズの手からアルフレッドを受け取る。眠っている顔が、幼いクリスに見えた。
「ケイト、大丈夫?」
ミアが俯くケイトを覗き込む。
「ええ。大丈夫です。ミア様もレイン様も心配してくれてありがとうございます。胸のあざを化粧で隠しておいて正解でした」
父親とのやり取りはみんなでシュミレーションしていた。その時に、体に特徴的な部分があるならば消した方が良いんじゃないかと言う話になっていた。
だから、ケイトの胸のあざはないように見えただけだった。
ニコリと笑って見せると、ミアがホッと息をついた。
「私は何もしてないわ。ケイトの勇気がこの結果を引き寄せたのよ」
勇気。
その言葉に、ケイトは息をのむ。
「どうかしたの? ケイト」
止まったケイトに、ミアとレインが首をかしげる。
「忘れていたことがあったを思い出しました。ちょっと出かけてきます!」
ケイトはアルフレッドを抱いたまま、扉に向かう。
「ケイトさん、一人で行かないで! どこに行くの?!」
ローズが慌てて後を追いかける。
扉を片手で開こうとしたケイトに、ローズとフォレスが手を貸す。
「私、クリスに言ってなかったことがあったの」
「クリスさんに?」
ケイトはコクリと頷くと、屋敷の外に出た。
「それなら、アルフレッドは私が見ておくわ。走らなきゃいけないでしょう? フォレスさんが付いて行くけど、野暮なことはしないから」
ローズがウインクをする。
「ありがとう」
ケイトはアルフレッドにキスをすると、ローズに渡した。
ケイトは走り出す。久しぶり過ぎて、足が重い。
「遠くまで行ってなければいいんですが」
フォレスは軽い走りでキョロキョロと見回している。
あ、とフォレスが声を漏らした。
「クリスさん!」
フォレスがクリスの姿を見付けたのか、呼びかける。人気のない道に、確かにクォーレ家の騎士服を着たクリスの背中が見えた。クリスはその声が聞こえたらしく、振り返る。
ケイトは息が苦しくなって立ち止まった。まだそんなに走っていないのに、明らかに体力がなくなっている。
ハアハアと息を切らすと、フォレスがクスリと笑う。
「仕事復帰の前に、体力をつけなければいけませんね。では、離れたところにいますので」
それだけフォレスは告げると、離れていく。
それと入れ替えに、クリスが走ってくる。
「ケイトさん、どうかしましたか?」
「わ、私、言ってなかったことがあって」
息を整えながら、ケイトはクリスをじっと見る。
ケイトはクリスからもらってばかりだった。
一度も、ケイトはクリスに告げていなかったことを思い出したのだ。
勇気がいる言葉を。
「何ですか?」
ケイトはコクリと唾をのむ。
でも、クリスだって断られても何度もプロポーズしてくれていた。
たった一回告白するくらい、大したことじゃないはずだ。
「クリスのことが好きなの」
え、とクリスが口を開く。
ある意味予想していた反応に、ケイトは苦笑する。あれだけクリスの気持ちを拒否していたのだ。今更言われたって、クリスだって困るだろう。
ぎゅっとなる心を、ケイトはなだめる。
クリスだってずっとこの気持ちでいたのだ。この告白だって、ケイトの自己満足でしかない。
だが、どうしてもクリスに言いたかった。
今まで受け身だった自分を、完全に捨ててしまいたかった。
0
お気に入りに追加
137
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
愛することはないと言われて始まったのですから、どうか最後まで愛さないままでいてください。
田太 優
恋愛
「最初に言っておく。俺はお前を愛するつもりはない。だが婚約を解消する意思もない。せいぜい問題を起こすなよ」
それが婚約者から伝えられたことだった。
最初から冷めた関係で始まり、結婚してもそれは同じだった。
子供ができても無関心。
だから私は子供のために生きると決意した。
今になって心を入れ替えられても困るので、愛さないままでいてほしい。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる