11 / 33
11話目 ロマンスは要りません
しおりを挟む
「やっぱり、ケイトさんが結婚したくないのって……」
クリスの言葉に、ケイトはうなずく。あの日々を過ごしていたクリスならばケイトの言いたいことは理解してくれるだろうと思ったのもあった。
「結婚が幸せなものじゃないって、間近で見ているから。それに私たちに父親がいて、何か幸せなことってあったかしら?」
クリスは首をふって口を開く。
「母親は、あいつから逃げたあと……いい人に巡りあったんだ。僕たちが王都でこうやって平和に暮らしていられるのも、父親のお陰なんだ」
それはそうかもしれないと、ケイトはうなずく。ケイトがこうやっていられるのは、運が良かっただけにちがいないからだ。
「僕らはたまたまひどい父親に当たっただけ。……それがすべての父親像じゃない」
ケイトだって、そんなことは知っている。サムフォード前男爵は、とてもいい父親だった。
だが、自分のことには結びつけられなかった。
「私、厄介払いで、誰ともわからない男に売られることになったのよ。実の父親にね。……私は必要ない人間なんだって、思うしかなかった」
ずっと無視され続けていたことにも、ケイトは自分の存在意義を見いだせないでいたが、街で見たこともない男に売られると決まったことには、絶望しかなかった。ケイトを目が届かないところにやってしまいたい父親の気持ちが、ありありと伝わってきた。
クリスが目を見開く。
「そんなことない! あの野郎!」
罵るクリスに、ケイトは首をふる。
「もう大丈夫。もう、私を大切にしてくれる人たちに出会ったから。ただ、思い出したときに、悲しくなるくらいなの。それでも、結婚することに意味を感じられないの。私は私の人生を、誰かに左右されるのは、嫌なの」
ケイトの母親も、クリスの母親も、結局自分達だけでは生活できなくて、父親に頼るしかなかった。父親の存在も必要を感じなかったが、母親たちのその姿も嫌だった。
それに、ケイトだってサムフォード男爵の姿に、もしかしたらと望みを抱いて、普通に結婚できるかもしれないと考えたことだってあった。だが、そう思えた相手ともダメだった。自分には結婚生活はやっぱり無理だと思って、一人で生きていくと決めたのだ。
クリスとの出来事は、不思議ではあったが、もう確かめるつもりはなかった。
「子供は……」
クリスの言いたいことがわかって、ケイトは首を横にふる。
「出来た命をなかったことにはできないわ。それこそ、私の父親と同じになってしまう。私のできる限りのことはするつもりよ。それに、子供がいてもこのまま働ける。だから、何も不安はないの」
ケイトにとって子供が出来たことで何よりもショックだったことは、もうサムフォード家の人たちに恩返しができないかもしれない、ということだった。
「でも」
「私の人生に、夫も子供の父親も要らないの」
ケイトの言葉は、諦めではなくて、決意だった。
「……それなら……幼馴染みとしての交流を復活させることは?」
クリスの提案に、ケイトはうつむく。
「別にそれで無理やり会おうとするとかそういうことじゃありません。リズを交えて会いませんか、ってことです。……ケイトさんが昔のことを思い出して辛いって言うなら……諦めます」
クリスの言葉に強要する響きがなくて、ケイトはホッとする。でも、とクリスを見た。
「リズが思い出してしまうかもしれないわ」
クリスがうつむく。
「忘れていることが幸せかもしれないと思うこともある。だけど、どこかで急に思い出して、言いようもない恐怖に怯えたままになるなら、知っている人間で支えたいって気持ちもあるんです。ケイトさんが……ケイトお姉ちゃんが傍にいてくれれば、リズも安心するんじゃないかって」
クリスの気持ちは、ケイトもよくわかった。
「でもね、クリス。ひとつだけ約束して。私たちは確かに辛い時間を過ごしたわ。でも、傷を舐め合うような関係にはなりたくないの。リズのことも含めて前を向くために会いましょう?」
「……ケイトお姉ちゃんは、もう乗り越えられた?」
ケイトを見た少し揺れるクリスの目は、幼い頃のクリスを思い出させた。
「勿論、と言いたいところだけど、完璧とは言えないわね。でも、乗り越えてみせるわ」
クリスは少し安心した顔をして、頷いた。
「僕らの未来のために」
出してきたクリスの手をケイトは少し躊躇したあと握った。
握ったクリスの手は、ケイトにとっては少しも嫌な感じはしなかった。だから、クリスのことを信じていいんだろうと初めて思った。
クリスの言葉に、ケイトはうなずく。あの日々を過ごしていたクリスならばケイトの言いたいことは理解してくれるだろうと思ったのもあった。
「結婚が幸せなものじゃないって、間近で見ているから。それに私たちに父親がいて、何か幸せなことってあったかしら?」
クリスは首をふって口を開く。
「母親は、あいつから逃げたあと……いい人に巡りあったんだ。僕たちが王都でこうやって平和に暮らしていられるのも、父親のお陰なんだ」
それはそうかもしれないと、ケイトはうなずく。ケイトがこうやっていられるのは、運が良かっただけにちがいないからだ。
「僕らはたまたまひどい父親に当たっただけ。……それがすべての父親像じゃない」
ケイトだって、そんなことは知っている。サムフォード前男爵は、とてもいい父親だった。
だが、自分のことには結びつけられなかった。
「私、厄介払いで、誰ともわからない男に売られることになったのよ。実の父親にね。……私は必要ない人間なんだって、思うしかなかった」
ずっと無視され続けていたことにも、ケイトは自分の存在意義を見いだせないでいたが、街で見たこともない男に売られると決まったことには、絶望しかなかった。ケイトを目が届かないところにやってしまいたい父親の気持ちが、ありありと伝わってきた。
クリスが目を見開く。
「そんなことない! あの野郎!」
罵るクリスに、ケイトは首をふる。
「もう大丈夫。もう、私を大切にしてくれる人たちに出会ったから。ただ、思い出したときに、悲しくなるくらいなの。それでも、結婚することに意味を感じられないの。私は私の人生を、誰かに左右されるのは、嫌なの」
ケイトの母親も、クリスの母親も、結局自分達だけでは生活できなくて、父親に頼るしかなかった。父親の存在も必要を感じなかったが、母親たちのその姿も嫌だった。
それに、ケイトだってサムフォード男爵の姿に、もしかしたらと望みを抱いて、普通に結婚できるかもしれないと考えたことだってあった。だが、そう思えた相手ともダメだった。自分には結婚生活はやっぱり無理だと思って、一人で生きていくと決めたのだ。
クリスとの出来事は、不思議ではあったが、もう確かめるつもりはなかった。
「子供は……」
クリスの言いたいことがわかって、ケイトは首を横にふる。
「出来た命をなかったことにはできないわ。それこそ、私の父親と同じになってしまう。私のできる限りのことはするつもりよ。それに、子供がいてもこのまま働ける。だから、何も不安はないの」
ケイトにとって子供が出来たことで何よりもショックだったことは、もうサムフォード家の人たちに恩返しができないかもしれない、ということだった。
「でも」
「私の人生に、夫も子供の父親も要らないの」
ケイトの言葉は、諦めではなくて、決意だった。
「……それなら……幼馴染みとしての交流を復活させることは?」
クリスの提案に、ケイトはうつむく。
「別にそれで無理やり会おうとするとかそういうことじゃありません。リズを交えて会いませんか、ってことです。……ケイトさんが昔のことを思い出して辛いって言うなら……諦めます」
クリスの言葉に強要する響きがなくて、ケイトはホッとする。でも、とクリスを見た。
「リズが思い出してしまうかもしれないわ」
クリスがうつむく。
「忘れていることが幸せかもしれないと思うこともある。だけど、どこかで急に思い出して、言いようもない恐怖に怯えたままになるなら、知っている人間で支えたいって気持ちもあるんです。ケイトさんが……ケイトお姉ちゃんが傍にいてくれれば、リズも安心するんじゃないかって」
クリスの気持ちは、ケイトもよくわかった。
「でもね、クリス。ひとつだけ約束して。私たちは確かに辛い時間を過ごしたわ。でも、傷を舐め合うような関係にはなりたくないの。リズのことも含めて前を向くために会いましょう?」
「……ケイトお姉ちゃんは、もう乗り越えられた?」
ケイトを見た少し揺れるクリスの目は、幼い頃のクリスを思い出させた。
「勿論、と言いたいところだけど、完璧とは言えないわね。でも、乗り越えてみせるわ」
クリスは少し安心した顔をして、頷いた。
「僕らの未来のために」
出してきたクリスの手をケイトは少し躊躇したあと握った。
握ったクリスの手は、ケイトにとっては少しも嫌な感じはしなかった。だから、クリスのことを信じていいんだろうと初めて思った。
0
お気に入りに追加
137
あなたにおすすめの小説
旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
没落寸前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更手のひらを返しても遅いのです。
木山楽斗
恋愛
両親が亡くなってすぐに兄が失踪した。
不幸が重なると思っていた私に、さらにさらなる不幸が降りかかってきた。兄が失踪したのは子爵家の財産のほとんどを手放さなければならい程の借金を抱えていたからだったのだ。
当然のことながら、使用人達は解雇しなければならなくなった。
多くの使用人が、私のことを罵倒してきた。子爵家の勝手のせいで、職を失うことになったからである。
しかし、中には私のことを心配してくれる者もいた。
その中の一人、フェリオスは私の元から決して離れようとしなかった。彼は、私のためにその人生を捧げる覚悟を決めていたのだ。
私は、そんな彼とともにとあるものを見つけた。
それは、先祖が密かに残していた遺産である。
驚くべきことに、それは子爵家の財産をも上回る程のものだった。おかげで、子爵家は存続することができたのである。
そんな中、私の元に帰ってくる者達がいた。
それは、かつて私を罵倒してきた使用人達である。
彼らは、私に媚を売ってきた。もう一度雇って欲しいとそう言ってきたのである。
しかし、流石に私もそんな彼らのことは受け入れられない。
「今更、掌を返しても遅い」
それが、私の素直な気持ちだった。
※2021/12/25 改題しました。(旧題:没落貴族一歩手前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更掌を返してももう遅いのです。)
婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる