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4話目 聞いたこともないアイデア
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トントン。
レインの私室の扉を叩くフォレスの後ろで、ケイトは緊張したまま唾をごくりと飲み込んだ。一体どんな話になるのか、ケイトにはわからない。
フォレスもわからないようではあるが、悲観的な反応ではなかったのが救いかもしれない。
「どうぞ」
その声はミアのもので、ケイトは少しだけホッとした。味方がいるような気になったからだ。
部屋にはいると、不安そうな表情のケイトにミアが近づく。
「いやだ、フォレスったら、ケイトに何と言って連れてきたの?」
「えーっと、レイン様にはただ、部屋につれてくるようにと」
フォレスの言葉に、ミアがレインを勢いよく振り向く。
「お兄様! ケイトは今大事な時期なのよ! 不安にさせるなんてひどいわ!」
「あ、いや、不安にさせるつもりはなかったんだが」
困ったように眉を下げるレインに、ケイトはどうやら悪い風向きの話ではないようだと理解して力を抜いた。
ケイトはミアに連れられて、今まで座ったことのないソファに座る。座り心地はよかったが、居心地は落ち着かなかった。
「えーっと、ケイトは妊娠していて、だけど仕事をやめたくないんだと話を聞いたんだけど、それで間違いないかな?」
レインの問いかけに、ケイトはコクリとうなずいた。
「うちとしても、ケイトに辞められてしまうよりは、続けてもらえる方が助かる。今まで、結婚しても続けたいって使用人がいなくて、結婚したら辞めるような流れになっていたけど、それをケイトが変えてくれるのなら、ありがたいくらいだよ」
レインの言葉に、ケイトはきょとんとする。
「あの、結婚してもやめる必要はなかったんですか?」
結婚したら仕事はやめるものだという流れが、世の中には当然のようにあって、ケイトの先輩たちも同期たちも後輩たちも、続けたいと思いながら辞めていった人たちがいたのは確かだった。
ケイトの質問に、レインとミアが顔を見合わせた。
「寧ろ、続けたい人が今までいなかったんだと思っていたんだけど?」
ミアの答えに、ケイトは首をふった。
「続けたいと思っていた人たちはいました。ですが、それが許されるとも思っていなかったですし……婚家から当然のように退職を促されるので……誰も声をあげなかったと言いますか……」
結局本人に続ける意思があっても、相手側も当然のようにやめると思っていると、無論仕事など続けられない。だから、声をあげようとするものたちも誰もいなかったのだ。
「当然、か。その当然という意識のせいで、我々は大事な戦力をどんどん失っていたんだな」
レインの言葉に、ケイトは心が温かくなる。
もし、サムフォード前男爵が生きていたとしても、同じことを言ったんだろうと思えた。それは、サムフォード家で一人の人間として正しく扱われていると感じていたから思えることだった。ただ、状況的に誰も言い出せる人間がいなかっただけだったのだ。
「あの、もし仕事に復帰したいと言っている人がいたら、声を掛けてもいいですか?」
ケイトの言葉に、レインもミアもニッコリと笑った。
「勿論」
ケイトは、自分のことではないのに、嬉しくなった。
「えーっと、それで、レイン様。ケイトはどのようにすればよろしいですか?」
フォレスの言葉に、ケイトも自分の話をしている最中だったことを思い出す。
「子供は、あとどれくらいで生まれてくるのかな?」
「たぶん、あと6か月ほどだと」
「あと半年……直前までは働かせない方が良いでしょうね?」
ミアがレインを振りかえる。レインが頷く。
「では、あと4か月ほど働いてもらって……復帰はどうしたらいいんだろう?」
「……子供もどうしたら、いいんでしょうか?」
レインとミアは顔を見合わせて、肩をすくめた。レインもミアも子供などいないため、全く想像がつかなかったのだ。
「あの、意見を言ってもよろしいでしょうか?」
フォレスが小さく手を挙げると、レインもミアも頷いた。
「何かいいアイデアが?」
ミアの言葉にフォレスが頷く。
「働く女性が子供を預けられる場所を作るといいと思うんですが」
ケイトは聞いたこともないアイデアに目を見開く。レインとミアが弾むように頷く。
「それはいいわね! ……まだ需要は少ないかもしれないけど、それだったらケイトみたいに出産後も働き続けることができるわよね!」
「だが、どういったものたちを雇う?」
レインの言葉に考え込んだミアが、弾かれるように顔をあげた。
「貴族の家で乳母をしていた経験がある人を雇うってどうかしら?」
レインがなるほど、と声を漏らす。
「信頼されていた人物であれば、子供を預けるのに不安は少ないかもな。ケイトはどう思う?」
「ええ。自分の子供と他人の子供を育てた経験のあるかたに見てもらえるのであれば、不安は少ないように思います……ですが、私のためだけにそんなことをしてもらうわけには……」
ミアが首を横にふる。
「これは決してケイトだけのためのものではないわ! これから子供を産んでも……いえ、結婚してからも働き続けたい人のためにやることよ! サムフォード家の新しい事業よ」
ケイトの向かいに座るミアが力強く言い切る。
レインの私室の扉を叩くフォレスの後ろで、ケイトは緊張したまま唾をごくりと飲み込んだ。一体どんな話になるのか、ケイトにはわからない。
フォレスもわからないようではあるが、悲観的な反応ではなかったのが救いかもしれない。
「どうぞ」
その声はミアのもので、ケイトは少しだけホッとした。味方がいるような気になったからだ。
部屋にはいると、不安そうな表情のケイトにミアが近づく。
「いやだ、フォレスったら、ケイトに何と言って連れてきたの?」
「えーっと、レイン様にはただ、部屋につれてくるようにと」
フォレスの言葉に、ミアがレインを勢いよく振り向く。
「お兄様! ケイトは今大事な時期なのよ! 不安にさせるなんてひどいわ!」
「あ、いや、不安にさせるつもりはなかったんだが」
困ったように眉を下げるレインに、ケイトはどうやら悪い風向きの話ではないようだと理解して力を抜いた。
ケイトはミアに連れられて、今まで座ったことのないソファに座る。座り心地はよかったが、居心地は落ち着かなかった。
「えーっと、ケイトは妊娠していて、だけど仕事をやめたくないんだと話を聞いたんだけど、それで間違いないかな?」
レインの問いかけに、ケイトはコクリとうなずいた。
「うちとしても、ケイトに辞められてしまうよりは、続けてもらえる方が助かる。今まで、結婚しても続けたいって使用人がいなくて、結婚したら辞めるような流れになっていたけど、それをケイトが変えてくれるのなら、ありがたいくらいだよ」
レインの言葉に、ケイトはきょとんとする。
「あの、結婚してもやめる必要はなかったんですか?」
結婚したら仕事はやめるものだという流れが、世の中には当然のようにあって、ケイトの先輩たちも同期たちも後輩たちも、続けたいと思いながら辞めていった人たちがいたのは確かだった。
ケイトの質問に、レインとミアが顔を見合わせた。
「寧ろ、続けたい人が今までいなかったんだと思っていたんだけど?」
ミアの答えに、ケイトは首をふった。
「続けたいと思っていた人たちはいました。ですが、それが許されるとも思っていなかったですし……婚家から当然のように退職を促されるので……誰も声をあげなかったと言いますか……」
結局本人に続ける意思があっても、相手側も当然のようにやめると思っていると、無論仕事など続けられない。だから、声をあげようとするものたちも誰もいなかったのだ。
「当然、か。その当然という意識のせいで、我々は大事な戦力をどんどん失っていたんだな」
レインの言葉に、ケイトは心が温かくなる。
もし、サムフォード前男爵が生きていたとしても、同じことを言ったんだろうと思えた。それは、サムフォード家で一人の人間として正しく扱われていると感じていたから思えることだった。ただ、状況的に誰も言い出せる人間がいなかっただけだったのだ。
「あの、もし仕事に復帰したいと言っている人がいたら、声を掛けてもいいですか?」
ケイトの言葉に、レインもミアもニッコリと笑った。
「勿論」
ケイトは、自分のことではないのに、嬉しくなった。
「えーっと、それで、レイン様。ケイトはどのようにすればよろしいですか?」
フォレスの言葉に、ケイトも自分の話をしている最中だったことを思い出す。
「子供は、あとどれくらいで生まれてくるのかな?」
「たぶん、あと6か月ほどだと」
「あと半年……直前までは働かせない方が良いでしょうね?」
ミアがレインを振りかえる。レインが頷く。
「では、あと4か月ほど働いてもらって……復帰はどうしたらいいんだろう?」
「……子供もどうしたら、いいんでしょうか?」
レインとミアは顔を見合わせて、肩をすくめた。レインもミアも子供などいないため、全く想像がつかなかったのだ。
「あの、意見を言ってもよろしいでしょうか?」
フォレスが小さく手を挙げると、レインもミアも頷いた。
「何かいいアイデアが?」
ミアの言葉にフォレスが頷く。
「働く女性が子供を預けられる場所を作るといいと思うんですが」
ケイトは聞いたこともないアイデアに目を見開く。レインとミアが弾むように頷く。
「それはいいわね! ……まだ需要は少ないかもしれないけど、それだったらケイトみたいに出産後も働き続けることができるわよね!」
「だが、どういったものたちを雇う?」
レインの言葉に考え込んだミアが、弾かれるように顔をあげた。
「貴族の家で乳母をしていた経験がある人を雇うってどうかしら?」
レインがなるほど、と声を漏らす。
「信頼されていた人物であれば、子供を預けるのに不安は少ないかもな。ケイトはどう思う?」
「ええ。自分の子供と他人の子供を育てた経験のあるかたに見てもらえるのであれば、不安は少ないように思います……ですが、私のためだけにそんなことをしてもらうわけには……」
ミアが首を横にふる。
「これは決してケイトだけのためのものではないわ! これから子供を産んでも……いえ、結婚してからも働き続けたい人のためにやることよ! サムフォード家の新しい事業よ」
ケイトの向かいに座るミアが力強く言い切る。
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