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まさかの⑫

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 シッ、とメリリース様が人差し指を口元に当てるのを見て、我に返る。
 ……そうだ。誰かに聞かれでもしたら、困るよね。私も不敬罪に問われるかもしれないし……。

「騒いでごめんなさい。誰かに聞かれたら困りますよね」
「そうね。この場所は私に特別に与えられた場所だから、基本的に誰も入ってこないとは思うんだけど……」
「え?!」
「あら、気づいてなかったの? この場所、私しか入れない場所なのよ。私が剣の稽古をするために王家に言って一人になれる場所を提供してもらったの。サイラス様も入ってはいけないことになっているのよ? キャサリン様だけに許しているんだけどね」

 ニコリと笑うメリリース様に、私は驚きつつゆっくりと頷く。

「えーっと、ありがとうございます。……メリリース様も案外やりますね」
「王家は”愛し子”がいるってことを、知られたくないから。結婚したくないってこと以外は、割にわがままが通るのよ」
「……どうして、知られるのが嫌なんでしょう? 国民に知らせれば、国民は喜ぶでしょうに?」
「だからよ。国民の崇拝が私に向くと、王家の言うことを聞かなくなるかもしれない。だから、王家は私を手中に収めておいて、国の繁栄だけは約束されたいってこと」

 ため息交じりのメリリース様の説明に、私はムッとする。確かに、愛し子でこの美貌なら、崇拝対象になっておかしくないけど!

「それって、本当にメリリース様を馬鹿にしてます! どうして、今まで拒否しなかったんですか!?」
「……家族を、領民を盾に取られると、どうしようもないわ。私は子供だったし、今でも、単なる子供よ」
「でも、ご家族だって、そんな無茶苦茶な話に抵抗したりは……」

 メリリース様は首を横に振る。

「王家に逆らったら、反逆罪で国を追放すると言われたのだと。領民が路頭に迷ったら困るから、逆らわないように、と小さいころから言われ続けていたの」

 哀しそうなメリリース様に、私は口をつぐむ。
 メリリース様は小さいころから洗脳されていたから、こんな理不尽を受け入れていたんだとしか思えなかった。
 前世の、いえ、昔の私を見ているみたいだ。
 ……この16年間、メリリース様は、自分がやりたくもない役をさせられてきたんだ。
 そこに、王家の悪意を感じるし、メリリース様の父親だって、自分の子供を大切にするなら、こんな風にメリリース様だけに負担がかかるような条件なんてのむわけがないはずだ。
 ……この国の国王が横暴すぎるのなら別だけど、そんな噂は聞いたことはなかった。
 だとすると、きっとドライスデール公爵も、グルだ。
 
 ふつふつと湧き上がる怒りに、私は立ち上がった。

「メリリース様、これは絶対、婚約を破棄しましょう!」
「そうね。その方法を、頑張って考えないと。……家族に、領民に迷惑が掛からないように」

 ……洗脳も解いていかないといけないかなぁ。
 とりあえず、婚約破棄の方法はもう思いついた。

「そんなの! 私が”聖女”だって言って、言うこと聞かなきゃ亡ぼすぞ! って言っちゃえばいいんです!」

 私の言葉に、私を見上げるメリリース様が困ったように笑う。

「誰かの力でことを成すのは、ずるいんじゃないかしら?」
「ずるくなんてないです! そもそも、私自身がそれでいいって言ってるわけですし!」

 実際に使ったら、神様との約束を守らなきゃいけなくなるから、絶対使いはしないんだけど……。
 メリリース様が立ち上がって、私の手を取る。
 しっかりと握られた手に、メリリース様の気持ちが伝わってくるみたいだった。

「……ありがとう。……もし、他の方法が見つからなかったら、助けてくれる?」
「当然です! メリリース様のためなら、私はいくらでも!」
「あと、ここで二人でいるときには、メリルって呼んでくれないかしら?」
「メリル? ……もしかして、メリリース様の本当の名前ですか?」

 メリリース様がこくりと頷く。

「呼んでもらえる?」
「もちろんです!」
「ところで、メリリー……メリル様が思い付いた方法って、どんな方法だったんですか?」

 なぜかメリル様がクスリと笑う。

「キャサリン様が言ってくれた方法と同じよ」
「メリル様、気が合いますね!」

 私の返事に、メリル様が微笑んだまま口を開く。

「キャサリン様。私がどんな人間でも、いつも一緒にいてくれるんでしょう?」

 さっき交わした約束を思い出して、私は頷いた。

「ええ。メリル様。メリル様がメリル様でいる限り、私は一緒にいますわ」
「約束よ」
「ええ。ですから、絶対に、絶対に、婚約破棄、やり遂げましょうね!」
「ええ」

 メリル様の瞳は、決意に満ちていた。
 きっと、その瞳に映る私の瞳も。

 ……と言うか。

「メリル様……私の前では、その女性らしい言葉遣いじゃなくても大丈夫ですよ?」

 私が口にした言葉に、メリル様が噴き出す。

「このタイミングで、そんな話なのかしら?」
「ええ。こんなタイミングでそんな話ですけど?」
「切り替えるとぼろが出るからって、物心ついた時から、このしゃべり方を練習させられていたものだから……他のしゃべり方はできないのよ?」
「物心ついた時から……」

 なんてひどい。もうね、絶対ドライスデール公爵、メリル様の意思なんて考えてないよね。

「正確に言うと、生まれた時に精霊の口づけを受けた時から、王家との約束で女性として扱われ続けたのだけどね」
「生まれた時から……そういえば、精霊は、メリル様の扱いに怒ることはないんでしょうか?」
「さあ? 生まれた時精霊の口づけを受けただけだから、私は精霊に会った記憶はないのよ。精霊がそばにいてくれたら、何か変わったのかしら?」

 首をふるメリル様は、ため息をつく。

 精霊さーん! 愛し子がこんな扱いされてますけど!
 どうにかしたほうがいいと思うんですけど!
 それでいいんですか!?

「やっぱりメリル様。手っ取り早いんで、私が聖女だってことで脅しましょう!」
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