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ライムグリーンの嵐
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「だからな、Hondaなら、トリコロールなわけ! わかる?!」
酒臭い息を間近に感じながら、俺は無になる。
「村尾、おまえ、聞いてるか」
一人ものすごくヒートアップした脇田先生が、俺の肩に手を回す。
あー。ドクターって、酒癖悪いの多いよなぁ。
とほほ、の気分で小さく息を吐けば、向かいに座る佐崎が、ふふふ、と嬉しそうな声を漏らす。
おい、佐崎! おまがえHondaの話に乗ってやれよ! お前だったら余裕で乗れるだろ!
何その、ああこの二人オイシイ、みたいな顔で俺らのことを見てるなよ! 会話に入って来いよ! お前の乗ってるカラーだろ!
「おい、村尾聞いてるか」
もう聞いてないよ! 何回その話聞いてると思ってるんだよ!
まだ脇田先生が酔っぱらう前は、それなりに懇々切々とHondaの良さを論理的に説明していた…と思う。Kawasaki以外に興味持てないのと、あまりのくどさに途中から俺は無になってたけど。
そして気が付けば脇田先生は酔っぱらっていき、同じことをくどくどくどくど繰り返すようになった。もう耳タコだよ。耳タコ!
…あー。整形の飲み会なんて参加するんじゃなかった。ほかの関わりのある部署の飲み会に誘われれば、行かざるを得ないことは多々ある。それが社会人のたしなみだとは理解している。だが、今回は佐崎の策略で俺と佐崎が整形の忘年会に来ることになった。
佐崎が…いや、佐崎と水田が、俺とこの脇田先生のからみを見たいがために、俺ははめられたのだ!
もともとこの飲み、佐崎と水田が行く予定だった。俺は佐崎と水田が行くっていうから、いやな予感がしてほかの部署の忘年会をセレクトした。なのに、水田が直前になって用事ができたと泣きそうになってたから、俺は良かれと思って変わったんだ! そしたらそれは、佐崎と水田の罠だったってわけだ!
なんだよこいつら! 何に命かけてんだよ!
水田に至っては「直接見られないのは残念ですけど、決定的瞬間は写真にとっておいてくださいね!」とか言いやがって!
決定的瞬間って何だよ!
「むーらーおー」
グイっと俺の顔が脇田先生に引き寄せられる。
ひぃ! 何でそんなに俺のこと近くに寄せるんだよ!
「あー。そんなに絵面はきれいじゃないけど、腐女子的にはありね」
ありね、じゃねえよ、佐崎! もう頭の中の妄想、駄々洩れになってんだろ! 黙っておけよ! そんな妄想するなよ!
「あ、スマホ用意しとかなきゃ」
あ、じゃねえ! 何も決定的瞬間なんて起こるわけないだろ!
「お、村尾。お前、男の割にはかわいい顔してんな」
ちょっと脇田先生! 何で舌なめずりなんてするんでしょうか! いやいや、俺は男です! 男! まぎれもない男ですから!
「ああ、決定的瞬間、決定的瞬間!」
わくわくすんな佐崎!
「あのー、脇田先生、酔っぱらいすぎじゃないですか」
そう言いながら、俺はやんわりと脇田先生を遠ざけようとそっと胸を押す。
だが、このガタイのいい先生ときたら、びくともしない!
「なんだ村尾、力比べか? 俺、ラグビーやってたからな、負けねえぞ」
ラグビー! そんなの負けるにきまってるだろ!
俺の一人負け! 完全負け!
「俺、男ですから! まぎれもない男ですって!」
とりあえず必死に抵抗してみる。
「ラグビーはさ、男ばっかりの世界だろ、だから大丈夫だって!」
何が大丈夫だよ!
佐崎お前、スマホ構えるんじゃねえよ!
「いやいやいやいや。酔っぱらいすぎです、脇田先生! ほら、Hondaの話したいなら、向かいの佐崎がみっちり付き合えますから! あいつ、わざわざトリコロールにするぐらい熱いし詳しいんですって!」
「だったらもう語る必要はないだろ! 俺は、Kawasakiのライムグリーンなんかにしちゃってるお前を説得したいわけ!」
ああ、酔っぱらってもダメか。この会話も何度も繰り返してるけど、同じように返事されている。
「顔、顔が近すぎますって!」
「俺は別に構わん!」
構わんって何だよ!
「俺が構います!」
脇田先生、何でもっと近づいてくるんだよ!
「ちょっと村尾、腕が邪魔!」
腕が邪魔じゃねー!本気で録画しようとすんなよ!
「いいぞ!キスしろ!」
どうやら外野の酔っぱらった別のドクターが、俺たちの騒ぎに気付いたらしく、囃したてる。
「キース!キース!」
これってパワハラってやつだろ!
誰か止めろよ! 乗るなよ!
必死に抵抗していると、不意に圧力が無くなる。
ん? と顔をあげると、脇田先生の後ろに梶山先生がいた。
「おー! ヒーロー出現! いいねいいね! 楽しい展開だね!」
…佐崎、お前の心の声、ちょっとは仕舞えよ!
いや確かに助かってる気はするけど! お前の言う美味しい展開とかじゃないから!
「え? 梶山先生? 何でここに?」
「いや、村尾の体調が悪くなったって連絡もらって」
しれっと言いのける梶山先生だけど、いったいなぜここにいるのか、俺には理解できない。だが、間違いなく救世主だってことは言えるだろう。
「じゃ、俺たち帰りますね」
医者スマイルを繰り出して、梶山先生が俺を立ち上がらせると、まるで病人をそうするように、俺の脇を抱えて支えてくれる。
うん。この演技には乗ったほうがいいだろう。
俺は、くたりと梶山先生に寄りかかってみた。
「あー! それもいい」
な、佐崎。今カシャリって音、したよな? 気のせいじゃないと思うんだけど、今俺体調悪いことになってるからさ!
「おお、梶山先生! いつの間に来てたんだ?」
この声は、整形の部長。整形のドクターの長だ。…どうやらこの話の流れにはついてきてないらしい。
…なんだか嫌な予感がする。
このドクター、酔っぱらってると…悪乗りするんだよなー。
「キスしろー!」
どこからかまた、囃し立てる声がする。
「キース! キース!」
「ハハハ、梶山君、新入りの運命だね」
部長、ハハハじゃねーよ! なんだよ新入りの運命って!
「キース! キース! キース!」
鳴りやまないキスコールに、俺は嫌な予感がガンガンする。
「しゃーねーな」
ぼそり、と呟いた梶山先生が、俺の顎をくいっと持ち上げた。
「え? 梶山先生?」
近い視線に、ドキリとする。
いや、おかしいだろ、俺。
「場を収めるためだからな、あきらめろ」
俺の疑問の声は、梶山先生の口の中に消えていく。
俺が一生懸命梶山先生を押しのけようとするのに、梶山先生はびくともせず。
唇をなぞられて固まった俺の隙をつくように、熱い舌が俺の舌を撫で、ざらりと口蓋が刺激される。
「ん…」
力が抜けた自分の口から洩れる声に驚愕する。
と同時に我に返る。
って言うか、梶山先生本気すぎるだろ! やめろよ!
俺は男とベロチューする趣味なんてないはずなんだって!
嫌悪感を感じないのがどうしてかとか、今理由は考えたくない!
ガリ、と俺は梶山先生の舌を噛んだ。
「いって」
ようやく唇が離れたことにホッとするやら、あまりの衝撃に疲れ果てるやらで、結局俺は力の抜けた体を梶山先生に支えてもらうしかない。
…梶山先生のキスが上手すぎて腰砕けになったわけじゃない! 多分…。
「じゃ、失礼します」
梶山先生が、俺の体を支えたまま店を出るために歩き出す。
「いいもの見れたー! いいもの撮れたー! 今日は最高!」
おい佐崎。ウキウキすんじゃねーぞ! その動画、ぜってー消してやるからな!
俺は情けなくも梶山先生に体を預けたまま、佐崎をジロリと睨みつけた。
「あ、私ももう帰りまーす!」
「おう、お疲れ様!」
ウキウキした声のまま、佐崎が酒席を辞する言葉を発すると、さっきまで悪乗りしていた先生たちは引き止めるでもなくあっさりと帰宅を許している。
…何で佐崎はよくて俺はダメなんだよ…。
がっくりと項垂れると、上からクスクスと笑い声が降ってくる。
「だから、酔っぱらうと男同士のキスとか余興の一つになるんだよ。よくあることだって言っただろ」
「あんなにベロチューする必要ってありましたか」
「あるある。きちんとしないと面倒なんだよ」
真顔で告げる梶山先生には、きっと……他意はない。
……他意ってなんだよ。
…いやだもう。
もうドクターが集まる飲みにはいきたくない!
…でも行かざるを得ないのがサラリーマンのつらいところだな…。
「フフフ。梶山先生、やっぱり来ましたね!」
横から聞こえてきた佐崎の声に、は? となる。
「やっぱりって言うか、お前らが来いって言ったんだろ。村尾がHondaに懐柔されかかってますよって言うし」
梶山先生があきれたような声を出している。
は?
「なんの話?」
俺が顔をあげて佐崎を見ると、佐崎がニコリと笑う。
「やっぱり、恋にはたまにはスパイスが必要かなーって思って」
つまり?
…今回の飲み会も、梶山先生がやってくるのも、すべて佐崎と水田による作戦ってことかよ!
「いらねーよ! 恋がどこにあるっていうんだよ」
「え? 梶山先生と村尾は恋人同士でしょ?」
「ちげーよ!」
即座に否定したハズなのに、なぜかチクリと心が痛い。
「ひでー、村尾。俺の純情を…」
そのセリフは、完全にふざけてる。
それで、正しいはず、なのに。
「ひどい村尾! やり逃げってこと?!」
…きっと俺は、俺が思った方向に話が行かないってことに苛立てばいいはずなんだって。
俺はそっと梶山先生から体を離す。
あっさり離された熱を名残惜しく思うとか、どういうことかはもう考えたくない。
店を出ると、なぜか水田が立っていた。
「お前、用事があるんじゃなかったのかよ」
いや、すでに用事がないとは知ってはいるけど、文句を言わずにはいられない俺は許されるだろう。
「ええ、梶山先生をこの店に連れてくるっていう用事がありましたよ!」
お前か。先導役はお前だったのか…。
「佐崎先輩! バッチリ名場面撮れましたか」
「バッチリもバッチリ! 二人のキスシーンいただきました」
「キャー!! 最高!! 後でその動画ください」
こいつら!
「村尾が意地でHONDAにしないって言うから、今日のは実現できたようなものだからね! 水田、村尾がKawasakiであることを感謝なさい」
佐崎が、謎の先輩風を吹かせている。
頭上でクスクス笑う声に、キュンとするとか、俺絶対おかしいんだよ。
もう嫌だ。
何で俺のライムグリーンがこんな嵐を巻き起こすんだよ…。
皆、俺に普通のライムグリーン生活させてくれ。
完
酒臭い息を間近に感じながら、俺は無になる。
「村尾、おまえ、聞いてるか」
一人ものすごくヒートアップした脇田先生が、俺の肩に手を回す。
あー。ドクターって、酒癖悪いの多いよなぁ。
とほほ、の気分で小さく息を吐けば、向かいに座る佐崎が、ふふふ、と嬉しそうな声を漏らす。
おい、佐崎! おまがえHondaの話に乗ってやれよ! お前だったら余裕で乗れるだろ!
何その、ああこの二人オイシイ、みたいな顔で俺らのことを見てるなよ! 会話に入って来いよ! お前の乗ってるカラーだろ!
「おい、村尾聞いてるか」
もう聞いてないよ! 何回その話聞いてると思ってるんだよ!
まだ脇田先生が酔っぱらう前は、それなりに懇々切々とHondaの良さを論理的に説明していた…と思う。Kawasaki以外に興味持てないのと、あまりのくどさに途中から俺は無になってたけど。
そして気が付けば脇田先生は酔っぱらっていき、同じことをくどくどくどくど繰り返すようになった。もう耳タコだよ。耳タコ!
…あー。整形の飲み会なんて参加するんじゃなかった。ほかの関わりのある部署の飲み会に誘われれば、行かざるを得ないことは多々ある。それが社会人のたしなみだとは理解している。だが、今回は佐崎の策略で俺と佐崎が整形の忘年会に来ることになった。
佐崎が…いや、佐崎と水田が、俺とこの脇田先生のからみを見たいがために、俺ははめられたのだ!
もともとこの飲み、佐崎と水田が行く予定だった。俺は佐崎と水田が行くっていうから、いやな予感がしてほかの部署の忘年会をセレクトした。なのに、水田が直前になって用事ができたと泣きそうになってたから、俺は良かれと思って変わったんだ! そしたらそれは、佐崎と水田の罠だったってわけだ!
なんだよこいつら! 何に命かけてんだよ!
水田に至っては「直接見られないのは残念ですけど、決定的瞬間は写真にとっておいてくださいね!」とか言いやがって!
決定的瞬間って何だよ!
「むーらーおー」
グイっと俺の顔が脇田先生に引き寄せられる。
ひぃ! 何でそんなに俺のこと近くに寄せるんだよ!
「あー。そんなに絵面はきれいじゃないけど、腐女子的にはありね」
ありね、じゃねえよ、佐崎! もう頭の中の妄想、駄々洩れになってんだろ! 黙っておけよ! そんな妄想するなよ!
「あ、スマホ用意しとかなきゃ」
あ、じゃねえ! 何も決定的瞬間なんて起こるわけないだろ!
「お、村尾。お前、男の割にはかわいい顔してんな」
ちょっと脇田先生! 何で舌なめずりなんてするんでしょうか! いやいや、俺は男です! 男! まぎれもない男ですから!
「ああ、決定的瞬間、決定的瞬間!」
わくわくすんな佐崎!
「あのー、脇田先生、酔っぱらいすぎじゃないですか」
そう言いながら、俺はやんわりと脇田先生を遠ざけようとそっと胸を押す。
だが、このガタイのいい先生ときたら、びくともしない!
「なんだ村尾、力比べか? 俺、ラグビーやってたからな、負けねえぞ」
ラグビー! そんなの負けるにきまってるだろ!
俺の一人負け! 完全負け!
「俺、男ですから! まぎれもない男ですって!」
とりあえず必死に抵抗してみる。
「ラグビーはさ、男ばっかりの世界だろ、だから大丈夫だって!」
何が大丈夫だよ!
佐崎お前、スマホ構えるんじゃねえよ!
「いやいやいやいや。酔っぱらいすぎです、脇田先生! ほら、Hondaの話したいなら、向かいの佐崎がみっちり付き合えますから! あいつ、わざわざトリコロールにするぐらい熱いし詳しいんですって!」
「だったらもう語る必要はないだろ! 俺は、Kawasakiのライムグリーンなんかにしちゃってるお前を説得したいわけ!」
ああ、酔っぱらってもダメか。この会話も何度も繰り返してるけど、同じように返事されている。
「顔、顔が近すぎますって!」
「俺は別に構わん!」
構わんって何だよ!
「俺が構います!」
脇田先生、何でもっと近づいてくるんだよ!
「ちょっと村尾、腕が邪魔!」
腕が邪魔じゃねー!本気で録画しようとすんなよ!
「いいぞ!キスしろ!」
どうやら外野の酔っぱらった別のドクターが、俺たちの騒ぎに気付いたらしく、囃したてる。
「キース!キース!」
これってパワハラってやつだろ!
誰か止めろよ! 乗るなよ!
必死に抵抗していると、不意に圧力が無くなる。
ん? と顔をあげると、脇田先生の後ろに梶山先生がいた。
「おー! ヒーロー出現! いいねいいね! 楽しい展開だね!」
…佐崎、お前の心の声、ちょっとは仕舞えよ!
いや確かに助かってる気はするけど! お前の言う美味しい展開とかじゃないから!
「え? 梶山先生? 何でここに?」
「いや、村尾の体調が悪くなったって連絡もらって」
しれっと言いのける梶山先生だけど、いったいなぜここにいるのか、俺には理解できない。だが、間違いなく救世主だってことは言えるだろう。
「じゃ、俺たち帰りますね」
医者スマイルを繰り出して、梶山先生が俺を立ち上がらせると、まるで病人をそうするように、俺の脇を抱えて支えてくれる。
うん。この演技には乗ったほうがいいだろう。
俺は、くたりと梶山先生に寄りかかってみた。
「あー! それもいい」
な、佐崎。今カシャリって音、したよな? 気のせいじゃないと思うんだけど、今俺体調悪いことになってるからさ!
「おお、梶山先生! いつの間に来てたんだ?」
この声は、整形の部長。整形のドクターの長だ。…どうやらこの話の流れにはついてきてないらしい。
…なんだか嫌な予感がする。
このドクター、酔っぱらってると…悪乗りするんだよなー。
「キスしろー!」
どこからかまた、囃し立てる声がする。
「キース! キース!」
「ハハハ、梶山君、新入りの運命だね」
部長、ハハハじゃねーよ! なんだよ新入りの運命って!
「キース! キース! キース!」
鳴りやまないキスコールに、俺は嫌な予感がガンガンする。
「しゃーねーな」
ぼそり、と呟いた梶山先生が、俺の顎をくいっと持ち上げた。
「え? 梶山先生?」
近い視線に、ドキリとする。
いや、おかしいだろ、俺。
「場を収めるためだからな、あきらめろ」
俺の疑問の声は、梶山先生の口の中に消えていく。
俺が一生懸命梶山先生を押しのけようとするのに、梶山先生はびくともせず。
唇をなぞられて固まった俺の隙をつくように、熱い舌が俺の舌を撫で、ざらりと口蓋が刺激される。
「ん…」
力が抜けた自分の口から洩れる声に驚愕する。
と同時に我に返る。
って言うか、梶山先生本気すぎるだろ! やめろよ!
俺は男とベロチューする趣味なんてないはずなんだって!
嫌悪感を感じないのがどうしてかとか、今理由は考えたくない!
ガリ、と俺は梶山先生の舌を噛んだ。
「いって」
ようやく唇が離れたことにホッとするやら、あまりの衝撃に疲れ果てるやらで、結局俺は力の抜けた体を梶山先生に支えてもらうしかない。
…梶山先生のキスが上手すぎて腰砕けになったわけじゃない! 多分…。
「じゃ、失礼します」
梶山先生が、俺の体を支えたまま店を出るために歩き出す。
「いいもの見れたー! いいもの撮れたー! 今日は最高!」
おい佐崎。ウキウキすんじゃねーぞ! その動画、ぜってー消してやるからな!
俺は情けなくも梶山先生に体を預けたまま、佐崎をジロリと睨みつけた。
「あ、私ももう帰りまーす!」
「おう、お疲れ様!」
ウキウキした声のまま、佐崎が酒席を辞する言葉を発すると、さっきまで悪乗りしていた先生たちは引き止めるでもなくあっさりと帰宅を許している。
…何で佐崎はよくて俺はダメなんだよ…。
がっくりと項垂れると、上からクスクスと笑い声が降ってくる。
「だから、酔っぱらうと男同士のキスとか余興の一つになるんだよ。よくあることだって言っただろ」
「あんなにベロチューする必要ってありましたか」
「あるある。きちんとしないと面倒なんだよ」
真顔で告げる梶山先生には、きっと……他意はない。
……他意ってなんだよ。
…いやだもう。
もうドクターが集まる飲みにはいきたくない!
…でも行かざるを得ないのがサラリーマンのつらいところだな…。
「フフフ。梶山先生、やっぱり来ましたね!」
横から聞こえてきた佐崎の声に、は? となる。
「やっぱりって言うか、お前らが来いって言ったんだろ。村尾がHondaに懐柔されかかってますよって言うし」
梶山先生があきれたような声を出している。
は?
「なんの話?」
俺が顔をあげて佐崎を見ると、佐崎がニコリと笑う。
「やっぱり、恋にはたまにはスパイスが必要かなーって思って」
つまり?
…今回の飲み会も、梶山先生がやってくるのも、すべて佐崎と水田による作戦ってことかよ!
「いらねーよ! 恋がどこにあるっていうんだよ」
「え? 梶山先生と村尾は恋人同士でしょ?」
「ちげーよ!」
即座に否定したハズなのに、なぜかチクリと心が痛い。
「ひでー、村尾。俺の純情を…」
そのセリフは、完全にふざけてる。
それで、正しいはず、なのに。
「ひどい村尾! やり逃げってこと?!」
…きっと俺は、俺が思った方向に話が行かないってことに苛立てばいいはずなんだって。
俺はそっと梶山先生から体を離す。
あっさり離された熱を名残惜しく思うとか、どういうことかはもう考えたくない。
店を出ると、なぜか水田が立っていた。
「お前、用事があるんじゃなかったのかよ」
いや、すでに用事がないとは知ってはいるけど、文句を言わずにはいられない俺は許されるだろう。
「ええ、梶山先生をこの店に連れてくるっていう用事がありましたよ!」
お前か。先導役はお前だったのか…。
「佐崎先輩! バッチリ名場面撮れましたか」
「バッチリもバッチリ! 二人のキスシーンいただきました」
「キャー!! 最高!! 後でその動画ください」
こいつら!
「村尾が意地でHONDAにしないって言うから、今日のは実現できたようなものだからね! 水田、村尾がKawasakiであることを感謝なさい」
佐崎が、謎の先輩風を吹かせている。
頭上でクスクス笑う声に、キュンとするとか、俺絶対おかしいんだよ。
もう嫌だ。
何で俺のライムグリーンがこんな嵐を巻き起こすんだよ…。
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