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 存在を否定されることには、慣れているつもりだった。
 だけど、ゲームの設定という小さな世界を成立させるためだけに、自分の存在がなかったことにされるなんて、納得できない。
 ふいに、体が引き起こされて、ティエリと視線が合う。

「……俺は、沙耶のことを絶対に忘れないですから。沙耶がいてくれなきゃ、困る」

 真剣な瞳には、嘘なんてなかった。
 ボロボロと涙が零れていく。

「ありがとう」
「俺の大事な人のこと、忘れさせるような設定なんて……絶対壊してやります」

 ティエリの決意に、嗚咽が漏れる。
 ティエリが私の肩をそっと抱きしめる。
 私の涙が、ティエリの服にしみ込んでいく。

「俺は、忘れないですから」

 私に言い聞かすように、ティエリが耳元で告げる。
 もし……ティエリが……大浦君が私のことを忘れてしまったら?
 ――そんなの……嫌だ。
 忘れられたくない。

「俺は、忘れないですから」

 ティエリが私の背中を撫でる。
 ――この熱を……失いたくない。
 ティエリが私を抱きしめる手に、力が入る。

「……沙耶、好きです」

 ティエリ大浦君の声が、私の胸を震わす。
 ……私も好きになってたんだ。
 ティエリがピクリと反応する。

「ごめんなさい。嬉しくて叫び出しそうです」

 私の心を読んでしまったことを謝っているんだろう。
 だけど、嫌じゃなかった。
 だけど、きちんと声に出したかった。
 ティエリが手から力を抜いてくれる。
 私はティエリから体を離して、ティエリの目をまっすぐ見た。

「私も、ティエリ……ううん、大浦君のことが好き」

 そっと近づいてきた唇に、私は目を閉じた。
 柔らかな熱が、そっと離れていく。

「……ドアを開けてるんで……キスしかできないですね」

 告げられた内容に、照れる。

「……まだ、もう少し待って欲しいんだけど?」

 見上げると、ティエリがクスリと笑う。

「何年でも待ちますけど……でも、もしかしたら、そうすることで設定をぶち壊せたりするかもしれないですよね?」

 あ、と声が漏れる。
 確かに、ゲームの設定は、我々の行動を制御はできないみたいだから、可能性としてはなくもない。

「この世界の設定を、壊すため……」

 私が呟きに、ティエリが大きなため息をついた。

「そんな理由で、沙耶との大事な関係を進めたくはないですけどね。俺は……沙耶が好きだから抱きたいんです。だから……沙耶の気持ちを待ちたいんです」

 ストレートな言葉に、顔が熱くなる。

「12歳が言う言葉とは思えない」

 顔を覆うと、クスリとティエリが笑う。

「28プラス4年ですから……精神年齢は30超えてるんですけどね」
「……そうだね」
「ものすごく、沙耶を抱きしめたいんですけど、いいですか?」

 私は小さく頷いた。
 今、ティエリに本音を読まれても、何も困ることはなかったから。 
 ぎゅっとティエリに抱きしめられて、どこか安心した心地になる。

「どうして、こんな世界に転生してきちゃったんだろ」

 今まで考えたこともなかったことが、頭を覆う。

「……どうして、なんですかね」

 『ヴィダル学園の恋人』のゲームすら知らないティエリが、答えを知るハズもないんだ。
 ……そうか。

「私、このゲームをやってて、自分にとって居心地のいい言葉ばかりが受けられる世界がいいと思ってた。だから、この世界に引きずられちゃったのかな?」

 自分にとって、何も辛くない世界。
 ……あの時は、元カレに自分が否定されたばかりで、辛かったから。
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