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「お義姉様? 大丈夫ですか?」

 心配そうなティエリに、私は微笑み返すことができなかった。

 チートを持って転生したからって、人よりも幸せな人生を歩もうとしていたわけじゃない。
 転生してすぐの頃は、いろんな人から嫌われまくっていたし、行いを改めることでそれが大分落ち着いて、あとは人と関わることなく静かに暮らしていこうと思っていただけだったのに。

 秘めたかった二人のことを簡単に口にしてしまったのは、私のうかつさだし、皇太子を説き伏せられなかったのは、私の頭の回転の悪さからくるものだとは思う。
 だけど、カモフラージュのための殿下の婚約者――ひいては皇太子妃なんて、どう考えてもハードモードな人生に足を踏み入れたくはない。
 ミストラル伯爵家が皇族との繋がりを得て力を得られるってメリットはあるんだろうけど、自分のチートに困っている生粋の貴族令嬢ではない沙耶に、そこまでの野心はない。

 令嬢たちや、貴族たちからの妬みの声は嫌でも聞こえて来るだろう。
 嫌がらせも少なからずあると思う。
 私をカモフラージュとしてしか考えていない殿下が、それから逐一守ってくれるわけもないだろう。
 それに耐えられるほどの知恵も、知識も、殿下への愛情もない。
 ……相手がもしティエリだったら、頑張って耐えるのに。

「お義姉様?」

 ティエリの声にハッとする。
 ……何の話をしていたんだっけ?

「ごめんなさい、ティエリ? 何だったかしら?」
「殿下は、一体何の話を?」

 そうか。
 ティエリのためだったら、私も頑張れるかもしれない。

「ティエリ。私が殿下の婚約者になったら、ミストラル伯爵家のためになるかしら?」
「え?」

 ティエリが目を見開く。
 信じられないよね?
 だって、顔に傷を持った令嬢に、殿下が婚約を申し込んでくるとか思わないよね?
 私だって、信じたくないんだけど。

「私が皇太子妃になれば、ミストラル伯爵家は安泰でしょう?」

 それでも、ティエリが幸せに笑ってくれていれば、それでいいのかもしれない。
 だって、ティエリには十分、それだけの癒しを貰って来たと思うから。
 前世でも家族の愛情を受けられなくて、彼氏には二股されて振られて。
 今世でも、実の父親からは愛情らしい愛情を受けた記憶もない。
 でも、唯一ティエリの存在だけが、私の心をずっと癒してくれたから。
 その恩返しをできると思えば、耐えられるかもしれない。

「お義姉様、それは決定事項なのですか?」

 ティエリの声は固い。
 驚きか喜びの声が聞かれると思っていたから、予想外の声色に驚く。

「伯爵家が断れる話ではないのではないかしら」

 私に言えるのは、それだけだ。
 皇帝がどう判断するのかはわからないけど、皇太子の中ではもう決定事項だろう。

「……義姉上あねうえはどうされたいんですか?」

 私の手を握るティエリは、いつもの優しい表情ではなく、真剣な顔だった。
 見たことのない表情に、ドキリと心臓が鳴る。
 でも、私が本音を言ってしまったら、きっとティエリは優しいから、気にしてしまうだろう。

「直々に望まれるなんて、光栄だわ」

 絶対に嫌だと心は叫んでいるけど、頑張って身に着けた笑顔を顔に貼り付ける。
 だけど、ティエリは大きなため息をついた。

「義姉上、無理をされないでください」

 指摘に、つい目が泳ぐ。
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