上 下
17 / 40

17

しおりを挟む
「サシャ嬢、私の婚約者になってはくれないか?」

 馴染みのある庭の木々が風にざわめく。
 木陰に佇む私の目の前には、アンドレ・ロンデックス……この国の皇太子が立っている。
 シルバーブロンドのサラサラの髪と、吸い込まれるような濃紺の瞳。
 殿下はどうして攻略対象にいなかったんだろう、と思うほどの美しい造形。

 はっきり言って、どうしてこんなことになっているのかは、私にもわからない。
 ただ、わかっているのは、父が皇太子が我が家に来る話を持って帰ってきた、ということだけだ。
 そして、今の話。
 はっきり言って、初対面の私にする話ではないと思う。

 ……沙耶の記憶にないだけで、サシャとアンドレ殿下が知っている間柄、って可能性はゼロではないけど、少なくともこの3年間、アンドレ殿下との交流が一切なかったんだから、せいぜい顔を知っている程度だと思う。
 なのに、この話。
 胡散臭さしかない。

「殿下、何かおっしゃいましたでしょうか?」

 とりあえず、聞かなかったことにした。

「サシャ嬢、今の殿下の声、きちんと聞こえていたでしょう……!」

 すぐさま反応したのは、殿下の隣に立つ凛とした女性騎士だった。
 流石、反射神経がいい。
 ……はい、って言うべきだったのかな?
 でも、嫌な予感しかしないし。

「フィリ、落ち着け」

 殿下の声に、戦闘姿勢を見せた騎士が、何か言いたげに殿下を見る。

「これまで交流がなかったのに、突然こんな話をすれば、誰だって警戒するだろう?」

 殿下が微笑めば、騎士が目を伏せる。
 ……やっぱり、サシャと殿下の交流はなかったんだ。
 じゃあ、なぜ?

「サシャ嬢、私はミストラル伯爵家との縁をつなげることが、この国の将来に役に立つと考えているんだ」
「ですが、私には顔に傷がありますので、人前に出られるような姿ではありません」

 私は傷のある頬を触る。
 傷はふさがったけど、義母の命で傷跡は今も布で隠したままだ。

「そこだよ。君が顔の傷を気にして、修道院に行こうと思い詰めていると聞いて、そのように心の清らかな人間こそが、私の妃にふさわしいと思ったのだ」

 ふわり、と殿下が微笑む。
 そこには、嘘はないように見える。
 ただ……腑に落ちない気持ちだけはある。

「サシャ嬢、どうか、考えてくれないだろうか」

 殿下が私の手を取る。
 手を振り払えるわけもない私は、一気に流れ込んできた心の声に固まる。

『傷を持つとは言え、ミストラル伯爵家の後ろ盾を持つサシャ嬢を婚約者に据えれば、取り敢えず婚約者探しの苦行からは解き放たれる。それに、そのまま結婚しても、傷を負い目に感じているサシャ嬢であれば、私が本当に愛する者と過ごしたとしても、強くは言えぬ。ミストラル伯爵も、サシャ嬢との間に子をなしさえすれば、私がどう過ごそうと、口は出してこない。サシャ嬢に興味がないとはいえ、王家に伝わる媚薬を遣えば、サシャ嬢と交わうことはできるだろうし、結婚したという事実が、カムフラージュにもなる。王として立ちながらフィリとの愛を貫くには、これしかないのだ』

 まるで愛しい者を見る目の裏で考えていることがこれとか、王族コワイ。

「あの……修道院に行くつもりですので、婚約者になるのは難しいかと」

 動揺で声が裏返りそうになるのを、慌てて取り繕う。

「サシャ嬢、お願いだ」
『ああ、フィリに愛を乞いたいのに』

 きっと、殿下の騎士に睨まれているのは、私が断ったから、だけじゃない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】「王太子だった俺がドキドキする理由」

まほりろ
恋愛
眉目秀麗で文武両道の王太子は美しい平民の少女と恋に落ち、身分の差を乗り越えて結婚し幸せに暮らしました…………では終わらない物語。 ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~

犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

王子の逆鱗に触れ消された女の話~執着王子が見せた異常の片鱗~

犬の下僕
恋愛
美貌の王子様に一目惚れしたとある公爵令嬢が、王子の妃の座を夢見て破滅してしまうお話です。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...