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 私の視線に気づいたらしいミリッツァが、一瞬で表情を変える。
「お嬢様、とても美しいですわ」
 その笑顔を見ただけでは、きっとミリッツァが私に恨みを持っているなんて、誰も気づかないだろう。
 それぐらい、完璧な笑みだ。

「ありがとう」
 私も負けずに、笑顔を作る。
 ミリッツァの本音を知っているから、今更冷たい視線に傷つくことはない。
 逆に、いつも完璧に感情を見せてこなかったミリッツァが、わかりやすく表情を表に出したことに驚いたくらいだ。
 もしかしたら、私が気づかなかっただけで、時折あんな表情を見せていたのかもしれないけど。

 トントン、とドアを叩く音がして、扉が開く。
「サシャ、準備はできたかしら?」
 入ってきたのは、義母だ。
 私と同じように着飾っている。
 今日、私は義母と一緒に出掛けることになっているから。

「できましたわ、奥様」
 ミリッツァの言葉に、義母が私に近づく。
「そうね。サシャ、ドレスが良く似合っているわ」
 義母が美しい笑みを見せた。
「ありがとうございます」
「あら、髪飾りが、ちょっと歪んでいるわ」
 義母が私の髪に触れる。

『これなら、殿下の婚約者候補になれるかもしれないわ』
 うそ、と声が漏れかけて、慌てて表情を整える。
 今日の集まりは、そういう集まりなんだ……。
 いや、でも私は、モブだから……。多分、皇太子の婚約者になることはないんじゃないかな?
 ううん。ないはず。
 ……例えなれたとしても、王家とか皇太子妃とか怖すぎて、なりたくないし。

「サシャ、そんな風に固くなることはないわ。皆、貴方と同じ年だもの。きっと仲良くなれるわ」
 義母の手が、私の肩に触れる。
『そうね。殿下の婚約者になれなくても、ミストラル伯爵家の発展のためには、サシャにはそれ相応の相手に嫁いでもらわなければ』
 義母の本音に、私は視線を落とす。
 ティエリに幸せに暮らしてもらうためには、ミストラル伯爵家を発展させた方がいいんだ……。

 ……だけど……。
 ……好きになれた相手なら、我慢できたりするのかな?
 ううん。ティエリみたいに、本音をそのまま口に出す人なら、大丈夫なのかな?
 そんな人を、探す? 
 でも、婚約者でもない男性に触れるって、かなり問題ありのような気がする。

「サシャ? 大丈夫よ?」
『誰かに会うってことだけでこんなに不安そうにするなんて、本当に、以前とは別人みたいだわ』
 義母の声に、私は顔を上げてニコリと笑ってみせる。
「大丈夫ですわ。お義母様」
 全然大丈夫じゃないけど。
 出来たら行きたくない……。

「それなら良かったわ」
『顔色が優れないような気もするけれど、きっと緊張しているだけね。体調が悪いと言われなくてよかったわ』
 体調悪いって言えばよかった!
「それじゃあ、行きましょう」
 先に歩き出した義母に、渋々ついて行く。

 廊下にはティエリが立っていて、なぜか涙目で私を見ていた。
「ティエリ、どうかしたの?」
 義母も首を傾げる。
「僕も連れていってくれる?」
 お願い事がこれとか、叶えたくなるよね?

「ティエリ。サシャと私は、遊びに行くわけではないんですよ? 今日はお留守番をしておいて頂戴」
 だけど義母は、珍しくぴしゃりとティエリの願いを弾いた。
「お義母様、良いではありませんか」
 私は助け船を出す。
「サシャ。これは王家に正式に招待を受けたものですよ? 招待されていないティエリを連れていくわけにはいかないのよ」
 成程。それは色々難しそうだ。
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