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「お義姉様!」

 バタン、とドアを開けられて焦る。

「ティエリ、ドアを閉めて!」

 私の姿を目に入れたティエリが、慌てた様子でドアを閉めた。
 そして、部屋の中をきょろきょろと見回す。

「あれ? 着替えているのに、侍女はどこなの?」

 ティエリが首を傾げるのも尤もで、私は着替えの真っ最中。
 今日の服だと用意されたドレスの後ろのボタンがはめられずに四苦八苦しているところだった。
 
「侍女はいないの。私は私自身で着替えることにしたの」

 ティエリが目を丸くする。

「どうして?」

 少なくとも貴族女性の着ている服は、誰か人の手がないと着られない服も多い。勿論、一人で着られる服だってあるけど、私が侍女に服を自分一人で着られるようになりたいとお願いしてから、一人で簡単に着られるような服には当たったことがない。
 何となく、あの侍女に意地悪されているような気もしているけど、私がそれを訴えたところで、きっと相手にされそうにもなくて、仕方なく現状に甘んじている。

「……一人で何でもできるようにならないと、いずれ困る時が来るかもしれないじゃない?」
 
 多分、サシャの規定ルートは、学園に進学して、誰かと婚約して、結婚してこの家を出る、だと思っている。
 だけど、それこそ本音と建て前で塗り固められているだろう貴族の一員と結婚するなんて、知りたくもない本音を一方的に受け入れなきゃいけなくなる可能性が高い。
 ……耐えられる気がしない。
 そうなると、未婚でも生活していくための方法を考えないといけない。
 だって、ミストラル伯爵家に置いてもらってのんびり暮らす、なんて未来は絶対なさそうだから。
 
「侍女がいれば、困らないよ?」

 ティエリがこてんと頭を傾げる。
 私を見上げるその角度、計算尽くされてるんじゃないかと思うくらいにかわいいんですけど! 

「お義姉様?」
 
 呼ばれて我に返る。
 ティエリに見惚れてる場合じゃないらしい。

「私は自分で働いて独り立ちするのよ。この家から出たら、侍女はきっと持てないわ」

 私が想像している仕事は、侍女が雇えるほどの給金があるとは思えなかった。
 私一人で暮らすのもギリギリなんじゃないかと思う。

「どこかに行ってしまうの? 僕を置いて行かないで!」

 うるうると目を潤ませたティエリが、私にしがみついてくる。
 ……私だって、推し&癒しから離れたくはない。
 だけど、現実的に無理だろう。

「私は一人で家を出なきゃいけないのよ」
「僕がお義姉様の侍女になれば、ついて行けるよね! お義姉様のボタン、つけてあげるね!」

 自らの思い付きに目を輝かすティエリに、つい笑ってしまう。
 こんなキュートな天使が侍女だったら、きっと私はわがままを言わないと思う。
 だけど、それこそ現実的じゃない。

「ティエリはミストラル伯爵になるのよ。ダメよ」

 私の否定に、ティエリが口を尖らす。

「僕、侍女の仕事できるもん!」
「そういうことじゃなくて……」
「ボタン、つける!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて私の背中に手を伸ばすティエリに、私は苦笑しながらしゃがみ込む。
 同じくらいの高さになった私の背中に、ティエリの手が伸びてくる。

「あれ? 難しいなぁ」

 どうやら背中で手間取っているらしいティエリに、私は噴き出す。

「不器用すぎて、侍女の仕事は難しいんじゃない?」
「そんなこと……」

 スンスンと鼻を鳴らしたティエリに振り向くと、唇を噛んだ天使が、私をじっと見ていた。
 拗ねてるのもかわいいとか、本当に尊い!
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