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「サシャは、大丈夫かしら?」

 部屋に顔を出したのは、見覚えがあるようなないような女性だった。

「奥様」

 侍女がその女性に近寄ると、耳打ちする。
 どうやら、女性はミストラル伯爵夫人、らしい。
 そう分かると、見覚えがあるのは、ティエリに似ているからだ。
 私にとっては、義理の母だ。

「そう」

 義母ははは頷くと、私をじっと見つめた。
 ――穏やかな表情で、感情は全く読めない。

「サシャ、少しゆっくりおやすみなさい」

 そっと頬に手がかかる。
 ビクリ、と体が動きそうになるのを、グッとこらえる。

『本当に困った娘だわ。どれだけ迷惑を掛ければ気が済むのかしら』

 奥歯を噛みしめると、口元を上げた。

「ありがとうございます。お義母様」

 だけど、義母は一瞬驚いた表情になる。
 
「いいのよ」
『この娘がお礼を言うなんて、信じられないわ』

 その視線は、侍女に向く。
 どうやら、サシャがお礼を言うこと自体が、珍しいらしい。
 義母の視線を受けた侍女も、驚きで目が泳いでいる。
 ……サシャって、どれだけヒドイ子だったんだ……。

「あ、ティエリ。サシャは体調がすぐれないのよ。部屋に戻りましょう?」
『次期伯爵家を継ぐのは、このティエリなのよ。この娘から守らなければ。血のつながりがないから、余計に……』
「え?」
 
 義母の手が離れる直前に流れ込んできた予想外の情報に、声が漏れる。
 あれ?
 ティエリは父の子供じゃないんだっけ?
 ゲームの情報だけじゃ、全くわからなかった。

「サシャ、どうかしたのかしら?」
「いいえ……」
「お義姉様だって、嫌なんだよ! 僕は、お義姉様と一緒にいるんだ!」

 連れて帰られそうなことにムッとしたティエリが駄々をこねている。
 その表情も、ただただかわいいだけで、ほおが緩む。

「サシャも困っているわ」
「大丈夫です」

 そのままニコリと義母に笑いかければ、義母の目が丸くなる。
 ……サシャよ。一体どんな態度取ってたわけ?

「ティエリ、ダメよ」

 それでも母親に強く言われて、ティエリは渋々立ち上がる。

「お義姉様、また来るね?」

 かわいく首を傾げられて、ダメって言えるわけがない!

「ええ。また来て」
「ゆっくり休みなさい」
 
 ティエリが口をとがらせながら、義母と一緒に部屋を出ていく。
 パタン、と扉が閉まると、自然に息が漏れた。
 義母にも嫌われていること確定、か。
 ……実の父親からも、嫌われてるのかな……。
 情報元である侍女をちらりと見ると、侍女がびくりと体を固くした。

 ……どれだけ警戒されてるんでしょうか。
 身から出た錆、なんだろうけど……。
 沙耶には記憶にないところだから、腑に落ちないけど、これが設定なんだから、この設定の上で生きていかなきゃいけないわけで。
 ただ、この転生チートみたいなのは……いらなかったかな……。

「お嬢様、何か?」 
 
 とりあえず、体に触れられないで済むようにしないと、毎日が苦行でしかない。
 ということは、まずは、服の脱ぎ着とか身の回りのことを一人でできるようにならないと。
 
「お願いがあるんだけど」

 どうして、お願いしただけで侍女の顔が引きつるのかな。
 サシャって……。
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