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「紗耶先輩、大丈夫ですか?」
帰ろうとエントランスを通り抜けようとしたら、隣に並んだ後輩の大浦君に声を掛けられて、私は首をかしげる。
「何が?」
昨日元カレの浮気が……いや、既に別れていたことになっていたことが発覚したのは間違いないけれど。
元カレと職場は違うし、まだ誰にもこのことを告げていないのだから、それが大浦君の耳に入るわけもない。
「顔色悪いですよ。寝不足ですか?」
ズバリ言い当てられて、ドキリとする。
未練はない、はずだったのに、昨日は全く眠れなかった。
それでも、10年培ってきた社会人スキルで、誰にもバレてなかったのに。
今日顔をあわせた同僚たちには、「いつも元気だな」って言われてた、のに。
「……いや」
それでも、違うと私は首をふった。
「絶対顔色悪いですって。……倒れたら大変ですし、家まで送ります」
持ち前の優しさを発揮しようとした大浦君に慌てる。
大浦君は、困っている人を見たら声をかけずにいられない質なのだ。
会社の近くの横断歩道でおばあちゃんの手を引いていたり、最寄り駅の階段でベビーカーを運ぶ姿を度々目にしたことがあるから、それは間違いのないことだ。
「気のせいだよ。大丈夫だって」
私は身につけた笑顔を貼り付けた。
黙り込んだ大浦君がため息をつく。
「先輩無理しないでください」
「無理してないって。じゃ、私用事あるから。また来週」
駅に向かうと、必然的に大浦君と一緒になるし、きっと家まで送ると言い張るだろうと思って、いつもと逆方向に歩き出した。
背中に視線を感じる。
本当に、大浦君は優しいんだ。
私が仕事で凹んでるときに、そっとチョコレートくれたりする。
大浦君が入社して6年、そんなちょっとしたことに癒されたことはいくらもある。
だからこそ、こんな下らない失恋の話で心配させたくなかった。
私は視線から気を逸らすためにスマホを取り出す。
「あ」
いつもやっている乙女ゲームのアイコンにお知らせのマークがついていて、そそくさと開く。
「やった! 新しいイベント追加されてる!」
最近始めた『ヴィダル学園の恋人』は、大地との連絡が途切れた時に、目に入ってきたスチルを見て、絵が好みだったから、勢いで始めたゲームだ。
実は、乙女ゲームをやったことって、今までなかった。
実際彼氏はそれなりに途切れずにいたし、乙女ゲームにハマる理由すら、理解できなかった。
でも、今なら理解できる。
推しは正義だ!
ゲームの中は、言われたこと、選んだ言葉が全て。
推しからの甘い言葉を素直に受け取るだけでいい。
大地だって、もっと前にハッキリ言ってくれれば良かったのに。
言われなきゃ、本音なんかわかるはずないのに。
――もう今となっては、乙女ゲームの世界の中でだけ恋愛するでもいいかもしれない。
推しであるティエリ様のことに思いをはせて、私は頷く。
アプリのアイコンをタップした瞬間、近くでクラクションが聞こえる。
顔を向けると、車が勢いよく私に向かってきていた。
「沙耶先輩!」
最後に聞こえたのは、心配させたくなかったはずの大浦君の叫ぶ声だった。
*
「……じょうさま! サシャお嬢様!」
近くで聞こえる声に、私はゆっくり瞼を開く。
目の前には、レースがたっぷりとあしらわれた天蓋が見える。
「サシャお嬢様!」
私の顔を覗き込んだのは、赤毛でヘーゼル色の瞳を持った色白の若い女性だった。
――どう見ても、日本人じゃなかった。
帰ろうとエントランスを通り抜けようとしたら、隣に並んだ後輩の大浦君に声を掛けられて、私は首をかしげる。
「何が?」
昨日元カレの浮気が……いや、既に別れていたことになっていたことが発覚したのは間違いないけれど。
元カレと職場は違うし、まだ誰にもこのことを告げていないのだから、それが大浦君の耳に入るわけもない。
「顔色悪いですよ。寝不足ですか?」
ズバリ言い当てられて、ドキリとする。
未練はない、はずだったのに、昨日は全く眠れなかった。
それでも、10年培ってきた社会人スキルで、誰にもバレてなかったのに。
今日顔をあわせた同僚たちには、「いつも元気だな」って言われてた、のに。
「……いや」
それでも、違うと私は首をふった。
「絶対顔色悪いですって。……倒れたら大変ですし、家まで送ります」
持ち前の優しさを発揮しようとした大浦君に慌てる。
大浦君は、困っている人を見たら声をかけずにいられない質なのだ。
会社の近くの横断歩道でおばあちゃんの手を引いていたり、最寄り駅の階段でベビーカーを運ぶ姿を度々目にしたことがあるから、それは間違いのないことだ。
「気のせいだよ。大丈夫だって」
私は身につけた笑顔を貼り付けた。
黙り込んだ大浦君がため息をつく。
「先輩無理しないでください」
「無理してないって。じゃ、私用事あるから。また来週」
駅に向かうと、必然的に大浦君と一緒になるし、きっと家まで送ると言い張るだろうと思って、いつもと逆方向に歩き出した。
背中に視線を感じる。
本当に、大浦君は優しいんだ。
私が仕事で凹んでるときに、そっとチョコレートくれたりする。
大浦君が入社して6年、そんなちょっとしたことに癒されたことはいくらもある。
だからこそ、こんな下らない失恋の話で心配させたくなかった。
私は視線から気を逸らすためにスマホを取り出す。
「あ」
いつもやっている乙女ゲームのアイコンにお知らせのマークがついていて、そそくさと開く。
「やった! 新しいイベント追加されてる!」
最近始めた『ヴィダル学園の恋人』は、大地との連絡が途切れた時に、目に入ってきたスチルを見て、絵が好みだったから、勢いで始めたゲームだ。
実は、乙女ゲームをやったことって、今までなかった。
実際彼氏はそれなりに途切れずにいたし、乙女ゲームにハマる理由すら、理解できなかった。
でも、今なら理解できる。
推しは正義だ!
ゲームの中は、言われたこと、選んだ言葉が全て。
推しからの甘い言葉を素直に受け取るだけでいい。
大地だって、もっと前にハッキリ言ってくれれば良かったのに。
言われなきゃ、本音なんかわかるはずないのに。
――もう今となっては、乙女ゲームの世界の中でだけ恋愛するでもいいかもしれない。
推しであるティエリ様のことに思いをはせて、私は頷く。
アプリのアイコンをタップした瞬間、近くでクラクションが聞こえる。
顔を向けると、車が勢いよく私に向かってきていた。
「沙耶先輩!」
最後に聞こえたのは、心配させたくなかったはずの大浦君の叫ぶ声だった。
*
「……じょうさま! サシャお嬢様!」
近くで聞こえる声に、私はゆっくり瞼を開く。
目の前には、レースがたっぷりとあしらわれた天蓋が見える。
「サシャお嬢様!」
私の顔を覗き込んだのは、赤毛でヘーゼル色の瞳を持った色白の若い女性だった。
――どう見ても、日本人じゃなかった。
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