上 下
46 / 50

だから⑨

しおりを挟む
「ファビアン」

 ただただ横になっていると、すっかり忘れたと思っていた声に起こされる。

「寝ていたんですか」

 瞼を開いた私は、ワルテをギロッと睨みつける。

「やることもないのに、何をしておけと言うんだ!」

 ワルテが肩をすくめた。

「本を読む時間が沢山出来たでしょう?」

 瞬間的にカッとする。

「私が本を読むのが嫌いだと知っていて言っているのか!?」

 知っているはずなのに、嫌味しか言わないのか!

「お前さえ帰ってこなければ!」

 ワルテさえいなければ、きっと私はこんなところに幽閉されることもなかったはずだ。
 唯一の存在のはずなんだから。 

「くだらないことを言いますね。私がいようがいまいが、同じ道をたどったんじゃないですか」
「そんなことはない! 私はノエリアの言う理想的な国王になれるはずだったんだ!」

 ワルテがため息をついて首を横に振った。

「理想的な国王、ですか。しかも、ノエリア嬢の言う、ね……」

 私はハッと息をのむ。

「ノエリアはどうしている!?」

 時間の経過も忘れていたが、ノエリアのことを忘れていたわけじゃない。今だけ、ちょっと頭の中から抜けていただけだ。眠る前には、ノエリアのことを考えていたのに。
 そうだ。起こしたのがワルテだったから、気に障ったせいだ!

「知りたいのですか?」
「当然だ! 私の最愛なのだから!」
「彼女のせいで、あなたはこの国をカッセル王国に売り渡す真似をするところだったんですよ?」
「ノエリアの考えでは、そんなことにはならない! むしろ、我が国の後ろ盾になってくれると!」

 いや、ノエリアが言ったのではなかったか? いや、ノエリアが言ったことにしよう!
 そうすれば、ノエリアも一目置かれるはず。
 だが、ワルテが眉を寄せた。

「どういうことですか? 私にはちょっと理解できないんですが」

 私は、ふ、と鼻で笑ってしまった。
 やはり、ワルテは王の器ではないのだ。

「わからないのか? バール王国に対抗する力を、我が国が持てるということだよ!」
「……わかりたくもありませんけど……」

 ワルテが目をすがめる。
 きっと、私の王の器に嫉妬しているに違いない!

「このアイデアが素晴らしすぎて、驚いているんだろう?!」
「……ノエリア嬢に会いたいんでしょうか?」

 なぜ、急に話が変わった?
 まあいい。

「ああ。そんなこと当然だ。聞くまでもないだろう!」
「では、会わせてあげましょう」
「今すぐ会わせろ!」

 ワルテが首を横に振った。

「今ではありません。明日、会わせましょう」
「本当か!?」
「ええ。ただ、約束があります」
「約束?」

 私が首を傾げると、ワルテが頷いた。

「ノエリア嬢には会わせますので、そのために縄を切ってほしいのです」
「縄? なんだ。縄を切るだけでいいのか? 構わない。いくらでも切ろう」

 私の返事に、ワルテがホッと息をつく。
 一体、縄を切るのが何だと言うのだ。

「やりたがる者はおりませんので、私としても助かります」
「ただ縄を切るだけだろう?」
「ええ。切るだけです。ただ、勇気と決断が必要なものですから、やりたがる者が出てきません」

 ワルテの説明は十分理解できなかったが、勇気と決断が必要なもの、というくだりは気に入った。

「なるほど。それは、私以外に適任はおるまい」
「それは、間違いないかと」

 ワルテが即座に頷く。

「私は、ワルテを誤解していたようだ」
「そうですか」

 ワルテが苦笑している。
 まあいい。
 私が国王になったら、それなりにいいポジションには着けてやろう。

「私の側近として使おう」

 私の言葉に、ワルテがゆっくりと首を振る。

「私は私のやるべきことがありますので」

 なんだ。案外欲はないのだな。

「それでは、失礼します」
「……おい、私の幽閉は解けないのか!?」

 明日、一仕事する人間を、ここに置いたままにするのか?!

「それは、私の一存ではできませんので」

 そうか。ワルテは結局、一介の貴族。
 私は王族。
 決められるのは、父上だけか。

「それもそうだな」

 きっと、私の今まで行ったことが、この国のためだと認められるはずだ。
 それに、明日私に任された仕事をやり遂げれば、きっと国王としてふさわしいと、皆が認めてくれるはず。
 だから、明日になれば、私とノエリアはまた一緒に、未来を描けるはずだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

追放令嬢、ルビイの小さな魔石店 〜婚約破棄され、身内にも見捨てられた元伯爵令嬢は王子に溺愛される〜

ごどめ
恋愛
 魔石師という特殊な力を持つ家系の伯爵令嬢であるルフィーリアは、デビュタントを数日後に控えたとある日、婚約者であるガウェイン第一王子殿下に婚約破棄を申し渡されてしまう。  その隣には義理の妹のカタリナが不敵な笑みを浮かべていた。そして身に覚えのない罪を突きつけられ、王宮から追い出されてしまう。  仕方なく家に戻ったルビイは、実の両親にも同じく見知らぬ理由で断罪され、勘当され、ついには家からも追放されてしまった。  行くあての無いルフィーリアを救ったのは一人の商会を営む貴族令息であるシルヴァ・オルブライト。彼はルフィーリアの不思議な力を見て「共にガウェインに目に物を見せてやらないか」と誘う。  シルヴァはルフィーリアの力を見抜き、彼女をオルブライト商会へと引き込んだ。     それから月日を重ね、ルフィーリアの噂が広まりだした頃。再びガウェイン第一王子はルフィーリアの元へ訪れる。ルフィーリアは毅然とした態度でガウェインからの誘いを断った。しかし今後のルフィーリアの身を案じたシルヴァは彼女を王都の舞踏会へと誘い、そこで彼女はオルブライトの正式な婚約者である事を謳い、妙なちょっかいを出されないように釘を刺すと言った。だが、その舞踏会には様々な思惑が交錯しており……。 ※この作品は小説家になろう様にも投稿しております。

全てを諦めた令嬢の幸福

セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。 諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。 ※途中シリアスな話もあります。

聖女の力は使いたくありません!

三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。 ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの? 昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに! どうしてこうなったのか、誰か教えて! ※アルファポリスのみの公開です。

婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

もふきゅな
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

処理中です...