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だから④

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「はい。確かにその話を、ガンス男爵にしたことはあります……ですが……」

 目の前に跪く商人は、困ったように私を見る。

「だが、何だ?」
「……他の黄みがかったドレスで代用してはいかがでしょうか?」

 商人は明らかに言葉を飲み込んで、新しい提案をしてきた。

「その生地には何か問題があるのか? 犯罪に絡むのではないだろうな?」

 私の鋭い視線に、商人が慌てて首を横に振る。

「いいえ! 滅相もございません! その布地は、その者たちが精魂を込めて織りあげているそれはそれは素晴らしい品だと聞いております! 決して犯罪などと関係しているものではありません!」

 その言葉に、嘘は見つけられなかった。
 
「犯罪に関係ない? ならば、なぜ他の生地をすすめるのだ?」

 私の追及に、商人が目を伏せた。

「どんな理由であろうとも、責めはせぬ。言うがよい」
「ファビアン様は、決して怒ることはありませんわ。大丈夫よ」

 私の隣にいるノエリアが商人に優しく告げる。
 私はノエリアの声に頷く。
 そうだ。私は、寛容な次期国王だ。
 当然、ノエリアを侮辱するクリスティアーヌを除くが。
 商人が、小さく息を吐いて口を開いた。

「失礼を承知で申し上げます。金糸を使ったドレスは、とても貴重品です。その費用は、普通の貴族家では簡単に用意できるような金額ではありません。当然、王家であれば、用意はできるんでしょう。ですが……ファビアン殿下の一存で用意できる金額かどうか……」

 予想以上に費用が掛かると言われて、流石に躊躇する。
 私は確かに次期国王ではあるが、それほどの費用を勝手に使うのは流石に、二つ返事はできない。
 黙り込む私に、商人が頷く。

「ドゥメルグ公爵家でも、その費用の高さに、その生地でのドレス作成は断念したと、小耳にはさんだことがあります」
「何? ドゥメルグ公爵家が?」

 ドゥメルグ公爵は、クリスティアーヌの父親だ。
 商人が私を伺うように口を開く。

「卒業パーティーで、着る予定のドレスとして注文するつもりだったようです」

 その言葉に、私の隣のノエリアが、ピクリと反応する。
 クリスティアーヌが、金色のドレスを?
 ……ノエリアの夢を、クリスティアーヌが奪うところだったのか?

 私が険しい顔をしたことに気づいたらしい商人が、また慌てる。

「ドゥメルグ公爵家ですら、その予算を捻出できなかったという話ですので! 参考になればと思いつい口にしてしまいましたが、余計なことを申し上げてしまいました! 申し訳ございません!」
「いや。気にするな。むしろ、断念したという話が聞けて、良かった」

 私は寛容な人間だ。クリスティアーヌ以外には、な。
 クリスティアーヌも、ドレスと同様、私自身のことも諦めて欲しいものだがな。
 わざわざ、卒業パーティーに私の瞳と同じ色のドレスを用意しようとするくらいだ。簡単には諦めてくれないんだろう。
 だから、ノエリアがその金色のドレスを着る意味は、更に重くなる。
 だが……。
 私は隣のノエリアを見る。
 ノエリアは哀しそうな表情で目を伏せている。
 きっと、夢が叶えられないと、悲しんでいるんだろう。
 だが……。
 いつも学院長に、そのアイデアは王国の議会で披露してみては、と言われるくらいのアイデアが浮かんでくるのに、今は全然何も浮かばない。
 解決策が思い浮かばなくて、私はつい大きなため息をついた。
 
「ファビアン殿下は、そのドレスをノエリア様にプレゼントしたいのですね?」

 おもむろに尋ねてきた商人に、私は視線を向ける。

「ああ。私の瞳と同じ色のドレスを着たいという、ノエリアの夢を叶えたい。だが……」
「一つだけ、策があるやもしれません」

 商人の言葉に、私は即座に反応する。

「なんだ?」
「私の知るある豪商が、カッセル王国との交易の手を広げたいと考えておられるのです。その拠点として、国境近くに立つルロワ城を譲り受けることができないかと、おっしゃっていることがありまして」
「ルロワ城? ……なぜあんな古びた城を? 豪商であれば、いくらでも建物など用意できよう?」

 ルロワ城は、この王城が建つよりももっと前に作られた古城だ。昔は末端の王族などが暮らしていたこともあったが、今は王族は誰もそこにはおらず、王族騎士団の一団が拠点として使っていると聞く。
 
 私が首を傾げると、商人が肩をすくめる。

「豪商ともなれば、お金の使い方ひとつとっても、私たちのような末端の商人よりも細かいのです。ですから、すでにあるものを活用することで、お金を減らさない工夫など、色々しているようで。私も見習わなければ、と思うのですが、なかなか上手くは行きません」

 商人の告げた理由に、なるほどな、と頷く。

「だからこそ、豪商になりえた、ということか」
「そうでございましょうね。それと……」

 商人が意味ありげに私を見つめる。

「なんだ?」
「これについては、大変申し上げにくいことなのですが、その豪商がルロワ城を手に入れたいと言っていた最大の理由は他にありまして」
「……なんだ。申してみよ」
「ファビアン殿下は、ルロワ城のことを庶民たちが何と言っているか、ご存じですか?」
「いや、知らぬ。……ノエリアは知っているのか?」

 庶子であるノエリアならば知っているかと尋ねれば、ノエリアが困ったように目を伏せた。

「……はい。存じております」
「何と言われているのだ?」
「狼藉者の掃き溜めと言われております」

 商人の口から告げられた言葉に、驚く。

「ろう……ぜき者の……はき……だめ?」
「はい。騎士団の中で、王都では目に余る人間が、ルロワ城に送られる、と聞いております。実際、ルロワ城の周辺住民たちは、ルロワ城の騎士団を恐れて近寄りもしないと」
「つまり、騎士団で必要のない人間をルロワ城に送っている、ということか?」

 私の視線に、商人が目を合わせたまま頷く。

「はい。ですから、その豪商は、歴史あるルロワ城がそのような使い方をされるのが哀しいと。せめてルロワ城を健全に使用してほしいと。それで、拠点として王家の言い値でルロワ城を買い取っても構わない、と言っておられました」
 
 商人の真剣な目に、私は目を伏せて首を振った。

「ルロワ城がそのような処遇になっていたとは、知らなかった。古びた城とは言え、あれも王家の持ち物。ましてや、近隣住民をおびえさせるとは、次期国王としては黙ってみてはおれぬ。……だが……」
「ルロワ城を譲るのに、何か懸念がありますでしょうか?」

 商人の質問に、私はどうするか迷う。
 だが、ここまで正直に色々と告げてくれた商人ならば、私の困りごとも何かいい案を出してくれるかもしれない。
 私は、思い切って口を開く。

「実は、騎士団長が苦手でな。ルロワ城の件、騎士団長に話を通さないわけにもいかぬだろう?」

 私の言葉に、商人が不思議そうに首を傾げた。

「どうして王家の持ち物であるルロワ城のことについて、騎士団長に許可を求める必要があるのです? ファビアン殿下は、次期国王であらせられます。つまり、実質国王と同じこと。国のために、王家のためになることを、ファビアン殿下が躊躇する必要があるのです?」
「そうですわ! ファビアン殿下のご決断が早ければ早いほど、ルロワ城の周辺住民のためになるのです! すぐにご決断を!」

 商人の言葉に、ノエリアが大きく頷く。
 ……確かに、そうかもしれない。
 そもそも、私は次期国王。いや、もう実質国王と言って差し支えない立場だ。
 王族の持ち物であるルロワ城を、あの古びた城を、大切に使いたいと言ってくれる人間に譲るくらい、許されるだろう。しかも、狼藉者の集まりである辺境にいる騎士団を解散もできるのだ。
 誰も、困りはしない。
 今こそ、王としての決断力が試されているのかもしれない。

「わかった。その豪商を紹介してくれ」

 私は、次期国王だ。
 だから、間違った決断をするわけにはいかない。
 ……間違っていない、はずだ。
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