上 下
37 / 50

ならば⑮

しおりを挟む
 夢、じゃなかったの?!
 目が覚めても、黴臭いままじゃない!
 ……これも、夢の中?
 それにしたって、ひどいわ!
 この冷たさは……現実なの?
 
 ……混乱してきたわ。

 私……私は、ノエリア=ガンス男爵令嬢。
 えーっと……なのにどうして市井で暮らしていたのかしら?
 あ。この可愛らしさのために、目をつけられて幼い頃屋敷から誘拐されてしまって市井にいたところを、大きくなってきてからお父様が見つけ出してくれて、救ってくれたの!
 そうよ、そうだったわ!
 だから、私はれっきとした貴族令嬢よ!

 それで……ファビアン殿下に見初められて、でも、ファビアン殿下にはクリスティアーヌ様っていう意地悪な婚約者がいたから、ファビアン殿下は婚約破棄をしようとしたのよ……。
 それで、それで……。
 婚約破棄の場に国王陛下とレナルド殿下が来て、クリスティアーヌ様の悪事が明らかになるはずだったのに……。
 なぜかクリスティアーヌ様の口車にのせられて、私が悪者にされたの!
 ファビアン殿下と私の両親まで!
 そうよ、そうだったわ!

 どうして、私がこんな黴臭い場所に置かれなければならないの?!
 ファビアン殿下もいないし、私の両親たちとも離れ離れになってしまったし。
 私、どうなってしまうのかしら?!

 それに、どうして、私が、クリスティアーヌ様に負けなきゃいけないの!?
 国王陛下もレナルド殿下も、きっと何かおかしなものを食べさせられてしまったのよ! 
 ファビアン殿下も、クリスティアーヌ様より、私の方がずっとずっと王妃に向いているって言ってたのに!
 クリスティアーヌ様は、私にとっては害にしかならないの。
 だから、色々と演出したのに! どうして、クリスティアーヌ様じゃなくて、私がこんな風に牢に入らなければならないの?!

 カツカツカツと薄暗い中に靴音が響く。
 
 ! きっと、私だけ許されたんだわ!

 私は期待を胸に牢の中で立ち上がると、格子に近寄る。あくまで、期待していない風に。だって、がっつくなんて、はしたないわ!

 ほら! やっぱりそうだわ!

 だって、牢の前に立っているのは、レナルド殿下だもの!
 きっと、あれは、レナルド殿下の一時の気の迷い。悪いのはすべてクリスティアーヌ様だって、理解されたのよ!

「君……」
「ノエリアと呼んでくださって構いませんわ。愛し合っているのだもの」

 私の声は高く跳ねる。ああ、しまったわ。つい心の声が駄々洩れになってしまったわ。
 だって、だって、噂に聞いていた、薔薇の君が、私をじっと見ているんだもの。誰だって心が躍ってしまうでしょう?

 レナルド殿下が息をのむ。
 きっと、私のすばらしさに、言葉が出なくなってしまったのね!

「レナルド殿下?」

 ここから出してくださるんでしょう?
 早く、熱いキスがしたいわ。
 ……ファビアン殿下より、レナルド殿下の方が、やっぱりいいわ! レナルド殿下の方が、何十倍、いえ、何千倍も素敵だもの!
 クリスティアーヌ様がファビアン殿下に言っていたことは本当に的を射ているわ。でも、私だって仕方がなかったのよ。選択肢がファビアン殿下しかいなかったのだもの。

「私の名を呼ばないでくれるかな。不愉快だ」

 あら。レナルド殿下、照れていらっしゃるのね。
 ふふふ。かわいらしいわ。

「あなた、と呼べばいいかしら?」

 レナルド殿下が目を見開く。
 ほら、正解だわ! レナルド殿下、案外古風なのね。

「話が通じないとは聞いていたが、ここまでとは……」

 レナルド殿下が首を横に振る。
 ふふふ。恥ずかしいのを隠しているのね。別に隠さなくともいいのに。

「あなた、それで何かしら?」

 レナルド殿下が真剣な顔で私を睨みつける。
 あ! もしかしてあのことを責められてしまうのかしら!

「申し訳ございません! あのことは、仕方がなかったのです!」

 レナルド殿下が眉を寄せる。視線が揺れている。
 そうよね。何よりも謝罪が先よね。
 でも、仕方がなかったって、きっとわかってもらえるわ。

「一応確認するが、あのこと、とは?」
「ファビアン殿下と婚約するとの話は、ファビアン殿下から脅されてしまったからなんです! 私は、昔からレナルド殿下をお慕いしておりました。でも、ファビアン殿下が無理に……」

 私は得意の嘘泣きで泣き崩れる。
 ……これで、レナルド殿下も大丈夫。

「ファビアン殿から聞いた話とは、全然違っている」

 呆れた声のレナルド殿下に、私は勝利を確信する。
 ほら、私はこれで、レナルド殿下の婚約者に決定よ!

「「そうですね」」

 重なる男女の声に私は顔を上げる。
 あら、あなたたち、誰?
 見覚えがない男女の二人組ですけれど……?
 正装を着ているってことは、あのパーティーの参加者かしら?
 ごめんなさい。その他大勢には興味はなくてよ?

「どうするかは、ゼビナ王国に任せるしかないでしょうが、非常に不快です」

 レナルド殿下、その他大勢の方がいらっしゃって、不快になっておられるのね。
 そうよね。私と二人っきりがいいわよね。

「大変申し訳ございません」

 男女二人が頭を下げる。あら、悪いことがわかっているなら、さっさと二人きりにしてくれないかしら?

「この虚言癖により、国が乱されたことは間違いがありません。極刑に処す予定です」

 見知らぬ男性がそう告げた。
 あら、誰が亡くなるのかしら? この二人? でも、他人事みたいだわ?

「二度とクリスティアーヌ嬢の前に顔を出さなければ、どうなろうと興味はありませんが」

 レナルド殿下がちらりと私に視線を向けると、また二人に視線を戻した。
 他の人がいるから、私に視線を向けさせないようにしているのね?
 でも、私のことが気になって仕方がないんだわ。
 仕方のない方。ふふ。
 早く、二人きりにさせてくれないかしら?

「クリスティアーヌ嬢が心を痛めないようにだけ、気を配ってほしい」
「「当然です」」

 レナルド殿下は、本当に心根も素晴らしい方だわ。
 私に心変わりしてしまったことを、クリスティアーヌ様が嘆き悲しむことにも気遣うなんて。

 カツカツカツ、と3つの足音が去っていく。
 あら?
 どうして、3人ともいなくなるのかしら?
 
「レ……あなた!」

「……”あなた”って、どういうことですか、レナルド殿下」
「私だって意味が分からないんだよ、ワルテ殿」
「あの女の話していることで意味が分かることがあるわけないじゃないですか」
「そうだね。マリルー」

 遠ざかる会話の意味が分からないわ。
 あ、ワルテ殿って、新しい皇太子になる予定の方?!
 しまったわ! きちんと見なかったわ。
 レナルド殿下とどっちが素敵なのかしら?!
 ……どうして、私はここから出してもらえなかったのかしら?
 あ。
 まだレナルド殿下とワルテ殿下、どちらが私を妃にするのか、決まってないからなんだわ。

 だから、私をこんなところに置いているのを二人は忘れてしまっているんだわ!
 私って、二人、いや三人もの殿方を狂わせてしまうような、稀代の存在なのね。

 あ!
 私がここにいる理由がわかったわ!
 私を他の令嬢たちからの嫉妬から守るために、わざとこんなところに置いているんだわ!

 ならば、二人の争いに決着がついて、私の婚約者が決まるまで、待っておくしかないわね。 

 完  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢がキレる時

リオール
恋愛
この世に悪がはびこるとき ざまぁしてみせましょ 悪役令嬢の名にかけて! ======== ※主人公(ヒロイン)は口が悪いです。 あらかじめご承知おき下さい 突発で書きました。 4話完結です。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

(完結)婚約破棄されたのになぜか私のファンクラブが結成されました。なお王子様が私のファンクラブ会長を務められています

しまうま弁当
恋愛
リンゼは婚約相手であるチャールズから突然婚約破棄を伝えられた。チャールズはリンゼが地味で華がないからという無茶苦茶な理由で婚約破棄を一方的に行い、新しい婚約者のセシルと共にゴブリンイカ女と酷い言葉でリンゼを罵るのだった。リンゼは泣く泣く実家へと戻ったのだが、次の日ドルチェス王子をはじめとしたたくさんの人々がリンゼを心配してリンゼの屋敷に駆けつけたのだった。そしてドルチェス王子をはじめとする駆けつけた人々から次々にリンゼへの愛の告白を行われ、ドルチェス王子が会長を務めるリンゼ熱烈ファンクラブが結成されたのだった。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

【完結】まだ、今じゃない

蒼村 咲
恋愛
ずっと好きだった幼馴染に告白したい──そんな理由で恋人・平田悠一から突然別れを切り出された和泉由佳。 ところが、別れ話はそれで終わりではなかった。 なんとその告白がうまくいかなかったときには、またよりを戻してほしいというのだ。 とんでもない要求に由佳は──…。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

築地シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

処理中です...