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ならば⑪

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 そうだわ。気を取られているわけにはいかないんだったわ。
 ……まさか、レナルド殿下がいらっしゃるとは思わなかったけれど、今が、正念場なのだから。

「レナルド殿下、クリスティアーヌ様の表の姿に惑わされてはいけませんわ!」

 私はまた叫んだ。
 もう私は始めてしまったから、終わらせるわけにはいかないの。
 戸惑った表情のファビアン殿下も、慌てたようにうなずいた。

「レナルド殿、クリスティアーヌ嬢に騙されてはいけません!」

 クリスティアーヌ様の前で足を止めたレナルド殿下が、肩をすくめた。

「ファビアン殿、あなたこそ、そのノエリア嬢に騙されてはいけないと思うが」

 ……まさか。
 いいえ! 気づかれているはずなどないわ!
 今まで、順調にことは進んでいるのですから。

「いくらレナルド殿とはいえ、ノエリアを侮辱するなど!」
 
 顔を赤くして、それでも一応怒りのトーンを抑えたファビアン殿下に、レナルド殿下が呆れたように肩をすくめた。

「ファビアン殿が誰を信じようが構わないが、クリスティアーヌ嬢との婚約を破棄すると言った言葉に、嘘はないのかな?」

 話題を変えられたことに一瞬むっとしたファビアン殿下は、それでもすぐにうなずいた。

「嘘などありえない! 私はクリスティアーヌ嬢との婚約を破棄し、クリスティアーヌ嬢を国外追放することを宣言する!」

 レナルド殿下は頷くと、クリスティアーヌ様の左手を取り、その前に跪いた。
 会場が騒然となる。
 私は、目の前の光景が信じられなかった。
 嘘よ! 嘘よ! 私の王子様が、そんなことをするなんて、嘘よ!

「クリスティアーヌ = ドゥメルグ嬢、私、レナルド = バールの妻となってほしい」

 クリスティアーヌ様を見上げるレナルド殿下の強い視線に、私は息をのむ。
 信じられない! 信じられない! 信じられない!

「どうして、クリスティアーヌ様なの! 私の方がレナルド殿下にふさわしいわ!」

 気が付いたら、叫んでしまっていた。
 ああ……、いけない。
 私はやり遂げなければいけないのに。

「あの……」

 クリスティアーヌ様が困ったような表情でレナルド殿下を見ていた。

「クリスティアーヌ嬢、いや、クリスティアーヌ。私では、ダメかな?」

 不安そうなレナルド殿下の表情に、クリスティアーヌ様が目を伏せる。

「レナルド殿下は素晴らしい殿方ですわ。……ですが、私はこの国が滅びていかないよう、力を尽くしたいのです」

 クリスティアーヌ様を見つめるレナルド殿下は困ったように笑っている。
 ……間違いなく、クリスティアーヌ様は、貴族の鑑なんだわ。
 だけど、私の正義は、そこにはないから。
 私が口を開こうとした瞬間、ファビアン殿下の叫び声が響く。

「何を言っているんだ! クリスティアーヌ嬢、いや、この女はもう我が国の人間ではない! こんな女に求婚する……」
「ファビアン、待て!」

 ファビアン殿下の声を遮る低い声が、会場に響く。
 体格の良い体を揺らしながら走りこんでくる国王陛下の姿に、会場がざわめく。
 ……え? 国王陛下?
 本当に来るのね。
 これでは、話がうまく進まなくなってしまうわ。どうしよう!
 
「父上、なぜ止めるのです! 私は、レナルド殿下に忠告をしているのです!」
「待て!」
「こんな女に求婚するなんて、バカだ、頭がおかしいと、言っているだけではありませんか!」
「待てー!!! 言うなと言っただろう!」

 はーはー、と息を切らす国王陛下が、崩れ落ちる。
 ……え? レナルド殿下をバカって言いました?
 バカなのは、自分でしょう!? 何を言っているの?!
 国王陛下の後ろから追いかけて来ていた大臣たちが、国王陛下を支え立ち上がらせる。

「父上! なぜ、言ってはダメなのです!? 本当のことです!」

 顔をしかめて首を横に振るファビアン殿下を見るために顔を上げた国王陛下の顔は、真っ青だった。
 ……なぜ、国王陛下はこんなに怯えているのかしら?

「……大変申し訳ありません。レナルド殿下」

 膝をつき頭を下げる国王陛下に、皆が息をのむ。当然、私もだ。
 だけど、私は表面上、何も感じていないように振る舞う。
 冷静に考えなければ!
 私はこれから何をすべきなの?!
 それでも何も考えていなさそうにのほほんとしているファビアン殿下にイライラする。
 レナルド殿下はクリスティアーヌ様から手を離して立ち上がると、国王陛下に体を向けた。

「ゼビア国王。跪く必要はありません」

 淡々としたレナルド殿下の声に、国王陛下がゆっくりと立ち上がる。

「ファビアンの処分は、私に任せていただけないでしょうか」

 国王陛下の言葉に、会場がざわめく。
 目を見開いた私は、キョロキョロと会場を見回す。
 誰か、この状況を変えて!
 私たちの計画は、万全だったはずなのに!
 あと少しなのよ!
 私が勝つの!

「どうしてファビアン殿下が処分されなければならないのです!」

 私は叫んだ。
 ファビアン殿下が失脚したら、私まで責任を負わされて、計画が滞ってしまうわ!
 そんなの、ダメよ!
 私が勝つのよ!

「嫌だわ、ノエリア様。流石、1年前まで庶子だっただけはあるわね。レナルド殿下の立場を、理解されていないのね」

 クリスティアーヌ様、レナルド殿下の前で恥をかかせないで!
 あまりの悔しさに、ファビアン殿下に駆け寄ってしがみつく。
 私はただの庶民だもの! わかるわけがないわ!
 だけど、私は私のためにやるしかないの!
 ファビアン殿下! 今くらい役に立ちなさいよ!
 私の気持ちが通じたのか、ファビアン殿下が口を開いた。
 
「ほ、ほら、レナルド殿、これがこの女の、本当の姿だ!」
「ファビアン、ノエリア嬢、口を慎め!」

 国王陛下が、凄みのある声でファビアン殿下を一喝した。
 口をパクパクしたファビアン殿下は、ぶすりと口を閉じた。……本当に、皇太子としての自覚があるのかしら。
 ……ないから、こんな風になってしまったんだったわ。
 ……私はもうおしまいなの? 
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