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番外編⑦
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「ファビアン」
格子の向こうの、それでも立派なベッドに横になる姿にため息が出る。
……こうなった理由を考えてはくれないのだろうか。
「寝ていたんですか」
瞼を開いたファビアンの目が、私をギロッと睨みつける。
「やることもないのに、何をしておけと言うんだ!」
やることもないのに、か。
私は肩をすくめた。
「本を読む時間が沢山出来たでしょう?」
今まで本を読むことなんてしないでいた理由はいろいろ言っていたな、と思い出す。
……全部下らない理由だったけれど。
「私が本を読むのが嫌いだと知っていて言っているのか!?」
カッと怒鳴りつけるファビアンに、心の中で呆れるだけだ。
権力を持っているから、周りの皆が言うことを聞いてくれていると思っていたのかもしれないけど、皆、ファビアンに苦言を呈していた。だけど、ファビアンに理解できるように説明できる人間が、クリスティアーヌ様しかいなかった、と言うだけの話だ。
それだけ、クリスティアーヌ様の力が素晴らしい、と言うことなんだけど。
「お前さえ帰ってこなければ!」
言うに事欠いて、これとか。本当にクリスティアーヌ様と比べることもできやしない。
「くだらないことを言いますね。私がいようがいまいが、同じ道をたどったんじゃないですか」
「そんなことはない! 私はノエリアの言う理想的な国王になれるはずだったんだ!」
私はため息をついて首を横に振った。
「理想的な国王、ですか。しかも、ノエリア嬢の言う、ね……」
ファビアンがハッと息をのむ。……ようやく嫌味が通じたのか?
「ノエリアはどうしている!?」
そうだよな。通じるわけがないか。
「知りたいのですか?」
「当然だ! 私の最愛なのだから!」
……うーん。あの時も、最後は見限られていたし、今のノエリア嬢の最愛は……レナルド殿下じゃないかなぁ?
まあ、ファビアンにとっての最愛は変わらないってこと、だよね。
「彼女のせいで、あなたはこの国をカッセル王国に売り渡す真似をするところだったんですよ?」
「ノエリアの考えでは、そんなことにはならない! むしろ、我が国の後ろ盾になってくれると!」
ファビアンの説明に、眉が寄る。
「どういうことですか? 私にはちょっと理解できないんですが」
ファビアンが、ふ、と鼻で笑っている。……意味が分からない。
「わからないのか? バール王国に対抗する力を、我が国が持てるということだよ!」
「……わかりたくもありませんけど……」
そういうことか。そういう考え方に、どうすればなれるんだ?
「このアイデアが素晴らしすぎて、驚いているんだろう?!」
アイデアねぇ。……ああ、いいアイデアが浮かんだ。なるほど、たまには馬鹿な話に付き合うものですね。
「……ノエリア嬢に会いたいんでしょうか?」
「ああ。そんなこと当然だ。聞くまでもないだろう!」
そうでしょうね。
「では、会わせてあげましょう」
「今すぐ会わせろ!」
私は首を横に振った。
流石に今の今では、準備が整わない。
明日ならば整うだろうか。
「今ではありません。明日、会わせましょう」
「本当か!?」
「ええ。ただ、約束があります」
「約束?」
ファビアンが首を傾げると、私は頷いた。
その約束を守ってくれるならば、好きなだけ会わせてあげましょう。
「ノエリア嬢には会わせますので、そのために縄を切ってほしいのです」
「縄? なんだ。縄を切るだけでいいのか? 構わない。いくらでも切ろう」
ファビアンの返事に、ホッと息をつく。これで、問題は一挙解決だな。
「やりたがる者はおりませんので、私としても助かります」
「ただ縄を切るだけだろう?」
ファビアンは、思考力も想像力も足りない。だから、何の縄を切らされるのか、疑問にも思わないんだろう。
「ええ。切るだけです。ただ、勇気と決断が必要なものですから、やりたがる者が出てきません」
あんな胸糞悪いこと、やりたがる人間はいまい。
だが、ファビアンは適任だ。
尻ぬぐいは、自分でしてもらうに限る。
「なるほど。それは、私以外に適任はおるまい」
「それは、間違いないかと」
私は即座に頷く。
同じ言葉を選んだことに、少し驚く。
……きっと、理由は違うんだろうけど。
「私は、ワルテを誤解していたようだ」
「そうですか」
誤解も何も、ファビアンは縄を切る理由からして誤解していると思うんだが……。
「私の側近として使おう」
ファビアンの言葉に、私はゆっくりと首を振る。
「私は私のやるべきことがありますので」
幽閉される人間とゆっくり交わる暇はないと思うので。
「それでは、失礼します」
「……おい、私の幽閉は解けないのか!?」
「それは、私の一存ではできませんので」
私は許す気もないけれど、国としても許すことはないでしょうし。
「それもそうだな」
私は頷くと、階段を下りていく。
……きっと、ファビアンはノエリア嬢に会えると喜んでいるんだろう。
それが冷たい体だとしても、そうしたのが自分だとしても、喜んでいられるだろうか。
完
格子の向こうの、それでも立派なベッドに横になる姿にため息が出る。
……こうなった理由を考えてはくれないのだろうか。
「寝ていたんですか」
瞼を開いたファビアンの目が、私をギロッと睨みつける。
「やることもないのに、何をしておけと言うんだ!」
やることもないのに、か。
私は肩をすくめた。
「本を読む時間が沢山出来たでしょう?」
今まで本を読むことなんてしないでいた理由はいろいろ言っていたな、と思い出す。
……全部下らない理由だったけれど。
「私が本を読むのが嫌いだと知っていて言っているのか!?」
カッと怒鳴りつけるファビアンに、心の中で呆れるだけだ。
権力を持っているから、周りの皆が言うことを聞いてくれていると思っていたのかもしれないけど、皆、ファビアンに苦言を呈していた。だけど、ファビアンに理解できるように説明できる人間が、クリスティアーヌ様しかいなかった、と言うだけの話だ。
それだけ、クリスティアーヌ様の力が素晴らしい、と言うことなんだけど。
「お前さえ帰ってこなければ!」
言うに事欠いて、これとか。本当にクリスティアーヌ様と比べることもできやしない。
「くだらないことを言いますね。私がいようがいまいが、同じ道をたどったんじゃないですか」
「そんなことはない! 私はノエリアの言う理想的な国王になれるはずだったんだ!」
私はため息をついて首を横に振った。
「理想的な国王、ですか。しかも、ノエリア嬢の言う、ね……」
ファビアンがハッと息をのむ。……ようやく嫌味が通じたのか?
「ノエリアはどうしている!?」
そうだよな。通じるわけがないか。
「知りたいのですか?」
「当然だ! 私の最愛なのだから!」
……うーん。あの時も、最後は見限られていたし、今のノエリア嬢の最愛は……レナルド殿下じゃないかなぁ?
まあ、ファビアンにとっての最愛は変わらないってこと、だよね。
「彼女のせいで、あなたはこの国をカッセル王国に売り渡す真似をするところだったんですよ?」
「ノエリアの考えでは、そんなことにはならない! むしろ、我が国の後ろ盾になってくれると!」
ファビアンの説明に、眉が寄る。
「どういうことですか? 私にはちょっと理解できないんですが」
ファビアンが、ふ、と鼻で笑っている。……意味が分からない。
「わからないのか? バール王国に対抗する力を、我が国が持てるということだよ!」
「……わかりたくもありませんけど……」
そういうことか。そういう考え方に、どうすればなれるんだ?
「このアイデアが素晴らしすぎて、驚いているんだろう?!」
アイデアねぇ。……ああ、いいアイデアが浮かんだ。なるほど、たまには馬鹿な話に付き合うものですね。
「……ノエリア嬢に会いたいんでしょうか?」
「ああ。そんなこと当然だ。聞くまでもないだろう!」
そうでしょうね。
「では、会わせてあげましょう」
「今すぐ会わせろ!」
私は首を横に振った。
流石に今の今では、準備が整わない。
明日ならば整うだろうか。
「今ではありません。明日、会わせましょう」
「本当か!?」
「ええ。ただ、約束があります」
「約束?」
ファビアンが首を傾げると、私は頷いた。
その約束を守ってくれるならば、好きなだけ会わせてあげましょう。
「ノエリア嬢には会わせますので、そのために縄を切ってほしいのです」
「縄? なんだ。縄を切るだけでいいのか? 構わない。いくらでも切ろう」
ファビアンの返事に、ホッと息をつく。これで、問題は一挙解決だな。
「やりたがる者はおりませんので、私としても助かります」
「ただ縄を切るだけだろう?」
ファビアンは、思考力も想像力も足りない。だから、何の縄を切らされるのか、疑問にも思わないんだろう。
「ええ。切るだけです。ただ、勇気と決断が必要なものですから、やりたがる者が出てきません」
あんな胸糞悪いこと、やりたがる人間はいまい。
だが、ファビアンは適任だ。
尻ぬぐいは、自分でしてもらうに限る。
「なるほど。それは、私以外に適任はおるまい」
「それは、間違いないかと」
私は即座に頷く。
同じ言葉を選んだことに、少し驚く。
……きっと、理由は違うんだろうけど。
「私は、ワルテを誤解していたようだ」
「そうですか」
誤解も何も、ファビアンは縄を切る理由からして誤解していると思うんだが……。
「私の側近として使おう」
ファビアンの言葉に、私はゆっくりと首を振る。
「私は私のやるべきことがありますので」
幽閉される人間とゆっくり交わる暇はないと思うので。
「それでは、失礼します」
「……おい、私の幽閉は解けないのか!?」
「それは、私の一存ではできませんので」
私は許す気もないけれど、国としても許すことはないでしょうし。
「それもそうだな」
私は頷くと、階段を下りていく。
……きっと、ファビアンはノエリア嬢に会えると喜んでいるんだろう。
それが冷たい体だとしても、そうしたのが自分だとしても、喜んでいられるだろうか。
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