悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花

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ただし⑪

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 私の言葉に、お父様が困ったようにレナルド殿下を見た。

「レナルド殿下……」

 お父様だって、流石にレナルド殿下に対して断りの言葉を告げることはできないのだろう。

「クリスティアーヌ嬢、もしかして、ワルテ殿の妻になることを望んでいるのかな?」

 レナルド殿下の思いがけない言葉に、私はあわてて首を横に振る。

「いいえ! ワルテ様には、マリルー様という婚約者がおりますので! ワルテ様とマリルー様には、結婚してこの国の王と王妃になってほしいと思っておりますわ! 私は、陰からお二人を、この国を支えていきたいのです。この国をもっと豊かな国にしたいのです。ですから……私は、結婚するつもりは、もうありません」

 ワルテ様を次期国王に、と考えた時から、考えていたことだった。
 だからこそ、悪役令嬢としてふるまうことだって、気にもならなかったのだし……。
 まさか、レナルド殿下に求婚されるとは思ってもみなかったし……。
 そこまで考えて、ハッとする。

「レナルド殿下の求婚を断ることは、我が国にとって不利なことになるのでしょうか。それならば……」

 私の言葉に、レナルド殿下は苦笑して首を横に振った。流石、レナルド殿下だわ。

「そんな理由で、ゼビナ王国に不利なことはしないつもりだよ。……だけど、こうもはっきりと言われると、流石に傷つくね。私との結婚は、クリスティアーヌ嬢にとっては、魅力のあるものではないんだね」

 目を伏せるレナルド殿下に、心がきゅっとなる。
 だけど……私が一番やりたいことは、この国を、バール王国のように、豊かな国にする手伝いだから。

 バール王国での一年間は、とても素晴らしい体験だった。
 バール王国が大きな国である理由がよく分かった。

 国民が、皆、生き生きしているのだ。
 我が国の国民よりも、何倍も目が輝いていた。
 皇太子妃となり、いずれ王妃として、我が国の国民の目の輝きのために働く、という気持ちが強くなった。
 
 そんな時、ファビアン殿下がルロワ城を譲ってしまった、と言う話を聞いて、ショックだったし、どうにかしなければ、と心に決めた。
 まさか、卒業パーティーで断罪することになるとは思わなかったけれど。

「じゃあ、これだとどうかな。クリスティアーヌ嬢が私と結婚しても、ゼビア王国を支える手伝いをしていいし、私もその力になろう」
「え……」

 思いがけない申し出に、声が漏れる。

「レナルド殿下、流石にそれは……できるわけがありませんわ」

 それは、荒唐無稽だわ。だって、バール王国の王族になるのに、隣国とはいえ、違う国の力になるだなんて。
 それにきっと、バール国王が許さないと思うわ。

「……クリスティアーヌ、いいかな」

 お父様の声に、私はお父様を見上げる。

「お父様、何でしょうか?」
「クリスティアーヌの気持ちはよく分かった。だから、約束しよう。我が国を豊かにしてみせると。だから、レナルド殿下の求婚を受けなさい」

 お父様の言葉に、戸惑う。

「クリスティアーヌ様、私も約束いたします。バール王国で見た豊かな姿を、我が国にも再現してみせると」

 ワルテ様がニコリと笑って大きくうなずく。

「私も約束いたしますわ。クリスティアーヌ様が夢見たものを、実現するよう努力すると」

 マリルー様も微笑んでいる。

「え……」

 どうしていいのかわからなくなって、私はうつむく。
 でも……。

「クリスティアーヌ嬢、今回の失態の、いや今までのことの詫びにもならぬかもしれぬが、私もクリスティアーヌ嬢の夢を実現するよう約束しよう」

 国王陛下の言葉に、お父様が大きくうなずく。

「ほら、クリスティアーヌ。自分の気持ちに素直になったらどうかな?」
「え?」

 私が聞き返すと、お父様が優しく微笑んだ。

「本当は、レナルド殿下のことを慕っているのだろう? 私も悪かった。我が国のためと、クリスティアーヌを縛り付けるような真似をしていたのだと、今気づいたよ」

 優しいお父様の言葉に、急に涙がにじむ。私は首を横に振った。 

「いいえ、お父様。私は、私の望みで、この国を豊かにしたいと心に決めたのです。決して、誰かに縛り付けられていたわけではありませんわ」
「そうか。私はいい娘を持ったね。だけど、もう結婚しないなどと寂しいことを言わずに、私に花嫁姿を見せてくれないかな?」

 目から涙がこぼれていく。

「お父様……そんなことを言うなんて……ずるいですわ」

 私の涙声に、お父様が苦笑する。

「レナルド殿下」

 お父様が私の肩をレナルド殿下に向かって押す。

「クリスティアーヌは、レナルド殿下を慕っているのです。素直になれぬ娘で、申し訳ありません」

 お父様の言葉を不安そうに聞いているレナルド殿下が、私の顔を覗き込む。

「クリスティアーヌ嬢、私の求婚を受けてくれるのかな? ……クリスティアーヌ嬢の望みは一つ叶わなくなるかもしれないけれど」
「「私たちが、クリスティアーヌ様の夢をかなえると、約束いたします」」

 私の気持ちを押すように、ワルテ様とマリルー様の声が揃う。
 振り向くと、お父様が大きくうなずいた。
 
 私はレナルド殿下に向かって、頷いた。
 レナルド殿下の薔薇が咲くように美しい笑顔に、また涙がこぼれる。

 優しいたくさんの拍手の音が、会場を包む。

「レナルド殿下、ずっとお慕いしておりました」

 私の小さな声は、拍手の音に紛れずに、レナルド殿下には、きちんと伝わったみたいだわ。
 だって、レナルド殿下が、幸せそうに微笑むのだもの。

 その笑顔が、私の涙でにじむ。

 ただし。その涙は。
 私の幸せな気持ちが溢れるみたいだわ。

 完
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