上 下
2 / 50

ただし②

しおりを挟む
「クリスティアーヌ嬢、言うに事欠いて何を言い出すんだ!」

 ファビアン殿下が叫ぶ。
 でも、私は首を横に振った。

「ファビアン殿下、私、ノエリア様にお会いするのは初めてですのよ」
「嘘ですわ! 私、クリスティアーヌ様に、いじめられていましたもの!」
「ノエリア、わかっている。これは、クリスティアーヌ嬢が自分の非を認めないための嘘だ」

 私の言葉に即座に反応したノエリア様をなだめるように、ファビアン殿下が声を重ねる。

「あら、では、私とどこで会ったのか、教えてくださるかしら?」
 
 私がノエリア様に微笑むと、ノエリア様がファビアン殿下にしがみついて泣き出した。

「あら、いやですわ。でも、私がノエリア様に会ったことがあるのなら、教えてほしいの。だって、私がノエリア様のうわさを耳にしたことはあっても、姿を見たのは、本当にこの会場が初めてなんですもの」
「しらじらしい! クリスティアーヌ嬢、公爵家令嬢としての矜持があるのならば、ノエリアに謝ったらどうだ!」

 憤慨するファビアン殿下に、私は小さく首を横に振った。
 
「私、1年ぶりに学院に顔を出したんですけれど、どうやってノエリア様とお会いできるのかしら?」
「1年ぶり?! 何を言っているんだ!」

 どうやら、すっかりノエリア様に骨抜きにされたらしいファビアン殿下は、婚約者である私が何をしていたかすら忘れてしまっているらしい。そもそも、1年前に、きちんと告げていたのだけど。……肝心なことを忘れる方だと思っていたけれど、ここまで忘れてしまうなんて思いもよらなかったわ。

「私、バール王国に留学しておりましたのよ? お忘れになって? 国王陛下から直々に、隣国の言葉を実地で学ぶようにと言われて、1年間、しっかりと勉強してきたのですけれど。隣国の学院に通うことにはなりますが、我が国の学院も卒業できる手はずになっていますのよ?」

 会場がざわめく。

「う、うそよ!」

 ノエリア様が泣きながら叫ぶ。
 私の言葉にハッとしたファビアン殿下は、でも首を横に振った。

「留学して、我が国に全くいないふりをして、隠れてノエリアをいじめていたのだろう!?」

 私は小さくため息をつくと、会場を見回した。

「この1年、私の姿を学院で見かけた方はいらっしゃって?」

 私の視線に目をそらす人はいたけれど、手を挙げる人は誰もいなかった。それはそうよね。陛下の名前を使っている私を否定するなど、陛下を否定することになるかもしれないんだから。
 私は視線をファビアン殿下に戻す。
 ノエリア様が不安そうにファビアン殿下を見上げていて、ファビアン殿下は、なだめるように小さく首を横に振っている。

「ファビアン殿下、私の姿を誰も見てはいないようですわ」
「そ、そもそも、なぜわざわざクリスティアーヌ嬢が隣国の言葉を学びに行く必要があるのだ! それ自体が嘘だろう!」

 あら、そこから否定するなんて思ってもなかったわ。
 これ言っていいのかしら? でも、いいわよね? だって、私悪役令嬢だもの。

「ファビアン殿下がバール王国の言葉を完璧に使いこなせるようになっていれば、私がバール王国に留学する必要などなかったんですけれど。ファビアン殿下が幼いころからバール王国の言葉を習っていても、一向に身に付ける様子がないのを心配された陛下が、私がファビアン殿下の力になるよう、バール王国の言葉をしっかりと身に付けるように留学の手配をされたのです」

 ファビアン殿下が顔を赤くする。

「私を侮辱するのか!」
「ファビアン殿下を侮辱するなんて、ひどいですわ!」

 ノエリア様がファビアン殿下の胸の中で首を横にふる。

「侮辱したわけではありませんわ。事実を述べただけですの」
 
 首を傾げた私に、ファビアン殿下にしがみついていたノエリア様が顔を向けた。

「ファビアン殿下は、バール王国の言葉をきちんと扱えますわ! 私、ファビアン殿下からバール王国の言葉で愛の言葉をささやかれましたもの!」

 叫ばれた内容に、私は肩をすくめた。

「愛の言葉だけでは、バール王国との交渉はできませんわ。ノエリア様」
「私が愛されているからって、嫉妬して意地悪を言うなんて!」

 またファビアン殿下の胸に顔をうずめるノエリア様の言っていることが理解できなくて困る。

「私は、バール王国の交渉には、バール王国の言葉を習得する必要があると言っているのです」
「バール王国との交渉に、どうしてバール王国の言葉を使わなければならないの?! 我が国の言葉でやり取りすればいいだけの話ではないかしら!」
「ノエリア様、バール王国の国力が、我が国の10倍はあると、理解されていますか? バール王国に攻め入られたら、我が国はおしまいですのよ? 交渉を行うのも、国王の務め。それを補佐することが、王妃に求められているのです。ですから、語学に弱いファビアン殿下に代わり、私が語学を習得することになったのです」

 私の言葉に、ノエリア様が唇をわななかせる。

「私が、ファビアン殿下を支えるのです! もう、クリスティアーヌ様の役目ではなくてよ!」

 うーん。ノエリア様って、私の話を聞いているのかしら?

「ノエリア様は、バール王国の言葉が扱えるのですか?」
「ファビアン殿下! こうやってクリスティアーヌ様は、学が足りないと私をいじめていたのです!」

 ノエリア様がまたファビアン殿下にしがみつく。
 ……ノエリア様には、全然話が通じてなさそうだわ。
 ……いいわ、私、悪役令嬢だもの。好きにするわ。

「ご挨拶がまだでしたね。初めまして、ノエリア様。私、クリスティアーヌ = ドゥメルグと申します」

 私が微笑んで礼を執ると、ファビアン殿下もノエリア様も目を見開いた後、わなわなと震えだした。
 あら、嫌だわ。悪役令嬢であることを望んだのは、お二人なのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

悪役令嬢がキレる時

リオール
恋愛
この世に悪がはびこるとき ざまぁしてみせましょ 悪役令嬢の名にかけて! ======== ※主人公(ヒロイン)は口が悪いです。 あらかじめご承知おき下さい 突発で書きました。 4話完結です。

親友をいたずらで殺した令嬢に、罪をなすりつけられ国外追放された私は……復讐を誓う。

冬吹せいら
恋愛
ニーザ・ガレンシアには、マース・シアノンという親友がいた。 しかし、令嬢のユレース・リムレットのいたずらで、マースが死んでしまう。 ユレースによって、罪をなすりつけられたニーザは、国外追放され、森に捨てられた。 魔法を研究していたせいで、魔女と罵られた彼女は、本当に魔女になるため、森で修行を始める……。 やがて、十年が経過したある日。街に異変が訪れるのだった。

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

悪役令嬢は、いつでも婚約破棄を受け付けている。

ao_narou
恋愛
 自身の愛する婚約者――ソレイル・ディ・ア・ユースリアと平民の美少女ナナリーの密会を知ってしまった悪役令嬢――エリザベス・ディ・カディアスは、自身の思いに蓋をしてソレイルのため「わたくしはいつでも、あなたからの婚約破棄をお受けいたしますわ」と言葉にする。  その度に困惑を隠せないソレイルはエリザベスの真意に気付くのか……また、ナナリーとの浮気の真相は……。  ちょっとだけ変わった悪役令嬢の恋物語です。

聖なる巫女の条件は、私欲で変えられませんので

三谷朱花
恋愛
グラフィ・ベルガット公爵令嬢は、カムシャ国で代々巫女を輩出しているベルガット家の次期巫女だ。代々その巫女は、長女であることが通例で、その下の妹たちが巫女となることはなかった……はずだった。 ※アルファポリスのみの公開です。

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...