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ただし②
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「クリスティアーヌ嬢、言うに事欠いて何を言い出すんだ!」
ファビアン殿下が叫ぶ。
でも、私は首を横に振った。
「ファビアン殿下、私、ノエリア様にお会いするのは初めてですのよ」
「嘘ですわ! 私、クリスティアーヌ様に、いじめられていましたもの!」
「ノエリア、わかっている。これは、クリスティアーヌ嬢が自分の非を認めないための嘘だ」
私の言葉に即座に反応したノエリア様をなだめるように、ファビアン殿下が声を重ねる。
「あら、では、私とどこで会ったのか、教えてくださるかしら?」
私がノエリア様に微笑むと、ノエリア様がファビアン殿下にしがみついて泣き出した。
「あら、いやですわ。でも、私がノエリア様に会ったことがあるのなら、教えてほしいの。だって、私がノエリア様のうわさを耳にしたことはあっても、姿を見たのは、本当にこの会場が初めてなんですもの」
「しらじらしい! クリスティアーヌ嬢、公爵家令嬢としての矜持があるのならば、ノエリアに謝ったらどうだ!」
憤慨するファビアン殿下に、私は小さく首を横に振った。
「私、1年ぶりに学院に顔を出したんですけれど、どうやってノエリア様とお会いできるのかしら?」
「1年ぶり?! 何を言っているんだ!」
どうやら、すっかりノエリア様に骨抜きにされたらしいファビアン殿下は、婚約者である私が何をしていたかすら忘れてしまっているらしい。そもそも、1年前に、きちんと告げていたのだけど。……肝心なことを忘れる方だと思っていたけれど、ここまで忘れてしまうなんて思いもよらなかったわ。
「私、バール王国に留学しておりましたのよ? お忘れになって? 国王陛下から直々に、隣国の言葉を実地で学ぶようにと言われて、1年間、しっかりと勉強してきたのですけれど。隣国の学院に通うことにはなりますが、我が国の学院も卒業できる手はずになっていますのよ?」
会場がざわめく。
「う、うそよ!」
ノエリア様が泣きながら叫ぶ。
私の言葉にハッとしたファビアン殿下は、でも首を横に振った。
「留学して、我が国に全くいないふりをして、隠れてノエリアをいじめていたのだろう!?」
私は小さくため息をつくと、会場を見回した。
「この1年、私の姿を学院で見かけた方はいらっしゃって?」
私の視線に目をそらす人はいたけれど、手を挙げる人は誰もいなかった。それはそうよね。陛下の名前を使っている私を否定するなど、陛下を否定することになるかもしれないんだから。
私は視線をファビアン殿下に戻す。
ノエリア様が不安そうにファビアン殿下を見上げていて、ファビアン殿下は、なだめるように小さく首を横に振っている。
「ファビアン殿下、私の姿を誰も見てはいないようですわ」
「そ、そもそも、なぜわざわざクリスティアーヌ嬢が隣国の言葉を学びに行く必要があるのだ! それ自体が嘘だろう!」
あら、そこから否定するなんて思ってもなかったわ。
これ言っていいのかしら? でも、いいわよね? だって、私悪役令嬢だもの。
「ファビアン殿下がバール王国の言葉を完璧に使いこなせるようになっていれば、私がバール王国に留学する必要などなかったんですけれど。ファビアン殿下が幼いころからバール王国の言葉を習っていても、一向に身に付ける様子がないのを心配された陛下が、私がファビアン殿下の力になるよう、バール王国の言葉をしっかりと身に付けるように留学の手配をされたのです」
ファビアン殿下が顔を赤くする。
「私を侮辱するのか!」
「ファビアン殿下を侮辱するなんて、ひどいですわ!」
ノエリア様がファビアン殿下の胸の中で首を横にふる。
「侮辱したわけではありませんわ。事実を述べただけですの」
首を傾げた私に、ファビアン殿下にしがみついていたノエリア様が顔を向けた。
「ファビアン殿下は、バール王国の言葉をきちんと扱えますわ! 私、ファビアン殿下からバール王国の言葉で愛の言葉をささやかれましたもの!」
叫ばれた内容に、私は肩をすくめた。
「愛の言葉だけでは、バール王国との交渉はできませんわ。ノエリア様」
「私が愛されているからって、嫉妬して意地悪を言うなんて!」
またファビアン殿下の胸に顔をうずめるノエリア様の言っていることが理解できなくて困る。
「私は、バール王国の交渉には、バール王国の言葉を習得する必要があると言っているのです」
「バール王国との交渉に、どうしてバール王国の言葉を使わなければならないの?! 我が国の言葉でやり取りすればいいだけの話ではないかしら!」
「ノエリア様、バール王国の国力が、我が国の10倍はあると、理解されていますか? バール王国に攻め入られたら、我が国はおしまいですのよ? 交渉を行うのも、国王の務め。それを補佐することが、王妃に求められているのです。ですから、語学に弱いファビアン殿下に代わり、私が語学を習得することになったのです」
私の言葉に、ノエリア様が唇をわななかせる。
「私が、ファビアン殿下を支えるのです! もう、クリスティアーヌ様の役目ではなくてよ!」
うーん。ノエリア様って、私の話を聞いているのかしら?
「ノエリア様は、バール王国の言葉が扱えるのですか?」
「ファビアン殿下! こうやってクリスティアーヌ様は、学が足りないと私をいじめていたのです!」
ノエリア様がまたファビアン殿下にしがみつく。
……ノエリア様には、全然話が通じてなさそうだわ。
……いいわ、私、悪役令嬢だもの。好きにするわ。
「ご挨拶がまだでしたね。初めまして、ノエリア様。私、クリスティアーヌ = ドゥメルグと申します」
私が微笑んで礼を執ると、ファビアン殿下もノエリア様も目を見開いた後、わなわなと震えだした。
あら、嫌だわ。悪役令嬢であることを望んだのは、お二人なのに。
ファビアン殿下が叫ぶ。
でも、私は首を横に振った。
「ファビアン殿下、私、ノエリア様にお会いするのは初めてですのよ」
「嘘ですわ! 私、クリスティアーヌ様に、いじめられていましたもの!」
「ノエリア、わかっている。これは、クリスティアーヌ嬢が自分の非を認めないための嘘だ」
私の言葉に即座に反応したノエリア様をなだめるように、ファビアン殿下が声を重ねる。
「あら、では、私とどこで会ったのか、教えてくださるかしら?」
私がノエリア様に微笑むと、ノエリア様がファビアン殿下にしがみついて泣き出した。
「あら、いやですわ。でも、私がノエリア様に会ったことがあるのなら、教えてほしいの。だって、私がノエリア様のうわさを耳にしたことはあっても、姿を見たのは、本当にこの会場が初めてなんですもの」
「しらじらしい! クリスティアーヌ嬢、公爵家令嬢としての矜持があるのならば、ノエリアに謝ったらどうだ!」
憤慨するファビアン殿下に、私は小さく首を横に振った。
「私、1年ぶりに学院に顔を出したんですけれど、どうやってノエリア様とお会いできるのかしら?」
「1年ぶり?! 何を言っているんだ!」
どうやら、すっかりノエリア様に骨抜きにされたらしいファビアン殿下は、婚約者である私が何をしていたかすら忘れてしまっているらしい。そもそも、1年前に、きちんと告げていたのだけど。……肝心なことを忘れる方だと思っていたけれど、ここまで忘れてしまうなんて思いもよらなかったわ。
「私、バール王国に留学しておりましたのよ? お忘れになって? 国王陛下から直々に、隣国の言葉を実地で学ぶようにと言われて、1年間、しっかりと勉強してきたのですけれど。隣国の学院に通うことにはなりますが、我が国の学院も卒業できる手はずになっていますのよ?」
会場がざわめく。
「う、うそよ!」
ノエリア様が泣きながら叫ぶ。
私の言葉にハッとしたファビアン殿下は、でも首を横に振った。
「留学して、我が国に全くいないふりをして、隠れてノエリアをいじめていたのだろう!?」
私は小さくため息をつくと、会場を見回した。
「この1年、私の姿を学院で見かけた方はいらっしゃって?」
私の視線に目をそらす人はいたけれど、手を挙げる人は誰もいなかった。それはそうよね。陛下の名前を使っている私を否定するなど、陛下を否定することになるかもしれないんだから。
私は視線をファビアン殿下に戻す。
ノエリア様が不安そうにファビアン殿下を見上げていて、ファビアン殿下は、なだめるように小さく首を横に振っている。
「ファビアン殿下、私の姿を誰も見てはいないようですわ」
「そ、そもそも、なぜわざわざクリスティアーヌ嬢が隣国の言葉を学びに行く必要があるのだ! それ自体が嘘だろう!」
あら、そこから否定するなんて思ってもなかったわ。
これ言っていいのかしら? でも、いいわよね? だって、私悪役令嬢だもの。
「ファビアン殿下がバール王国の言葉を完璧に使いこなせるようになっていれば、私がバール王国に留学する必要などなかったんですけれど。ファビアン殿下が幼いころからバール王国の言葉を習っていても、一向に身に付ける様子がないのを心配された陛下が、私がファビアン殿下の力になるよう、バール王国の言葉をしっかりと身に付けるように留学の手配をされたのです」
ファビアン殿下が顔を赤くする。
「私を侮辱するのか!」
「ファビアン殿下を侮辱するなんて、ひどいですわ!」
ノエリア様がファビアン殿下の胸の中で首を横にふる。
「侮辱したわけではありませんわ。事実を述べただけですの」
首を傾げた私に、ファビアン殿下にしがみついていたノエリア様が顔を向けた。
「ファビアン殿下は、バール王国の言葉をきちんと扱えますわ! 私、ファビアン殿下からバール王国の言葉で愛の言葉をささやかれましたもの!」
叫ばれた内容に、私は肩をすくめた。
「愛の言葉だけでは、バール王国との交渉はできませんわ。ノエリア様」
「私が愛されているからって、嫉妬して意地悪を言うなんて!」
またファビアン殿下の胸に顔をうずめるノエリア様の言っていることが理解できなくて困る。
「私は、バール王国の交渉には、バール王国の言葉を習得する必要があると言っているのです」
「バール王国との交渉に、どうしてバール王国の言葉を使わなければならないの?! 我が国の言葉でやり取りすればいいだけの話ではないかしら!」
「ノエリア様、バール王国の国力が、我が国の10倍はあると、理解されていますか? バール王国に攻め入られたら、我が国はおしまいですのよ? 交渉を行うのも、国王の務め。それを補佐することが、王妃に求められているのです。ですから、語学に弱いファビアン殿下に代わり、私が語学を習得することになったのです」
私の言葉に、ノエリア様が唇をわななかせる。
「私が、ファビアン殿下を支えるのです! もう、クリスティアーヌ様の役目ではなくてよ!」
うーん。ノエリア様って、私の話を聞いているのかしら?
「ノエリア様は、バール王国の言葉が扱えるのですか?」
「ファビアン殿下! こうやってクリスティアーヌ様は、学が足りないと私をいじめていたのです!」
ノエリア様がまたファビアン殿下にしがみつく。
……ノエリア様には、全然話が通じてなさそうだわ。
……いいわ、私、悪役令嬢だもの。好きにするわ。
「ご挨拶がまだでしたね。初めまして、ノエリア様。私、クリスティアーヌ = ドゥメルグと申します」
私が微笑んで礼を執ると、ファビアン殿下もノエリア様も目を見開いた後、わなわなと震えだした。
あら、嫌だわ。悪役令嬢であることを望んだのは、お二人なのに。
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