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レイーアの戸惑い⑬

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「クーン家では、初めて契った相手と結婚することと、家訓で決まっているんだよ。ねぇ、母上」
 デジャヴ。 
 レイーアは、いつかの出来事を思い出した。
 あのときも戸惑った。だが、今の戸惑いはそのとき以上かもしれない。

「ああ、クリストファー。我がクーン家では、そう家訓で決まっているよ」
 対してマットは、年を重ねて深みが増した顔を緩まして、身長がひょろりと伸びきった昔のマットによく似た息子を見ていた。

 今年19になる息子クリストファーのとなりには、かわいらしい可憐な令嬢がいる。ローズ・マルファル。
 普通の令嬢であったら、もう少し動揺は抑えられたかもしれない。
 だが、クリストファーが連れてきた令嬢は、マルファル侯爵家令嬢。マットもレイーアも元々は男爵家の出だとしても、爵位はない。
 それに対して侯爵家令嬢。

 どう考えても、身分が釣り合わないし、マルファル侯爵家に結婚が許されそうな気がしない。
 だが、このローズを連れてきたクリストファーは、結婚すると宣言している。

 クリストファーの気持ちは、わからなくはない。クーン家の家訓であると言う主張も、マットが言っていたことなのだから、間違ってはない。だが。
 どう考えても、現実的ではない。

「ねえ、クリストファー。気持ちは、わかるわ。でも……爵位もないうちとの結婚が許されるかしら?」
 レイーアは心を鬼にして、息子に突きつけた。現実は甘くないのだと。
 だが、クリストファーは静かにゆっくりと頷いた。

「母上。大丈夫です。クーン家の名前は捨ててしまうことになりますが、マルファル侯爵家に婿入りすることが決まっております。ローズは一人っ子なので、マルファル侯爵も喜んで下さいました」

 レイーアは戸惑う。婿養子。あり得ないことではない。だが、これだけの身分差があっての婿養子は、ほとんど聞いたことはない。
 それに、親抜きで、クリストファーが既にマルファル侯爵と話をつけてきていることにも驚きが隠せない。

「そうか。でも、クーンの名字を捨ててしまっても、クリストファーが私たちの息子だと言うことには変わりはないよ」
 マットがうなずいて、レイーアを見る。
 すんなりと納得したマットに、レイーアはぎこちなく頷く。でも、一番の難題が解決したことを思って、その表情は緩んだ。

「クリストファーが幸せになれるのなら、それでいいと思うわ」
「はい。母上。ローズと幸せになります」
 ローズの表情が緊張したものから、花のようにほころぶ。そして幸せそうな表情でローズがクリストファーを見た。
 レイーアは、気持ちが追い付いているらしいローズに、心の中でホッとする。

 それでも戸惑うのは、自分の息子が、まさか侯爵家に婿入りすることになった、という事実。
 よくもまあ、侯爵の許しを得れたものだ。どうしてこんな息子ができたのか、レイーアにはわからなかった。
 それでも、クリストファーが幸せそうにローズを見ているのを見ると、レイーアも幸せな気持ちが沸いてくる。
 
 レイーアはそっと、マットの手を握った。
 マットがぎゅっと握り返してきて、レイーアの幸せな気分が増した。
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