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クーン男爵夫妻の溜め息
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クーン男爵夫妻には、忘れられない出来事があった。
それは、クーン男爵夫妻の次男であるマットが、初めて学院から家へ帰ってきたときのことだ。
「父上、母上! 僕はとうとう、運命の相手を見付けました! 婚約したいのです!」
マットの予想外の言葉に、クーン男爵夫妻は、戸惑いを見せる。
まだ、学院の中等部に入学して一か月。まだ一か月。
いや、運命の相手ならば、一瞬で見分けられるのかもしれないから、一か月もいらないのかもしれない。
だが、そもそも運命の相手をどうやって見分けるのか、クーン男爵夫妻にはわからず顔を見合わせた。
「えーっと、どこの令嬢なのかな?」
「ガリヴァ男爵家の令嬢、レイーアさんだよ」
クーン男爵夫妻は首を傾げる。ガリヴァ家を知らないから、ではない。ガリヴァ家にマットと同じ年の令息はいても、少なくとも年の近い令嬢がいないと記憶していたからだ。
「えーっと、レイーアさんは、学院生なのかな?」
「ええ。高等部にいます!」
「……どこで、出会ったんだろう?」
クーン男爵の疑問は、当然だった。中等部と高等部は離れている。簡単に会える距離ではない。
だが、マットがニッコリと笑う。
「愛の力は偉大なのです」
クーン夫人が狼狽えた。息子の言っていることが分からなかった。
「えーっと、マット。レイーアさんも、同じ気持ちなのかしら?」
とりあえず、話をちょっとずらしてみた。
マットはニッコリと笑ったまま頷いた。
「僕の愛は永遠です」
クーン夫人は、クーン男爵に目配せをした。どうも会話が成立しない。
今までクーン夫人は、マットのことを賢い子だと思っていた。こんな風に会話が成立しないことなど、初めての事だった。
「レイーア嬢も、同じ気持ちなのかな?」
クーン男爵が再度尋ねた。
すると、マットが俯いた。
「レイーア嬢とは、話も出来ていません」
あれ、とクーン男爵夫妻は思う。
「えーっと、婚約したいというのは……?」
マットが涙目でクーン男爵を見る。
「僕の願いを叶えてもらえないってことですか?」
クーン男爵夫妻は、初めての息子のわがままに、本気で困った。
そもそも、会話が成立していない。
何より婚約は、クーン男爵側だけでどうにかなる問題でもない。
それに何より、マットはレイーアと話したこともないと言っている。二人の合意もない。
はっきり言って、今ガリヴァ家に申し込んだとしても、4才年が下と言うだけで、断られる可能性が高いだろう。
クーン男爵夫妻は、目配せをしてクーン男爵が口を開いた。
「まだ、婚約には早いんじゃないかな。まだ中等部だよ?」
クーン男爵は、冷却期間を設けようと決めた。
初めて出会った好みの女性に、きっとマットはのぼせ上っているだけなのだと結論付けた。
レイーアがどんな魅力的な女性なのかはわからないが、マットは会話すらしたこともないようだし、憧れているだけなんだろう。
だから、冷却期間を置けば大丈夫だと、この時のクーン男爵は思っていた。
*
「父上、母上。うちの家訓は『初めて契った相手と結婚する』ですよね!」
そう言ってニッコリ笑うマットが、戸惑うレイーアを連れて来るまでは、クーン男爵は自分の決断が間違っていなかったと信じていた。
だがどうやら、間違っていたのかもしれないと、クーン男爵夫妻は思っていた。
初めて聞く家訓に、マットの笑顔の圧力に負けて頷きながら、クーン男爵夫妻はため息をついた。
マットが頭がよく仕事はできるのだと言うことは、嫌でもわかっている。
だから、ここで否定しても、きっと無駄だと理解していたからだ。
それは、クーン男爵夫妻の次男であるマットが、初めて学院から家へ帰ってきたときのことだ。
「父上、母上! 僕はとうとう、運命の相手を見付けました! 婚約したいのです!」
マットの予想外の言葉に、クーン男爵夫妻は、戸惑いを見せる。
まだ、学院の中等部に入学して一か月。まだ一か月。
いや、運命の相手ならば、一瞬で見分けられるのかもしれないから、一か月もいらないのかもしれない。
だが、そもそも運命の相手をどうやって見分けるのか、クーン男爵夫妻にはわからず顔を見合わせた。
「えーっと、どこの令嬢なのかな?」
「ガリヴァ男爵家の令嬢、レイーアさんだよ」
クーン男爵夫妻は首を傾げる。ガリヴァ家を知らないから、ではない。ガリヴァ家にマットと同じ年の令息はいても、少なくとも年の近い令嬢がいないと記憶していたからだ。
「えーっと、レイーアさんは、学院生なのかな?」
「ええ。高等部にいます!」
「……どこで、出会ったんだろう?」
クーン男爵の疑問は、当然だった。中等部と高等部は離れている。簡単に会える距離ではない。
だが、マットがニッコリと笑う。
「愛の力は偉大なのです」
クーン夫人が狼狽えた。息子の言っていることが分からなかった。
「えーっと、マット。レイーアさんも、同じ気持ちなのかしら?」
とりあえず、話をちょっとずらしてみた。
マットはニッコリと笑ったまま頷いた。
「僕の愛は永遠です」
クーン夫人は、クーン男爵に目配せをした。どうも会話が成立しない。
今までクーン夫人は、マットのことを賢い子だと思っていた。こんな風に会話が成立しないことなど、初めての事だった。
「レイーア嬢も、同じ気持ちなのかな?」
クーン男爵が再度尋ねた。
すると、マットが俯いた。
「レイーア嬢とは、話も出来ていません」
あれ、とクーン男爵夫妻は思う。
「えーっと、婚約したいというのは……?」
マットが涙目でクーン男爵を見る。
「僕の願いを叶えてもらえないってことですか?」
クーン男爵夫妻は、初めての息子のわがままに、本気で困った。
そもそも、会話が成立していない。
何より婚約は、クーン男爵側だけでどうにかなる問題でもない。
それに何より、マットはレイーアと話したこともないと言っている。二人の合意もない。
はっきり言って、今ガリヴァ家に申し込んだとしても、4才年が下と言うだけで、断られる可能性が高いだろう。
クーン男爵夫妻は、目配せをしてクーン男爵が口を開いた。
「まだ、婚約には早いんじゃないかな。まだ中等部だよ?」
クーン男爵は、冷却期間を設けようと決めた。
初めて出会った好みの女性に、きっとマットはのぼせ上っているだけなのだと結論付けた。
レイーアがどんな魅力的な女性なのかはわからないが、マットは会話すらしたこともないようだし、憧れているだけなんだろう。
だから、冷却期間を置けば大丈夫だと、この時のクーン男爵は思っていた。
*
「父上、母上。うちの家訓は『初めて契った相手と結婚する』ですよね!」
そう言ってニッコリ笑うマットが、戸惑うレイーアを連れて来るまでは、クーン男爵は自分の決断が間違っていなかったと信じていた。
だがどうやら、間違っていたのかもしれないと、クーン男爵夫妻は思っていた。
初めて聞く家訓に、マットの笑顔の圧力に負けて頷きながら、クーン男爵夫妻はため息をついた。
マットが頭がよく仕事はできるのだと言うことは、嫌でもわかっている。
だから、ここで否定しても、きっと無駄だと理解していたからだ。
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