王妃のおまけ

三谷朱花

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番外編2

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「うーん」

 おかしいな、と思いつつ、手元の画像を見つめる。
 どう見ても、ある。
 ……とは言っても、私には判別ができないんだけど。先生がつけてくれた印が、それ、らしい。
 ……どうして?

「どうした」

 急に現れた気配にビックリする。
 ……気配を消すのがデフォルトなのは前世の賜物なんだろうか。

「そんなに驚かなくても。あ、それ今日の?」

 私の手からひょい、と画像の写った紙切れを取ると、要君は口元を上げた。

「人間らしくなってきたね……。この印は?」

 画像を指差す要君に、私は何とも言えない気持ちで口を開く。

「男の子の印」
「へぇ、そうなんだ」

 淡々とそれを受け入れる彼に、疑問はないのかと思う。

「魔女の子供、なんだよ?」

 それだけで、私の言いたいことを悟ったらしい要君が、眉をあげる。

「次の子ができてる時点で、魔女の体じゃないからって話になったよね?」
「だけどさ……一人目は女の子だったし」

 魔女は次の魔女しか生まないと、私は思っていたから。

「男だと嫌なの?」
「ううん。それはない。それはないけど……何でだろうと思って」
「だから、立夏は人間だから、でしょ?」
「そうなのかな?」
「一人目が女の子だったのだって、偶然なのかもよ?」

 思いがけない言葉に、驚く。

「偶然?」
「確率は二分の一だし」

 確率。確かに……そうかもしれない。私は自分が魔女だったからって、そう思い込もうとしてただけないのかもしれない。そうすれば、確かに男の子がお腹の中にいる今の状況は説明がつく。

「そう考えると、確実に女の子を生むってある意味すごいね」

 産みわけばっちり? 女の子一人だけだけど。

「そもそもさ、王族と魔女の婚姻が禁忌とされたのは、魔女が女の子しか生まないからでしょ」 

 要君がさらっと言った言葉に、どうして、と思う。

「それ……知ってたの?」

 王族と魔女の婚姻が禁忌なことを。

「魔女について調べてれば、嫌でも書いてあったよ」
「……いつ、知ったの?」
「立夏がいる間には」

 それって……。

「知ってて……?」

 私との関係を結んだってこと?

「そんなの、精々王位継承権の問題くらいでしょ? 下らない」
「だって、他に理由があるかも知れないのに」

 王位継承権なんて比じゃない何かが王族に起こるかもしれないのに。

「それがどうしたの?」

 要君の瞳は、本気だ。

「……馬鹿」

 それでも、マシュー様は私を選んでくれたのだ。

「それでも、立夏はマシュー様を選んだってことに、僕は自惚れてたんだけど」
「……馬鹿」

 私の気持ちも知っていたのか。
 顔が近づいてきて、ちゅっと軽いキスが交わされる。

「自惚れすぎ?」

 もう見慣れた優しい瞳に、首を小さく横にふる。

「正直だね?」

 意外そうな声に、目をそらす。
 付き合い始めの時には素直になろうと思っていたはずだけど、やっぱり顔を会わせると素直にはなり切れない自分がいて。電話では素直になれるのに。…それでも、要君はいいと言ってくれるんだけど。

「だってすぐばれるし」

 クスリと笑う声に、不満をもってみれば、いとおしそうな瞳と目が合う。

「嘘つくのを見てるのも、楽しいんだよ?」

 楽しいに含まれた意味を理解して、顔が熱くなる。

「うるさい」
「かわいい」

 耳の後ろに手が差し込まれて、ぞくりとする感触を味わう間もなく、唇が奪われて、舌が生き物のように、口の中の快感を刺激していく。
 漏れる声と、液体を交わす音だけが部屋に落ちていく。
 すっかりくったりとなった体を要君に預けると、ようやく刺激がやんで、熱が離れていく。

「かわいい」

 もう一度言われて、体を預けたまま、小さく首をふる。アラフォーに向ける賛辞ではないと思う。 

「それで、かわいい魔女とのかわいい娘は寝てるの?」
「原田さんに会って遊んでもらったから、疲れたみたいで」

 午前中は健診に行っていて、そのあとは東京から遊びに来た原田さんと会った。原田さんは明日からの学会に出るためにこっちに来ていて、わざわざ私たちに会うために前日入りしてくれたのだ。

「そっか。楽しかったんだね」

 要君が優しい視線を向けた寝室の中に眠る娘は、全体的に色彩が薄目で、彫りの深さはそこそこある。……私や要君とは違う彫りの深さだ。
 ……でも、要君の両親は娘を愛してくれている。

 突然降ってわいた結婚の話に、手放しで喜んでくれた要君の両親。
 でも、要君が両親に説明したのは、決して手放しで喜べるような内容ではなかったと思う。

 私が妊娠しているのは彼の子供ではないこと、子供の父親はもう亡くなっていないこと、子供も込みで私を愛していること、……前世から探していた愛する人が私であること。
 それまで真剣な顔をしていた要君の両親が、最後の一言だけ困ったように眉を下げて探るように私を見た。
「こんな残念な子だけど、いいの?」と。
 その一言で、要君が両親に自分の前世の話をしていたのだとわかった。 

 それが真実だとは受け取ってはくれていなかったけど(到底無理な話だとは思うけど)それでもそんなことを言う息子を拒否したりはしてない姿が、羨ましかった。
 頷きもできない私に、
「色々変なことを言うかもしれないけど、呆れずに捨てないでやって」
 私を拒否するどころか、息子がおかしいけれども、と結婚に前向きな言葉に驚きと喜びを感じて、泣いた。

 私が最後の最後まで結婚を渋ったのは、生まれてくる子がマシュー様の血を継いでいて、間違いなく要君には似ないことがわかっているから。そんなどこの誰とも知らない人の子供を身籠った私を、要君の両親に受け入れてもらえるとは微塵も思えなかった。
 だから要君への愛情は認めたけれど、結婚には頷かなかったのに、騙し討ちのように私は要君の両親の前に連れていかれて、結婚を考えていると紹介されて、そして、私が泣き止んで、「これでも渋るの?」と言われた時には、言わなくても私の躊躇していた理由がそのことだとバレていて、それもこれも一挙解決するためにこの場を設けたのだとようやく理解した。

 私が小さく頷くと、要君よりも要君の両親の方が声をあげて喜んでいて、肝心の要君は、静かに涙をこらえていた。
 要君の両親曰く、要君は高校生のときから、前世で愛する人がいて、その人と絶対結婚するんだと。その人には子供がいるけれど、前世の要君のこどもなんだと熱弁していたらしい。
 ……そんなときから植え付けておけば反対をしない、というわけではないと思うけど、諦める境地には至るのかもしれない。何せ10年以上もの間だ。
 それでも要君のことを愛情深く見守っていたのは、要君に対する信頼感のなせる技らしかった。
 ちょっと変なことを言う息子ではあるけど、責任感があり勤勉で人を思いやる息子が、変なことをするはずがないと。

 ただ、30になってまでそんなことを言い続けるとは思わなかったし、前世から愛する人と言いきる人間をつれてくるとは思わなかった。と言うのが要君の両親から聞いた後日談だ。
 そんなこんなで私たちは早々に入籍し、1か月もしないうちに突入した産休と共にこちらに住まいを移した。
 ギリギリまで、要君は待ってくれていた。けれど、産み月が近くなってきて、待てなくなったらしい。それで、だまし討ちのようなご自宅訪問、と相成ったらしい。

 そんなこんなで生まれてきた娘を見た要君のご両親は、見るなり、要君と似ていると言った。
 実は私も思っていた。顔のつくりは全く違う。だけど……似ている。
 最近では、そのまなざしが似ているとは要君のご両親の言。私も時折ドキリとするから、それは間違いないだろう。

「もうご飯にするんでしょ? 起こさないとね」

 要君が意気揚々と寝室に向かう。

「かわいいのはわかるけど、あんまり構いすぎないでね」

 その背中に、無駄とは思いつつ声をかける。
 要君が寝ぼけている娘を構いすぎて、よく泣かせるのだ。
 それで、よく……。

「やだー。とーたんきらい!」

 パタン、と開いた扉から、横抱きされながらバタバタと暴れる娘と、そんな娘をしっかりと抱きかかえてはいるもののしょんぼりとする要君が出てくる。
 ……だから言ったのに。
 要君は娘の「きらい」が殊の外応えるようで。

「かーたん、かーたん!」

 バタバタしたまま娘が私に手を伸ばす。

「ごめんね、お母さんご飯の用意しないといけないから」
「かーたーん!」

 ひっくひっくと泣こうとする娘を、要君が立て抱きに抱きなおすと、よしよしと頭をなでる。

「うんうん、お母さんのこと好きだよね。僕も好きだよ」

 ……慰める言葉がちょっと違っているような気がするけど……。
 まあ、いつも、しばらくすれば娘の機嫌も直って、二人で楽しそうに話す声が聞こえだすから、心配はしてないんだけどね。

 今日も今日とて中森家は、幸福に満ちていて、平和です。 



========
これで残っていた番外編はおしまいです。
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