王妃のおまけ

三谷朱花

文字の大きさ
上 下
65 / 67

65

しおりを挟む
「ありがとうございました」
「また、遊びに来てね。今度は泊って行って」

 助手席から顔を出すおばさまの言葉に、しっかりと頷く。

「中森君も一緒に来ていいんだよ」

 運転席からのおじさまの言葉に、少しげそっとなる。

「はい、ぜひ」

 にっこりと笑う中森さんに、遠慮しろ、とだけは思う。

「おじさまとおばさま、気をつけて帰って下さいね」

 私の言葉に、車内がしんみりとなる。

「立夏ちゃんのお式に出ないといけないから、ね」

 おじさまの言葉は冗談だと思うけど、おばさまがクスリと笑ってくれて、しんみりした空気が流れる。

「その時はよろしくお願いします」

 悪ノリするんじゃないと、中森さんの足を踏もうとしたら逃げられた。意外に運動神経もいいらしい。

「それじゃ、またね」

 手を振るおばさまに手を振り返して、進む車を見送る。
 車が見えなくなるまで見送ると、中森さんを見る。

「お付き合いありがとうございました」
「いや。……良かったよ、一緒にいれて」
「はっきり言って、ストーカーだけどね」
「さて、新幹線の切符を買いますか」

 中森さんが話題を変えた。……ストーカーだと思うけどね?

「もう6時だね」

 駅前の時計台を見上げる。駅前が再開発されてずいぶんと変わったと思ったけど、時計台は10年前のままだった。

「6時か……。東京駅まで4時間ぐらいだっけ?」
「4時間まではかからないかな。3時間半くらいじゃない? どうしたの?」
「今日はホテル取ってないから、今から探さないとな、と思って」
「……最終に乗れたりとか」
「ギリギリってところだね」

 ギリギリか。

「うちに泊まる?」

 目を見開いた中森さんが私を振り返る。

「いいの?」
「床に雑魚寝してもらうけどね。ベッドは貸しません」
「いいの?」
「下心を見せたら、それで追い出すけどね?」
「そ……」
「そ?」
「いや、何でもない」
「で、どうするの? ホテルみたいにパジャマとかもないけど」
「……泊まらせてください。で、あの中にきっとパジャマみたいなのは売ってると思うから、買ってくる」

 中森さんが新しくできていた駅ビルを指さす。確かに、売ってそうだ。

「その間、駅ビルの中うろうろしてていい?」

 駅ビルに向かって歩き出した私の問いかけに、中森さんが頷く。

「いいけど」
「高野さんと原田さんにお土産買っていかないと」

 プレゼントをもらったお返しもかねて。

「そっか」

 なぜか嬉しそうにする中森さんに首をひねる。

「何で笑うの?」
「いや、人付き合いすることにしたんだな、と思って」
「ま、おかげさまで」

 確かに、そんな気持ちの変化は、中森さんのおかげだったのだと、思い出す。

「ストーカーだけど、それには感謝してます」
「ストーカーじゃないし」

 拗ねる中森さんに、一応警告しておこう。

「自分の昨日と今日の行動をよーく考えて見て? あんなこと、二度としないで。本当に出入り禁止にするからね」
「……そこまで言わなくても」
「声かければいいでしょ。嫌なら嫌って言うし、いいならいいって言うし」
「……それ、たいてい嫌って言われるやつだよね?」

 ばれたか。私がクスリと笑うと、また中森さんが拗ねた。

 *

「こっちはまた暑さが違うね」

 降り立った東京駅の暑さに、中森さんが首を横に振る。
 確かに乗り込んだ駅とはまた違う暑さの種類だ。ふいに、思い出す。

「名前の由来をマシュー様から聞かれたことがあって」

 一昨日の夜私は尋ねられたから覚えているんだけど。きっと中森さんは知らないだろう。たわいない話だったから。

「唐突だね」
「記憶にはないんでしょ?」
「いや、立夏の名前の由来は、わからないんだったよね?」

 覚えていることに驚く。

「よく、記憶に残ってたね」
「立夏が哀しそうだったから、かな」

 ああ、あの時は、名前の由来を知ることはないと思っていたから。…誰にも必要とされてないと思っていたから。

「で、どうして突然、その話?」
「夏に立ち向かえって」
「え?」
「母がね、おなかの子に向かって、そう言ってたの」

 愛おしそうに、おなかを撫でながら。

「だから、私は立夏なんだと思う。」

 魔女の魂が見たのは、丁度その場面だった。誰かの体に入り込もうと探している途中だった。あの世界へ戻るために。その“立ち向かえ”という言葉がその時の状況と重なって、それで魔女の魂は立夏を選んだ。
 あの世界で異世界の王妃を敬わない人間に立ち向かうために。

「そっか。夏に立ち向かうって意味なのか。……ユニークだけど、立夏にはぴったりな気がする」
「うん」

 私が母に愛されたわずかな記憶。
 私が魔女の魂を持っていなければ、知らなかった記憶。
 母から全く愛されなかったわけではないと、私を認める記憶。
 ただ、母は不器用だっただけなのだ。
 その不器用さが、人を傷つけたけれど。
 そうするほかに生きられない人だったのだ。
 だから、もう囚われる必要はない。

「行こうか」

 中森さんの声に、我に返る。

「ええ」

 出された手は軽く払って進む。

「ひどいな。エスコートしようとしただけなのに」
「ここ日本だからね。エスコートの必要ってないよね」
「練習が必要かと思ったんだけど」

 練習?

「何の?」
「お式?」

 ニヤリと笑う中森さんを無視して進む。

「勝手に言ってれば」
「言ってる」
「あんまり言ってると泊めないよ」
「えー……」
「ほら、うちに行くんなら、さっさと歩く!」

 不満そうな中森さんを見ながら、笑いが漏れる。
 中森さんとの関係がどうなるのかなんて、わからない。
 少なくとも、居心地のいい関係ではあるけれど。
 まだ、答えは出せない。
 ただ、後悔がないようにはしたいと思う。

 人は、いつ死ぬかわからないから。その運命は、誰にも分らないから。
 だけど、王妃のおまけだった時のように、自分の行動を制限されているわけではないから。
 だから、私が死ぬときに、後悔がないように生きたいと思う。
 それが、残された私にできることだから。

 完
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

安らかにお眠りください

くびのほきょう
恋愛
父母兄を馬車の事故で亡くし6歳で天涯孤独になった侯爵令嬢と、その婚約者で、母を愛しているために側室を娶らない自分の父に憧れて自分も父王のように誠実に生きたいと思っていた王子の話。 ※突然残酷な描写が入ります。 ※視点がコロコロ変わり分かりづらい構成です。 ※小説家になろう様へも投稿しています。

処理中です...