王妃のおまけ

三谷朱花

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「だけど、母はずっと、私がいることで不幸が起こるって、私のせいで誰も幸せにならないって!」

 私はおばさまの言葉が信じられなかった。本当にそれだけで、人が呪いの言葉を吐き続けることなんてできると思えなかった。
 おばさまとおじさまがハッと息をのむ。

「そんなひどいこと!」

 おばさまの目が傷ついて、ああ言わなければ良かった、と後悔する。

「……もしかして立夏ちゃん、あの事故も自分のせいだと思っている?」

 おじさまの指摘に、私は目を伏せた。

「本当に?」

 おばさまも狼狽えている。

「……そんなことは絶対ないよ。あれは、単なる不幸な事故だ」
「でも、私の誕生日ケーキなど買いに行かなければ、合わなかったかもしれない事故です。二十歳を過ぎてからは私の誕生日ケーキを買うこともなかったのに」

 私の手に触れる中森さんの手に力が入る。

「そんなわけない」

 小さく呟かれた声に、私は首を振る。

「直前に、父は母に怒っていたんです。……それも、私の事についての喧嘩でした……。私がいなければ、あの喧嘩は起こらなかったし、父が怒りの感情を残したまま車を運転することもなかった。珍しく私の誕生日ケーキなど買いに行かなければ、通ることもない道だったんだと思います」

 誰にも言えずにいた。あの事故の直前にあった喧嘩が自分のせいだったから。車から出て来たケーキも、私のためのものだったから。母の言葉は本当なんだって、自分を責めた。

「立夏ちゃん。全てを自分のせいにする必要はないんだよ……あれは、たまたま、あの時に起こってしまった事故だ」
「湊だって、あんな喧嘩がなければドライブしようって提案もしなかったのに……湊が死ぬ必要なんてなかったのに。私のせいで……」

 湊は私のためにしてくれたのに。私がいたから、私のせいで。後悔しない日はなかった。

「立夏ちゃん、駄目よ!」

 おばさまが立ち上がって私に近づいてくると、私を抱きしめた。

「確かに事故は不幸なことだったわ。だけど、立夏ちゃんのせいじゃない。どうしようもない運命だったの」

 おばさまの声は震えていた。

「ごめんなさい。もっと前に気付いてあげていれば、こんなに長い間立夏ちゃんが悩み続けることもなかったのに……」

 私は首を振る。

「でも……」
「立夏、その通りだよ」

 私の言葉を遮ったのは、中森さんだった。

「どうしようもない運命だった。誰かのせいじゃない。ただ、偶然が重なって、立夏がそう思い込んでしまっただけ。お母さんの呪いは、何も影響してない。ただ、立夏の心を蝕んだだけだ」
「そうだよ、立夏ちゃん。……美香子さんの言葉はひどい言葉だ。だけど、それに立夏ちゃんが囚われる必要はない。……それに、しばらく買ってなかった誕生日ケーキが用意されたんだろう? それは、3人がケーキを買って立夏ちゃんを祝おうって気持ちになってたからじゃないのかな?」

 祝う。
 どうして私の誕生日にケーキが用意されなくなったのか、それは、母が言った「もういい大人なんだから祝う必要はない」という言葉だった。
 あの出来事にも傷ついていた。だけど、それに黙って従った父にもショックを受けた。
 ふと、思う。
 じゃあ、誰がケーキを買おうとしたのか?
 言い出したのは弟だろう。だけど、5才の弟だけではケーキは買えない。じゃあ、誰が?
 母の言うことを優先していた父が、父だけで買ってくれるだろうか?
 もしかして、母が買おうと言ってくれた?
 まさか。
 でも。
 ケーキが存在したという事実は、間違いのないことだ。
 母は、私を祝ってくれようとしたんだろうか。勿論、正解はもう誰にも分からない。
 だけど、母の気持ちが私に向いていなければ、あのケーキは存在しないものだったと思う。

「立夏ちゃん。立夏ちゃんは、誰かを不幸になんてしないわ。……だって、私たち夫婦は、立夏ちゃんの存在がかわいくて仕方がなかったんだもの。立夏ちゃんが生まれてきてくれて良かったって、思っていたのよ?」
「そうだよ。うちは男ばっかりだろう? 女の子はかわいいって思ってたんだから」

 おばさまとおじさまの言葉に、涙があふれる。

「立夏、僕だって、立夏が生まれてきてくれて良かったと思ってる」

 中森さんの言葉に、ボロボロと涙がこぼれていく。
 
 自分に言い聞かせる。あの事故は、誰のせいでもない。
 ただ、新しい家族の形が始まるかもしれなかった、そのタイミングに、不幸にも起きてしまった事故だった。
 母が大きく変わったかはわからない。いや、きっと母は変われなかっただろう。母は不器用だった。父への愛を求めるだけの、そんな不器用さが、私たち家族を歪めていた。それはきっと、変わることはなかっただろう。
 だけど、私の誕生日を祝う気持ちも生まれていたのかもしれない。私達の関係に変化があったかもしれない。
 そんな未来があったかもしれない、その前に起こってしまった、不幸な事故だ。

「立夏ちゃんは、許してくれるかい?」

 おじさまの目は潤んでいる。

「おじさま。私たちは母の嘘に振り回されてしまっただけです。だから、おじさまを許すとか許さないとか、そんな話はありません。むしろ、ご迷惑をかけたのは私の母で、母を許してくれるかと、私が問わなければいけないところです」
「立夏ちゃん! さっきも言ったけど、美香子ちゃんは私がきちっと叱っておくから」
「私も一緒に叱っておく。だから、もう立夏ちゃんが気に病むこともないんだよ」

 二人の言葉に、涙が次から次へとこぼれていく。
 黙って横から差し出されたハンカチを受け取ると、涙をぬぐう。
 とんとんと背中をさすられる、その振動に私の気持ちも落ち着いていく。

 私の涙が収まったところで、顔を上げる。

 母がただ父の気持ちを望んだがために、あの居心地の悪い家を作り出したなんて……。
 私への言葉が、父の愛情の一部を受け取る私へのねたみだったのだとしても、せめてそんな嘘を辞めてくれてさえいれば……。
 私は母に対して、もっと違った態度を取れたかもしれないのに。

「母は……」

 口にしようとして、戸惑う。
 もし違うと言われたら?

「美香子ちゃんが、どうしたの?」

 いや、今事実を聞いた方がいい。傷つくのは1回で済ませたほうがいい。

「母は……私を産みたかったんですか」

 さっき離れた手が、また私の手を強く握った。

「立夏ちゃん……」

 おばさまが言葉に詰まって、ほろりと涙をこぼす。

「そうよね、そう思ってしまうかもしれないわね? でもね、立夏ちゃん。美香子ちゃんは、あなたが生まれてくるのを、楽しみにしてたのよ? それは、本当のことだから」
「そうだよ、立夏ちゃん。美香子さんはとても愛おしそうにおなかを撫でていた。私たちはそれを見ていたんだよ。だから、美香子さんが立夏ちゃんを産みたくなかったわけがないんだ」
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