王妃のおまけ

三谷朱花

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 10年間行けもしなかったお墓参りをしたら、全てがすっきりするんじゃないかと思っていた。
 事実に向き合う怖さも、私が囚われていた呪いも。
 あっけなく氷解するんじゃないかと思っていたのは、完全に甘い期待だった。
 確かに行く前より整理はできたと思う。
 けれど、新しく知った事実と、忘れていた事実に、私の心は少し重くなった。
 
 水場に桶を返すと、来るときにたどった参道を戻る。
 西日は強くても、両側に生い茂った木々が光をさえぎって、暑さは和らぐ。
 ふー、と息を吐いて下に向いていた視線を上に上げる。
 
 あり得ない姿に、足が止まる。
 私の視界に入ったのは、お昼前に別れたはずの中森さんだった。
 中森さんは手元にあったパソコンをバッグに入れると、参道の脇にあるベンチから腰を上げる。
 私が動けないでいるうちに、中森さんが私に近づいてくる。

「本気でストーカーする気ですか」

 動けなくても口は動く。

「何か言いたげに見られたから、着いてきてほしいのかな、と思って」

 そんな目で見た?
 記憶になくて首を横に振る。

「そんなこと言おうともしませんでしたけど」
「ほら、着いていこうか、って聞いた時。そんな目してたよ」
「……してません」

 したつもりなどなかった。……中森さんにどう見えたかは知らないけど。

「ここ、立夏のご家族が眠ってるところ?」

 悪気もなさそうに話題を変えた中森さんに、毒気を抜かれる。

「はい。そうです」
「手を合わせても?」
「……もうここまで来ておいて、今更じゃないですか」

 私がため息をついて来た道に体を向けると、中森さんが隣に並ぶ。

「本当にストーカーになる気ですか」
「いや。割と堂々としてたつもりなんだけど。切符も立夏の隣で買ったし」

 は?
 私が顔を向けると、中森さんがクスクスと笑う。

「気づくのかな、と思ったんだけど、乗り込むまでも気づかないし、新幹線は席が離れてたから仕方ないと思うけど、席立った時目が合ったかな、と思ったけど、気のせいだったみたいだし?」

 周りなんて全く気にもしていなかった。

「いや、単なるストーカーじゃないですか」
「同じバスに乗ったのにも気づいてなかったよね」
「ストーカー」
「ひどいな。こっちは気づかれずにショック受けてたって言うのに」
「……それならいっそ声かけたらいいのに。こんなに中森さんがイカレテル人だとは思いませんでした」

 4時間も、ひっそりと見てたとか……怖いから!
 中森さんが、イカレテル、と呟いて肩をすくめる。

「やだな、また心の距離が開いた」
「そう思うんなら、ストーカーなんかせずにそっとしておいてください」

 中森さんがため息をつく。

「前世でそっとしておいたら嘘とか隠し事とかされたから、今度は構うことにした」
「いきなり現れて構いすぎです。それに、待つんじゃなかったんですか」

 確か昨日、そう言っていたと記憶してるけど。

「何かを決意した目をしたから、見届けようかと思って」
「見届ける必要なんてありません」
「……本当は頼ってほしかっただけ。ごめん。親切の押し売りをしてるね」

 シュンとした中森さんに、やっぱりマシュー様とは違う、と思う。

「……マシュー様はもっと人との間合いは上手に取れてたと思うんですけど」
「単に立夏に嫌われるのが怖かっただけだよ。本当はもっと立夏の心の中をみたがっていた。立夏は単にその距離の取り方が居心地が良かっただけだよ。つかず離れず。本当はもっと立夏に近寄りたいと思ってた」
「……私の居心地のいい距離がわかってるなら、中森さんもそうしてください」

 私の言葉に、中森さんが首を横に振る。

「それじゃ、いつまでたっても、立夏は近くに居させてくれないから」
「強引にされても、近くには居させませんよ」

 呆れてため息が出る。

「素でいられない関係は嫌だし」
「……素を出しすぎです。自重してください」

 はー、とため息をついている間に、お墓の前に着く。どうぞ、とお墓の前に手を差し伸べる。

「ご両親と弟さん?」

 墓石の横に彫ってある名前を見た後、中森さんが目を見開いた。
 その日付が、私の誕生日だと気付いたのだろう。
 でも、中森さんは何も言わずに、お墓の正面に回ると手を合わせた。
 ちょっと長いともいえるほど手を合わせていた中森さんが、顔を上げて私を見る。

「立夏は頑張ったんだね」
「何もしてませんよ。お墓参りに来ただけです」
「でも、立夏はここに来たかったんでしょ?」

 私は返事をせずに目を伏せた。どうせ答えなくても中森さんにはばれているのだ。

「よく来てるの? 結構きれいにしてるよね?」
「……私じゃないです。遠縁の方と……父の親友が来てくださってるんです」
「そういう人がいてくれてありがたいね」
「そうですね。……私以外の人に参られた方が、家族も喜ぶと思うんです」
「立夏?」

 中森さんが怪訝そうな声を出す。

「そもそも幸せじゃなかったのは、私ができたからだって、私がいなければ父も母も結婚することはなくて、こんな哀しいことも起こらなかったのに」

 母に言われ続けた言葉をその通りだと思いたくなかった。だけど……。

「立夏!」

 強い声に、びくりとなる。
 私を抑えた手に力が入るのがわかる。

「自分でそんなこと言うな」 

 ぐっと言葉を飲み込んだ私の背中を、肩から離された手が撫でる。
 私を撫でていた手が、しばらくすると私の涙をぬぐう。

「立夏がいてくれないと、僕は困る」

 本当に困ったように眉を下げる中森さんに、私はただ首を横に振る。
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