王妃のおまけ

三谷朱花

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「子を成したことも教えてもらえなかったしな」
「……ずいぶん、変わった方を妻にされたのですね」

 気持ちを建て直せば、もうどんな話をされても、衝撃は少ない。……ゼロにはならないけど。
 王の子を成したのに教えないとか…むしろ、どうやって教えずに過ごせたのか知りたいぐらいだ。

「そうだ。変わった妻だった」

 そう文句を言いながらも、どこか楽しそうな中森さんの声色に、マシュー様の気持ちを読み取る。
 マシュー様は、その人を間違いなく愛していたのだ。

「愛しておられたのですね」

 その言葉が自分を傷つけるとわかっていても、つい口からこぼれてしまった。

「ああ。今も愛している」

 その返事に、私の瞳からこぼれた涙は、何なのか。
 考えたくはないけど、これは間違いなくマシュー様の復讐だろう。
 私の涙は、それを正しく受け取ったという合図だ。
 こうやってこの世界で巡り合うことができたのは、マシュー様に私への復讐が許されたということに他ならないだろう。
 私は私が引き起こした“災い”の報いを、正しく受け取らなければいけないだろう。

「妻になった方は幸せでしたね」

 私にその誰かを嫉妬する権利も、許さない権利もないのだ。
 中森さんが振り向く。

「本当にそうだろうか」
「ええ。マシュー様にそれほどまでに想われて、幸せだったと思います」
「だったら、その子はどうする気だ」

 中森さんの言葉に、思考が止まる。
 ……だったら? その子?
 中森さんが私に近づいてくる。

「子ができたんだろう?」

 ……どうして。一瞬よぎった言葉を否定する。

「何をおっしゃっているのかわかりません」
「もう嘘をつくな。お前の腹には私との子がいる。そうだろう」
「何のことですか」

 私の言葉に、中森さんは苦笑する。

「ほら、私の妻はひどい女だ。嘘ばかりつくし、子を成したことさえ教えてくれない」

 ……え?
 中森さんの言葉を頭の中で繰り返す。
 私の妻? 嘘ばかりつく? 

「……私との結婚は白紙にしたじゃないですか」

 にわかに信じられなくて、それでも信じたいとの気持ちもあって、その事実を突きつける。

「書類上はな。誰も私の心の中までは決められまい」
「……世継ぎがいたのではないんですか」

 まだ頭の中は混乱中だ。

「世継ぎ?」

 中森さんの眉間にシワが寄る。

「……軍を統べるために、育てていたと……」

 私の言葉に中森さんが呆れた表情になる。

「後進はたしかに育てた。だかなぜそれが私の子だとなる?」

 ……違った? 

「なんだそれに嫉妬したのか」

 あり得ない単語に驚く。

「嫉妬がわかるのですか」

 中森さんが、はー、とため息をつく。

「前世の記憶があるとは言え、この世界に30年近くいたのだ。それくらいわかる」

 中森さんが思った通りの年齢だと知って、ああやっぱり、と納得すると同時に疑問が沸き上がる。

「なぜ、この時代に、たった5つの差で転生できたのですか」

 確かにマシュー様が転生してきている以上、転生はあり得ないと言えはしない。だけどこうも近い世代で転生するのも難しいと思うのだ。
 たとえ偶然でも。

「だから、その石に呼ばれたと言っただろう」
「どういう意味ですか」
「幼きリッカがその手にその石を触れたのが、その時だからじゃないのか」
「幼い……私?」
「ああ、リッカと呼ばれていたし、母親らしき女性が今のお前と雰囲気が似てたから間違いはないだろう」

 この石と私と母が繋がらなくて、中森さんの言葉が理解できない。

「私がこの石を?」
「ああ。つけて欲しいとねだっていた。星をつけて欲しいと」

 星。手の中にある石を見る。

「まさか……」

 私がねだったものを、母がずっと持ってくれていたと言うの?

「だが、私が見たのは、その石だ。リッカか確かめたくて近くに寄ったから間違いない」
「……母にねだったものを買って貰ったことなどありません」
「確かに、リッカの母は許しはしなかったな」

 ほら、やっぱり、という思いと、なのにどうしてこれがここにあるのか、という思考が沸き上がる。

「このピアスは一体……」

 いつ母の手に? 

「一緒にいたリッカの父がこっそり買っていたぞ」

 父が?

「目元がよく似ている」

 中森さんが私の顔をじっと見る。

「リッカの母は叱っていたが、そのピアスを貰って存外嬉しそうにしていた」

 私が選び父が買ったそのピアスを、母はずっと持っていたと言うの?
 信じられなくて、首を横に振る。
 私の願いを父が叶え、それを贈られた母が喜ぶ。
 そんな姿など、想像したこともない。

「……確かにリッカの家族は普通の家族だな」

 マシュー様の魂が見た私たちは、どこにでもいそうな家族だったのか。

「そう……ですか。そう見えましたか」

 いつ、どこで、私たち家族のボタンは掛け間違ったんだろう。それとも、その場限りの幸せの情景だったんだろうか。母が捨てずにとっていたこのピアスは、掛け違えたボタンをもとに戻したいと願う気持ちの表れだったのか。……単に存在を忘れられていただけのものだったのか。

「リッカが言ったではないか。ずっと幸せばかりを感じるわけではないと」

 ……確かに言った。

「幸せだと感じない時が多くとも、それでも、幸せな時は確かにあった。違うか」
「違わないかもしれません。ですが、辛い記憶の方が多すぎて……」

 誰にも言ったことのない本音を口にしていると気づく。

「それでも、家族がいて幸せだと思えた時もあったのだろう?」

 幸せだと思えた時。

「弟の存在が救いでした」

 もう今更取りつくろおうと、中森さんにはきっとばれてしまっているだろう。 だから本音を口にした。

「でも、その弟は両親がいなければ生まれなかった。……それなら両親にも感謝できるんじゃないか」

 両親に感謝……。
 あの母に? 
 複雑な気持ちのまま頷くことはできなかった。

「リッカを辛い気持ちにさせた者を許せという話ではない。ただ、弟に生を与えたという事実は間違いない。だから、そのことだけ感謝すればいいんじゃないか」
「それだけ、ですか」
「ああ。それだけだ」

 確かに母の存在がなければ弟は生まれてこなかった。

「そこだけは、評価してもいいかも知れません」

 そうしなければ、弟の存在を否定してしまうことになりそうだから。

「立夏の母がいなければ、立夏の父がいなければ、私はこうやって立夏に出会うこともできなかったのだ。私は立夏の両親に感謝している」

 私の存在を望んでくれる人がいるということが、どれほど嬉しいことなのか、この人は知らないに違いない。
 今までこらえていた涙が頬にこぼれる。
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