王妃のおまけ

三谷朱花

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「おのれ、リッカめ!」

 忌々しそうに私の名を呼ぶぼんくらに、名を呼ばれたくないと思う。…私の名前が穢れそうだ。
 ふいに、立夏を選んだわけを思い出す。ああ、名前の由来は、そうだった…。

「王弟に王など務まるはずはない! 民が助かったから何だと言うのだ! 天災が何だと言うのだ! 貴族たちが是と言わぬぞ! なあ!」

 そう言って後ろを振り返ったぼんくらが見たものは、つい一時間ほど前には間違いなく自分に媚びへつらっていた大臣や騎士たちの冷え冷えとした視線だった。

「なんだお前たち!」

 さっきの言葉が発せられる前にはまだこのぼんくらを支持する表情をしていた人間もいなくはなかった。けれど、民をないがしろにする言葉に目が座ったものもいたし、それより何より天災がの下りに、信じられないという表情になりぼんくらを支持する気持ちは萎えたようだった。

「貴方は、天災が何を起こすか、知っていますか」

 きっと、500年前の話はこの国の皇太子であれば知っているはずなのに。

「知るか!うるさい音がして、いまいましい雨がたくさん降るだけであろう!」

 確かに、この間はそれだけで済んだ。

「人が死ぬのです。民だけでなく、貴族も王族も。身分など関係なく命が奪われるのです」
「それは昔話で我々を脅すための作り話であろう!」

 ここまでぼんくらとは。

「そう信じられる世界が、この平和と幸福が約束された世界でした。けれど、佐江様の命と共に、その約束は終わりを告げます」

 この時点ですら話を理解していなさそうなぼんくらに、いくら真実を告げても伝わりはしないだろう。
 マシュー様を見ると、私をじっと見ている視線と重なる。

「この国の王に必要なのは、確かに王の言うとおり、民を率いる力でしょう」

 私に残せるのは、マシュー様へのはなむけの言葉だけだ。
 ……これ以上魔力は無駄に使えそうにないから。できたらぼんくらに呪いをかけるよりもマシュー様に守りの魔法をかけたかったと思う。……マシュー様には断られそうな気がするけど。

「土地が荒れ人が亡くなっても、残された人は生きていこうとしています。私が願った発展はありませんでしたがこの世界でも、異世界と同じように、人は生きて行こうとするはずです。そこに必要なのは、民を率いていく王です」
「お前に言われたくはない」

 ぼんくらの言葉に、私が怖いためか明らかにではないけれど同調する様子を見せるものはそれなりにいる。私がこの世界の“平和と幸福”の約束を破りに来たんだから、それはそうだろう。

「統べる王がいなければ、きっと混乱が混乱を呼ぶだけになります」

 それでも私は、真実を残していきたいのだ。異世界で得た知識を残していきたいのだ…マシュー様のために。

「そ、そもそも王弟は、お前と結婚したんだったな! だから、王弟を王になるように仕向けたのであろう!」

 ……ぼんくらなら言うと思った。……他の人は私が怖くて今は口に出さないだろうけど。

「それを決めたのは王で、私ではない。……それに、私と王弟殿下は、白い結婚です。そこにいる後宮付きの騎士に確認するがいい」

 魔法で記憶は操作できる。だけど、今は無駄に記憶を操作したくなかった。魔力を残存するために。それに、後宮付きの騎士であれば、マシュー様に不利になるようなことは言わないと……信じられるから。

「おいお前! それは本当か」

 ぼんくらが一番近くにいる自分を縛る綱を持った騎士を見上げる。ぼんくらの綱を今持っていたのは、あの小うるさい騎士で、小うるさい騎士はぼんくらの顔を見ながら平然と頷いた。

「王弟殿下と魔女の間には何もございません」

 流石、後宮付きの騎士は他の城の騎士とは一味違うわ。

「本当か!? おい、お前!」

 ぼんくらは反対側に立つ静かな騎士に声をかける。

「はい。本当でございます。シュルツ様の名に誓って」

 ぼんくらがちょっと嬉しそうな顔をしたけど、それ、本気で嘘だからね。だってこの人たち、間違いなくマシュー様は尊敬しているけど、ぼんくらのことなんて心の奥底で一ミリも敬ってないと思うよ。
 ぷっと吹き出しそうになるのを辛うじて飲み込む。笑われているのを悟られたくないから少し目をそらしてから前を見れば、マシュー様は騎士と同じようなしれっとした表情をしていた。
 私の意図を正しく組んでくれたらしいとわかる。

 うん、マシュー様はぼんくらとは違う。
 自分の感情を優先したりしない。……王として優先すべきものがわかる人だ。

「そうか。……白い結婚か。だが、過ごす時間が多ければ情が移ることもあろう?」

 ぼんくらめ、まだ疑うのか。……それは自分の経験談だよね?

「それで、八重様を敬わず、手近にいた侍女に手を出されたのですね。そのことがこの世界に何を起こすとも考えず」
「い、今はそんな話はしておらぬ! お前が一方的に王弟に情が移ったんじゃないかと話している」

 ……そうか。私みたいなやせっぽっち(異世界では標準体重上限だけどね!)じゃ、マシュー様は興味はなかろうと。ああ、この世界の大多数の価値観ならそうだろう。

「魔女はつがいにしか興味は持たぬ。残念ながら王弟殿下は番ではない」
「つがい?」

 ぼんくらに教えてやろう。

「魔女は代々番は一人と決まっている。番と成した子が次の魔女だ。もうこの世界にはそんな話は伝わっていないと思うがな」

 つがい、と呟くのは、ぼんくらだけではなく、この場にいる大臣たちの中にもいる。皆がこのことを信じてくれればいい。

「残念ながら私の番は500年前に天変地異によって命を失った」

 500年前、私の番だと思っていた人間は、私の番にはなりえなかったのだ。
 正確には、私の番になると思っていた幼馴染のアシュアは……孤児のはずだったアシュアは、在りし日の王の落としだねで、天変地異で継ぐ者がいなくなってしまった城に王として担ぎ上げられてしまった。
 王族と魔女は交わることはできない。そう、教えられていたから。
 アシュアと私は、番になることは叶うことはなかった。
 だから、そういう意味で、私の番は天変地異によっていなくなってしまった。

 ……ただ、もし私が魔法陣に命を懸けて魔力を込めずに生きながらえていたら、私は他に番を求めて子を成していただろう。アシュアを諦めなくてはいけなくても、アシュアのために次の魔女を産んだだろう。それが、私の……魔女なりの、アシュアへの愛だった。
 番は、誰と決まってはいない。だから、そんなこともできるのだ。
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