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……手詰まりになっている今現在、城から出ることなく状況を変えられるのは願ったり叶ったりだ。ただ、今以上に見張りの目は厳しくなるのかもしれないから(情報漏洩防止のため)今以上に気を張らないといけないけど。
「あの、八重さまには会うことは出来ますか」
高野さんとの情報交換は続けられるのだろうか。
「……お前が八重さまに絡むのも嫌がられていると知っているだろう」
「知っていますが、八重さまが希望されていますから」
「便宜は図ろう。結婚したから会いに来られなくなった、という理由が今頃伝えられているはずだ」
「週に一回でもいいですから」
皇太子と高野さんが結婚するのは、皇太子の25の誕生日である3か月後。それまで会う算段をわざわざつけなくても会えるようにしておきたい。
「皇太子に借りを作りたくはないのだがな」
「……マシュー様の甥ではないですか」
「血のつながりは半分しかないうえに、王位継承権もない立場だ」
「でも、騎士団の長になっているんですよね? 十分要職だと思いますけど」
「……この世界は平和だ。騎士団などお飾りにすぎん。500年以上前にあった慣習みたいなもので存在している貴族の職場の一つなだけだ」
……お飾りの騎士団の長。
「名誉職?」
「わざわざ口にするな」
不本意そうにマシュー様が私をにらむ。ひえっ。殺気はもうおなかいっぱいです!
視線を下げると、マシュー様の体が目に入る。
「それでも、体は鍛えているんですね。…何かが起こったときのために」
「……笑いたければ笑えばいい。起こりもしない何かのために鍛えているこの私を」
……もしかしたらマシュー様は誰かに笑われたことがあるのかもしれない。でも、私には笑うことなどできない。
「マシュー様が一番、この世界のことを考えているのかもしれませんね」
異世界から王妃を召喚し、その上に築かれた平和と幸福の上に胡坐をかくこの世界の誰よりも。
侍女に現を抜かす皇太子も、平和ボケしたあの騎士たちも、異世界の生活を異世界の人生を突然奪われてしまった歴代王妃たちに悲しみが全くなかったと思っているのか。
異世界から召喚された王妃たちが悲しみにとらわれて逃げ出すとは思わないのか。
自分たちが胡坐をかいている平和と幸福が崩れることがあるかもしれないことを考えたことはないのか。
……侍女に現を抜かす皇太子は、この世界の王が何を求められているのか、考えたことはないのか。
「……そんな高尚なものではない」
マシュー様の声に、他の所に飛んでいた意識が戻ってくる。
……何を考えていたんだろう。
「ところで、いつ結婚することになるんですかね?」
できるだけ早い方が条件的にはいいけど、王族の結婚だとすると少なくても1か月後とか? ……まさか4か月後とか言われたら(高野さんは結婚4か月前に召喚された)、結婚のメリットは全くないかも?
「今だ」
ほえ?
「今?」
「ああ。何か問題があるか」
「……あるような気がしますけど……」
まさか今すぐとは。できるだけ早い方がいいとは思ったけど!
「お前は体一つしかないんだろう。特に用意するものもない、私の居住場所に移動するだけの話だ」
「……まあ、そうですけどね」
「じゃあ、行くぞ」
なるほど、これは単に結婚宣言だけじゃなくて、輿入れの儀式につながっていたのか!
……と言っても、着の身着のままの輿入れだけどね!
……望まれてない感が半端ない……。いや、いいんだけどね!
マシュー様の居住場所に向かう廊下は、王の間へと続く廊下の豪華絢爛とも、使用人用の廊下の質素さとも違う素朴な美しさのある装飾に彩られていた。
その素朴な美しさにどこか懐かしさを覚えて、さっき焦っているときはこの廊下を見ても何も思わなかったのに、心に幾分余裕があると、記憶のどこかにある物語が顔を出すのだと、我がことながら呆れてしまう。
「この廊下の雰囲気は他のところと違いますね」
「ここは……それこそこの城をたてた頃とあまり変わっていないらしいからな。他のところはもっとごてごてした装飾を後から施している」
なるほど。
「こっちの方がごてごてしてなくて好きですけどね」
「こっちは、ずっと使われていなかった後宮だからな。飾り立てる必要もないところだった。だから築城当時のままだと聞いている」
……つまり? 側室がいるのは前王だけってこと?
「こちらには、マシュー様しか住んでいないんですか」
「……いや。母も住んでいる」
もしかしなくても、左麻痺なのってマシュー様のお母様?
……あれ、お母様はここにいるけど、お父様……前王は?
「そう言えば、前王様ってどこに? 退位した後ってどこに行くんですか」
「離宮があってそこに住んでいた。そもそも生きていれば75を過ぎている。生きているわけもない」
この言い方だと、この世界の寿命って短め? ……まあ、あの体型が普通なら、成人病にもなりやすいかもね。
「皆さん、何歳くらいまで生きるんですか」
「大体60くらいだろうな。70まで生きるやつも居なくはないが、稀だな」
やっぱり。
「食事変えたら長生きしそうですけどね」
私に与えられていた食事は、こってりがっつりで、35になって少々胃もたれを覚えるようになった身には、毎食はきつかった。これは拷問の類いかと思ったけど、食事を下げてくれる侍女がいつも信じられないと言いたげな目で残された食事を見ていたので、きっと残すのはマナー違反か、これくらい食べれる量だろうと思われているのだと思う。
「……城の食事は味が濃すぎるが、栄養は十分だろう」
「栄養が多すぎます。あれじゃ太らせる気満々じゃないですか」
「……それが目的だろう」
そうだ。この世界はふっくらが美だ。ふっくらが正義だ。
「……そうでしたね」
こちらの世界基準で言えばやせっぽっちのわたしが栄養を与えられるべくこってりがっつりの食事が与えられていたのかもしれないと、今更気付く。そうか、貴族に嫁がせるためにも、私は望まれるように太らなければいけなかったのか。……一応、運動も何もしない体だから、年齢相応に脂肪は蓄えてるんだけど。おなかのあたりとか二の腕とか。筋力なんてありもしない。
「あの、八重さまには会うことは出来ますか」
高野さんとの情報交換は続けられるのだろうか。
「……お前が八重さまに絡むのも嫌がられていると知っているだろう」
「知っていますが、八重さまが希望されていますから」
「便宜は図ろう。結婚したから会いに来られなくなった、という理由が今頃伝えられているはずだ」
「週に一回でもいいですから」
皇太子と高野さんが結婚するのは、皇太子の25の誕生日である3か月後。それまで会う算段をわざわざつけなくても会えるようにしておきたい。
「皇太子に借りを作りたくはないのだがな」
「……マシュー様の甥ではないですか」
「血のつながりは半分しかないうえに、王位継承権もない立場だ」
「でも、騎士団の長になっているんですよね? 十分要職だと思いますけど」
「……この世界は平和だ。騎士団などお飾りにすぎん。500年以上前にあった慣習みたいなもので存在している貴族の職場の一つなだけだ」
……お飾りの騎士団の長。
「名誉職?」
「わざわざ口にするな」
不本意そうにマシュー様が私をにらむ。ひえっ。殺気はもうおなかいっぱいです!
視線を下げると、マシュー様の体が目に入る。
「それでも、体は鍛えているんですね。…何かが起こったときのために」
「……笑いたければ笑えばいい。起こりもしない何かのために鍛えているこの私を」
……もしかしたらマシュー様は誰かに笑われたことがあるのかもしれない。でも、私には笑うことなどできない。
「マシュー様が一番、この世界のことを考えているのかもしれませんね」
異世界から王妃を召喚し、その上に築かれた平和と幸福の上に胡坐をかくこの世界の誰よりも。
侍女に現を抜かす皇太子も、平和ボケしたあの騎士たちも、異世界の生活を異世界の人生を突然奪われてしまった歴代王妃たちに悲しみが全くなかったと思っているのか。
異世界から召喚された王妃たちが悲しみにとらわれて逃げ出すとは思わないのか。
自分たちが胡坐をかいている平和と幸福が崩れることがあるかもしれないことを考えたことはないのか。
……侍女に現を抜かす皇太子は、この世界の王が何を求められているのか、考えたことはないのか。
「……そんな高尚なものではない」
マシュー様の声に、他の所に飛んでいた意識が戻ってくる。
……何を考えていたんだろう。
「ところで、いつ結婚することになるんですかね?」
できるだけ早い方が条件的にはいいけど、王族の結婚だとすると少なくても1か月後とか? ……まさか4か月後とか言われたら(高野さんは結婚4か月前に召喚された)、結婚のメリットは全くないかも?
「今だ」
ほえ?
「今?」
「ああ。何か問題があるか」
「……あるような気がしますけど……」
まさか今すぐとは。できるだけ早い方がいいとは思ったけど!
「お前は体一つしかないんだろう。特に用意するものもない、私の居住場所に移動するだけの話だ」
「……まあ、そうですけどね」
「じゃあ、行くぞ」
なるほど、これは単に結婚宣言だけじゃなくて、輿入れの儀式につながっていたのか!
……と言っても、着の身着のままの輿入れだけどね!
……望まれてない感が半端ない……。いや、いいんだけどね!
マシュー様の居住場所に向かう廊下は、王の間へと続く廊下の豪華絢爛とも、使用人用の廊下の質素さとも違う素朴な美しさのある装飾に彩られていた。
その素朴な美しさにどこか懐かしさを覚えて、さっき焦っているときはこの廊下を見ても何も思わなかったのに、心に幾分余裕があると、記憶のどこかにある物語が顔を出すのだと、我がことながら呆れてしまう。
「この廊下の雰囲気は他のところと違いますね」
「ここは……それこそこの城をたてた頃とあまり変わっていないらしいからな。他のところはもっとごてごてした装飾を後から施している」
なるほど。
「こっちの方がごてごてしてなくて好きですけどね」
「こっちは、ずっと使われていなかった後宮だからな。飾り立てる必要もないところだった。だから築城当時のままだと聞いている」
……つまり? 側室がいるのは前王だけってこと?
「こちらには、マシュー様しか住んでいないんですか」
「……いや。母も住んでいる」
もしかしなくても、左麻痺なのってマシュー様のお母様?
……あれ、お母様はここにいるけど、お父様……前王は?
「そう言えば、前王様ってどこに? 退位した後ってどこに行くんですか」
「離宮があってそこに住んでいた。そもそも生きていれば75を過ぎている。生きているわけもない」
この言い方だと、この世界の寿命って短め? ……まあ、あの体型が普通なら、成人病にもなりやすいかもね。
「皆さん、何歳くらいまで生きるんですか」
「大体60くらいだろうな。70まで生きるやつも居なくはないが、稀だな」
やっぱり。
「食事変えたら長生きしそうですけどね」
私に与えられていた食事は、こってりがっつりで、35になって少々胃もたれを覚えるようになった身には、毎食はきつかった。これは拷問の類いかと思ったけど、食事を下げてくれる侍女がいつも信じられないと言いたげな目で残された食事を見ていたので、きっと残すのはマナー違反か、これくらい食べれる量だろうと思われているのだと思う。
「……城の食事は味が濃すぎるが、栄養は十分だろう」
「栄養が多すぎます。あれじゃ太らせる気満々じゃないですか」
「……それが目的だろう」
そうだ。この世界はふっくらが美だ。ふっくらが正義だ。
「……そうでしたね」
こちらの世界基準で言えばやせっぽっちのわたしが栄養を与えられるべくこってりがっつりの食事が与えられていたのかもしれないと、今更気付く。そうか、貴族に嫁がせるためにも、私は望まれるように太らなければいけなかったのか。……一応、運動も何もしない体だから、年齢相応に脂肪は蓄えてるんだけど。おなかのあたりとか二の腕とか。筋力なんてありもしない。
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