王妃のおまけ

三谷朱花

文字の大きさ
上 下
3 / 67

しおりを挟む
 毎日1時間の高野さんとの会話の時間は、初日に離れ離れになる前に高野さんの希望で決まった。不安で怯えて見せる高野さんが連れて行かれる私と毎日会いたいと言ってくれたことは、私にとっても救いではあった。だって、もし高野さんと会えないとしたら、私の命を奪っていたとしても、何とでも誤魔化せてしまうから。
 この世界の人が私の代役を作れないのは、私が彼らに理解できない高野さんと共通の仕事をしていたから、ということと、魔法という存在がないために、私と同じ顔をした同じ体型の人間を作ることができないからだ。……魔法があっても難しいのかもしれないけど。

 ではなぜこの世界に異世界人を召喚することができるのかと言えば、それは最後の魔法なのだという。

 王の間の玉座の裏に、召喚するための魔法陣が刻み付けられていて、そして皇太子が適齢期になった時にその皇太子が決められた呪文を唱えることで王妃(予定者)を召喚できる、という作りらしい。これは500年前にいた最後の魔女が作ったシステムで、それ以降魔女と呼ばれる存在は出てきていないのだという。
 まあこれは、召喚された初日に、ぶくぶくに太ったなんとか大臣が、とっても得意そうに説明してくれたから知ってるのだけど、本来なら、一般の人はそんな細かいこと知らないと思う。……たぶん、だけど。だってこの世界の人とほとんど会話らしい会話をできてないから、聞くことも不可能だから。

 でも、どうしてその最後の魔女は、この世界に平和と幸福をもたらすためにそんなシステムを作り上げたのかについては、謎のままだ。……誰にも聞くことができないから。もしかすると高野さんはその話をきちんと聞いているのかもしれないけど、たった1時間の間に聞く話としては長すぎると思ってやめている。元の世界に戻ったときに聞けばいいか、と思っているから。

 曲がる道に差し掛かって、前を歩く騎士を見る。騎士の歩みはその体型からも想像できる通りにのんびりだ。だから私もこうやって物思いにふけりながら歩くことができる。騎士は後ろを振り向くことさえしない。私がどこかに逃げ出すともちらりとも思っていないんだろう。本当に平和ボケしていると思う。……まあ、ほとんど何の情報も持ってない今逃げ出すことが得策だとは思っていないから逃げはしないけど、騎士という仕事をしてるんだからもう少し緊張感を持ってほしいと思うのは、異世界の話を読みすぎたせいなのだろうか。

 私と高野さんの部屋はそれこそ城の端から端と言っていい距離なんだと思う。この城の全貌を知るわけがないので、歩いている距離感からそう思っているだけなんだけど。まあ片や王妃(予定者)、片や不審者。この二人を近くに居させる道理なんてないんだけど。
 私が通る道は、基本的に窓は少なくて、光の弱い道ばかりだ。それが使用人用の道なのだと言われれば、まあそうなんだろうと思う。私にあてがわれた部屋も、使用人用の部屋で、本来なら2人部屋なんだろうけど、不審者である私を誰かと同室にするわけにもいかなかったんだろう、二つベッドが並んだ部屋を一人きりで使っている。プチ贅沢。ただし軟禁中。

 また曲がる道で前を見れば、騎士は明らかにつまらなさそうにあくびをした。……本当に大丈夫なんだろうか。この平和ボケ具合は、元いた世界……日本とよく似ているかもしれないと思う。自分がいるところだけは平和だと、みんな信じて疑っていなかったから。その平和ボケ具合については、懐かしい気さえする。
 この廊下も、最初に通った時にデジャブを感じた。本当に謎でしかない。最初の日、玉座の裏に召喚された時にも、その空間にデジャブを感じていて、ずっと困惑していた。何にデジャブを感じたのか、それは今でも謎なのだけど。

 もしかしたら、いつかやったゲームか、いつか読んだ異世界の物語に、似た世界があったのかもしれないな、と思っている。
 35歳まで彼氏もおらず、同世代は皆結婚していて、仕事と仕事のための勉強しかすることのない私は、余った暇をゲームかティーンズラブの小説かネット小説を読むのに費やしていて、その数は結構な数で、よほどのお気に入りの作品でなければ、具体的な作品名など出てこない。
 なので、デジャブは異世界の世界観にどっぷりとつかりすぎたせいで感じるもので、きっと気のせいなのだと結論付けた。

 初日、うろたえる高野さんが私を冷静にならないとと逆に思わせたということもあった。けど、事実は小説より奇なりなのかもしれないと、他人事のように冷静になれたのは、その物語の主人公が私ではなくて高野さんだった、ということもあるんだと思う。それに、高野さんの様には、元の世界に執着は強くなかったからかもしれない。
 仕事が趣味みたいなもので、心残りと言えば途中で放り出すことになってしまった患者さんとそれに付随する仕事ぐらいで、ああそういえば、あの日の午後は私の研究に興味を持った人が見学に来る予定だったのに、それを語ることができなかったということぐらいしか心残りがない。自分でもそれはどうかと思わないでもないけど、頼る家族も既になく、彼氏を作る予定もなく、仲の良かった友達も皆家庭を築いて既に幸せに暮らしていることを知っているから、人に関してそれほど執着はなかった。
 それで、もしかしたらそんな物語の中に転移させられたのかもしれない、と思いはしたけど、結局今は、私は単なるモブでしかないと理解している。

 ふと光を感じて左側を見れば、大きな窓があって、外にある庭園を歩いている人が見えた。

ひだり麻痺まひ……」
 歩いている人は左側を引きずっているし、左腕も不自然に屈曲している。それは、元の世界の仕事場である病院で見たことがある、左麻痺の人、だった。
 え?
 我に返る。

 左麻痺の人を見かけたことにではない。
 ここに大きな窓がある、ということに我に返った。
 キョロキョロと見回してみれば、見覚えのない通路で、私の前には騎士の姿はない。
 私がいつも通る通路はこんな大きな窓はないし、こんな庭園も初めて見た。

 どうやら道を間違えたらしい、と気づいて窓を右側にして速足で道を進む。気が付いた時に窓が左側だったということは、右側にすれば元の道に戻れるはずだと咄嗟に判断した。
 流石に許可もなく城の中を歩き回るのはまずいだろう。何の糸口も見つからない状態でこの城を追い出されるのもごめんだし、命を取られるのもごめんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

処理中です...