王妃のおまけ

三谷朱花

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 毎日1時間の高野さんとの会話の時間は、初日に離れ離れになる前に高野さんの希望で決まった。不安で怯えて見せる高野さんが連れて行かれる私と毎日会いたいと言ってくれたことは、私にとっても救いではあった。だって、もし高野さんと会えないとしたら、私の命を奪っていたとしても、何とでも誤魔化せてしまうから。
 この世界の人が私の代役を作れないのは、私が彼らに理解できない高野さんと共通の仕事をしていたから、ということと、魔法という存在がないために、私と同じ顔をした同じ体型の人間を作ることができないからだ。……魔法があっても難しいのかもしれないけど。

 ではなぜこの世界に異世界人を召喚することができるのかと言えば、それは最後の魔法なのだという。

 王の間の玉座の裏に、召喚するための魔法陣が刻み付けられていて、そして皇太子が適齢期になった時にその皇太子が決められた呪文を唱えることで王妃(予定者)を召喚できる、という作りらしい。これは500年前にいた最後の魔女が作ったシステムで、それ以降魔女と呼ばれる存在は出てきていないのだという。
 まあこれは、召喚された初日に、ぶくぶくに太ったなんとか大臣が、とっても得意そうに説明してくれたから知ってるのだけど、本来なら、一般の人はそんな細かいこと知らないと思う。……たぶん、だけど。だってこの世界の人とほとんど会話らしい会話をできてないから、聞くことも不可能だから。

 でも、どうしてその最後の魔女は、この世界に平和と幸福をもたらすためにそんなシステムを作り上げたのかについては、謎のままだ。……誰にも聞くことができないから。もしかすると高野さんはその話をきちんと聞いているのかもしれないけど、たった1時間の間に聞く話としては長すぎると思ってやめている。元の世界に戻ったときに聞けばいいか、と思っているから。

 曲がる道に差し掛かって、前を歩く騎士を見る。騎士の歩みはその体型からも想像できる通りにのんびりだ。だから私もこうやって物思いにふけりながら歩くことができる。騎士は後ろを振り向くことさえしない。私がどこかに逃げ出すともちらりとも思っていないんだろう。本当に平和ボケしていると思う。……まあ、ほとんど何の情報も持ってない今逃げ出すことが得策だとは思っていないから逃げはしないけど、騎士という仕事をしてるんだからもう少し緊張感を持ってほしいと思うのは、異世界の話を読みすぎたせいなのだろうか。

 私と高野さんの部屋はそれこそ城の端から端と言っていい距離なんだと思う。この城の全貌を知るわけがないので、歩いている距離感からそう思っているだけなんだけど。まあ片や王妃(予定者)、片や不審者。この二人を近くに居させる道理なんてないんだけど。
 私が通る道は、基本的に窓は少なくて、光の弱い道ばかりだ。それが使用人用の道なのだと言われれば、まあそうなんだろうと思う。私にあてがわれた部屋も、使用人用の部屋で、本来なら2人部屋なんだろうけど、不審者である私を誰かと同室にするわけにもいかなかったんだろう、二つベッドが並んだ部屋を一人きりで使っている。プチ贅沢。ただし軟禁中。

 また曲がる道で前を見れば、騎士は明らかにつまらなさそうにあくびをした。……本当に大丈夫なんだろうか。この平和ボケ具合は、元いた世界……日本とよく似ているかもしれないと思う。自分がいるところだけは平和だと、みんな信じて疑っていなかったから。その平和ボケ具合については、懐かしい気さえする。
 この廊下も、最初に通った時にデジャブを感じた。本当に謎でしかない。最初の日、玉座の裏に召喚された時にも、その空間にデジャブを感じていて、ずっと困惑していた。何にデジャブを感じたのか、それは今でも謎なのだけど。

 もしかしたら、いつかやったゲームか、いつか読んだ異世界の物語に、似た世界があったのかもしれないな、と思っている。
 35歳まで彼氏もおらず、同世代は皆結婚していて、仕事と仕事のための勉強しかすることのない私は、余った暇をゲームかティーンズラブの小説かネット小説を読むのに費やしていて、その数は結構な数で、よほどのお気に入りの作品でなければ、具体的な作品名など出てこない。
 なので、デジャブは異世界の世界観にどっぷりとつかりすぎたせいで感じるもので、きっと気のせいなのだと結論付けた。

 初日、うろたえる高野さんが私を冷静にならないとと逆に思わせたということもあった。けど、事実は小説より奇なりなのかもしれないと、他人事のように冷静になれたのは、その物語の主人公が私ではなくて高野さんだった、ということもあるんだと思う。それに、高野さんの様には、元の世界に執着は強くなかったからかもしれない。
 仕事が趣味みたいなもので、心残りと言えば途中で放り出すことになってしまった患者さんとそれに付随する仕事ぐらいで、ああそういえば、あの日の午後は私の研究に興味を持った人が見学に来る予定だったのに、それを語ることができなかったということぐらいしか心残りがない。自分でもそれはどうかと思わないでもないけど、頼る家族も既になく、彼氏を作る予定もなく、仲の良かった友達も皆家庭を築いて既に幸せに暮らしていることを知っているから、人に関してそれほど執着はなかった。
 それで、もしかしたらそんな物語の中に転移させられたのかもしれない、と思いはしたけど、結局今は、私は単なるモブでしかないと理解している。

 ふと光を感じて左側を見れば、大きな窓があって、外にある庭園を歩いている人が見えた。

ひだり麻痺まひ……」
 歩いている人は左側を引きずっているし、左腕も不自然に屈曲している。それは、元の世界の仕事場である病院で見たことがある、左麻痺の人、だった。
 え?
 我に返る。

 左麻痺の人を見かけたことにではない。
 ここに大きな窓がある、ということに我に返った。
 キョロキョロと見回してみれば、見覚えのない通路で、私の前には騎士の姿はない。
 私がいつも通る通路はこんな大きな窓はないし、こんな庭園も初めて見た。

 どうやら道を間違えたらしい、と気づいて窓を右側にして速足で道を進む。気が付いた時に窓が左側だったということは、右側にすれば元の道に戻れるはずだと咄嗟に判断した。
 流石に許可もなく城の中を歩き回るのはまずいだろう。何の糸口も見つからない状態でこの城を追い出されるのもごめんだし、命を取られるのもごめんだ。
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