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第一章 駆け出し冒険者は博物学者
#41
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いきなりだが、ここでこの世界の暦についてを説明しよう。
この世界(この国)の暦は、基本的に月齢に合わせる『太陰暦』が使用される。つまり、一ヶ月は29日乃至は30日となる。
しかし何年かに一度閏月が挿入されるのだが、「何月と何月の間に閏月が挿入される」かは王都精霊神殿の天文官が決定する。
閏月挿入のルールはあるようだが、詳しい計算を理解出来る人は少なく(19年に約7回挿入される。どの月の後に閏月が挿入されるかは、その年によって違う)、地方では難しいことは言わずに閏月がある年は13ヶ月目に挿入する。結果、王都の暦と地方の暦がずれてしまうことになる。
よって、一年を三ヶ月ごとに区切り、「春の一の月」「春の二の月」「春の三の月」と呼ぶようにするのが一般的である。なお閏月がある年は、「歳の末の月」が追加挿入される。
また斯様に計算が難しいことからも、一般市民にとって暦はあまり馴染まない。「ひと月=月が一巡り」「一年は春夏秋冬の四季」「新年は全国共通」これだけで充分なのである。
それもあり、新年、春分、夏至、秋分、冬至、の5節気は盛大に祝うのである。
★☆★ ☆★☆
俺がハティスの街に入ったのが、カナン暦697年夏の一の月のはじめ。
そして、迷宮踏破を目論み街を出たのが、697年秋の三の月のおわり。
まだ二つの季節しか過ごしていないが、気が付いたら随分と守るものが増えていた。
もう一度会いたいと思える顔が増えていた。
これまでの、生家での9年間はおろか、前世の数十年の人生でも、ここまで他人と深く関わったことはなかったと思う。
だけどアリシアさんに言わせると、俺は子供たちの父親役なのだそうだ。
なら、いつまでも実父の影を恐れている訳にはいかないだろう。
そして、子供はいつか父親のもとを離れて独り立ちするものだ。
なら、早いうちから『父親役』のいない日常を体験するのは子供たちにとっても悪くないことの筈。
セラさんの孤児院にお邪魔するようになり、「守りたい」と思えるものを見つけた。
けど、それより早く、現世の俺がこの世界で自我を持った時に望んだことは、「この世界を知りたい」だ。
この世界を知る為に、この世界と前世の世界の最も大きな違いの一つ、迷宮を識りたい。それが、ダンジョンを目指す、最大の目的なのだから。
◇◆◇ ◆◇◆
ダンジョンへの道行きは、思った以上に順調である。
盗賊や野獣との遭遇があるかと思ったがそれもなく、襲われている貴族の馬車を颯爽と助け馬車の中の美女に感謝されるといった場面もない。
精々食用に足る鳥獣を狩り、孤児院の子供たちへのお土産にしようとほくそ笑む程度である。
だから歩きながら、いくつかの考察と研究を行った。
ひとつは、魔石と神聖金属製の武具の性質について。
これは、前提としてはどちらも性質は同じである。どちらも、使用者(着用者)の意思を叶える方向で周囲の魔力を誘導する。
その為神聖金剛石でコーティングされた戦闘ナイフは、自ら進み出て敵を切り裂くように動き、結果使い手の負担を最小とする。
同じく魔石を埋め込んだ革鎧は、豚革(正確には魔猪の革だが)独特の軽さと柔らかさと通気性の良さ、そして耐久性の高さ(これは劣化し難いということであり、防刃性とか耐衝撃性を意味するものではない)を維持したまま、受ける衝撃を最小限にすることが出来る。
このことから、目論んでいたある魔法の研究を休止することにした。
考えていたのは、斬撃を無属性魔法で強化出来ないか、ということ。
現在戦闘に使用する無属性魔法は、次の通りである。
Lv.1【物体操作】
派生01.〔肉体・操作〕
派生02a.〔投擲〕
派生02b.〔穿孔投擲〕
派生02c.〔突撃〕
これの派生02d.として、『斬撃』という魔法を研究していたのだが、“叩き斬る”と“撫で斬る”の刃の動きは大きく違う。撫で斬る動きを大げさに表現すると、目標に当たるまでは直線で、ぶつかったの瞬間から手前に引く、という動作になる。
この二方向の運動を、瞬時のズレもなく適切なタイミングで行えるように事前に登録する。……どう考えても無理がある。
投げて、投げっ放しで終わる〔投擲〕や〔穿孔投擲〕、ぶつかって、止まって、引く〔突撃〕とは術の繊細さがまるで違う。またリアルタイムで制御出来る〔肉体操作〕ほどの猶予もない。そんなことを考えるくらいなら、むしろリック親父に「回転鋸のこぎり」でも作ってもらった方がよっぽど有用だろう。
結局、今はまだアダマンタイトの性質に頼ることにして、身体の成長を待つことにした。
とはいっても、魔法そのものの研究までは止めるつもりはない。
固体操作たる【物体操作】は、もはや応用段階に入っている。
そして、その“次”と謂える「無属性魔法Lv.2【群体操作】」も、実は既に完成している。
ところが、これは使い勝手が非常に悪いのだ。
群体操作とは、砂とか石とか、同種同サイズ無数の物体を、それ全体で一つと見做みなし、一体の物として操作する魔法なのだが、「それが一体何になる?」というのが実際のところ。
「同種同サイズ無数」とは、術者の主観に拠るから、例えば「土」もこの魔法で操作出来る。ではそれで何が出来る?
この魔法を使ってやったことは、実は孤児院の、肥溜めにする穴を掘ること。
つまり土木作業には向くが、それ以外に使いでのない、無駄魔法になってしまったのである。
まぁ「同種同サイズ」は術者の主観に拠るから、砂の中から砂金や砂鉄を探し出すことは出来る、と考えると、結構有用と言えるかもしれないが。でもダンジョン攻略の役には多分立たないだろう。
目下の研究テーマは、「無属性魔法Lv.3【流体操作】」。
これは、完成すればおそらく有用性は高い。
何故なら、水属性魔法は水と氷を司り、「水を呼び出し、操作する」ことを原則としている。その、「操作する」の部分を無属性で模倣するのだ(実を言うとLv.1【物体操作】とLv.2【群体操作】で、土属性魔法は模倣出来る。とはいえかなり精緻に魔法理論を設計しないと面倒なことになるが)。
「水を呼び出す」という内容は今回期待していない(これが【流体操作】で実現出来るものではないことは、前世地球の初歩の科学知識に照らせばすぐにわかるから)。そして「水」ではなく「流体」を操作出来るということは……。
◇◆◇ ◆◇◆
そんな益体もないことを考えながら歩きつつ、ハティスの街を出て4日目の夕刻。『鬼の迷宮』の門前町に到着した。
この世界(この国)の暦は、基本的に月齢に合わせる『太陰暦』が使用される。つまり、一ヶ月は29日乃至は30日となる。
しかし何年かに一度閏月が挿入されるのだが、「何月と何月の間に閏月が挿入される」かは王都精霊神殿の天文官が決定する。
閏月挿入のルールはあるようだが、詳しい計算を理解出来る人は少なく(19年に約7回挿入される。どの月の後に閏月が挿入されるかは、その年によって違う)、地方では難しいことは言わずに閏月がある年は13ヶ月目に挿入する。結果、王都の暦と地方の暦がずれてしまうことになる。
よって、一年を三ヶ月ごとに区切り、「春の一の月」「春の二の月」「春の三の月」と呼ぶようにするのが一般的である。なお閏月がある年は、「歳の末の月」が追加挿入される。
また斯様に計算が難しいことからも、一般市民にとって暦はあまり馴染まない。「ひと月=月が一巡り」「一年は春夏秋冬の四季」「新年は全国共通」これだけで充分なのである。
それもあり、新年、春分、夏至、秋分、冬至、の5節気は盛大に祝うのである。
★☆★ ☆★☆
俺がハティスの街に入ったのが、カナン暦697年夏の一の月のはじめ。
そして、迷宮踏破を目論み街を出たのが、697年秋の三の月のおわり。
まだ二つの季節しか過ごしていないが、気が付いたら随分と守るものが増えていた。
もう一度会いたいと思える顔が増えていた。
これまでの、生家での9年間はおろか、前世の数十年の人生でも、ここまで他人と深く関わったことはなかったと思う。
だけどアリシアさんに言わせると、俺は子供たちの父親役なのだそうだ。
なら、いつまでも実父の影を恐れている訳にはいかないだろう。
そして、子供はいつか父親のもとを離れて独り立ちするものだ。
なら、早いうちから『父親役』のいない日常を体験するのは子供たちにとっても悪くないことの筈。
セラさんの孤児院にお邪魔するようになり、「守りたい」と思えるものを見つけた。
けど、それより早く、現世の俺がこの世界で自我を持った時に望んだことは、「この世界を知りたい」だ。
この世界を知る為に、この世界と前世の世界の最も大きな違いの一つ、迷宮を識りたい。それが、ダンジョンを目指す、最大の目的なのだから。
◇◆◇ ◆◇◆
ダンジョンへの道行きは、思った以上に順調である。
盗賊や野獣との遭遇があるかと思ったがそれもなく、襲われている貴族の馬車を颯爽と助け馬車の中の美女に感謝されるといった場面もない。
精々食用に足る鳥獣を狩り、孤児院の子供たちへのお土産にしようとほくそ笑む程度である。
だから歩きながら、いくつかの考察と研究を行った。
ひとつは、魔石と神聖金属製の武具の性質について。
これは、前提としてはどちらも性質は同じである。どちらも、使用者(着用者)の意思を叶える方向で周囲の魔力を誘導する。
その為神聖金剛石でコーティングされた戦闘ナイフは、自ら進み出て敵を切り裂くように動き、結果使い手の負担を最小とする。
同じく魔石を埋め込んだ革鎧は、豚革(正確には魔猪の革だが)独特の軽さと柔らかさと通気性の良さ、そして耐久性の高さ(これは劣化し難いということであり、防刃性とか耐衝撃性を意味するものではない)を維持したまま、受ける衝撃を最小限にすることが出来る。
このことから、目論んでいたある魔法の研究を休止することにした。
考えていたのは、斬撃を無属性魔法で強化出来ないか、ということ。
現在戦闘に使用する無属性魔法は、次の通りである。
Lv.1【物体操作】
派生01.〔肉体・操作〕
派生02a.〔投擲〕
派生02b.〔穿孔投擲〕
派生02c.〔突撃〕
これの派生02d.として、『斬撃』という魔法を研究していたのだが、“叩き斬る”と“撫で斬る”の刃の動きは大きく違う。撫で斬る動きを大げさに表現すると、目標に当たるまでは直線で、ぶつかったの瞬間から手前に引く、という動作になる。
この二方向の運動を、瞬時のズレもなく適切なタイミングで行えるように事前に登録する。……どう考えても無理がある。
投げて、投げっ放しで終わる〔投擲〕や〔穿孔投擲〕、ぶつかって、止まって、引く〔突撃〕とは術の繊細さがまるで違う。またリアルタイムで制御出来る〔肉体操作〕ほどの猶予もない。そんなことを考えるくらいなら、むしろリック親父に「回転鋸のこぎり」でも作ってもらった方がよっぽど有用だろう。
結局、今はまだアダマンタイトの性質に頼ることにして、身体の成長を待つことにした。
とはいっても、魔法そのものの研究までは止めるつもりはない。
固体操作たる【物体操作】は、もはや応用段階に入っている。
そして、その“次”と謂える「無属性魔法Lv.2【群体操作】」も、実は既に完成している。
ところが、これは使い勝手が非常に悪いのだ。
群体操作とは、砂とか石とか、同種同サイズ無数の物体を、それ全体で一つと見做みなし、一体の物として操作する魔法なのだが、「それが一体何になる?」というのが実際のところ。
「同種同サイズ無数」とは、術者の主観に拠るから、例えば「土」もこの魔法で操作出来る。ではそれで何が出来る?
この魔法を使ってやったことは、実は孤児院の、肥溜めにする穴を掘ること。
つまり土木作業には向くが、それ以外に使いでのない、無駄魔法になってしまったのである。
まぁ「同種同サイズ」は術者の主観に拠るから、砂の中から砂金や砂鉄を探し出すことは出来る、と考えると、結構有用と言えるかもしれないが。でもダンジョン攻略の役には多分立たないだろう。
目下の研究テーマは、「無属性魔法Lv.3【流体操作】」。
これは、完成すればおそらく有用性は高い。
何故なら、水属性魔法は水と氷を司り、「水を呼び出し、操作する」ことを原則としている。その、「操作する」の部分を無属性で模倣するのだ(実を言うとLv.1【物体操作】とLv.2【群体操作】で、土属性魔法は模倣出来る。とはいえかなり精緻に魔法理論を設計しないと面倒なことになるが)。
「水を呼び出す」という内容は今回期待していない(これが【流体操作】で実現出来るものではないことは、前世地球の初歩の科学知識に照らせばすぐにわかるから)。そして「水」ではなく「流体」を操作出来るということは……。
◇◆◇ ◆◇◆
そんな益体もないことを考えながら歩きつつ、ハティスの街を出て4日目の夕刻。『鬼の迷宮』の門前町に到着した。
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