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第一章 駆け出し冒険者は博物学者
#37
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「それにしても、鍛冶師ギルドに続いて商人ギルドにまで喧嘩を売るとは思わなかったな」
商人ギルドを出てから、アリシアさんが感心したようにそう宣もうた。
「人聞きの悪い。別に喧嘩を売った訳じゃありませんよ。
帳簿の書き方の話は、単に“気付き”の問題です。
俺はいつもの通り、それを知っていた。ただ俺が知っていた範囲は、商人ギルドが知っている範囲より広かった。それだけです。
けど帳簿の書き方に関しては、じゃぁ俺に合わせろ、とは言えません。
何故なら、その内容をもとに税金が課されるからです。
俺の作った帳簿の通りに計算をすると、おそらく税金はかなり安くなります」
「ほう、それは良いことだ」
「そうなの? でもそれって、所謂“脱税”って奴になるんじゃないの?」
「セラさん正解です。仮に、技術的に或いは考え方的に俺の方が正しくても、税金って奴は定められた計算方法がありますから、それに背そむいたやり方は犯罪行為なんです」
「それじゃあ意味がないじゃないか」
「だから俺は、商人ギルドのやり方を学ぶ必要があるんです。言いましたでしょ? 『情報交換しましょう』って」
「成程。アレク君は基礎的なことがわかっているんだから、違いをちょっと教えて貰えれば、ギルドが規定する帳簿の書き方をすぐにマスター出来る。
一方でギルドの方は、アレク君のやり方を学べば、より精度の高い帳簿を作れるようになる。
……ってことね?」
「おっしゃる通り。
そして商人ギルドが俺のやり方を認めてくれるのなら、ギルドから国に働きかけて、税金の計算方法そのものを変えることだって出来るだろうからね」
「いやそれは無理だろう。だって、お前のやり方だと税金が減るんだろ? なら国が受け入れる訳がない」
「そうとも言い切れません。俺のやり方の場合、賄賂を貰ったり贈ったりした場合も、それを帳簿に載せなきゃならないんです。貰った賄賂を隠せば脱税だし、贈った賄賂を隠せば、その分利益が大きく計算され、つまり多く税金を払わなければならなくなります。
結局、真っ当な取引をしている商人が、一番納得出来る額の税金を納めることが出来るようになるんです」
「その通りなら、国も民も皆幸せになれるな」
◇◆◇ ◆◇◆
そんなこんなで、次に来たのは鍛冶師ギルド。
商人ギルドに行ったこと、そこで起こったこと、ついでに事業内容の裏書人に勝手に指定した件などを話したうえで、今日の本題に入った。
「まずはこれが、うちの孤児院で作った木炭です」
〔無限収納〕から、木炭を一抱え取り出して提出した。
「ちなみに、木炭の良し悪しって、何処で区別をつけるか知っていますか?」
「いや、知らない。
以前お前が言ったとおり、うちで『木炭』と言えば、ギルドで作っているものだけだからな。勿論産地の違いなどはあるだろうが、質の違いがあるとは考えたこともなかった」
「簡単です。
燃やして煙が出るのは下。
煙は出ないが炎の舌が見えるのは中。
煙も炎も見せず、ただ静かに青白く光るのが上です」
「おいアレク、燃えるのに炎が出ないって、どういうことだ? その炎の中には火の精霊はいないのか?」
「これは火の精霊神殿には知られないようにしてください。
『火の最たるは炎無し。
熱の最たるは御色無し。
炎は火の吐息に過ぎず、
その色、熱足らぬ証なり。
真なる火は地の底にあり、
光も発さず全てを熱に変える』
これは、ある国で謳われた詩です。
これが正しいのか間違っているのか、それはわかりません。
ただ、今言った通り最上の木炭は煙も炎もありませんし、製鉄に使うような高温では、炎は青白く光ります。これは、鍛冶師は実際に目にしている筈。
つまり、最上の木炭を燃やし、そこに風を送り込むと、炎は出ずに木炭がただ青白く輝くんです。それはそれは、美しいものですよ」
「火の精霊神殿では、赤い炎が邪を焼き払う、と教えていた」
「はい。だからこそ、赤い炎が『不十分燃焼の結果』だと知られてはいけないんです。『火の精霊の残り滓』を有難がっているなんて、彼らが認められる訳がありませんから」
「火の属性魔法の炎の色は赤い。赤こそが火の精霊を象徴する色だから」
「魔法は術者の知らない現象は起こせません。赤い火しか知らない術者は、青白く輝く炎を生み出せません」
「……色々とんでもない秘密を暴露してくれやがる。
“青白く輝く炎”。鍛冶師でそれを見たことがない奴はいない。
だが、その周囲に普通の赤い炎があるのが普通だ。だから“青白く輝く炎”は、火の精霊の祝福、と思われていた。
まさか“青白く輝く炎”こそが、火の精霊の正体だったなんてな」
「まぁそういう訳ですので、この孤児院産の木炭と、ギルド産の木炭を実際に燃やして比べてみてください。卸値は、それから交渉しましょう」
◇◆◇ ◆◇◆
木炭に関する話が終わった後。
「ところで。ちょっと見てほしいものがあります」
と言って、〔無限収納〕から今度は石炭を取り出した。
「何だ、これは?」
「俺が、東の廃坑の所有権を得ていることは、既にご存知と思います。
これは、その廃坑で取れた“黒く脆もろい土”です」
「そんなものが何になる?」
「これ、燃えるんです」
「……何?」
「実はこれ、遠い国では『石炭』と呼ばれています。
基本的には、木炭と同じ性質を持っています」
「何だと!」
「ただ、燃やすと『硫黄』と呼ばれる物質も発生しますが、これは毒です」
「おい!」
「とは言っても、硫黄はとても臭いので、致死量を吸い込む前に悪臭に耐えられなくなります。
だから単純に作業環境を悪化させない為に、硫黄を除去する必要があるんです。
一方で、製鉄に於いては悪臭以上の問題もあります。
鉄鉱石と硫黄が反応すると、とても質の悪い鉄になります。
最悪の場合、黒い粉末状に崩れ去ります。
だから、製鉄燃料として使うときは、脱硫してからでないと使ってはいけないんです」
「だがそうすれば、使える。と」
「はい。けど脱硫の方法は、教えません」
「何故?」
「以前言いましたよね? 鍛冶師ギルドが閉鎖的であったから、文明の進歩が止まったって。
競争の第一歩は、考えることです。
ヒントは出しました。
これから石炭を燃やして、その硫黄の匂いを実感し、また製鉄に使ってみて、どのように鉄が駄目になるのか実感してみてください。
そして脱硫方法を、色々考えてみてください。鉄と反応するのなら、他の金属だったらどうなるか。他の石ならどうなるか。色々試してみてください。
その過程で、多くの知識を得るでしょう」
「確かに、あれもこれもと聞いていたんじゃ俺たちの沽券に関わるってもんだな。
わかった。で、この石炭をどうするんだ?」
「廃坑改め炭鉱の採掘権。いくらで買い取ります?」
商人ギルドを出てから、アリシアさんが感心したようにそう宣もうた。
「人聞きの悪い。別に喧嘩を売った訳じゃありませんよ。
帳簿の書き方の話は、単に“気付き”の問題です。
俺はいつもの通り、それを知っていた。ただ俺が知っていた範囲は、商人ギルドが知っている範囲より広かった。それだけです。
けど帳簿の書き方に関しては、じゃぁ俺に合わせろ、とは言えません。
何故なら、その内容をもとに税金が課されるからです。
俺の作った帳簿の通りに計算をすると、おそらく税金はかなり安くなります」
「ほう、それは良いことだ」
「そうなの? でもそれって、所謂“脱税”って奴になるんじゃないの?」
「セラさん正解です。仮に、技術的に或いは考え方的に俺の方が正しくても、税金って奴は定められた計算方法がありますから、それに背そむいたやり方は犯罪行為なんです」
「それじゃあ意味がないじゃないか」
「だから俺は、商人ギルドのやり方を学ぶ必要があるんです。言いましたでしょ? 『情報交換しましょう』って」
「成程。アレク君は基礎的なことがわかっているんだから、違いをちょっと教えて貰えれば、ギルドが規定する帳簿の書き方をすぐにマスター出来る。
一方でギルドの方は、アレク君のやり方を学べば、より精度の高い帳簿を作れるようになる。
……ってことね?」
「おっしゃる通り。
そして商人ギルドが俺のやり方を認めてくれるのなら、ギルドから国に働きかけて、税金の計算方法そのものを変えることだって出来るだろうからね」
「いやそれは無理だろう。だって、お前のやり方だと税金が減るんだろ? なら国が受け入れる訳がない」
「そうとも言い切れません。俺のやり方の場合、賄賂を貰ったり贈ったりした場合も、それを帳簿に載せなきゃならないんです。貰った賄賂を隠せば脱税だし、贈った賄賂を隠せば、その分利益が大きく計算され、つまり多く税金を払わなければならなくなります。
結局、真っ当な取引をしている商人が、一番納得出来る額の税金を納めることが出来るようになるんです」
「その通りなら、国も民も皆幸せになれるな」
◇◆◇ ◆◇◆
そんなこんなで、次に来たのは鍛冶師ギルド。
商人ギルドに行ったこと、そこで起こったこと、ついでに事業内容の裏書人に勝手に指定した件などを話したうえで、今日の本題に入った。
「まずはこれが、うちの孤児院で作った木炭です」
〔無限収納〕から、木炭を一抱え取り出して提出した。
「ちなみに、木炭の良し悪しって、何処で区別をつけるか知っていますか?」
「いや、知らない。
以前お前が言ったとおり、うちで『木炭』と言えば、ギルドで作っているものだけだからな。勿論産地の違いなどはあるだろうが、質の違いがあるとは考えたこともなかった」
「簡単です。
燃やして煙が出るのは下。
煙は出ないが炎の舌が見えるのは中。
煙も炎も見せず、ただ静かに青白く光るのが上です」
「おいアレク、燃えるのに炎が出ないって、どういうことだ? その炎の中には火の精霊はいないのか?」
「これは火の精霊神殿には知られないようにしてください。
『火の最たるは炎無し。
熱の最たるは御色無し。
炎は火の吐息に過ぎず、
その色、熱足らぬ証なり。
真なる火は地の底にあり、
光も発さず全てを熱に変える』
これは、ある国で謳われた詩です。
これが正しいのか間違っているのか、それはわかりません。
ただ、今言った通り最上の木炭は煙も炎もありませんし、製鉄に使うような高温では、炎は青白く光ります。これは、鍛冶師は実際に目にしている筈。
つまり、最上の木炭を燃やし、そこに風を送り込むと、炎は出ずに木炭がただ青白く輝くんです。それはそれは、美しいものですよ」
「火の精霊神殿では、赤い炎が邪を焼き払う、と教えていた」
「はい。だからこそ、赤い炎が『不十分燃焼の結果』だと知られてはいけないんです。『火の精霊の残り滓』を有難がっているなんて、彼らが認められる訳がありませんから」
「火の属性魔法の炎の色は赤い。赤こそが火の精霊を象徴する色だから」
「魔法は術者の知らない現象は起こせません。赤い火しか知らない術者は、青白く輝く炎を生み出せません」
「……色々とんでもない秘密を暴露してくれやがる。
“青白く輝く炎”。鍛冶師でそれを見たことがない奴はいない。
だが、その周囲に普通の赤い炎があるのが普通だ。だから“青白く輝く炎”は、火の精霊の祝福、と思われていた。
まさか“青白く輝く炎”こそが、火の精霊の正体だったなんてな」
「まぁそういう訳ですので、この孤児院産の木炭と、ギルド産の木炭を実際に燃やして比べてみてください。卸値は、それから交渉しましょう」
◇◆◇ ◆◇◆
木炭に関する話が終わった後。
「ところで。ちょっと見てほしいものがあります」
と言って、〔無限収納〕から今度は石炭を取り出した。
「何だ、これは?」
「俺が、東の廃坑の所有権を得ていることは、既にご存知と思います。
これは、その廃坑で取れた“黒く脆もろい土”です」
「そんなものが何になる?」
「これ、燃えるんです」
「……何?」
「実はこれ、遠い国では『石炭』と呼ばれています。
基本的には、木炭と同じ性質を持っています」
「何だと!」
「ただ、燃やすと『硫黄』と呼ばれる物質も発生しますが、これは毒です」
「おい!」
「とは言っても、硫黄はとても臭いので、致死量を吸い込む前に悪臭に耐えられなくなります。
だから単純に作業環境を悪化させない為に、硫黄を除去する必要があるんです。
一方で、製鉄に於いては悪臭以上の問題もあります。
鉄鉱石と硫黄が反応すると、とても質の悪い鉄になります。
最悪の場合、黒い粉末状に崩れ去ります。
だから、製鉄燃料として使うときは、脱硫してからでないと使ってはいけないんです」
「だがそうすれば、使える。と」
「はい。けど脱硫の方法は、教えません」
「何故?」
「以前言いましたよね? 鍛冶師ギルドが閉鎖的であったから、文明の進歩が止まったって。
競争の第一歩は、考えることです。
ヒントは出しました。
これから石炭を燃やして、その硫黄の匂いを実感し、また製鉄に使ってみて、どのように鉄が駄目になるのか実感してみてください。
そして脱硫方法を、色々考えてみてください。鉄と反応するのなら、他の金属だったらどうなるか。他の石ならどうなるか。色々試してみてください。
その過程で、多くの知識を得るでしょう」
「確かに、あれもこれもと聞いていたんじゃ俺たちの沽券に関わるってもんだな。
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